御覧のページは本家サイトと同一の管理人によって運営されるミラーサイトです。

ベータ崩壊

ニュートリノ参上。

[前の記事へ]  [素粒子論の目次へ]  [次の記事へ]


中性子は複合粒子か

 ベータ崩壊は原子核の中から電子が飛び出してくる現象である。  一体この電子はどこにあったのだろう。

 ベータ崩壊を起こした原子核は電子一つ分のマイナスの電荷を失うことになる。  その分だけ電荷がプラスになるのでちゃんと電荷の保存則は満たしている。  しかし質量数は変化しない。  質量数はそのままに、原子番号が一つ上がるのである。  このことから何が起こっていると想像出来るだろう?

 単純に考えるなら、核内の中性子 が電子 を吐き出すことで陽子 に変化したということになる。

 すると電子は中性子の中に元からあったのだろうか。  つまり中性子というのは陽子と電子から出来ている複合粒子だということだろうか。  もしそうだとすれば色々とおかしいのである。  しばらく横道に逸れてしまうが、大事なことなのでその話を先にしておこう。

 まず真っ先に思いつくことだが、 陽子は電子をそんなに狭い領域に繋ぎ止めておく力を持たない。  繋ぎ止めておくこと自体はできるが、 それは水素原子と呼ばれているものになるのであって、原子核のサイズよりずっと大きくなってしまう。  こういうことは量子力学が完成してゆくに従って問題視されるようになってきたのであり、 それまでは原子核の内部に電子が存在しているのではないかと考えられていたのだった。

 原子核の持つスピンの大きさも問題になった。  1928 年頃の実験で窒素原子核のスピンの大きさが 1 であることが すでに明らかになっていたのだった。  窒素原子核は であって、7 個の陽子と 7 個の中性子から出来ている。  もし中性子が電子と陽子の複合粒子であったなら、14 個の陽子と 7 個の電子から出来ていることになる。  陽子も電子もスピンは 1/2 なので、それが合計して奇数個集まった複合粒子が整数のスピンを持つのは有り得ないのである。

 それでもこのスピンの問題に対してはまだ反論の余地がある。  パウリは電荷を持たないスピン 1/2 の未発見の粒子が、電子とともに核内にあるのではないかと考えた。  スピンの問題についてだけならばこれでも説明することができるだろう。  結局それは正解ではなかったが、彼はそういうアプローチで色々と考え続けていた。  それが少し後に意味を持ってくることになる。

 ところで当時の段階で原子核のスピンをどうやって知ることができたのか気になるかも知れない。  窒素ガスの放電スペクトルを精密に分析するとそれが分かるのである。  原子核の磁気モーメントと軌道電子の磁気モーメントの相互作用の影響によって エネルギーにごくわずかに差のある幾つかの状態が生じるのだが、 そのスペクトルは普通は一本のぼやけた線に見えてしまって気付かないほどである。  しかしよく見るとそのエネルギー差が細かい幾筋もの線となって表れており、 「超微細構造」と呼ばれている。
 (「超」と付くからには普通の「微細構造」もあるのである。 それはまた別の原理で生じるものだが。)
 こういうものがあることは分光学のかなり早い段階で見つかってはいたのだが、 その正体が理解されるためには、原子核のイメージが明らかになることと、量子力学の計算手法が発展するのを待つ必要があったのだった。  このあたりのことを詳しく知ろうと思ったら原子核物理を学ぶ必要があるだろう。


エネルギー保存の問題

 ベータ崩壊のもう一つ不思議なところは、飛び出してくる電子のエネルギーが一定ではなく、広くばらつくという点だ。  電子のエネルギーが 0 に極めて近いことさえある。  このために全体のエネルギー収支が合っていないように思われたのである。

 ボーアはこの状況を見て 「ベータ崩壊の過程ではエネルギー保存則は成り立っていないのではないか」という説を唱えたほどだ。

 ところが色んな核種が起こすベータ崩壊について詳しく調べてみると、 飛び出してくる電子の運動エネルギーの上限というのが核種ごとに決まっているらしい。  なるほど、もし全ての電子がこの上限の値で飛び出してくるのだとしたら、 崩壊前後の粒子の質量差をエネルギーに換算して考えることでエネルギーの説明が付く。  では失われたエネルギーはどこへ行ってしまったのだろう。

 さらに、どのエネルギーを持った電子がどれくらい出てくるのかを調べ、 エネルギーを横軸にしてグラフを描いてみると、そのグラフは連続的な曲線になるのであった。  要するに、上限値以下のあらゆるエネルギー値の電子が観察され、 特別なエネルギーの電子だけが多く出てくるといった特徴は見当たらないのだった。


ニュートリノ

 どうやらエネルギーを持ち去っている見えない犯人がいるようなのだ。  そいつは未発見の粒子である。

 高校物理の問題を思い出してみてほしい。  物体がただ二つに分裂するときには両者に分けられるエネルギーは定まるのだった。  しかし三つ以上に分裂するときにはどの物体がどれだけのエネルギーを持つことになるのか、一通りには定まらない。  それで受験問題にはなりにくいのだ。

 それぞれの粒子が飛び去る角度によっては、 その未知の粒子が全てのエネルギーを持ち去ることだってあるだろうというわけだ。

 それだけ莫大なエネルギーを持ち去りながらも、 それまでの研究で未発見だということは、そいつは電荷を持っていないに違いない。  電荷を持っていれば進路上の粒子を蹴散らして行くので何らかの影響が見られるはずだからだ。  しかもその質量は非常に小さく、ひょっとすると 0 かも知れない。  というのは、もしその粒子が大きな質量を持っていれば、 電子の最大エネルギーはその分だけもっと小さくなっていてもいいはずだからだ。  それなのにその未知の粒子の質量エネルギーを考慮に入れなくても計算が合ってしまう。  さらに、そいつがスピン 1/2 を持っていれば、なお都合がいい。

 パウリは以前からこのような粒子が核内にあるはずだと主張しており、 それを使えばベータ崩壊のエネルギーの問題も解決できると考えた。  彼はこの粒子のことをニュートロンと呼んでいたが、 1932 年に中性子(ニュートロン)が発見されてその名前を奪われてしまったのだった。

 同じ年にイタリア出身のフェルミがベータ崩壊の理論を発表し、 電子は核内にあったわけではなく、ベータ崩壊の瞬間に未知の粒子とともに新たに生まれるのだと説明した。  その論文の中でこの粒子を「ニュートリノ」と名付けたのである。  語尾に「イノ」が付くのはイタリア語で「ちびっこ、おちびちゃん」のようなニュアンスだ。  日本語ではその意味通りに「中性微子」と訳されていたこともあったが、 最近ではカタカナで「ニュートリノ」と書かれることの方が増えた。

 ベータ崩壊で起きている反応は次のように書かれるということになる。

 ここでニュートリノを と表現しているが、 上に付いている横棒は、それがニュートリノの反粒子であることを意味している。  現代の理論によればそう考えた方が都合がいいということであり、今は気にする必要はない。  現在の理論と違った式を書いて混乱させたくなかっただけである。

 ニュートリノなどという粒子が本当に存在するのか、 それともエネルギー保存が成り立っていないのかについて、 ボーアとパウリの論争がしばらく続いた。  しかし数年の内には、ベータ崩壊を記述する場の理論がある程度出来上がってきたので、この論争は止んだ。  しかも電子やニュートリノが原子核内に元から存在するという考えも同時に捨てざるを得なかった。

 とは言うものの、ニュートリノが実験的に発見されるのはそれから 20 年近くも後の 1956 年頃のことで、 それまではずっと理論上の存在に過ぎなかったのである。


もう二言三言

 確かにベータ崩壊の基本的な過程は上に書いた式のように表されるのだが、 これだけ見ていたのでは、 世の中のあらゆる中性子が次々と陽子に変化してしまうような気がしてきてしまう。

 しかしベータ崩壊にはこの他にも色々なパターンがあって、 陽子から中性子への逆の変化も起こったりする。  その辺りのことは先に反粒子の話をしておいた方がいいので、準備が出来次第、説明することにしよう。

 まだ大事なことがある。  原子核内で起きるベータ崩壊は上に書いたような単独の過程で起こるのではなくて、 多数の粒子が絡む現象であるという点だ。  中性子が陽子に変わった方が原子核の全体としてエネルギーが低くなるという条件が 満たされているときにこのような反応が一定の確率で起きるのである。

 このように陽子と中性子が互いに変化できる道が現実にあるからこそ、 中性子が少し多めにあった方が核が安定だとかいう話が意味を持つのである。  そして不安定な核種は、より安定な核種に変化しようとする。  原子核内部で色々な事情があるので核種によって半減期も色々だ。

 さて、単独の中性子は不安定である。  平均寿命は 885.7 ± 0.8 秒(約 15 分)。  約 10 分の半減期で陽子に変化する。  だから身の回りに単独の中性子が多量に飛び回っているということはないだろう。


[前の記事へ]  [素粒子論の目次へ]  [次の記事へ]