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座標表示

波動関数の正体に迫る。

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波動関数とベクトルの関係

 関数系による足場を外されたので少々不安を感じているかも知れない。  ここらで「波動関数表現」と「ベクトル表現」の関係を数式を使って確認しておくことにしよう。  そうすれば少しは安心できるだろうか。  これさえ分かればどちらの形式を使って表現されようが、 頭の中でいつでも相互に翻訳することが出来るようになるわけで、 ブラ・ケット記法で書かれた教科書を避けなくてもよくなるわけだ。

 まずデルタ関数の性質について思い出してもらいたい。  デルタ関数はその引数が 0 になる一点でのみ無限大の値を持ち、 その点を含む範囲で積分すると 1 になるという性質を持っているのであった。  それで次のような関係が成り立っている。

 むむむむむ。  よく見るとこの式は「関数の内積」と同じ形をしているのではないだろうか?  積分内の左側の関数に複素共役の記号が付いていないが、 デルタ関数の複素共役を取ったところで元と変わらないので、あってもなくても関係ない。  まさに関数の内積だ。  つまり、ここまでの説明を復習してもらえば理解できると思うが、 この式は次のように表現することも出来るということになる。

 実際、デルタ関数は完全な関数系の無限の和によって表現できることが証明されており、 デルタ関数がベクトルとして表現できるということについては問題ない。  もちろんこの場合、周期的に無限が現れる形のデルタ関数になることに注意しよう。  無限の範囲で一つだけピークがあるようなデルタ関数は積分しなければ作れない。  この辺りのことは「フーリエ変換」を学ぶといい。

 次に、ここに出てきたベクトル の意味について考えてみよう。  もともとデルタ関数 が意味するものは何だろうか?  もしこれを波動関数であると考えるなら、 これは粒子が「確実に座標 に見出される」という状態を意味していることになる。  積分した結果もちゃんと 1 になるし、まさに規格化された波動関数のようである。  つまり、 は粒子が確実に座標 に存在するという状態を表すベクトルだと 言えるわけだ。

 さあ、意味が分かればもうデルタ関数の存在にこだわる必要もないだろう。  今後は「粒子が確実に座標 に存在する状態」を表すベクトルを と書くことにする。  このベクトルを「座標ベクトル」と呼ぶ。  こうすることで一般の教科書にあるように、

という表現が可能になるわけだ。  これが波動関数とベクトル表現の関係を表す式である。  大抵の教科書ではこの式に至るまでのこういった事情説明がすっぽり抜けていて、 きっと抽象的な話なんだろうなぁと理解するしかないのだが、 意外と具体的な内容であることが分かるだろう。


観測の意味

 これを見ると、波動関数とは何かという本質が見えて来る。

 まずは状況を説明しよう。  無限次元複素ベクトル空間の中に、互いに直交する無限個のベクトル が存在する。  あるベクトルは粒子が確実に にあるという状態を表し、 あるベクトルは粒子が にあることを表すといった具合だ。  これらの状態は同時には起こりえないから、 互いに直交しているというイメージがぴったりだろう。  そしてその空間内に、ベクトル の方向など全く無視して横たわる 状態ベクトルが存在し、それが粒子の本来の状態を表している。

 先ほどの式を見ると、波動関数 はベクトル の内積で表されている。  つまり波動関数というのは、この粒子の本来の状態を、 「粒子がどの位置に存在するか」という価値観を持った基底ベクトルの組み合わせだけで表現した時の 係数になっているのである。

 しかし前回やったように、ユニタリ変換をしてやれば 同じ状態を別の視点から評価してやることもできるはずであり、 波動関数による表現は状態の一つの見方に過ぎない。  それで、この波動関数のことを 状態の「座標表示」という呼び方をすることがある。

 他にも、どのくらいの運動量を持つかという価値基準で表した「運動量表示」や、 状態ベクトルから粒子性を取り出すような「粒子数表示」などといった視点も可能である。  面白そうだろ?  それらについては次回以降でやっていくことにしよう。

 このベクトル表現を使って量子力学における「観測」の意味をイメージ化してみよう。  「観測をした結果、位置が確定する」という過程は、 状態ベクトル が観測によってどれか一つの状態 の向きに 瞬時に移動することを意味している。  多数のベクトル の内の、 どのベクトルの方向に倒れ込むかは全くの確率で決まるのであり、 その確率の重みは、どのベクトルの成分を多く持っていたかという度合いで決まる。  これは図形的に考えれば元々どの状態ベクトルの向きに近かったかを意味しているわけで、 我々の感覚からそれほど離れたものでもないだろう。

 しかしなぜこのようなことが起きるのか、誰も説明できていないのが現状だ。  これも前から言っている「波束の収縮」と同じことを言い直したに過ぎない。  ベクトル表現にしたからといって解決するものではないのだ。

 シュレーディンガーの猫の話や量子コンピュータの解説などを見ると、よく、 「この量子状態はある状態 と別の状態 とが同時に重なっている状態である」と いう表現がしてあって「そんな不可解なもの想像できるか!」と思うわけだが、 普通の波動関数だって粒子の位置が の状態と の状態、 の状態などのように 無限にある状態が微妙な組み合わせで重なった状態だと解釈できるわけだ。  波動関数というのは結構奇妙なものであり、 それを受け入れることができるなら他も同様に受け入れられるというものだろう。


連続に関わる問題

 さて、そろそろ限界だ。  中には突っ込みたくてウズウズしている読者もいることだろう。  ここまで何の問題もないかのような説明を工夫して来た。  実際、このイメージは読者にとって大きな助けとなるに違いない。  ところがここまでの説明には大きな問題があるのだ

 私は 2、3 回前の記事で 「互いに直交する関数が無限に集まれば完全系になる」という説明をした。  実際に どうしは互いに直交し、無限に存在しているではないか。  また、 はデルタ関数をベクトル表現したものであるという説明をした。

 だとすればデルタ関数を無限に集めたものは完全系になるのではないだろうか?  わざわざデルタ関数を別の関数系で展開してベクトルに直したものを考えなくても、 直接デルタ関数を使って波動関数を展開してやって、 その係数が基底ベクトル の係数であり、 それはすなわち であるという すっきりしたイメージが使えるのではないだろうか?

 普通の教科書が私のような説明を避ける理由は実はこの点にある。  残念ながらデルタ関数は完全系ではない

 どこに問題があるのだろうか?

 波動関数は無限次元のベクトルであった。  0, 1, 2 ・・・と始まって無限に至る関数の組で表すことが出来る。  しかし の組はどうだろう。  確かに無限にあるが、それ以上なのだ。  なぜなら、実数は連続であり、不可算無限(数えられないほどの無限)だからである。  例え座標の区間をある範囲に限定しようとも、 その中にさえ数えられないほどの無限個の数が存在する。

 座標が有理数の範囲だけで定義されているなら何も問題はなかった。  これも無限だが、これなら番号を付けて全てを余さず数え尽くす方法が存在する。  しかし、 の数はこの空間に納まりきらないほど多過ぎるのだ。  デルタ関数が完全系でないのは、不可算無限個のデルタ関数を用意しなくては 他の関数を表現できないことによるのである。

 この問題をどうしたらいいのだろう。

 「座標は連続値を取らない、きっと最小単位があるはずである」と考えるのは一つの手である。  しかし本当にこの世界がそうなっているのか分からない。  不確かな仮定の上に理論を積み上げて行くのは危険である。

 また量子力学に微分操作がある限り、実数の範囲を定義することは是非とも必要である。  それでなくては普通に使っている自然対数の底 でさえ検証なしに使うわけにはいかなくなる。

 微分操作を使わない「差分学」という分野があり、 ひょっとするとその辺りの助けを借りて理論全体を離散的なものに書き直すならば この辺りの困難をうまく避けられるようになるのかも知れない。  しかしこの数学についてはこの間、雑誌でちょっと読んだだけで実は何も知らない。  ちょっと言ってみただけだ。

 先人たちはこの連続値の問題を何とかしようと色々と努力したようである。

 そして次のように考えることにした。   は連続的に変化するベクトルである、と。  え?  どういう意味だろう?  つまり、 どうしは直交しないという意味なのだろうか?  そうではない。  これらのベクトルの直交性は

と表される。  つまり、これを で連続的に積分した時に初めて、普通の直交関係が成り立つ、ということにした。

 さらに、このような連続なベクトルの全体は完全系であるということにした。  式で書けば次のようになっているということだ。

 ということは |x> は一体どんなベクトルを想像したらいいのだろう と思うかも知れないが、まぁ仕方ない。  こればかりは想像の範囲外だ。  デルタ関数が極限で成り立つ関数である以上、 このような表現が数学的にはぴったり来るのだろう。  実数の連続を無理やり可算無限次元の空間に押し込めた感じだな。

 ここがブラ・ケット記法が抽象的であると感じられる原因の中心部分だろう。  普通の教科書では数式の持つ意味までは解説しないで 「この関係が成り立つ」と断定して終わりのことが多いし、 都合の悪い危うい部分は避ける傾向が強いからな。  実はこの点に於いてさらりと間違っている教科書も数多いので注意が必要だ。


舞台裏

 今回の記事を書くにあたって、私がどんな工夫をしていたかを明らかにしておこう。  こういう舞台裏を知ることは読者の理解に役に立つだろうと思う。

 状態ベクトルが無限個の直交する座標ベクトルの線形和で表せるという イメージを表現するには、前回やったのと同じ形式で

と書くのが手っ取り早い。  ああ!このように書いて読者をさっさと安心させられたらどんなに楽だったか。  しかし座標が連続であるために、このように書くのは間違っている。  正しくは、和の記号の代わりに積分を使い、 係数 の代わりに連続的に値が変化するようなものを使う必要がある。

  が一番右端にあるとベクトル計算の邪魔になることがあるので、

と表現することが多いが全く同じ意味だ。   がいつも右端になければならないなんていう決まりはない。

 さて今さら言わなくともバレバレだろうが、 この時の連続的に変化する係数 というのは波動関数そのものである。  よって状態ベクトル と座標ベクトル の 内積の値の 2 乗を取ったものが、 その座標に粒子を見出す確率になっているという論法が成り立つ。

 面倒だが積分を忘れちゃいけない。  これは座標が連続だからこういうことが必要なだけであって、 不連続な物理量を扱う場合にはこんな積分は必要ない。  そういう状況については次回でやることになるだろう。  この式に、

という、すでに上で説明した関係を代入すれば、 見慣れた式になって辻褄が合っていることが分かるだろう。


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