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ヒルベルト空間

知らなくてもいいのだが、知らないと恥ずかしい。

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知らないと不安じゃないか

 量子力学をやっていると 「ヒルベルト空間」なんて言葉によく出くわす。  実は学ぶ上で どうしても知っていなければいけないという言葉ではない。  なぜならこれは数学用語だからだ。

 しかし、知らないというのは立場が弱い。  学んだばかりの知識をひけらかす友人たちや、 生徒を買い被ったフリをして楽しんでいる教授たちの 口から「波動関数とはヒルベルト空間内で 定義されるベクトルだ」なんて言葉が 飛び出してくると、 「それは一体何を意味するんだ?  知ってなきゃいけないのか?」と 不安にさせられてしまう。

 もしこんな事態に遭遇しても、
 「ああ、そうだね。  ついでに言えば、 それは『無限次元複素ヒルベルト空間』のことだよね。」
と軽くかわすことが出来れば時間を無駄にしないで済む。


ベクトル空間

 「ヒルベルト空間」の定義は 一言で言えなくもないが、まぁ順番に行こう。

 とりあえず、ベクトルが定義できる空間を考える。  ここで我々が想像しやすい3次元空間を 思い浮かべるかも知れないが、 空間と言っても数学的な意味での空間なので気をつけよう。  つまり、様々なベクトルの一つ一つが要素であるような集合のことを 言っているのだ。  ここで言うベクトルは何次元だって構わない。

 そして、このベクトルの間には 加算が定義できて、交換法則、結合法則が成り立ち、 スカラー倍の計算が定義され、零元、逆元が存在するとする。  まぁ、普段当たり前だと思っている計算が ちゃんと出来るということだ。

 こういうのを「ベクトル空間」という。  まだヒルベルト空間ではない。

 座標原点からさまざまな方向に伸びる さまざまな長さのベクトルが定義できるという 映像を想像するといかにも空間を張っているみたいだろう。  ここへ来て数学による抽象的な表現と我々の具体的な 「空間」のイメージが重なるわけだ。


内積空間・ノルム空間

 さらにベクトルとベクトルの間に内積という演算が 定義できるとしよう。  ここで高校で学ぶ内積を思い浮かべるかも知れないが、 まぁそのイメージでいいだろう。  数学的には幾何学でやった内積と同じものを その計算式だけで定義してやって、これを内積とする、という 回りくどい定義の仕方をする。  それが出来る空間を「内積空間」あるいは 「プレ・ヒルベルト空間」と呼ぶ。

 内積が定義できると、 直交とか、ノルムとかいう概念が定義できるようになる。
 例えば2つのベクトルの内積が0になる時を直交という。  これは幾何学のイメージからそう呼んでいるだけだ。
 そして、ノルムというのはベクトルの 自分自身との内積の平方根を取ったものである。  すなわち、ベクトルの長さのようなものだ。
 ではなぜわざわざ「ノルム」と呼んで 「ベクトルの長さ」と言わないのかというと、 数学では全てを抽象的な概念でまとめて扱う。  この手続きがいつも私たちが知っている「長さ」を 意味するとは限らないのである。

 ところで先ほど、「内積が定義できるとノルムが定義できる」 と書いたが、実は内積が定義できなくてもノルムの定義自体は 出来てしまう。   ここでは定義は書かないが、そういう空間を 「ノルム空間」と呼ぶ。


完備性

 さて「ヒルベルト空間」はまだなのかと 待っていることと思うが、ここまでの話にもう一つ条件を 加えるだけでいい。

内積空間が完備性を持つとき、「ヒルベルト空間」という。
ノルム空間が完備性を持つとき、「バナッハ空間」という。

 バナッハ空間については今回の話とは関係ないが、 まぁ、数学ではこんな具合に分類されて名前が付いているんだよ、 という雰囲気をつかめるように書いておいた。

 な。  物理学者は「ヒルベルト空間」なんて言葉で カッコつけなくてもいいんだよ。  他の数学的空間の性質と区別する必要があるときにだけ 使えばいいんだからさ。

 で、気になっていることと思うが、 「完備性」とは何だろうか。

 コーシー列が収束する時、完備性を持つのだそうだ。  ではコーシー列とは何かと言えば、集合から好きな要素を 取り出して並べた時に、あるところより先の要素を見ると必ず、 それらの要素間の距離がどんな狭い範囲にでも収まってしまう、 そんなところが必ずある、という並びのことらしい。  ああ! 数学ってのは七面倒くさい!!!  とにかく、どこまでも狭い範囲に収まって行くような並びのことだ。
 それで、狭い範囲に収まって行くのなら収束していると言えるのではないか、 というと、そういう意味ではない。  例えば √2 に限りなく近付くコーシー列があったとしても、 この空間内に √2 という無理数が定義されていなければ √2 に収束するとは言えないわけだ。

 数学的な表現はやめて、分かりやすく言い直そう。  これはベクトルが連続であることを定義しているのである。  この性質は微分などを定義するためには是非とも必要なものだ。  そして、それはもっと分かりやすく言えば、 このベクトルの要素は実数か複素数の範囲で なければならないという意味である。  初めからそう言えよ、って?  私もそう思う。


こんなもんなんだよ

 なんだ、それだけか?  結局、ぶっちゃけて言えば、 「取り敢えずの計算に困らないベクトル空間」 というくらいの意味だったということだ。  実に他愛のない話だ。  だからこそ一度知ってしまうと今度は逆に、 これくらいは知ってないと恥ずかしいと思えてしまうわけで。

 まあ、奥は深いのだが、これだけ知ってるだけでもしばらくは困らない。  さあ、立場の弱い友達の所へ行って知ったかぶりをするのだ!(笑
 ま、この程度のものは黙ってた方が恥かかなくて済むかとも思うのだが、 ・・・判断はお任せしよう。

 波動関数がどうして無限次元複素ヒルベルト空間内のベクトルなのか を説明しないのかって?  それは本文中できっちりやるつもりだ。  取り敢えず、こういう本質ではない部分は脇へ よけておきたかったのである。


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