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熱平衡

第 0 法則について。

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熱の正体

 温度の高い物体と温度の低い物体を接触させて 長い時間放っておくと、やがて同じ温度になる。  このとき、温度の高い方から低い方へ 「熱が移動した」という考え方をする。

 本当は熱などという実体は存在しなくて、 ただ一方が持っていた激しい分子運動が もう一方へ伝わっただけのことである。  だから分子の運動エネルギーが移動したと考えても良い。  「熱はエネルギーの一形態だ」と言われるが、 分子運動のことを知っていれば、まぁ、当たり前のことだ。

 さらに言わせてもらえば、 熱エネルギーは温度の高い方から低い方へ一方的に流れたわけではない。  物体が「自分の方が温度が高いから君にあげるよ」なんて 判断しているはずがない。

 本当は何が起こっているのか。  温度の高い物体の中には激しく動く分子もあれば、 たまたま遅くなっている分子もある。  温度の低い物体の中にだって、色々な衝突を繰り返すうちに、 たまたま非常な勢いを持つものも出てくる。  2 つの物体が接触した時、お互いの分子が衝突しあって 色々なエネルギーの分け合い方をするのであるが、 温度の高い物体の方が勢いのある分子が存在する割合が高いから、 統計的に温度の低い物体の方へ運動エネルギーが移動する割合の方が 多いことになる。

 それを全体から見ると、 高温から低温へ熱がじわじわと移動したように見えるのである。  やがてやり取りの割合が同じくらいになってくると、 あたかも流れが止まったように見えるわけだ。  この状態になることを「熱平衡に達した」という。

 しかしこれは分子運動論を知っているから出来る説明であって、 統計力学の考え方である。  統計力学が確立する以前の人は別の考えを持っていた。  熱は物質の一つではないかと疑っていたのだ。


試行錯誤の時代

 錬金術が熱心に研究された時代には、 燃素(フロギストン)と呼ばれる物質が存在すると信じられていた。  これが多量に含まれている物質は良く燃えるという考えだ。  確かに、物が燃えるという現象は、燃素が物質中から勢いよく 飛び出してくる様子を見ているのだと説明されればそんな気もしてくる。

 太陽から燃素を受けて大きく育った木は、 燃えて燃素を失うと灰になって土に還る。  なかなか説得力があるが、もちろん間違っている。  金属の燃焼のように、 燃えることで質量が増えるような場合があることが見付かったのだ。  フロギストンが抜けたのに質量が増えるなんて!

 それでもしばらくは 「フロギストンは負の質量を持っているのではないか」という 可能性を信じてフロギストン探しは続いていた。  やがて酸素という存在が確認されて、 質量の変化がそれを使って説明されるようになる。  もうフロギストンの出番はない。

 しかし酸素だけでは熱の正体が説明できなかった。  そこで代わりに「熱素」(カロリック)と呼ばれる 非常に軽い物質が存在するという説に傾いた。  (calor というのはラテン語で熱を意味する。)  熱い物体には熱素が多く含まれており、 熱が伝わるのは、この物質が物体から物体へと移動する現象として説明できると考えた。  あたかも乾いた雑巾が水を吸い込むように!  ラボアジェの作った元素表には、この「熱素」が記されている。

 しかしこれもやがて否定される。  大砲の穴をくり抜く作業で大量の摩擦熱が発生するが、 通常の化学反応では説明できないほどの熱が いつまででも取り出し続けられることに気が付いたからである。

 熱の正体が分子の振動であるという説は以前から出てはいたが、 すぐさま受け入れられたわけではなく、 18 世紀の終わり頃から 19 世紀にかけて徐々に証明されていった。  熱力学はそういった議論のさなかに発展していったので、 あたかも「熱」という実体が存在するかのような扱いが理論の あちこちに残っているのである。


熱力学の第 0 法則

 「熱力学の第 0 法則」と呼ばれるものがある。

 物体 A と物体 B が熱平衡にあるとき、 同時に物体 B と物体 C が熱平衡にあるならば、 物体 A と物体 C も熱平衡にある。

 まぁ、経験則だ。  温度というのは物質の種類に関係なく使える概念だということを示している。  また、温度計というもので 2 つの物体の温度を測って、 それらが同じ値を示すなら 2 つは同じ温度だと言ってよいということを保証する法則でもある。

 当たり前だと言えば当たり前だが、よく考えればとても不思議なことだ。  物質を構成する分子は質量も違うし、色んな種類の分子が混じっていることもある。  大きさも違えば、その物体に掛かっている圧力も違うことがある。  物質にはこんなに違いがあるものなのに、 なぜか「温度」というたった一つの数値で物質全体の状態を代表させることが出来て、 熱平衡という現象でその数値が等しいかどうかを比較できるというのだ。

 なぜこれが第 0 法則かと言えば、 後から思い出したように追加したからである。  この他にも熱力学には第 1、第 2、第 3 法則があって、 熱力学で使われるけれども熱力学の範囲では説明できない事柄が これらの法則の中で述べられている。  これらに与えられた歴史的な数字を今さらずらすほどでもないし、 第 4 法則として後ろに付け加えるほどでもない。  しかし最初の最初に断っておかないと気持ち悪い、くらいのニュアンスだろう。

 この第 0 法則は確かに熱力学が成り立つ上での大前提である。  どれくらい大切かについては後で分かるようになるだろう。  分かるように説明するつもりなのでご安心を。


統計力学

 熱力学の話をしていると、 統計力学の強力な論理を使いたい強い誘惑に襲われる。  これを使うと熱力学で説明できなかった謎が解決してしまう。  しかし話をややこしくしないために、これは後の楽しみに。  今は我慢、我慢。

 温度が等しいとはどういうことか、 それは先ほど簡単に説明した通りではあるが、 その時、どんな事が言えるのかを探りたいところだ。  しかし熱力学を説明し終わるまではずっと我慢。


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