1 takoyaki 2014/11/24 (月) 20:22:15 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 2015/01/07 (水) 10:27 [修正] [削除]
このスレッドではtakoyaki が科学史の勉強をしていきます。

takoyaki について。
takoyaki は専門家ではありません。ただの一般人です。
ここでは図書館の文献から得られる情報を元に記述していきますが、記載内容にミスや誤解や誇張表現が多分に含まれている危険性がありますので、ご注意下さい。

<方針>
科学史と言っても、歴史的に何が正しかったかという正統性を問うものではありません。
科学史についての様々な文献を読み、科学的な考え方や、論争の大まかな流れを読み取ることが目的です。

このスレッドでは、同じようなスタンスで一緒に勉強してくださる方を募集します。
参加の方法を以下に例示します。

<参加の方法>
・スレッド内の話題について関連するコメント、感想を書き込む。
・参考になりそうなウェブサイト、書籍などの情報を提供して下さる。
・間違いの指摘。
・その他、何でも思ったこと。

このスレッドでは、特定のテキストに頼った系統だった学習はしません。思いつきで進めていきます。
一応、最初の方針としては古代ギリシアの哲学者アリストテレスあたりからファインマンの時代までの、物理学に寄与した偉人たちを歴史順に100人程度紹介し、それぞれの人物に焦点を当てた話題で思ったことや考えたことを書き込んでいきたいと考えています。

よろしくお願いします。

2 takoyaki 2014/11/24 (月) 20:38:05 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 2017/05/27 (土) 09:57 [修正] [削除]
まずは、これから取り上げていきたい人物の名前を列挙していきます。
必要に応じて、随時増やしていくかもしれません。

ピタゴラス >>22
ソクラテス>>41
デモクリトス>>42
プラトン>>56
アリストテレス>>64
ユークリッド>>118
アリスタルコス>>126
アルキメデス>>137
プトレマイオス>>155
その他ギリシアの科学者>>157
インド哲学とアラビア数学>>172
中国科学史>>451
フィボナッチ [1170頃〜1250頃]>>481
ロジャー・ベーコン [1214〜1294]>>505
オッカム [1288〜1348] >>519
コペルニクス [1473〜1543] >>552
ブラーエ [1546〜1601] >>576>>590
ネイピア [1550〜1617]
ガリレオ [1564〜1642]
ケプラー [1571〜1630]
デカルト [1596〜1650]
パスカル [1623〜1662]
ボイル [1627〜1691]
ホイヘンス [1629〜1695]
フック [1635〜1703]
ニュートン [1642〜1727]
ライプニッツ [1646〜1716]
ハレー [1656〜1742]
ブラッドリー [1693〜1762]
ダニエル・ベルヌーイ [1700〜1782]
オイラー [1707〜1783]
カント [1724〜1804]
キャヴェンディッシュ [1731〜1810]
ワット [1736〜1819]
ラグランジュ [1736〜1813]
クーロン [1736〜1806]
ハーシェル [1738〜1822]
ラボアジェ [1743〜1794]
ボルタ [1745〜1827]
シャルル [1746〜1823]
ラプラス [1749〜1827]
フーリエ [1768〜1830]
ヤング [1773〜1829]
アンペール [1775〜1836]
アボガドロ [1776〜1856]
ガウス [1777〜1855]
フラウンホーファー [1787〜1826]
コリオリ [1792〜1843]
オーム [1789〜1854]
コーシー [1789〜1857]
ファラデー [1791〜1867]
カルノー [1796〜1832]
ドップラー [1803〜1853]
ヤコビ [1804〜1851]
ハミルトン [1805〜1865]
ジュール [1818〜1889]
ストークス [1819〜1903]
フィゾー [1819〜1896]
クロネッカー [1823〜1891]
キルヒホッフ [1824〜1887]
ケルヴィン [1824〜1907]
リーマン [1826〜1866]
デデキント [1831〜1916]
マクスウェル [1831〜1879]
ノーベル [1833〜1896]
メンデレーエフ [1834〜1907]
マッハ [1838〜1916]
ボルツマン [1844〜1906]
レントゲン [1845〜1923]
カントール [1845〜1918]
フレミング [1849〜1945]
ブラウン [1850〜1918]
マイケルソン [1852〜1931]
ベクレル [1852〜1908]
ラムゼー [1852〜1916]
ローレンツ [1853〜1928]
ポアンカレ [1854〜1912]
JJトムソン [1856〜1940]
ヘルツ [1857〜1894]
プランク [1858〜1947]
キュリー夫人 [1867〜1934]
ヒルベルト [1852〜1943]
長岡半太郎 [1865〜1950]
ミリカン [1868〜1953]
ゾンマーフェルト [1868〜1951]
リービット [1868〜1921]
ラザフォード [1871〜1937]
シュヴァルツシルト [1873〜1916]
ヘルツシュブルング [1873〜1967]
ラッセル(アメリカ天文学者) [1877〜1957]
寺田寅彦 [1878〜1935]
アインシュタイン [1879〜1955]
ウェーゲナー [1880〜1930]
ボルン [1882〜1970]
ネーター [1882〜1935]
エディントン [1882〜1944]
ボーア [1885〜1962]
シュレーディンガー [1887〜1961]
ハッブル [1889〜1953]
ド・ブロイ [1892〜1987]
コンプトン [1892〜1962]
ボース [1897〜1945]
パウリ [1900〜1958]
フェルミ [1901〜1954]
ハイゼンベルク [1901〜1976]
ウィグナー [1902〜1995]
ディラック [1902〜1984]
ノイマン [1903〜1957]
ガモフ [1904〜1968]
オッペンハイマー [1904〜1967]
ゲーデル [1906〜1978]
ベーテ [1906〜2005]
朝永振一郎 [1906〜1979]
湯川秀樹 [1907〜1981]
ランダウ [1908〜1968]
チャンドラセカール [1910〜1995]
ワイツゼッカー [1915〜2015]
シャノン [1916〜2001]
ファインマン [1918〜1988]
クーン [1922〜1996]
ゲル-マン [1929〜]
------------------------------------
<対決シリーズ>
ピタゴラス  vs アリストテレス >>105
プラトン   vs アリストテレス >>109
デモクリトス vs アリストテレス>>113
------------------------------------
天文学史まとめ >>395
「物理」という言葉はいつどのようにして決められたか >>479

以上です。
「おい、あの人がいないのはおかしいじゃないか」
というご意見があればどうぞ。
これだけでも十分多いと思いますけどね!
この先どうなることやら・・・
3 coJJyMAN 2014/11/24 (月) 20:55:47 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
すみません。
タイトルの「takoyaki が科学史を勉強しようず」は誤植でしょうか?
見慣れない言葉遣いにちょっと戸惑う。。
4 takoyaki 2014/11/24 (月) 21:20:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
さっそくの書き込みありがとうございます!
これは誤植ではなく、わざとです。紛らわしくてすみません…

理由は「なんとなく」です。

強いていうならば、まだ開国したばかりの日本人が、自らを東洋の田舎者と思いつつも、必死でヨーロッパの進んだ科学を学ぼうとしていた頃の、田舎っぽさと逞しさを「ず」という音の響きの中に表現してみました。

まあ、スレッド自体、堅苦しいものにはしたくないので、そういう意味でちょっと崩した表現をしたというのもあります。
というわけで、科学史を勉強しようず。
5 EMAN 2014/11/24 (月) 21:40:50 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
「しようず」はオタクの間で流行ってんですよ? ねー。(もう古いかもしれないけど)
「しようぞ!」とか「しようぜ!」が崩れて力の抜けた感じ。

>>2
かなり網羅してますね。
自分が思い付いて言える範囲をはるかに超えてます。
しかしこれだけあるならコリオリは入れておいた方がいいかも。
私の中では重要人物。
「コリオリの力」以外の科学史上の意外な業績を残してます。

ファインマンが入るならゲル-マンも、という気もしますが。
ハイフンの件で争ってますしw
6 coJJyMAN 2014/11/24 (月) 21:41:40 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
>必死でヨーロッパの進んだ科学を学ぼうとしていた頃の、田舎っぽさと逞しさを「ず」という>音の響きの中に表現してみました。
いとをかし(^ ^)
7 coJJyMAN 2014/11/24 (月) 21:45:50 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
あ〜、ベルヌーイがいないじゃないですか!
それともあれですかね?人数か多いので
「ベルヌーイの一族」だけ別枠で取り扱ったりするのかな?
8 EMAN 2014/11/24 (月) 21:49:06 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
アインシュタインやチャンドラセカールが入ってるなら、
アーサー・エディントンも、と思い付いたけど、
彼らを調べると必ず登場するし、申し訳ないけど今回は脇役でもいいかな。
9 coJJyMAN 2014/11/24 (月) 21:55:02 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
すいません、ちょい役でいいんでド・ブロイさんもよろしくおねがいします。
10 takoyaki 2014/11/24 (月) 22:08:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
はいはい、ご要望があれば追加しますよ(^ ^)

とりあえず、全部入れてみましたが、ベルヌーイ一族はダニエル・ベルヌーイに代表して頂くということでよろしいでしょうか?

ゲル-マンさんは、ちゃんとハイフンを入れてあげることにしました。

もう大丈夫かな?
まだご意見があれば、よろしくお願いします。
11 coJJyMAN 2014/11/24 (月) 22:38:57 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
>ベルヌーイ一族はダニエル・ベルヌーイに代表して頂くということでよろしいでしょうか?
う〜ん。。仮想仕事の原理のヨハン・ベルヌーイ(ダニエルの父)も必要かなぁと思っていましたが。。
いや、ダニエル・ベルヌーイが代表ということでOK。
12 takoyaki 2014/11/24 (月) 22:51:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
コンプトンさんを忘れてました・・・
光量子仮説につながる重要な実験をされているので、入れておきましょう。

シュヴァルツシルトさんも入れておきます。
日本語にすると「黒い盾」という名前。ブラックホールにふさわしいですね。
13 ひゃま 2014/11/25 (火) 06:33:37 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
宮沢弘成先生の以下の特集がわかりやすいので、その中の登場人物を挙げたいと思います。

電子は質点か場か
http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/quantum.pdf

Dirac、Feynman、Newton、Ritz、Heisenberg、Einstein、de Broglie、
Klein-Gordon、Schr¨odinger、Maxwell、Pauli

二重性などという言葉は、その意味が数学的に定義されているのでない限り、科学で使うべきではない。問題提起としてなら良いが、結論として教えてはいけない。
14 takoyaki 2014/11/25 (火) 07:31:52 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>13
ひゃまさん、情報をありがとうございます。
今後、資料として活用させて頂きます。

このスレッドでは、それぞれの時代の科学者の考え方を追っていくつもりですが、それと対立する概念として「今の私たちから見れば、こういうことなのだが」という視点は重要だと思います。そういう意味において、良い資料だと感じました。

ただ、第二量子化とかまだよくわからないので、数式は読み飛ばしました。
宮沢先生も
「理論物理をやるには、徹底 的に理解しようとせず、歩きながら考えるという態度、あ るいはそのうち何とかなるだろうと言うずぼらな心構えが 必要のようである。」
と、仰っているので、私もそれに倣うつもりです。
15 ひゃま 2014/11/25 (火) 08:06:44 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>>14

>歩きながら考えるという態度、・・・

そうそこのフレーズいいですよね
科学史といっても広いので対立点とその中で出てくる理論物理家をマトリックスであげて、何に対して誰が堂考えたのかみるのもおもしろいかもですね。

学説系統別に徹底的に勉強するのも手ですが、自分の世界観をもっと広い視点で歩きながら考えるのもやり方の一つかもですね。
16 EMAN 2014/11/25 (火) 09:05:48 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
現在科学者89人。
一人2ページか1ページくらいの分量で楽しくまとめたら魅力的な本になりそうですね。
そういう可能性もなくはないので、参考にした資料を記録しておくといいですよ。
17 takoyaki 2014/11/25 (火) 15:45:16 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日からさっそく、勉強を始めたいと思いますが、その前に調べて分かったことがあります・・・

「科学史」とは、かなり幅の広い学問なのでした。(←知らずに始めてしまった)
人文科学、社会科学などもその範疇に含まれてしまうそうです。

しかし、このスレッドでは、主に「自然科学史」を扱います。
また、その中でも特に「物理学」と関係の深い話題を優先して取り上げていくことを、ここに明記しておきます。


ということで、よろしくお願いします。

>>15
いずれ、どういう対立構造があるのか、明らかにしていきたいと思います。
すでに5個くらいは対立する問題が見つかっています。
このスレッドでも、議論してみたいですね。

>>16
参考にした資料は全てスレッド内で公開するつもりです。

自分の考えを述べる。

根拠となった資料の名前と、その引用、若干の考察を提出。

こういう順序をとりあえずフォーマットにしようかな、と。
一人2ページで収まるかわかりませんが、あんまり長いのも良くないですね。
とりあえず、まずはやってみます。

18 EMAN 2014/11/25 (火) 16:04:20 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
キャヴェンディッシュが入ってなかった!
いや、しかし、隠遁の人だからなぁ・・・。
科学史的には存在感のある人だけど、科学の発展にはあまり影響はなかったかも。

ランダウも入れるべきか、と昨晩から気になってるけれど、
それを言い出したら物性関係の物理学者が他にも加わりそう。
19 甘泉法師 2014/11/25 (火) 16:21:53 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。

>>18 ランダウによる物理学者の等級付けがありました。ね。

たとえば http://www25.brinkster.com/landau/readme.htm に紹介。
20 EMAN 2014/11/25 (火) 16:34:22 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
ランダウのランキングで重要度を判断すると、
サティエンドラ・ボースなんかも上位なんじゃなかったかな。

あ、ユージン・ウィグナーもそうでした。
自分はあまり良く知らないのだけれど。
↓の「ランダウ」の人物像って項目にランキングのことが載ってます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A6

ランダウの科学者ランキングの完全な表ってどこかに無いかしら?
21 甘泉法師 2014/11/25 (火) 16:56:29 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]

こんにちは。

>>2
お考えの科学史が物理学史だけでないなら

生物学 ダーウィン
    リンネ
    メンデル
    ワトソンとクリック
    カハールとゴルジ
    
地学  ウェーゲナー

化学  メンデレーエフ

天文学 ハッブル

情報学 シャノン
    ノイマン

科学史 クーン

(物理)数学  ガウス
    リーマン
    フーリエ
    ヒルベルト

医学  ヒポクリトス
    パスツール
    コッホ

などは固いところではないでしょうか。
22 takoyaki 2014/11/25 (火) 17:02:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
まずは記念すべき一人目。

「数学の祖」と称される古代ギリシアのピタゴラスです!
[紀元前625〜539] (←はっきりとはわからないです)

いきなりですが、私はこの人があまり尊敬できません。
おいおい、しょっぱなから感じ悪いじゃないか!と思われるかもしれませんが…
実はピタゴラスって自分で「ピタゴラスの定理」を発見したわけじゃないし、
どちらかといえば、カルト教団の教祖みたいな人なんだもの。

まあしかし、この人からスタートする理由はまさにそこにあるとも言えます。

ピタゴラスの時代は、宗教と自然科学が混然としていたカオスな時代だったのです。
この時代は多くの哲学者がいて、それらを紹介するだけで一冊の本になってしまいます。
ただ、そんなことをやっていたのでは、いつまで経っても本題である物理学へ話が
進まないので、ピタゴラスに代表して頂くことにしたのでした。

時代背景を説明しましょう。
古代ギリシアの時代には、すでにエジプト文明、メソポタミア文明が栄えていて
「ピタゴラスの定理」や「無理数」や「二次方程式」は知られていました。
高度な数学がこの二つの文明で生まれたのには理由があります。

@大河の水量の変化を予測するのに天文学に基づく暦が必要だった。
A測量技術がないと、土地の管理ができなかった。
B交易をするのに天秤を使って重さの比を計る必要があった。

だいたいこのような理由から、実務的な数学が必要とされたようです。
ところが、本当の意味で数学を発達させたのはギリシアでした。
それはなぜか?

のちにヘロドトスは『歴史』の中で、この時代を振り返りこう述べています。
-----------------------------------------------------------------------
ナイル河の氾濫は毎年夏至の頃に始まるのだが、その理由についてエジプト人は誰も
考えたことがないのに、ギリシア人は三つの説を立てていた。
-----------------------------------------------------------------------

つまり、理由を自分の頭で考えて、いくつもの仮説を立て、互いに議論する風潮があったのです。
まさに自然科学の精神じゃありませんか。

エジプト人やメソポタミア人は、この世で起きることは全て神々のやったことだから
理由なんて考えちゃいけなかったのです。
宗教と自然科学はこのように対立します。

実はギリシアにも宗教はあって、同じように神々が世界を動かしていると考えていたわけですが
あるとき、突然変異種のようにピタゴラスという奇人が病的で倒錯した主張を始め、
あろうことか多くの人々がそれに賛同してしまったのです。

その主張とは信仰の対象を「数学」にしてしまうことです。

一人の天才が何を言ったところで世界は変わりません。
しかし、ピタゴラスのような教祖とその教団は、政治的にも権力を握るほどになったのです。
思えば、これこそがアリストテレスを経由して、キリスト教のスコラ学へと繋がっていく、
大きな流れの始まりだったのではないでしょうか?
ピタゴラスの偉業とは、ひとえにその情熱と妄信だと思います。

次の投稿ではピタゴラスとピタゴラス学派が実際にやったことをまとめてみたいと思います。
まさに奇人たちの博覧会です。

23 EMAN 2014/11/25 (火) 17:08:48 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
始まった! 割りと本格的で面白いです。
ピタゴラス、まだ続くんだ?
24 takoyaki 2014/11/25 (火) 17:28:53 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 2015/08/02 (日) 10:51 [修正] [削除]
続きますよw
資料が多くて大変でした。初めのうちは解説が長くなりますね。
そのうちもっとコンパクトになると思います。

人名リストですが、とりあえず次のようにさせて頂こうと考えました。

・キャヴェンディッシュ→追加
・ランダウ      →すでに入っている
・ボース       →追加
・ウィグナー     →追加
・生物学と地学    →今回は取り上げない(と言いつつ、ウェーゲナーは取り上げることにしました)
・メンデレーエフ   →原子論と関わるので特別に追加
・ハッブル      →すでに入っている
・シャノン      →追加
・ノイマン      →追加
・フーリエ      →すでに入ってる
・ヒルベルト     →すでに入ってる
・クーン       →追加
・医学        →今回は取り上げない


以上です。
いかがでしょうか?

25 takoyaki 2014/11/25 (火) 19:25:58 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 12/01 (月) 15:52 [修正] [削除]
ピタゴラスの続きです。
そういえば、まだ言ってませんでしたが、このスレッドの裏の目的は天才(奇人)の
生態を知ることです。

ピタゴラスについては、初めにも言いましたが、本人が何かを発見したという
確たる証拠はありません。
なので、ピタゴラスというより、ピタゴラス学派(教団)の活動内容だと思って
読んで頂きたいと思います。

<ピタゴラス学派の武勇伝etc>
・ピタゴラスは孤独を好み、洞窟に住んだ。→根暗。
・サモス島からクロトーン(イタリア南部)に引っ越して、いきなりカルト教団設立。
・人間の霊魂は本来不死なる存在であるが、罪のための罰として肉体の獄(ひとや)
 に繋がれていると説く。(あれ、キリスト教ぽい?)
・人間は死ぬと、別の生き物に生まれ変わる。輪廻転生。(あれ、仏教ぽい?)
・輪廻転生の苦しみから解脱するには、数学を学ばなくてはならない。謎の結論。
・「ピタゴラスの定理」には深遠な意味があると確信。
・壷に色々な水量の水を入れて、音の響き方を調べる。
・違う高さの音を出すハンマーの重さの比を調べる。
・「5;4」「4;3」「3;5」の長さの比を持つ弦が、長さ3度、4度、長6度の
 音程を生み出し、これらの弦が直角三角形を作ることに気づき、恍惚となる。
・万物には数の調和が潜んでいると直感する。
・完全数と素数を発見。    (←この項目はあとから追加しました)
・点は1の広がりを持ち、線は2、面は3、立体は4である。(0123にすれば良かったのに)
・1+2+3+4=10であり、10は聖なる数だと決めつける。
・宇宙の中心には火があって、その周りを10個の天体が円運動している。すなわち、
 大地→月→太陽→惑星×5→天球である! ・・・あれ、9個しかないぞ?
 「対地星」という見えざる星を勝手に加える。
・任意の立方体の体積を二倍にするための手順を考案。(弟子のアルキュタス)
・人体を解剖し、視神経を発見。すべての感覚は脳と関係を持つと考えた。(弟子のアルクマイオーン)
 動物は知覚しか持たないが、人間は脳で理性的に認識している。(心は心臓にあるのではない)
・対をなすものの均衡が崩れると、人体は病気になると医学を語る。
 例えば(冷たいー温かい)(湿ってるー乾いてる)など。
・神秘なる力を手にしたピタゴラスは、異なる二つの都市に、同時に出現することができた。
・ピタゴラスは世界が自然数の有限和であると、ついに真理に到達→ルート2が無理数と証明され発狂。
 それを知ったものは天罰として、溺れ死ぬ。
 

いかがでしょうか?
狂気と理性の混在した、このピタゴラス教団のカオスな雰囲気が伝わったのではないでしょうか?
今回の内容はアリストテレスへの伏線でもあります。

次の投稿では、出典元などを記載していこうと思います。
私の記載はちょっと遊び心が含まれますが、元ネタはもっとアカデミックなものです。
26 EMAN 2014/11/25 (火) 20:07:42 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
>>24
ランダウ既に入ってましたか。見落としてしまい失礼しました。

>>25
無理数の話がちゃんと入っていたので満足です。
しかもあれこれ説があるところを無難にまとめてあるなぁ、と感心しました。
27 takoyaki 2014/11/25 (火) 20:31:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>26

>あれこれ説があるところを無難にまとめてあるなぁ、と感心しました。
恐縮です。
どこまで引用元の記述に沿って書くか悩みました。
結局、自分の文脈に沿うものだけ選んだという感じです。
このようにして歴史は作られるのだなあと実感しました。
ここで語られているのは、私にとっての歴史なんですよね・・・

ピタゴラスが点を0次元と考えられなかったのは、ギリシアに「0」という言葉が無かったから
だと思います。だから点にも広がりがあるんですね。
「0」を生み出したのは、インドなので、インド哲学にも一度は触れておくべきかも
しれないと考えています。
特別編みたいな感じで。

人間は自分の使用している言語に思考が縛られる、というのは、歴史から学べる教訓の
一つかもしれません。
28 takoyaki 2014/11/25 (火) 21:53:13 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ピタゴラスの続きです。

参考文献を以下に記します。
本当はその内容も書こうかと思ったのですが、かなりの分量になりそうなので、
何か質問があれば答えることにしたいと思います。

『科学史入門』 池内了 著
『神と自然の科学史』 川崎謙 著
『アラビア科学の歴史』 ダニエル・ジャカール 著 吉村作治 監修
『古代・中世科学文化史T』 G・サートン 著 平田寛 訳
『古代ギリシア科学史の旅』 高野義郎 著
『初期ギリシア科学』 G.E.Rロイド 著 山野耕治/山口義久 訳
『科学と発見の年表』 アイザック・アシモフ 著
『科学技術史辞典』 日外アソシエーツ
『図解 科学技術の歴史』 平田寛 著

以上です。
すべてに目を通したわけではなく、ピタゴラスの名前が出てくるところを
主に読みました。
最後にどうしても、これだけは引用しておきたい記述があります。
ピタゴラスの偉大さと愚かさはここに凝縮されています。

それは「無理数の証明」です。

色々と彼のことを調べてから、この証明を見ると感慨深いものがあります。
ユークリッド『原論』10巻より

------------------------------------------------------------
ACを正方形の対角線とし、ABをそれの辺とする。
ACがABと通訳可能とし、a:b を、それらの間の比を
最小の整数で表したものとせよ。
 AC>ABであるから、a>1である。
ここで
 AC:AB= a:b
 AC^2:AB^2= a^2:b^2
ピタゴラスの定理より        (←ここに注目!)
 AC^2 = 2AB^2
ゆえに
 a^2 = 2b^2
したがって、a^2 は偶数であり、aも偶数である。
また、a:b は最小の整数で表された比であるから、bは奇数である。
同じ数bが、奇数であると同時に偶数であるのは矛盾する。
-------------------------------------------------------------

ここにピタゴラスは敗北したのである。
己の手によって。
29 サンマヤ 2014/11/26 (水) 00:37:19 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
>28
とりあえず、手に入りやすい本では、
ちくま学芸文庫の「物理の歴史」がいいかと。
(これは近代以降か・・・)
朝永振一郎の全集にもケプラーの仕事など、
物理学史的な話が多いですね。
30 takoyaki 2014/11/26 (水) 06:27:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>29
情報ありがとうございます。
朝永先生が歴史の本も書かれているとは知りませんでした。
是非読んでみたいですね。
31 takoyaki 2014/11/26 (水) 21:06:20 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 22:02 [修正] [削除]
明日はソクラテスとデモクリトスをやります。

今日は小ネタとして、メソポタミア文明(古代バビロニア)の√2を紹介したいと思います。

『図解 科学・技術の歴史』 平田寛 著 より出典

この本に、古い年度版の白黒写真が掲載されています。
そこには正方形とその対角線が削られており、その下に楔形文字が掘られています。
それは数を表す楔形文字であり、図との対応から、どうやら辺と、対角線と、その長さの比であることがわかります。
そして求められた比、すなわち、√2の値を翻訳すると・・・

√2=1、24、51、10 

あれ?全然違うじゃないか!




と、初めは思ったのですが、
よくよく考えると古代バビロニアは「60進法」だったのです!
(実際には10進法と60進法をごちゃ混ぜで使っていたそうな)

そこで、私は10進法に計算しなおしてみました・・・

√2=1.41419444 (正しくは1.41421356…)

<追記>
手計算で、ちゃんと計算するともっと精度が高いことがわかりました・・・
1.41421296295….
某60⇄10進法変換サイトで入力して、アウトプットされた数字を書きましたが、
小数点以下の計算が意外と雑だったのかな?


まずまずの精度のようですね。
古代バビロニア人がどうやってこの値を求めたのかはわかりません。
皆さんはこの値、どう思われますか?
32 takoyaki 2014/11/26 (水) 22:16:26 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
つづきです。
小数点以下で、ここまでの精度を出すには、実際に正方形を作って測量する方法では
無理だと思います。

例えば、縄に等間隔の結び目を作って、その縄で正方形を作り、辺と対角線に含まれる
結び目の数をそれぞれ数えるといった方法です。

結び目を数えたら1414万2129個ありました、なんてやってられないでしょうから。

つまり、古代バビロニア人は明らかに数学的な計算手法に基づいて
√2の値を求めていたものと思われます。

これは、古代ギリシアのタレスやピタゴラスより以前の話ですから
いかに古い時代から高度な数学が存在していたかが、伺えます。

しかし、楔形文字を使って、どうやって計算していたんでしょうねえ?
33 EMAN 2014/11/27 (木) 11:05:27 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
メソポタミアにはそろばんがあったそうですね。
34 takoyaki 2014/11/27 (木) 12:36:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>33

『科学と発見の年表』 アイザック・アシモフ 著

に、そろばんの項目があったと思うので、あとで調べてみます。
アシモフさんの知識量ははんぱないです。
35 takoyaki 2014/11/27 (木) 13:03:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
< 科学史「論争」 募集します >

勝手ながら、takoyaki に知識を授けて下さる方を募集します。
私の「科学史」スレッドでは、様々な科学の「論争」を取り扱っていきたいと考えていますが、
なにぶん私はまだこれから勉強する身なので、どんな科学の論争があるのか、よく知らなかったり
します。
そこで、事前調査をさせて頂きたいと思います。

例)光の「粒子説」vs「波動説」
  「粒子説」→ニュートン
  「波動説」→ホイヘンス、ヤング

みたいな感じで、登場人物も教えて下さると助かります。
よろしくお願いします。
36 かん 2014/11/27 (木) 15:55:43 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
古典を捨ててしまった中世ヨーロッパ世界に代わって古代ギリシャ哲学を継承して、近代西洋科学の発展の基を作った中世ペルシャ・イスラム世界の科学者達が完全に無視されています。彼らはインドの数学を受け容れ、代数学やアルゴリズムの基礎を作っています。天文分野でも、精度の高い暦を作っていますね。医学や化学での発展の方が有名ですが。彼らの成果は小中学校でも教えられるくらい現代の世界に馴染んでしまっています。アラビア数字、移項、代数、三角法、光学、アストロラーベ、経験主義科学などなど…
西洋科学史の系譜から彼らを省いてしまうのは、ヨーロッパだけが古代ギリシャの正当な継承者であるという近代西洋の傲慢を無批判に受け入れることに他なりません。
37 甘泉法師 2014/11/27 (木) 16:30:05 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。

>>36 お話しと関係しないかもしれませんが最近青空文庫で読んだ文章

芸術と数学及び科学
三上義夫
http://www.aozora.gr.jp/cards/001017/files/47291_41293.html


が近しいと感じたのでご紹介する次第です。

古代ギリシャを継承したローマでは自然科学が発達しなかった。

イスラム科学では詩人のオマル・ハイヤームの業績を語っています。

文化の発展には旬があり、さらに芸術から科学へは興隆の時差があるという話で、日本の科学に期待をもちたいと結んでいます。

読書感想、失礼しました。
38 takoyaki 2014/11/27 (木) 19:27:52 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>36
かんさん、はじめまして。よろしくお願いします。

実は古代ギリシアが終わったら、インドとアラビアを取り上げるつもりだったのですよ。
といっても、他と同じくざっくりとしかやりませんが。

アラビア数学の一つの難点は、日本人が誰でも知ってるような有名人がいないということですね。だから、人名リストに名前が出てこないのです。

ただ、アラビア(中世ペルシア・イスラム世界)が数学に多大な貢献をしたということは、
わりあいよく知られていることではないでしょうか?
私は子どもの頃から、学習教材やテレビ番組などで知っていたような気がします。

今のところ私の手の届く文献は

『アラビア科学の歴史』 ダニエル・ジャカール 著 吉村作治 監修

だけです。
もし今後の記述に至らない点がありましたら、ご指導頂けると助かります。

ちなみに、私の調べた文献ではアラビア数字はインドから学んだものであると書かれていました。なにぶん昔のことなので、本当のことなのかはわかりませんが。
39 takoyaki 2014/11/27 (木) 19:37:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>37
甘泉法師さん、ありがとうございます。

あとで休憩時間に読ませて頂きます。
青空文庫って意外と色々なものを扱っているんですね。
それから、別スレッドになってしまいますが、「科学史を勉強してみたいです」にて、
参考図書のご意見を頂いておりました。

 *coJJyMANさん、吉仲正和先生の本を発見しました。
 *サンマヤさん、高林武彦先生の本を発見しました。

いずれ、参考文献として利用させて頂くつもりです。
重ねて御礼申し上げます。
40 takoyaki 2014/11/27 (木) 19:55:46 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
それでは、予告していた第二回をこれから始めたいと思います。

<前置き>
前回、ピタゴラスの時代はカオスだったと言いました。
例えば、ピタゴラスは教団の信者に秘術を教える時、謎めいた短い言葉を好んで使いました。

「何が最も知恵あるものか。数であり、二番目には事物に名前をつけた者である」

それは、指導者にとって都合の良い権威に満ちた反問を許さぬ教えでした。
ピタゴラスがそうだと言えば、そうであり、間違っているという意見は成立しえなかったのです。
なぜならそれは、あなたがピタゴラスを理解していないから、ということになるのでしょう。
うん、まさに欺瞞です。

こういった宗教や学説は地域ごとにあって、それぞれに権威ある人がいて、「私こそが正しい」と
主張しました。
そんな諸説入り乱れた時代に現れた二人の男をご紹介しましょう。

ソクラテスとデモクリトスです。二人とも同世代の人物で、気持ちのいい人たちです。

41 takoyaki 2014/11/27 (木) 20:28:07 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ソクラテス
[BC470-BC399]

ソクラテスを一言で表すと「勇気ある正直者」です。
嘘つきを嘘つきだと正直に言って、殺されてしまいました。

ソクラテスはアテナイ(アテネ)で生まれました。
ちょうど彼の生きた時代にペロポネソス戦争があり、彼は敗走するアテナイ軍の
殿(しんがり)を務め、見事に戦い抜いて生還しました。
このあたりからも勇敢さが見てとれます。

また、当時の専制政治の中で不当に逮捕されそうになった人物を庇い
命令に背いて、命を救ったという男気溢れるエピソードもあります。

ソクラテスは、自身では何も書き残していないので、残されているのは彼についての
伝聞のみです。その風貌について一貫しているのは「醜い姿」だったということだけです。
しかし、私は敬愛を込めて「アニキ」と呼びたい。
彼の死後も、その姿は弟子たちの心に深く刻まれたのです。

ソクラテスは知恵を司るデルポイの神から「ソクラテスに優る知恵者はいない」
との神託を受けます。
しかし、正直者の彼は「本当に?」と疑い、自分より知恵のある人を探す旅を始めます。
そして、世間の知恵者と呼ばれる人々は自分でそう思い込んでいるだけで、
実際にはこの世界のことなんて何も知っちゃいない、という現実に気づいたのです。
そこで、
「少なくとも無知を自覚している私のほうが、彼らより知恵者である」
と、言ったのでした。

ソクラテスはピタゴラスのような独善的な知識の詰め込み型教育を嫌いました。
代わりに、弟子たちに、「自分で知恵を生み出す人になれ」と指導しました。
その弟子の中には、プラトンもいます。

アニキは、青年たちに悪い影響を与えたとして、裁判で死刑になりました。


ソクラテスは観念論の始まりとも言われています。
精神的な物を重んじて、物事を理解しようとする考え方です。唯物論と対峙します。
自然科学にはあまり貢献していません。
その関心は、道徳や社会に在り方に向けられました。
42 takoyaki 2014/11/27 (木) 21:09:29 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 12/01 (月) 15:55 [修正] [削除]
デモクリトス
[BC460-BC370]

原子論で有名なデモクリトスは、古代人とは思えないくらい現代的かつドラスティックな思考で
物事を見ていました。切れっ切れに冴えています。

まず、デモクリトスは「無神論」の立場です。
「人も原子の集まりだから、死んでも原子に戻るだけ。神はいない。あの世もない」
と言っています。
存在の本質は「原子と空虚」のみだとし、物体の形状、状態の相違は原子の組み合わせ配列の
違いに過ぎないというのが、彼の持論。
原子は不可分で不生不滅であり、自己同一性をもち、永久に運動を続ける。
原子は空虚の中を運動し、組み合わせは常に変化していく。それをマクロスケールで見たのが
我々の世界というわけです。
だからあらゆる出来事には必然的な原因があると断言し、超自然的な力の介在を除外しました。
これは現代の物理学に近いものがあります。

彼は人の意識すら機械的であると考えました。
「霊魂の原子は、他の物質原子に運動をもたらす。知覚は、外界の原子が感覚器官内の原子と
衝突し、霊魂の原子に変化を与える物理的過程である」

同時代のアナクサゴラスの「物体は無限に分割できる」に対し
「物質はそれ以上分割できない原子でできていて無限分割はない」と反論します。

同じくパルメニデースの「あるものはあり、あらぬものはあらぬ」に対し
「空虚は物質としてはないが、場所としてはある」と反論します。

さらに数学的にも原子論を唱えていたようです。
「円錐を底面と平行に薄くスライスしていく。原子より小さい幅でスライスすることはできない。
したがって、円錐の斜面は十分に拡大すれば階段状になっている」

あまりにも早すぎたこの考え方は、原子の存在を証明できなかったために厳しい批判を浴び、
忘れ去られていきました。
原子論が有力になるのは、それから2000年後のことです。

そんなデモクリトスですが、人柄はさっぱりとしていて「よく笑うおっさん」だったようです。
人の生き方について尋ねられると
「人間は理知的に心の静けさを求め、たくましく、明るく生きなくちゃいかん」
と答えたそうです。

これで第二回を終えます。
次は参考文献の記載をします。
43 takoyaki 2014/11/27 (木) 21:17:55 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
第二回 参考文献

『科学と発見の年表』 アイザック・アシモフ 著
『科学史入門』 池内了 著
『古代ギリシア科学史の旅』 高野義郎 著
『科学思想史入門』 磯直道 著
『西洋哲学史T』 神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 編


次回プラトンは来週の火曜日あたりにアップしたいと思います。
プラトンはあまりに資料が多すぎて、目を通すだけで一苦労です・・・
44 サンマヤ 2014/11/27 (木) 23:43:28 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
イスラム科学についての文献としては、
この分野の専門家の本があります。
翻訳本では、
アラビア数学の展開 (コレクション数学史)

日本人の研究者の書いた本では、
三村太郎「天文学の誕生――イスラーム文化の役割 (岩波科学ライブラリー)」

この2つはよくできると思いました。
45 EMAN 2014/11/28 (金) 01:07:08 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
>>38
アラビア、イスラムは技術や知識の保存者といった感じの役割ですね。
数学史では良く出てきますが、
物理学史に限定するとあまり語れることがないように私も思います。

>>41
>しかし、私は敬愛を込めて「アニキ」と呼びたい。

ははは、いいですね。 戦いでも勇敢な経歴を持っていたとは初耳でした。
「若者をたぶらかすへそ曲がり」というイメージが抜けなかったので
これで印象がかなり変わりました。

>自然科学にはあまり貢献していません。

そう。アリストテレスへのつなぎという感じがします。
プラトンがどう紹介されるのか楽しみです。

>>42
>同時代のアナクサゴラスの「物体は無限に分割できる」に対し
>「物質はそれ以上分割できない原子でできていて無限分割はない」と反論します。

これは現代でも解決していない話ですよね。
ある意味、どっちも正しいのかも知れないとか思ったり。
今わかってることはきっと彼らが想像してたレベルを越えてますよ。
46 takoyaki 2014/11/28 (金) 07:15:48 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<第二回余録>

サンマヤさん、情報ありがとうございます。
サンマヤさんは色々な本を読まれていますね。タイトルが次々と出てくるのがすごいと思います。

EMANさん、今回も感想いただきありがとうございます。励みになります。
「物質は無限分割可能か?」については
ライプニッツの「モナド」や
この掲示板における「x_seek式多世界解釈の素状態」
に通じるものがあると思います。
あるいは、宇宙を有限の量子ビットを集めた情報集合体とする考えなども。
今後も追っていきたい論争の一つです。

***********************************************************************************

デモクリトスの「原子論」には、多くの科学者が、その著作の中で言及をしています。
今回たまたまデイビッド・ボームの批判を見つけたので、その要約を紹介しておきたいと
思います。

『全体性と内蔵秩序』 デイビッド・ボーム 著 より要約

原子論は、全体をその構成要素に断片化し、それらが機械的に作用し合っているという
考え方を絶対真理にした。
それは我々の思考形式をも固定観念に縛りつけ、科学の断片化を生み出した。
しかし、相対論と量子論は、どちらも世界を分割不可能な全体と見る必要を要請する。
観測者や観測機器まで含めたあらゆる部分が浸透し合い、結び合って一つの総体を
なしているのだ。
原子論的な洞察形式は、ある限られた文脈中でのみ妥当な単純化である。


以上です。
ボームがどうしてこんなことを言ったのかは、いずれ調べていきたいと思います。
47 takoyaki 2014/11/28 (金) 08:38:30 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>33
そろばんについて。
ウィキペディアには、古代バビロニアにそろばんがあったとする記述がありますが、
私の調べた文献からは残念ながら確認できませんでした。

『科学と発見の年表』 アイザック・アシモフ 著

によると、エジプトには、遅くとも前500年には知られたいた、とあります。
「アクバス」と呼ばれる物で、針金に通した数珠玉を平行に何列も並べたもの、だそうです。

エジプトにあったということは、バビロニアにもあったと考えても良いかもしれません。
ただ、バビロニアには、計算結果表が刻まれた粘土版が多数見つかっているようなので、
実際には表を見るか、答えを暗記していた可能性が高いような気がします。

そろばんは、中国、エジプト、バビロニアの数学に対する態度を象徴しているように思えます。
3と4を足すと7になるとか、
5を5回足すと25になるとか、
数学は単なる規則の集まりなのです。

対してギリシアでは、数学を使えばこの世の物質的な見せかけの世界の背後にあるものを
知ることができるという信念がありました。

規則vsアルゴリズム の対立軸で見ると面白いかもしれません。
機械vs脳 かな?

インドとアラビアが、このあたり、どういうスタンスを持っていたのか。
まだ調べていないので、今後も追っていくつもりです。
48 甘泉法師 2014/11/28 (金) 11:29:14 ID:ctwIRbLQLU 修正アリ: 12:53 [修正] [削除]
こんにちは。

>>42 デモクリトスのつけた道の先に位置づけることができるルクレチウスについて
青空文庫で読んだ ルクレチウスと科学 寺田寅彦

http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2347_13818.html

「物の本性について」英訳も読めるようです。

http://www.gutenberg.org/files/785/785-h/785-h.htm

読んだ記憶はあるのですが、だいぶ漠然としています。失礼しました。
49 ********** 2014/11/28 (金) 12:04:23 ID:********** 削除日時: 15:23
(投稿者によって削除されました)
50 ひゃま 2014/11/28 (金) 12:15:54 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
論争物理学小史
http://ci.nii.ac.jp/els/110007016413.pdf?id=ART0008937410&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1417144292&cp=

 1.1912 ;アブラハムvs アインシュタイン
 2 .1918 ;アインシュタインvs シュレーディンガー
 3 .1927 ; ボーアvs アインシュタイン
 4 .1955 ;ボルンvs ホイッテーカー
 5 .1961 ;ディラックvs インフェルト
 6 .1983 :運動方程式を巡る円卓討論会

メニューは、以上のようです。
今後の論争メニューの参考に
51 takoyaki 2014/11/28 (金) 20:50:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>37>>48
甘泉法師さん、いつもありがとうございます。

詩人のオマル・ハイヤームのことは初めて知りました。
もしこれから文献の中にも彼の名前が出てきたら、少し詳しく読み込んでみたいと思います。

私はどうにも中世時代の宗教が自然科学の発展を阻害してきた印象が強いのですが、
イスラム世界における自然科学がどういう扱いなのか全く知らないので、そこに関心が
あります。

それから48のほうですが、
ルクレチウスについては、私の科学史では扱いませんが、寺田寅彦さんが「自由意志」に
言及しているあたりは「お?」と思いました。

「物の本性について」は興味がありますが、英訳を読むのはちょっと敷居が高いですね・・・
ファイマン物理も英語版が無料なので、初めの何ページか読んだことがあるのですが、
正直なところ、英語の壁にぶつかってしまいます。
読むのにすごく時間がかかるんですね・・・

ただ、このスレッドには英語を読める方も大勢いらっしゃると思いますので、ご紹介頂けるのは、
とても有り難いです。

私がコメントができないのが申し訳ないので、「takoyakiは英語が苦手だ」ということは
正直に伝えておこうかなと。

ちょっとネガティブなことを言ってしまいましたが、これからも是非お付き合いのほど
よろしくお願い申し上げます。
いつもありがとうございます。

(本当は理系英語の勉強もしたいんですけど、時間がね・・・すみません)
52 甘泉法師 2014/11/28 (金) 23:53:07 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。 ハイヤームのルバイヤート なかなかいいですよ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000288/files/1760_23850.html
「2
もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来(きた)り住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!」
53 takoyaki 2014/11/29 (土) 00:24:21 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>52
甘泉法師さん、こんにちは。

中国の漢詩にも似たような内容の詩があったような気がします。
どこに生まれても人間は変わらない心を持っているようですね。

しかし、主題としては世界の真理など哲学的なものが多いのが特徴的に思えます。
(漢詩では、風景賛美や政治(あるいは生まれた時代)への嘆きが多いように思います。)
これはハイヤームの個性なのか、ペルシアの風土なのか、気になります。

あと、酒飲みですね!ハイヤームは。

54 takoyaki 2014/12/01 (月) 15:50:20 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
明日はプラトンについて投稿するつもりですが、今日はその前にピタゴラス以前の数学
について簡単にまとめておきたいと思います。
いちおう流れを把握しておきたいと思ったもので。

『科学技術史辞典』 日外アソシエーツ より抜粋

BC20世紀前半  メソポタミアで、二次方程式が解かれる。
BC19世紀    メソポタミアで、ピタゴラスの定理が発見される。
BC18世紀    メソポタミアで掛け算の表が作られ、使用されていた。
BC10世紀前半  中国で、そろばんが発明される。
BC876     インドでゼロの記号が使われる。(実際はもっと古いと思われる)
BC600〜591  中国の数学書『グリモンの算術と天空の円軌道』(?)に
        ピタゴラスの定理の最初の証明が掲載される。
BC585     タレスが西洋数学最古の定理を証明。(タレスの定理)
BC582     ピタゴラス誕生。
                ・
                ・
                ・

というわけで、この記述がすべて正しいかどうかはわかりませんが、4000年くらい前から
数学は生活の道具として利用され、1500年くらいかけて、ある程度高度に発展したものを
タレスがエジプトとバビロニアで旅をして学び、ギリシアに伝えたものと思われます。

そもそもタレスが実在する人物かどうかもわかりませんが、ギリシア人は知識を求めて
旅をする傾向が強く、タレスみたいな人がいっぱいいた、というのが本当のところではないかと。
ちなみにピタゴラスもソクラテスもプラトンも旅をしています。


それから、ピタゴラス教団の武勇伝に次の記述を追加しておきます。
・完全数、素数の発見
『世界を変えた24の方程式』 ディナ・マッケンシー 著より

また、デモクリトスの原子論の説明に次の記述を追加しておきます。
・原子は不生不滅であり、自己同一性をもち、永久に運動を続ける。
『物理学者小伝』 並木雅俊 著より


これで、スッキリしました。
プラトンへ進むことができます。
55 takoyaki 2014/12/01 (月) 23:11:13 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>50
ひゃまさん、お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
論争ネタの情報ありがとうございました。
感謝申し上げます。

アインシュタインはその業績と論争の数から、とても1〜2ページで扱えるような気がしません。
私の科学史がそこまでたどり着くにはだいぶ時間が掛かりそうですが、
少しずつ情報収集していきたいと思います。
56 takoyaki 2014/12/02 (火) 21:08:25 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
第三回 はじめます。今回はプラトンです。

プラトン
[BC427-347]

プラトンはギリシアを代表する偉大な哲学者であり、「アカデミー」の語源ともなった
学園アカデメイアの創設者でもあります。またイデアの提唱者としても有名です。
プラトンについての文献、学説は実に膨大で、探せばいくらでも出てきます。
一体、どんなすごい人物なのだろう?と思い、私は調べました。そして驚いた。

プラトンは実はこれ以上、ほとんど語るべきことはありません。
特に自然科学についてはそうです。

プラトンは「仕掛け人」だったのだと思います。
人を乗せるのがうまいんですね。
イデアがあるということ以外は何も断定せず、あとは後世の人々に託すとか、
かっこいいことを言って、放り出しています。
そういう「作戦」なのです。

プラトンは高貴な家に生まれ、政治家を目指し、ソクラテスの弟子になって勉強しました。
しかし、政治体制は崩壊し、ソクラテスは死刑になり、絶望し、悩み苦しみました。
そこで、まずは教育だ。学校を創ろうと考えたわけです。
これが大成功して、この学園アカデメイアからアリストテレスをはじめとする優秀な逸材が
巣立っていき、学問しようぜという大きなムードを今日まで生み出す火種となったのです。

プラトンは優秀な教育者でした。でも、本人自身は根拠に乏しい空想ばかりを語っています。
それなのにどうして、こんなに大ヒットしたのか?
プラトンの著作はほぼすべて現存していると言われています。そして、その内容はほぼ
主要人物の対話形式によって進んでいきます。
読者は、どの人物がプラトンの主張を代弁しているのかわかりません。
結論が出ないまま対話が終わることもままあります。
にも関わらず、登場人物同士の対話を傍で見ているうちに、自分も哲学がやりたくなるのです。
『プラトン全集2』の中で登場人物のソクラテスがこんな感じのことを言っています。

「物に名前をつけるということについて、君は私と語り合った。ところで、私は何一つ君に
主張をしなかった。ただ、一緒に考察してみただけだ。だが、その結果どうだろう、君は
以前の状態に比べて前進した。そうではなかったかね?」

こういうことを永遠と繰り返すわけです。
それを読んでも、何も断定されておらず、物の本質について観念的に考える姿勢
ばかりが描かれます。これがプラトンのやり方なのです。
その結果、優秀な逸材が育ち、たくさんの本が生まれ、無数の解釈が誕生しました。
プラトンが哲学的に何を言いたかったのかは、あまり気にしなくていいと思います。
その自由で、のびのびとしたムードを生み出したこと、それこそがプラトンの最大の
仕事だったと私は考えます。

そんなプラトンの人柄ですが、忍耐力がって、スケールの大きな抱擁力のある人物だった
ようです。
アカデメイアは成功しましたが、政治の舞台では肩入れした人物が暗殺されるなど、
挫折も味わっています。波瀾万丈の人生だったようです。

次の投稿では、いちおう「イデア」について簡単にまとめておこうと思います。
57 takoyaki 2014/12/02 (火) 21:46:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
「イデア(idea)」とは何か?
少し解説を試みたいと思います。

「1」という文字は見ることができるが、消してしまえば「1」を見ることはできない。
しかし、「1」の本質がなくなったわけではない。

「描かれた三角形」は、消せば見えなくなるが、「三角形」という図形の性質は消えない。

それらはどこにあるのか?
これらは物質を超越した観念の世界にあり、生成も消滅もせず、離在している。
こういったものをイデアと呼んでみようということのようです。
しかし、例によってプラトンが直接にイデアを定義している記述はありません。
「愛」とか「正義」もイデアに含まれたりします。その他何でもイデアになります。
だから、人の数だけイデアの定義があるのかも、なんて言ったら
ソクラテスが「では、それについて一緒に考察してみよう」とか言いそうw


それから、アカデメイアについても少し補足しておきます。
プラトンはピタゴラス学派からも影響を受けています。
ピタゴラス学派にはコテコテの神秘主義者と、比較的まっとうな数学探究グループがあり
プラトンのアカデメイアは、この数学探究グループから強く影響を受けています。

プラトンの業績として
・正多面体は五つあって、それ以上はないことを発見した。
・作図問題で、定規とコンパスしか使ってはいけない、という約束を確立した。
・惑星の不規則な運動は、完全な円運動だけで解決するべきだと提唱した。
などが、ありますが、たぶん本人が考えたわけではないと思います。

ただ、数学を重要視したのは事実であり、アカデメイアの入り口には
「幾何学をせざるもの、この門をくぐるべからず」
の文言があったと言われます。
この下地があったおかげでアリストテレスという知の巨人が生まれる舞台が整ったのだと
推測されます。

以上です。
58 takoyaki 2014/12/02 (火) 21:53:15 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
第三回 参考文献

『古代ギリシア科学史の旅』 高野義郎 著
『科学思想史入門』 磯直道 著
『初期ギリシア科学』 G.E.Rロイド 著 山野耕治/山口義久 訳
『図解 科学技術の歴史』 平田寛 著
『プラトン』 中野幸次 著
『プラトンを学ぶ人のために』 内山勝利 編
『物理学者小伝』 並木雅俊 著
『プラトン全集』

次回 アリストテレスは次の木曜に投稿予定です。
59 EMAN 2014/12/02 (火) 22:14:17 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
デモクリトスの著作物を集めて燃やし尽くしたプラトンの話が聞けると思ったのになぁ。(笑)
デモクリトスを持ち上げる話はその前フリなのかと思って楽しみにしてました。

でも怪しい伝承に過ぎないので書くのをやめたのですね、きっと。
60 takoyaki 2014/12/02 (火) 22:37:54 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>59
え?そのエピソードは初耳ですよw
そんなに二人は仲悪かったんですか?

意見の内容が完全に食い違っていて、互いを強く意識しているのは把握してました。
デモクリトス;アトムあってのイデア
プラトン  ;イデアあってのアトム

でも、プラトンの性格からして自分と違う意見を尊重するという穏健派の立場を
とりそうな気がしたのですが・・・ソクラテスの悪口でも言われたのかなあ?

中世時代になると
プラトンの観念論は宗教と相性が良かったのに対して
デモクリトスは神を否定してますから、攻撃の対象になったというのは書き忘れてました。


61 takoyaki 2014/12/03 (水) 23:34:28 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
デモクリトスの本をプラトンが焼いた話ですが、ウィキペディアに載ってますね。
本ばかり見て、ネットの情報には目を通してませんでした。
これからは、補足的にネットの情報にも目を通すことにしようと思います。

それから、アリストテレスの紹介が終わったら、同時代の哲学者とアリストテレスの論争を
取り上げようと思います。
特にデモクリトスvsアリストテレスが面白くなりそうです。
他のと比べた場合のギャップが。
この先、このような対決モノを人物紹介とは別にシリーズ化しようと思います。
記事にしたものは順次>>2に項目を追加して、リンクを貼り、並べていくことにしました。
今回はその予告までです。木曜にアップできるかはわかりません。
62 EMAN 2014/12/04 (木) 01:16:15 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
ウィキペディアの「デモクリトス」の項目に書かれているのと、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B9
アンサイクロペディアの「デモクリトス」の説明の方も
皮肉混じりで面白い書き方がされてますね。
http://ansaikuropedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B9

この伝承の出典はどこだろうと探したのですが、
次のブログに書いて下さってます。
http://d.hatena.ne.jp/nikubeta/20101002/p1

あ、アンサイクロペディアの「プラトン」の項目も面白かったです。
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%B3
63 takoyaki 2014/12/04 (木) 07:19:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
EMANさん、情報ありがとうございます。

プラトンの伝説についてプラトン的に考えてみましたw

私    「プラトンの伝説は本当でしょうか?」
ソクラテス「君はどう思うのですか?」
私    「自由な対話をするにはデモクリトスの意見も尊重するべきだと
      プラトンなら考えたと思います」
ソクラテス「しかし、プラトンは善い政治を行うために彼の哲学を生み出したのです」
私    「じゃあ、プラトンの考える善い政治の邪魔になるなら燃やすかもしれませんね」
ソクラテス「あるいはそうかもしれません」
私    「いったいどっちなんですか?」
ソクラテス「私は別にどちらの意見を主張するつもりもありませんよ。
      ただ疑ってみただけです」
私    「それじゃあ、答えが出ませんね」
ソクラテス「本当にそうでしょうか?」
私    「どういうことですか?」
ソクラテス「では、人間は過去の歴史について何を語りうるか?
      君さえよければ、今から私と語り合ってみないかね?」
私    「望むところです」

こうして哲学談義が始まった・・・
(ちなみに、この議論に結論はない)
64 takoyaki 2014/12/04 (木) 20:28:51 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
それでは第四回を始めたいと思います。

第四回

アリストテレス
[BC384-322]

この方は、ギリシア哲学の総集編みたいな位置付けです。
大勢の哲学者のいいところ取りをして、一番もっともらしい答えを体系化しました。
その領域は広大で、およそ思いつく限りのことをやってます。
しかも、その方法論は合理的だったので、後世の人から「知の巨人」とか言われています。
それから、実はかのアレクサンダー大王の家庭教師もしてました。すごいですね。
リュケイオンという有名学校も創ってます。
というわけで、古代の自然科学を代表する最重要人物です。

持ち上げたので、次、落としますよ?
そんな彼も今から考えるとおかしなことをたくさん言っております。
(いずれガリレオとの対決で明らかになるでしょう。)

<アリストテレスの物理法則>
(1)重さの異なる物体は、同じ媒質の中で、その重さに比例した速さで運動する。
  (重たいものほど速く落下する)
(2)異なる媒質の中を物体が運動するとき、その速度は媒質の密度に反比例する。
  (真空中では全方位に速度無限になる。よって、真空の存在を否定)
(3)天体は地球を中心に回っている。地上と天界では構成物質が異なるので法則も異なる。
(4)地上の物質の構成要素は四元素だけ。天界のエーテルを加えると五つ。原子論は否定。
   物質は無限に分割可能である。
(5)全ての物質は目的を持って運動している。

今の物理と比べちゃうと、笑っちゃうよね?

・・・でも、
私はもう笑えない。調べたら、すごい人だってわかった。
もし同じ時代に生まれたら、私はアリストテレスを正しいと考えたと思う。
それを実感するには、他の論客との対決を眺めるのが一番でしょう。

その前に、彼の業績を一応真面目にまとめておきます。
・<演繹法>と<帰納法>を生み出し、論理的に概念を構築する枠組みをつくった。
・次の学問を体系化し、後世に残した。
 {哲学/論理学/倫理学/政治学/動物学/植物学/天文学/修辞学/芸術論}
・学問のための学校を作った。

中でも「動物学」の業績は特筆すべきものがあります。
約120種の魚類、60種の昆虫を含む500以上の動物について、
自分で調査するのはもちろん、漁師、猟師、馬の調教師、養蜂家etc…
あらゆるところからデータを集めて体系化しています。
見るとびっくりします。

とりあえず、こんなところですかね。
全然書ききれた気がしないのが、彼のすごいところです。
この先、機会があればその度にアリストテレスの考えを紹介していくことにしましょう。
とりあえず、すごいってことが伝わればいいや。

ということで、次回は対決シリーズをやりたいと思います。
予告 <@ピタゴラスvsアリストテレス>


65 ダークサイド 2014/12/04 (木) 21:50:53 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
アリストテレスというと頭の中で考える人というイメージが強いのですが実験や観察はどれくらい行ったのでしょうか。
66 takoyaki 2014/12/04 (木) 22:18:39 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>65
私も短い期間で調べただけなので、専門家のようには答えられませんが、
物理学の法則については、実験と言えるほどの実験はしていないと思います。
あくまで身の回りの自然を観察して、そこから洞察を得ていったようです。
間違った結論に至ったのも、洞察から結論を出すまでのプロセスが性急すぎたのが原因と思われます。
実験をすることの重要性にまだ気づいていないんですね。

ただ、観察についてはハンパないです。
中でもアリストテレスが最も時間を費やしたと思われるのは生物の観察です。
かなり解剖を行っています。
体の発達の仕方や、赤ん坊がどうやって親の形質を受け継ぐかや、内蔵の形や血管の数が種族間や、オスメスでどのように違うかなどを調べています。

例えば、イルカは胎盤を持っていて、子どもに乳を飲ませることを観察し、魚類ではなく哺乳類であると分類しています。

また有性生殖が一般的な生物界の無性生殖の可能性などについても次のように言及しています。
「もし、ある種の動物がメスだけであって、それと別にオスがいないなら、この動物はメスだけで子どもを産むことが可能である。少なくとも今までのところは、これは信頼できる方法で観察されていないが、魚類における若干の場合は、われわれをためらわせる。たとえば、<エリュトリノス>と呼ばれる魚のオスは今までに一匹も見られたことがないが、メスのほうは腹子をいっぱい持ったものも含めて目撃されている。しかし、このことについては、まだ信頼できる確証が得られていない」

と、まあ、こんな具合です。
こういうことが本にいっぱい書いてあると想像して頂ければと思います。
(間違った内容もいっぱいありますけどね)
67 ダークサイド 2014/12/04 (木) 22:48:20 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
ばりばりの生物学者ですね。イルカはどう見ても魚でしょう。私だったら気付きませんよ(笑)。
68 takoyaki 2014/12/04 (木) 22:59:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今の私たちだと、生物と物理って全然違うカテゴリーですけど、昔はどちらも自然の営みということで同一視されていたんですよね。
例えば、河原の石ころが似たようなものが集まっているのと、鶴が同じ種族同士で群れを作って空を飛ぶのは何か同じ原理が働いているんじゃないかとか、そういう発想です。

アリストテレスは生物が好きだから、この世界も生物のような仕組みで動いていると想像したに違いありません。
それが正しいかどうかということは脇において、ちょっとロマンチックな世界観だなあと、調べていて思いました。
69 ダークサイド 2014/12/04 (木) 23:01:39 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
ガリレオが楽しみです。私はガリレオの物理学に興味があるんです。調べたことはないんですが。
70 takoyaki 2014/12/04 (木) 23:23:31 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
実をいうと、私もガリレオのこと、ほとんど調べてないんですがw
今回から伏線張っといて、それをどうやって回収するかは全然考えてないんですよ。
まあ、なんとかなるかなって。

ガリレオやるときは、自分も「慣性の法則」とか、しっかり勉強したいと、漠然と思ってます。
なんでそういう話が出てくるのか、ガリレオの気分になって考えてみたいんです。
さて、どうなることやら・・・
71 ひゃま 2014/12/05 (金) 08:14:03 ID:3lIzcPo45k 修正アリ: 09:25 [修正] [削除]
tokoyakiさん、おはようございます。

>>70

ガリレオについては、慣性の法則お見つけたのは偉大ですが、
重いものも軽いものも同じ速さで落ちるというのは、第3者的に見て、
重いものほど早く落ちるというアリストテレスが正しかったと考えます。
72 ダークサイド 2014/12/05 (金) 15:15:43 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
ひゃまさんはどうしてアリストテレスのほうが正しいと考えるのですか?ぜひひゃまさんの意見を教えてください。このスレだと邪魔になるかもしれませんけど。
73 ひゃま 2014/12/05 (金) 15:25:02 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
え、ひゃまの意見だけでなく、第3者からみると、以下のようになるかと?

という形になる。つまり、mが大きい方がrは速く減少していくことになる。
http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/cgi-bin/pukiwiki/index.php?%BD%C5%A4%A4%CA%AA%C2%CE%A4%E2%B7%DA%A4%A4%CA%AA%C2%CE%A4%E2%C6%B1%BB%FE%A4%CB%CD%EE%A4%C1%A4%EB%A4%C3%A4%C6%CB%DC%C5%F6%A1%A9
74 ダークサイド 2014/12/05 (金) 15:52:07 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
なるほど万有引力の逆2乗の式で考えるとその結論になるんですね。気付きませんでした。
75 ダークサイド 2014/12/05 (金) 16:22:48 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E6%9C%89%E5%BC%95%E5%8A%9B
万有引力の発見の歴史は面白いですね。
76 EMAN 2014/12/05 (金) 16:31:30 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
>>73 >>74

そのリンク先の議論は、落とす物が重いほど、
それと引き合ってる相手である地球も早く上向きに近付いてくるので、
重いものを落とした時の方が両者の接近速度が「微妙に早い」と言ってるだけですよ。
第3者から見ようと、地上で立って見ようと同じ結論です。
地球が大きすぎるので普通は無視できます。

アリストテレスは「重さに比例する」と主張していたので
アリストテレスの方が正しい、とはなりません。
77 ダークサイド 2014/12/05 (金) 16:50:39 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
>>76
早とちりしてました。良く読んでみます。
78 ひゃま 2014/12/05 (金) 19:31:17 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>>77

早とちりってなによw

まあ、定量評価は別として哲学的な意味では五十歩百歩なところがあるということね
79 ダークサイド 2014/12/05 (金) 22:36:47 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
>>76
>>78
ちゃんと読んでみたら逆2乗則云々関係なく地球の動きを無視せずに考えるとこうなりますよって話でしたね。失礼しました。
80 サンマヤ 2014/12/05 (金) 23:01:50 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
アリストテレスが正しいというなら、
空気抵抗下における「終端速度」は質量に比例しますね。
なので、空気抵抗が大きく、十分な落下時間があれば、
速度は重いほど速くなります。
なので、「観測」だけからアリストテレスがああいう結論にいくことは、
仕方なかったのかもしれません。
そこが、「実験」をして運動の原因を切り分けて明らかにした、
ガリレイとの差だったのでしょうね。
81 takoyaki 2014/12/05 (金) 23:04:51 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
皆さん、こんにちは。

ガリレオって人気あるなあ。
(下手なこと書いたら、つっ込まれそうw)

ひゃまさんのご意見、参考にさせて頂きます。そういうの待ってましたw
ここでは正統性を決めるのがスレッドの目的ではないので、どんな意見もあっていいと思います。
あくまで歴史を通して、科学的な物の見方を学ぶってのが主旨の一つですからね。

乗っかるわけじゃないけど、私が言おうと思っていたことはEMANさんと同じでした。
アリストテレスは、「比例する」って言っちゃってるんですよね。
でも、それが違うってことは、実験をすれば簡単に確かめられることだったはずなんです。
それをしていなかったから、初見的な洞察として「たぶん比例するんじゃない?」くらいのことしか言ってないのだと思います。
アリストテレスは実験の重要性にまだ気づいていなかった。
これが私の意見です。

仮にアリストテレスが当たっていたとしても、あてずっぽうの感は拭えません。
だからこそ、ガリレオが光るのだと思います。



ところで、対決シリーズ、すぐ始めるつもりだったのですが、「研究発表」の準備(と仕事)に忙しくて、後回しにしてしまいました。もし待ってる方がいたら、ごめんなさい。
来週の火曜くらいからアップできたらいいなと計画中です。
よろしくお願いします。

82 takoyaki 2014/12/05 (金) 23:26:30 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>80
空気抵抗を考えると、アリストテレスもあながち間違ってはいない、ということは本にも書いてありました。
しかし、アリストテレスが真空の場合と空気抵抗がある場合をどちらもイメージして、現実に即した空気抵抗ありバージョンを記述したのだと思ってはいけないと思います。
(サンマヤさんへの批判ではないです。一般論としての、個人的な意見です)

アリストテレスは「真空」を否定していたから、そもそも「空気抵抗がない場合」というのを想定してないんですよね・・・
むしろ、「空気」の密度変化が速度そのものだと思っていたらしいです。
頭の中に思い描いている原理がそもそも違う、ということには注意が必要だと思います。

83 EMAN 2014/12/06 (土) 00:26:08 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
アリストテレスは石ころが水に沈んで行く様子を観察したり、
もっと粘性の高い油や粘土なんかに沈めてみたり、
その程度のことはやってみたんじゃないかな。

こういうのは一般の人に言わせれば「実験」なんだろうけど、
数量的なコントロールはしていないから、
現代科学者に言わせれば、「観察」の部類ですね。
84 サンマヤ 2014/12/06 (土) 01:21:22 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
>>82
おっしゃるとおり、空気抵抗どころか、
空気が押すから物体は空中を運動できる、
とさえ考えていたわけですから、自然観としてはまったく違うと思います。

ただ、現象の観察に基づいた記述として、
その当時そういうように思うのも仕方がない、ということです。
まあ、自分としてはその「違い」の方を強調したかったんですが。

>>83
理論的な洞察に基づいて、
状況をコントロールするところに近代的な「実験」の意味があるわけで、
科学は自然をありのままに見るものだという勘違いというのは、
「素人に分かりにくい点」に追加すべき項目かもしれません。

そこには、素朴な「自然哲学」と近代的な「科学」の間の、
決定的な差があると思います。

そういえば、もうちょっと古い本になりますが、
佐々木力の「科学論入門」(岩波新書)は読まれましたか?
これは、こういうことを勉強するベースとしては読みやすいと思います。
(最後の章はちょっと先走りの感はありますが・・・)
なんでこの本を思い出したかというと、
たしか近代科学の「自然へ働きかけて、その応答を見る」という方法論は、
技術の進歩なしには成立しない、というようなことが書いてあったような、
と思ったからです。
いまは手元にないので分からないのです・・・
(学生時代に読んだ本なのでw)
85 ひゃま 2014/12/06 (土) 05:03:15 ID:3lIzcPo45k 修正アリ: 05:44 [修正] [削除]
>>81
まあ、手段としての測定というのが観察に加わって観測という言葉なんじゃないかな
実験や測定データを観察して論理的に総合的に分析して新たな発見をしようという科学的な考え方の基礎を作ったという意味で、たとえそれが間違ってはいても本当にそうかな?人々が考えるきっかけを作るというのは偉大な科学者なんですよ。
それに間違いが間違いとわかるということは、科学にとっては進歩ということになるのね。
反証可能性って言葉もあるくらいなんだから
それに重いものほど速く落ちるのはあながち間違ってないっていうことを、一方的にガリレオが正しいというものでもないっていうことを強調していってるのね。
むしろ間違わない科学って言うほうが危険で、実験や測定で苦労すればするほど、そういう見方の大切さが分かるんじゃないかな?
ほら、研究なんて失敗の積み重ねの結果みたいなもんだから、科学って言うのは受け売りでするもんじゃなく本質はそこにあるっていうのが、takoyakiが再発見でもいいからそういう見方で科学史を勉強しようよ、よかったらみなさんもごいっしょに(ず)っていうスレの趣旨ですよね?
86 takoyaki 2014/12/06 (土) 09:17:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
おはようございます。
みなさま、たくさんのご意見ありがとうございます。
ごもっともだなあ、と思いつつ読ませて頂きました。

私はどうも「実験」という言葉に対する自分の説明が足りなかったのではないかと感じています。これは自分自身に対しても。

例えば、アリストテレスの時代に望遠鏡がなかったこと、顕微鏡がなかったこと、精密な金属の造形技術がなかったことなど、をもっと真剣に考慮に入れるべきだったのではないかというのが、一つの反省点です。

それから、サンマヤさん、本のご紹介ありがとうございます。
まだ読んでいませんので、見つけたら読んでみようと思います。
ネットに、その本の内容(?)と思われる記事を発見しました。
http://www10.plala.or.jp/naruhodokagaku/kagakuron/tsasaki.htm

科学史の流れの一つの見方として、なるほどなあ、と思う部分がありました。
「科学の第一革命」「科学の第二革命」という言葉は、便利そうなので、もしかしたら私の科学史でも使わせて頂くかもしれません・・・

アリストテレスは、しかし、勉強になりますねえ。
人類がまず通らなければならなかった道を、しっかりと歩いてくれた人、これが今の印象です。
87 ダークサイド 2014/12/06 (土) 11:45:29 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
実験(じっけん、英語: experiment)とは、構築された仮説や、既存の理論が実際に当てはまるかどうかを確認することや、既存の理論からは予測が困難な対象について、さまざまな条件の下で様々な測定を行うこと。知識を得るための手法の一つ。

実験は観察(測定も含む)と共に科学の基本的な方法のひとつである。ただ、観察が対象そのものを、その姿のままに知ろうとするのに対して、実験ではそれに何らかの操作をくわえ、それによって生じる対象に起こる変化を調べ、そこから何らかの結論を出そうとするものである。ある実験の結果が正しいかどうかを確かめることを追試という。

実験と仮説

一般的には実験は、仮説を検証するために行われる。全く仮説なしに行われる場合もあるが、普通は観察やそれまでに知られている知見に基づき、そこにはこんな仕組みや法則があるのではないかと予想する。そしてその予想が正しければ、このような実験をすればこのような結果が出るだろう、と判断する。そこでそれを実際に行うことで、この予想を確かめる。当たれば想像は正しかったのかも知れない。当たらなければまず間違いだったとわかる。

たとえばかつては「物体はその質量が大きいほど早く落ちる」と考えられていた。ガリレオはこれは間違いだと考え、伝説によるとピサの斜塔から重さの異なる二つの物体を落とし、落下時間に差がないことを証明した(ここでは伝説の真偽は置く)。普通の感覚では、上記の命題はそれほど不思議とは思えない。たとえば石ころは早く落ちるし、羽根はふわふわと落ちる。しかし、これには空気抵抗などが関与している。だから、本当に質量によって落ちる速さが変わるかどうかを確かめるためには、少なくとも、二つの物体の大きさや形態を同じにし、できるだけ空気の影響を受けない形にしなければならない。そのようにしてはじめて、本当に質量だけが落下速度を決めているのかが確かめられる。これが実験に求められることである。

伝説では実験ではやはり重い方がわずかに早かったともいわれる。これが質量の影響だと考えるならば、今度は質量の差と落下速度にどのような関係があるかを確かめるための実験を行うだろう。そうではなく、やはり空気の影響だと考えるなら、より空気の影響を受けない実験を行うことも方向性としてはあるだろう。このような予想、仮説の設定と実験による確認によって科学は進歩してきた。

中には全く仮説なしに、とりあえず何か突いて見るべし、との判断もあり得る。特にその細部や内部の構造に予測がつかない、あるいは知見が不足している場合に、まず何か試してみて、出た結果から何かを得ようというやり方も行われる。



あまり参考にならないと思いますがwikipedia の実験の項目にガリレオのことも書いてあったので。
88 takoyaki 2014/12/06 (土) 19:09:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
こんにちは。

>中には全く仮説なしに、とりあえず何か突いて見るべし、との判断もあり得る。
こういうので有名な実験てあまり知らないので、どんなのがあるのか、気になりました。

原子モデルができる前のラザフォードの散乱実験とか、そんな感じだったのかなあ?
89 ダークサイド 2014/12/06 (土) 19:28:26 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
錬金術とか化学系の実験はとりあえずいろいろ混ぜてみたら偶然面白い物質ができましたってことありそうです。
90 ダークサイド 2014/12/06 (土) 19:48:19 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
散乱実験はラザフォードが学生の練習用にやらせたものだったんですね。ラザフォード自身はどうせ重いアルファ粒子が大きな角度で散乱されることはないだろうと軽いノリでやらせた実験だったみたいです。
91 takoyaki 2014/12/06 (土) 19:52:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>89
たしかにそうですね。
ふつうに毒物とか出てきてもおかしくないのに、錬金術師って勇気ありますねえ。
(今でも、感電とか、液体窒素の気化で低酸素中毒になって死ぬ人は一定数いるみたいですけど・・)

何が起きるか分からない実験って、よく考えると怖い気がしてきました。
92 takoyaki 2014/12/06 (土) 20:04:11 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>90
へええ。そうだったんですか。
一応ある程度の予測は立てていたんですね・・。でも、それがまさか大発見に繋がるとはってパターンですか。

原子モデルが確立するまでの物語って、前から気になってたんですよね。
科学史の中ではかなり濃い部類の話ができるテーマだと思うのです。
(まだ知らないくせに言ってみる)

子どもの頃、原子は光の波長よりも短いから顕微鏡で見えない、という話を聞いて以来、なんでそんなものの構造がわかるんだ?と疑問に思ってきました。
これを説明できるようになりたい。
93 ダークサイド 2014/12/06 (土) 20:15:51 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
少しずれるかもしれませんがペニシリンや電子レンジの発明とか宇宙背景放射の発見とか偶然によって科学や技術が進歩する例は結構ありますよね。あとは天才のひらめきとか戦争の影響とか必ずしも自然な順序?で発展してきたわけではないのでそういう意味では科学史って難しそう。ちなみに私も子供のころ無知により実験で怖い目にあったことがあります(笑)。
94 takoyaki 2014/12/06 (土) 20:29:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>93
そこまで言ったなら、どんな実験をしたのか晒しましょうよw
気になるじゃありませんかー。


95 ダークサイド 2014/12/06 (土) 20:36:05 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
>>94
大したものじゃありませんよ。ここでは邪魔になりそうなので別スレ立てます。
96 takoyaki 2014/12/09 (火) 19:13:54 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
皆さん、こんにちは。
今日、対決シリーズを投稿すると言っておりましたが、収縮についての研究発表の準備のため、延期とさせて頂きます。申し訳ありません。
収縮の研究発表をお待ちであるとの意見を多く頂いたので、あんまり待たせるのも悪いと思い、そちらを優先することにさせて頂きました。
研究発表の準備が終わり次第、こちらも再開させて頂きます。

ただいま65%くらいまで進んでおります。
97 宇宙な人 2014/12/11 (木) 11:59:56 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
現在お休みということで、暇になったらご検討下さい。

私が物理学史上、最も凄いかもしれないと思っている人物も加えて頂けないでしょうか?
あの天才コペルニクスから遡ること、1700年以上も前に、地動説を唱えていた学者がいます。

アリスタルコス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%B9
サモス島のアリスタルコス
http://www.takayaiwamoto.com/Earth_Moon_Sun/ja_Distance_To_Sun.html
古代アレクサンドリアをめぐる人物アリスタルコス
http://www.bibalex.jp/Ancient/03/03032.html
98 takoyaki 2014/12/12 (金) 21:06:46 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>97
宇宙な人さん、こんにちは。

宇宙な人さんはアリスタルコスのファンでしたか。
ならば、アリスタルコスも、人名リストに加えさせて頂きたいと思います、

コペルニクスに向けたいい伏線になるかもしれませんしね。
どんな測定や、計算で結論を導いたのかも興味があります。

私の「研究発表」もいちおう発表自体は終わったので、来週から科学史もぼちぼち再開していきたいと思っています。
よろしくお願いします。
99 ダークサイド 2014/12/12 (金) 21:18:50 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
収縮理論が忙しそうですが科学史の続きも楽しみにしています。
100 takoyaki 2014/12/12 (金) 21:28:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ありがとうございます。
そう言っていただけるとモチベーションが上がります。
101 ひゃま 2014/12/12 (金) 22:52:29 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
NHKの23:00があるよ

決闘に倒れた革命家であり天才数学者・ガロア。彼が死の直前まで研究した「群論」や「シンメトリー(対称性)」の世界はとても難解だが、それは数学が美の世界をどのように捉えるかと関係がある。美しいアルハンブラ宮殿の文様やルービックキューブを例に、デュ・ソートイ教授が、群論とシンメトリーの世界を楽しく解説する。
https://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20141212-35-25589
102 takoyaki 2014/12/12 (金) 23:03:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ひゃまさん、ありがとうございます。
私も見ますw
103 takoyaki 2014/12/15 (月) 00:52:05 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>101
モンスター群が出てくるあたりまでは見たのですが、そこから見逃してしまいました。
どんな内容だったのか、気になる・・・
人生が変わるほどの素晴らしい内容だったらどうしよう。
104 takoyaki 2014/12/16 (火) 20:02:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
さて、今日はかねてより予告していた対決シリーズの投降を始めたいと思います。
長く待たされたわりには内容が薄いのでガッカリされる方もいるかもしれません。
実際、こちらの望むような記述を本の中から探し出すのはけっこう苦労します。
私の手の届く範囲で探し出した小ネタとして、軽い気持ちで読んで頂けたら幸いです。

ピタゴラスvsアリストテレス
プラトンvsアリストテレス
デモクリトスvsアリストテレス

の順で投降します。

>>103

『シンメトリーの地図帳』マーカス・デュソーイ著
を図書館で発見しました。
もしかしたらそのうち読むかも。ざっと見た感じではエッセイ風の内容でした・・・

105 takoyaki 2014/12/16 (火) 20:46:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
対決シリーズ『ピタゴラスvsアリストテレス』 を始めます。

※対決シリーズでは登場人物同士の対話形式で進めようと思います。
 私の勝手な代弁ですので、その点はご注意下さい。

ピタゴラス
「数というものには深淵なる意味があるのだ。数の意味を知れば、世界の神秘を知り魂を浄化させることができるだろう。例えばそう、正義は4であり、結婚は5であり、好機は7だ。私の言っていることがわかるかね?」

アリストテレス
「正義は4であるなどという根拠はどこから導かれたものだろうか?私は今日パンを4切れ食べたが、それはただそのくらいお腹が空いていたからであって、正義とは関係ないと思う。同様のことは結婚が5である、好機は7である、ということについても言える。世の中の数は、それぞれにもっと色々な理由で決まっているのであって、ピタゴラスの見方は論理的でないと思う」

ピタゴラス
「わかっておらんな。数の神秘性というものを私が教えてやろう。点は1、線は2、面は3、立体は4である。したがって、1+2+3+4=10で導かれる10は神聖な数であることがわかる。例えば、人の指の数はすべてで10本だし、赤ん坊が母親の胎内にいるのも10ヶ月である。これらは10が神聖な数であることを実に象徴しているではないか。したがって、宇宙に存在する天体もすべてで10個であると私には分かる。それらは宇宙の中心にある火を中心として完全なる円運動をしているのだ」

アリストテレス
「だが待ってほしい。10個の天体とは具体的にどれのことだろうか?」

ピタゴラス
「対地星、大地(地球)、月、太陽、惑星×5、天球である。残念ながら、対地星は大地から見えないのだが、それはあるのだ。数の神秘性を理解しない者にはわかるまい」

アリストテレス
「ピタゴラスは現実と合致した説明や解明を求めずに、自分の説明と見解に無理矢理、現実の方を一致させようとしているように思う。そのような方法では正しく自然を理解することはできないだろう」

ピタゴラス
「なんだと?こんなに私が『ある』って言ってるのに、対地星はないと君は断言するのかね?この私が『ある』といえば、『ある』のだ」

アリストテレス
「まあまあ、あるいはあなたが仰るように対地星はあるかもしれない。例えば、どうして月蝕は日蝕よりも頻繁に起きるのか?と考えたことはありますかね?私は前からそのことを疑問に思っていたのです。もしあなたが仰るように対地星があるのなら、対地星が月と光源の間に割り込む可能性も考えられる。そういう意味では一考の余地はあるでしょう。しかし、それだけでは根拠としては薄弱でしょうな・・・」


以上です。
106 ダークサイド 2014/12/16 (火) 21:36:26 ID:iVA.oIm2m2 [修正] [削除]
ガリレオの天文対話みたいで面白い。これを出版したらピタゴラス学派の人たちに叩かれそうですね(笑)。
107 takoyaki 2014/12/16 (火) 22:18:33 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>106

間違いなく叩かれますねw
私の科学史ではピタゴラスが悪役みたいになってますけど、実際にはもっと高貴な人物、あるいは努力家として描く方向もあったと思います。

ピタゴラスのエピソードして、悪役らしくないものも一つ紹介しておきます。
これを読んだら、ちょっとイメージが変わるかも?

ピタゴラスはエジプトへ旅して死後の世界についてのことなどを学び、ギリシアへ戻ってくる頃には魂の生まれ変わりをすっかり信じていました。人は死ぬと、別の生き物に生まれ変わると考えたのです。

ピタゴラスはある日、犬を叩く人を見かけました。
そして、その人に次のように諭しました。
「やめたまえ。彼を打つな。それは友人の心魂だ。私には彼の声がわかるのだ。だから、叩かないでおくれ」

実際、こういう優しい一面がなければ教祖にはなれないのでしょうね。
もともと人見知りな性格だったっぽいし、繊細な人だったのかもしれません。

ただ、そういう人物として描くのは面白くない、という理由で今回は悪役になってもらいました。
歴史上の人物も大変ですね。
108 x_seek 2014/12/16 (火) 22:29:43 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>105

ピタゴラスと、アリストテレスのキャラがたってて、面白いです。
#そうか、こんなキャラなんだ……

次も楽しみにしてます。(^^)
109 takoyaki 2014/12/17 (水) 21:38:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日も対決シリーズを投降します。

今回は「プラトンvsアリストテレス」をやります。

※対決シリーズでは登場人物同士の対話形式で進めようと思います。
 私の勝手な代弁ですので、その点はご注意下さい。


アリストテレス
「先生は私の憧れです。是非、私を弟子にして下さい。ずっとそれが夢だったのです!」

プラトン
「ほほほ。もちろんいいですとも。哲学者になりたいなら、私と大いに弁論し互いの考察を高め合いましょう。私はそのためにアカデメイアを創ったのですから。さ、何について議論しますかね?何でもいいですよ」

アリストテレス
「では、さっそくですが先生、どうすれば弁論術はうまくなれるのでしょうか?」

プラトン
「なるほど。それは全くもって根本的な問いですね。いいでしょう、ではそれについてさっそく議論を始めましょう。私は他の生徒からも同じ質問を受けることがありますが、弁論術で大切なことは慣れだと思いますね。たくさん弁論すればするほどうまくなりますよ」

アリストテレス
「・・・そうでしょうか?私は成功の原因を観察して論理的に方法化するべきだと思ったのですが?」

プラトン
「いや、まあ。しかしね、<善>とか<正義>というものは、誰もが共通して理解しうるものであって、互いに語り合うことで見えてくると思うのですよ。だから、たくさん語り合うことが大切なのです。相手の主張を聞き、それを受け入れ、その先に得られる答えを考察し、矛盾を見つけて指摘する。その繰り返しの中から、より洗練された考えというものが共通認識として生まれてくるのです。すべての答えは私たちの観念の中にあるのですから」

アリストテレス
「・・・本当にそうでしょうか?」

プラトン
「ううん、ちょっと説明が足りなかったかな。つまり、私たちは結局のところ同じ現実の中に生きているわけです。そして、その現実は不完全ながらも観念的なイデアを模した世界なのですから、私たちは頭の中で共通のイデアを見ているということになるでしょう?」

アリストテレス
「・・・果たして、本当に、そうでしょうか?それが疑問なのです、先生。共通のイデアを見ているということを確かめる現実的な方法はありますか?もちろん先生のイデア論はよくできた考えだと思いますよ。でも、皆がイデア論を受け入れるわけではありませんよね?デモクリトスなんて、人の心も原子でできていると言っていますよ。イデア論でそれを否定できますか?結局どの観念論が正しいのか決めるとき、私たちは現実はどうなのか、という観察によって推定しているのではありませんか?だから、自然をよく観察し、体系化し、その中から共通するものを見つけ出していくことによって、初めて観念的な正しさを語りうると思うのですが?先生はこの点についてどう思われますか?」

プラトン
「・・・ほほほ。他の生徒は怠け者が多くて尻を叩く必要があるけれど、アリストテレス君には手綱が必要なようだな!」

その後、アリストテレスはある青年の家庭教師の仕事に就き、
その青年は、史上稀に見る巨大帝国をつくり、彼からもらった金でアリストテレスは別の学校をもう一個つくったのだった。

今回はここまでです。
110 x_seek 2014/12/17 (水) 23:54:48 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>109

いい感じですね。(^^)
哲学は、このような対話形式が理解しやすいです。

確かにプラトンは、対話を大切にする気さくな人だったような気がします。
アリストテレスは、まじめな秀才タイプですよね。

次回を楽しみにしてます。
111 takoyaki 2014/12/18 (木) 23:36:25 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 12/19 (金) 21:00 [修正] [削除]
>>110

私もアリストテレスは秀才タイプだと思いました。
ただの秀才だと偉業に相応しくないような気もするので、「偉大なる秀才」とか言ったほうがいいですかね・・・

今日はつづきでデモクリトスとの対決を投稿するつもりでしたが、ちょっと疲れちゃったので明日にさせて頂きます。

<追記>
急な仕事が色々と入ってしまいまして、立て込んできたのでやっぱり来週にさせて頂きます・・・。ごめんなさい。
112 takoyaki 2014/12/22 (月) 21:58:02 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
予告していた「対決シリーズB」をこれから投稿します。
随分と遅くなってしまいました。
これが終わったら、次はユークリッドに進む予定です。
せっかくなので、今週はユークリッド原論に出てくる証明問題に挑んで数学の勉強もしようかな、なんて思っています。
そのためにはまず今日の発表を終わらせないと・・・
113 takoyaki 2014/12/22 (月) 23:09:21 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
「デモクリトスvsアリストテレス」をやります。

※対決シリーズでは登場人物同士の対話形式で進めます。
 私の勝手な代弁ですので、その点はご注意下さい。

デモクリトス
「動物は鳩同士、鶴同士で群れて行動しているのを目にする。河原の小石は似たようなものが集まっている。レンズ豆と大麦と小麦を混ぜた後、回転運動をさせると、やはり似た者同士で集まるのが観察できる。これはどういうことだろうか?」

アリストテレス
「まったく不思議です。私もそのように自然を観察して、共通する性質を見つけ出すことには大いに価値があると思いますよ」

デモクリトス
「ほう。どうやら話が通じる相手を見つけたようだ。私は、これらのものが固有の原子で構成されており、その原子が互いを認知して引き寄せるタイプの力があるのが原因だと考えています」

アリストテレス
「原因?いや、むしろこれは目的因によるものだと思いますね。水と油を同じ容器に入れて振ると混ざり合いますが、放置しておくと、それぞれ元の位置に戻ろうとします。このように、自然にはまず本来のあるべき場所があり、神の一撃によって一度ごちゃ混ぜになった元素がそれぞれ元の場所に戻ろうとする目的行動が複雑にぶつかりあった結果として、この世界の様々な自然現象が生まれ出てくると考えたほうが理にかなっていると思います」

デモクリトス
「ははは。面白いことをいうねえ。しかし神なんて人の心の想像の産物に過ぎないと私は思いますよ。もっとシンプルに考えればよろしい。物事は常に過去の状態の反映にすぎません。例えば、生まれてくる赤ん坊の形質が両親に似ているのは、父と母のそれぞれ出した原子が混ざり合ったからです。どちらに似るかは原子の数の差で決まる。そう考えればスッキリするでしょう?」

アリストテレス
「ではこんな質問をされたら、どうお答えになりますかな。子どもは両親の『部分』が混ざり合った結果なのだとすれば、なぜ陰部の形状にのみ雌雄の違いが現れるのでしょうか?シンプルに混ざり合うのであれば、中間的な形状になるはずです」

デモクリトス
「ふむ。それについてはちゃんと答えがありますよ。共通の部分は両者から生まれるが、固有の部分は両者のうちどちらか優勢なものから生まれると考えればよいのです」

アリストテレス
「なるほど。しかしこのような例もあります。雌馬と雄驢馬を交配させて生まれた騾馬は生殖能力を持ちません。これは、自然本来の目的を無視して人工的に作り出した生物だから欠損が生まれるのではないでしょうか」

デモクリトス
「その例であれば目的因で考えなくても、原因で説明がつくと思いますがね。私は牛の角の発達と頭部の血管の数を調べてみましたが、血管が多いと養分が多く運ばれてよく発達することがわかりました。生物の体は、そのような原因の結果として、形状が決まるのだと思いますよ。蜘蛛の糸だって、腸の中の排泄物だと見ていいでしょう。つまり、食べ物がなくなれば糸は出なくなるわけです。どれも原因と結果です」

アリストテレス
「なるほど。少し考えさせて下さい。・・・そうだ、生まれたばかりの赤ん坊に口があるのはどうしてでしょうか?それも原因で説明がつきますか?私はこれこそ目的因の結果だと思いますが」

デモクリトス
「ふむ。これは私の推測ですが、おそらく子宮内に母親の乳首と似たような器官があるのでしょう。赤ん坊は生まれる前から口を使って養分を取り入れているに違いありません。だから、生まれたときすでに口があるのです」

アリストテレス
「しかしですね、実際に子宮を解剖してみると乳首のような器官は見つからないのです。赤ん坊は臍の緒をつかって養分を取り入れているようです。にもかかわらず、生まれた後の必要性からすでに口が作られている。これは目的因でしょう。前歯が噛み切るのに相応しい形状をし、臼歯がすりつぶすのに都合のいい形状をして生えてくるのも、生えてくる前から自分の目的を知っていたからではありませんか。目的がないのに単純な原子の比率によってこのような合目的な結果が生まれるとは考えにくいと思います」

デモクリトス
「ううむ・・・そいつは説明が難しそうだなあ」

二人とも哲学者というより、すでに科学者ですね。
この二人の議論に結論は出ませんでしたが、もし私たちがダーウィンの進化論がまだ存在しない時代に生まれていたら、果たしてどちらの主張を正しいと感じたでしょうか?


以上です。
114 x_seek 2014/12/22 (月) 23:21:48 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>113
デモクリトスとアリストテレスは、方向性は正反対ですが、
対話は楽しそうですね。

私の認識では、アリストテレスは超優秀な生物学者です。
私の立場はデモクリトスに近いです。私は唯物論者ですので。
115 takoyaki 2014/12/22 (月) 23:48:09 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>私の認識では、アリストテレスは超優秀な生物学者です。

私も同感です。
にも関わらず自分で調べてみるまでそんなイメージは全くありませんでした。
生物学をやっている方にとっては有名な話なのだそうですが、一般にはあまり認知されていないような気がします。

ついでに言えば、デモクリトスも意外と生物の問題を考えていて、新鮮でした。
彼の立場から見ると唯物論がぶつかる壁は、やはり生命の神秘だと思います。

アリストテレスは、生命の神秘を自分の理論にうまく取り込んでいたので、神を信じたい人々にとって受け入れやすい内容だったのだろうと思います。
116 x_seek 2014/12/22 (月) 23:53:30 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>115
> ついでに言えば、デモクリトスも意外と生物の問題を考えていて、新鮮でした。

それは、知りませんでした。勉強になります。(^^)

>彼の立場から見ると唯物論がぶつかる壁は、やはり生命の神秘だと思います。

なるほど。そうなるのでしょうね。
でも当時の唯物論で生命を説明するのは、かなり苦しかったと想像します。
対話でも、アリストテレスが優勢でしたね。
117 takoyaki 2014/12/23 (火) 00:30:36 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
私はアリストテレスの勝ちだと思いました。
だからこそダーウィンの進化論はアリストテレスからの大逆転劇だったのだという感じがします。
そうやって既存のセオリーが覆されるということは、もしかしたら分野の違う物理学にも影響があったのかもしれないですね。
118 takoyaki 2014/12/25 (木) 21:15:55 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日はユークリッドについて取り上げたいと思います。

ユークリッド
[BC300頃]

ユークリッドは『原論』全13巻の作者です。

実に困ったことに、これ以上どんな人物だったのか探りようがないくらい個人情報が出てきませんでした。数学マニアだったことだけは間違いないかと。
他にわかっているのはプラトンより後で、アルキメデスよりは前の人であり、アレクサンドリアで数学者として教えていたらしい、ということぐらいです。プラトンの弟子だったという説もあるらしいですが、眉唾です。

『原論』は専ら数学の定義と公理と定理と証明が書かれている硬派な書物で、ユークリッドが一人で内容を思いついたとは考えられず、無個性な書物と言えます。ただ、それが故に無駄がなく、厳密で、教科書として2300年間使用されたという偉大な実績があります。
それを思うとやはり取り上げないわけにはいきません。

じゃあ、『原論』ってどんな本なの?ということで図書館で調べて参りました。
内容は次の通り。

1〜4巻   平面幾何
5巻     比例
6巻     比例の平面幾何への応用
7〜9巻   整数論
10巻    無理量論(平方根を扱う内容)
11〜13巻  立体幾何

整数論だけ幾何学ではないという印象を受けますが、『原論』では整数も幾何学との対応付けを重要視しています。これは、後のヨーロッパの数学をかなり縛ったようです。(小数の概念もないようです。分数のみ)
例えば・・・

13世紀にアラビアから代数学が到来したときに、ヨーロッパ人はこれを怪しげな術だと感じたようです。

<tex>a ^{3} -2a ^{2} </tex>

という式を見ると
「立方体から正方形を二つ取り去る」
と読み解くのです。
この発想があるゆえに、アラビア式の代数学が根付くまでにはかなりの時間を要しました。

私も『原論』の証明に挑戦し、このスレッドで発表しようかと思っていたのですが、やめることにしました。証明方法を説明するのに、現代と表記法が異なることや、幾何学と結びつけて回りくどい方法を使っていることなど、あまりに多くの前提を提示しなければならないからです。公理の示し方など、さすがに現代の数学のほうが洗練されているので、ある程度数学を学び、趣味で『原論』を読んでみたいという人には愉しめるかもしれませんが、初心者は無理に読まなくて良いと思いました。

参考文献として
『ユークリッド原論を読み解く』吉田信夫 著
を挙げておきます。
ざっくりと現代人向けに親切な解説がされているので、読みやすく愉しめると思います。

『原論』は生で読むのはかなりハードルが高いです。
エジプト王プトレマイオス1世は次のように質問しました。
「手っ取り早く幾何学を学びたいんだけど、どうしたらいい?」
ユークリッド
「幾何学に王道はございません」

地道に頑張るということの大切さは、『原論』に直接書いてあるわけではありませんが、読めばそう思わずにはいられない威圧感があると言えそうです。

以上です。


119 宇宙な人 2014/12/27 (土) 20:17:38 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
>>98
takoyakiさん、レス遅れてすみません。

>>宇宙な人さんはアリスタルコスのファンでしたか。

アリスタルコスはファンになるほどの文献もないくらいの謎の科学者です。
自身が書いた文献もありませんし、他者の文献に学説が載っているだけの人物で、
どの様な人物かも良く分かりません。
しかし時代背景を考えると、その実績が凄過ぎます。

>>ならば、アリスタルコスも、人名リストに加えさせて頂きたいと思います。

ありがとうございます。
プトレマイオスVSアリスタルコスなんて企画も面白いかもしれません。
120 takoyaki 2014/12/27 (土) 23:07:53 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>119
宇宙な人さん、こんにちは。

私も今日ちょうど図書館でアリスタルコスについて調べてきたのですが、仰るようにあまり具体的な情報が得られませんでした。ちょっと残念ですが、仕方ありませんね。
ご紹介頂いたサイトなども参考にさせて頂きながら、近いうちにアリスタルコスについてアップしたいと思っています。

プトレマイオスについてはまだ調べていないので、何か両者で比較できそうなテーマを発見できたら対決シリーズを検討してみようと思います。
121 takoyaki 2014/12/27 (土) 23:19:48 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 12/30 (火) 07:49 [修正] [削除]
<科学史の小ネタ>

今日はユークリッドの『原論』について小ネタを披露したいと思います。

数学の証明などの最後に証明の完了を知らせる「Q.E.D」という表記がありますね。
これの元ネタが『原論』だということを皆さんご存知でしたでしょうか?
私は今回の調査で初めて知りました。

ギリシア語で(←訂正:これはラテン語でした。ギリシア語は次レスを参照下さい。失礼しました)
Quod erat demonstrandum
(クオド エラト デーモンストルンドゥム)
と書くものを略記したのが「Q.E.D」だそうです。

日本語に訳すと
「これが証明すべきことであった」
となります。


以上です。
122 hirota 2014/12/28 (日) 13:07:32 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
ギリシア語は ὅπερ ἔδει δεῖξαι
QED の quod erat demonstrandum はラテン語に翻訳したもの。
123 x_seek 2014/12/28 (日) 18:31:37 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>118
>実に困ったことに、これ以上どんな人物だったのか
>探りようがないくらい個人情報が出てきませんでした。

個人情報が出てこないということは、もしかするとユークリッドは、
ブルバキのような数学者集団だったのかもしれませんね。

ユークリッドは、公準に平行線公準を加えた点が偉大だと、私は思います。
普通の人ならば、当たり前すぎて、公準に加えないのではないでしょうか?

これは私の想像ですが、ユークリッドは非ユークリッド幾何学を考察した上で、
ユークリッド幾何学には平行線公準が必要だと看破したのだと推測します。

非ユークリッド幾何学なしで、平行線公準を思いつくのは、かなり難しいと思うからです。
124 takoyaki 2014/12/30 (火) 07:52:33 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>122

hirotaさん、ご指摘ありがとうございます。
>>121に訂正を書き込んでおきました。

ラテン語とギリシア語が頭の中でごっちゃになっていました・・・。
これからは気をつけます。
125 takoyaki 2014/12/30 (火) 08:01:43 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>123

x_seekさん、書き込みありがとうございます。

>もしかするとユークリッドは、ブルバキのような数学者集団だったのかもしれませんね。
実は私もそれを書こうかと思ったのです。
でも、ブルバキを知らない人のためにブルバキの説明も入れようと思うと文章全体が長くなりそうだったので、仕方なくカットしたのです。
同じことを思っている人が、やっぱりいるんですねえ。

>非ユークリッド幾何学なしで、平行線公準を思いつくのは、かなり難しいと思うからです。
平行線公準については私も少し奇妙に感じていましたが、そこまで深く考えてはいませんでした。
ちょっとした歴史ミステリーですね。
ギリシア時代の文献は失われたものもたくさんありますから、もしかしたら私たちが思っているよりずっと進んだ知識を持っていた可能性もありますよね。想像してみるとロマンがあると思います。
126 takoyaki 2014/12/30 (火) 22:31:23 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日はアリスタルコスについて投稿しようと思います。

アリスタルコス
[BC320頃-250頃]

アリスタルコスについての情報はアルキメデスの『砂粒計算者』にある、わずかな記述がほとんどすべてです。
その記述を元に科学史的には「太陽中心説を最初に唱えた人物」ということになっています。
というわけで私も取り上げることにしました。

ただ、ひねくれものの意見を述べるなら、太陽中心説をただ唱えるだけだったら、他にも考えた人はきっといたんじゃないかな、と思うのです。
エジプトでは太陽信仰が盛んでしたし、太陽を特別視するのは決して不自然ではないと思われます。

じゃあ、アリスタルコスは何がすごいの?ということで、調べて参りました。
簡単にいえば、太陽の大きさや地球からの距離を計算で求めたということが、すごいのです。

@月は太陽からの光で輝いている。
A太陽光を無限遠点からの光とすると、上弦の月と下弦の月の日数は同じであるはずだが、
 実際には上弦から下弦までの日数の方が一日長く、対称性が破れている。
 太陽を中心に地球と月が円運動しているなら、この差を説明できるだろう。

と推理し、さらに太陽-地球-月を頂点にする直角三角形を思い浮かべて、幾何学的に距離や星の大きさの比を計算しています。
問題は、当時の測量技や、宇宙空間では光が直進すると考えていたのか、など結論を導くための前提がどのように検証されたのかが文献からはよくわからないことです。
しかし、仮にそれがどのようなものであったにしろ、次の部分が大切です。
「もし、アリスタルコスの前提が正しければ、計算手法は現代人の目から見ても数学的に正しい」
ということ。

実際にはアリスタルコスの結論は、現実の数値と大きくかけ離れています。しかし、それは測量技術の問題によるものと思われます。
(太陽は地球から月までの20倍ほどの距離にあり、地球より7倍ほど大きい)
また、当時は「小数」とか「三角関数」という便利な道具のない時代でした。
問題となる直角三角形も、図示するのが難しいくらい横長の三角形です。当時の手法で計算するのはかなりの苦労が予想されます。

というわけで
「私も太陽が中心だよって言えば歴史に名を残せたんじゃないの?」
と安易に考えるのは、アリスタルコスに対して失礼かもしれません。
彼こそは並々ならぬ情熱でそれを数学的に実証しようとした「最初の人」だったからです。

最後に、アリスタルコスに対する当時の人々のリアクションを紹介しておきます。
「地球より大きなものが空に浮かんでいるはずがないじゃないか!」
だからこそ、太陽が中心だとアリスタルコスは主張したんですけどね・・・。

ここら辺の感覚の違いは現代とかなりギャップがありますね。

127 x_seek 2014/12/31 (水) 11:51:04 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>125
>>もしかするとユークリッドは、ブルバキのような数学者集団
>>だったのかもしれませんね。
>実は私もそれを書こうかと思ったのです。

あっ、そのような予定でしたか。
もう少し、様子を見てから投稿した方がよかったですね。(^^;)


>>非ユークリッド幾何学なしで、平行線公準を思いつくのは、
>>かなり難しいと思うからです。
>平行線公準については私も少し奇妙に感じていましたが、
>そこまで深く考えてはいませんでした。

念のために、補足しておきますと、
私は「当時、非ユークリッド幾何学があった」とは思ってなくて、
もっと素朴に、曲面では平行線公準が成り立たないことから、
平行線公準が必要だと思いついたのかなと想像しました。


>ギリシア時代の文献は失われたものもたくさんありますから、
>もしかしたら私たちが思っているよりずっと進んだ知識を
>持っていた可能性もありますよね。

確かに、アリスタルコスの書物も、ほとんど残ってないそうですね。
もしかすると、当時もっと面白いアイデアが生まれていたのかもしれません。

アルキメデスの著作「アルキメデス・パリンプセスト」が1906年に
発見された事例があることから、今後の新たなる発見を期待したいと思います。

>>126
>最後に、アリスタルコスに対する当時の人々のリアクションを紹介しておきます。
>「地球より大きなものが空に浮かんでいるはずがないじゃないか!」

ティコ・ブラーエは、年周視差の精密測定から地動説を否定しました。
地動説の肯定にはニュートン力学の発見が不可欠だったと推測します。
128 takoyaki 2015/01/02 (金) 09:09:11 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>127

>もう少し、様子を見てから投稿した方がよかったですね。(^^;)
いえいえ、思ったことは思ったときに気軽に書き込んで頂いたほうが嬉しいです。
実はブルバキのことはよく知らなかったので、書くのをためらった部分もあるんですよね。
だから、むしろこれで良かったくらいです。

>もっと素朴に、曲面では平行線公準が成り立たないことから、
>平行線公準が必要だと思いついたのかなと想像しました。
なるほど。それはリアリティがありますね。
立体を考察すれば曲面について考えざるを得ませんから、私もそういう可能性は大いにある気がします。

>アルキメデスの著作「アルキメデス・パリンプセスト」が1906年に
>発見された事例があることから、今後の新たなる発見を期待したいと思います。
初めて知りました。すごいですねえ。
次はアルキメデスを取り上げるつもりなので、参考にさせて頂きます。
アルキメデス級の文献をまた発見したら、大騒ぎになりそうですね。

>ティコ・ブラーエは、年周視差の精密測定から地動説を否定しました。
>地動説の肯定にはニュートン力学の発見が不可欠だったと推測します。
ブラーエについてはまだ調べていませんが、今からちょっと楽しみです。
最近は、昔の科学者が自分の理論を打ち立てるときに、どんな前提を置いていたのかに興味を持っています。演繹的には正しいが、前提を間違えている、科学史はこれの繰り返しなのではないかと。そんな感慨を最近持つようになりました。
129 宇宙な人 2015/01/02 (金) 20:32:55 ID:c26iN0a2eY [修正] [削除]
takoyakiさん、x_seekさん 、皆さん、明けましておめでとうございます。

>>120
図書館まで行くなんて、真面目ですね。

>>126
アリスタルコスを取り上げて頂きましてありがとうございます。

アリスタルコスは古代にあって、論理的考察と定量的観測により地動説を唱えた点が、
科学的偉業だと思われます。

当時の常識では、地動説などとても信じられない奇異な説に思われたかもしれません。
どんなに常識外れでも、科学的考察から自説を唱えた点に革新性を感じます。

またその後長い年月にわたり地動説が封印され、約1700年の時を経て、
その太古の奇異な説が復活してくることに、歴史の壮大なロマンを感じます。

科学的業績は歴史の流れに沿った歴史の要請・歴史の必然性の帰結とも考えられますが、
アリスタルコスの地動説は歴史の要請・帰結とは関係なく存在しているように思えて、驚きを禁じ得ません。
130 takoyaki 2015/01/05 (月) 22:20:28 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>129
宇宙な人さん、こんにちは。

>アリスタルコスの地動説は歴史の要請・帰結とは関係なく存在しているように思えて、驚きを禁じ得ません。
そうですね。宇宙な人さんのコメントを読むと、まだまだ私のアリスタルコスに対する評価は足りていないような気がしてきました。
このような意見を頂けるのは有り難いことです。
今後もこの科学史スレッドに意見を下さると嬉しいです。
131 takoyaki 2015/01/05 (月) 22:51:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日はちょっと話題が遡ってしまうのですが、アリストテレスの目的因という考え方について、ちょっと書いてみたいことがあったのを思い出したので、その話題について触れたいと思います。

>>113にて、デモクリトスvsアリステレスの論争バトルを描きました。
これは原因vs目的因に焦点を当てたものですが、今の科学では目的因という視点で物事を見ることは少ないと思います。だから、古代の論争と言いつつ、現代の私たちにとっては逆に新鮮なんじゃないかと思ったりしたのでした。

さて、目的因って他の学問で登場することってあるのでしょうか?
私はそれで思い出したのですが、アドラーの心理学が確かそうだったな、と。
本で読んだのはかなり前のことなので詳しくは語れませんが、大学時代にフロイト、ユング、アドラーの三人の心理学者の本を読んだのを思い出しました。
ざっと内容をまとめると、次のような感じかと思います。

フロイト:心の病には、過去の原因がある。それを分析することで解決法を探す。
ユング:心の問題を体系的に比較分類し、タイプ別の解決法を探す。
アドラー:感情は常に目的を持っていると捉え、それを分析することで問題の解決法を探す。

彼らの心理学はそれぞれに大きな影響を与えたと思いますが、現在の心理学から見るともう古い考え方なのかもしれません。
ただ、心理学の黎明期にこのような違ったプロセスでそれぞれに成果を上げた学者がいること、そして、目的因的な発想がアドラーの心理学に見てとれることを私は述べたいのです。

ひるがって自然科学でも目的因を考える必要がある!・・・、とまでは言いませんが、時にはそういうアプローチが面白いアイデアに繋がることはあるかもしれませんね。
そんなことを一筆書いておきたいなと思った次第であります。

ちなみに、ユングはパウリの精神分析をしていたことがあるそうです。
意外なところで歴史上の人物同士が繋がっていて面白いなあ、と思います。
いずれパウリについて取り上げる時が来たら、この話題にも触れるかもしれません。

パウリとクロネッカーは性格が悪いですね。でもキャラが立ってて描くのが面白そうです。そういう人のほうが調べるのが楽しいのですよ。
クロネッカーも科学史の人物リストに加えようかな・・・。
132 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/01/05 (月) 23:07:10 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
アリストテレスは生物好きだからこそ目的因を考えたのでしょうね。すごく自然な考え方だと思いました。
133 takoyaki 2015/01/05 (月) 23:17:02 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 23:54 [修正] [削除]
小数について

>>126にて、アリスタルコスの時代には小数という概念がなかったと述べました。
これについて、ちょっと補足しておきたいと思います。

『数の発明』足立恒雄 著

によりますと、小数の概念は中国に発するようです。
今でも野球の打率で三割三分三厘なんて表現をすることもありますが、この「分、厘、毛」などが、まさに小数の概念です。

一方、エジプト、バビロニアでは自然数とその比によって生み出される分数の概念しかありませんでした。
分数は便利な面もありますが、ぱっと見ただけでは数の大きさがイメージしにくいという難点があります。また、分数を小数に変えたり、小数を分数に変えることで、見えてくる数学の世界もあると思います。
しかし、アリスタルコスの時代のギリシアには小数点以下で考えるという発想自体がない。アラビア数字もない。という状況です。そういう時代に太陽までの距離を自然数の比だけで考えたのは、やっぱりすごいことだと思います。

さて、ヨーロッパに小数の概念が伝わったのはいつ頃かというと、『数の発明』によりますと、14世紀の頃だそうです。当時のイタリアの算法教師と呼ばれる人々によって、インド・アラビア式10進法と四則演算が商人に伝えられ、これがヨーロッパ全域に広がったとのことです。
便利だから、商人に広まったということのようですが、実際にそれを数学的真理として受け入れるかどうかは別問題で、かなりの論争(?)があったもようです。

1585年の『十分の一』シモン・スティーブン著、という本に次のような記述があるそうです。
「8は実は√8の平方であるように、どんな数も平方であり、立法数でもあるのだ」(←注 訂正:「立法数」ではなく、「立方数」でした。ごめんなさい。立法数ってなんよw・・・うう、恥ずかしい)
「数に貴賤はない」

このような主張も、当時はセンセーショナルなものだったのでしょう。
今の私たちには何でもない概念でも、歴史的には紆余曲折があったようです。
そのようなことをちょっと補足しておきたいと思いました。
134 coJJyMAN 2015/01/05 (月) 23:35:34 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
先生!
>「8は実は√8の平方であるように、どんな数も平方であり、立法数でもあるのだ」
の「立法」は「立方」だと思います!
(細かすぎるツッコミを許して。。)
135 takoyaki 2015/01/05 (月) 23:50:20 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>134

ああ!またやってしまった・・・。
coJJyMANさん、ご指摘ありがとうございます。
訂正しておきます。
136 takoyaki 2015/01/13 (火) 00:12:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
次はアルキメデスについて投稿する予定です。歴史ネタはもう仕入れてあるのですが(これはなかなか面白いです)、数学的な観点でアルキメデスの求積法について調べてみると、これが意外に大変なのです。なので、もうちょっと調べてから投稿しようと思います。
現代にはもっと優れた積分法があるのだから、そこまでこだわる必要はないのかもしれませんが。
古代ギリシア人がどうやって曲面を持つ立体と向き合ったのか、少しは知っておきたいとの想いがあります。

私はどうも積分に苦手意識があります。
これを機に少しは克服できるといいのだけれど・・・。
137 takoyaki 2015/01/18 (日) 00:35:34 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日は以前から予告していたアルキメデスについて投稿します。

アルキメデス
[BC287-212]

この人はいわゆる天才ですね。私はそう思いました。
もし微積分の知識を持たない人が、自力で円の面積や、球の体積を求めてみなさいと言われたらどう考えるでしょうか?その時点で人間に計算可能なのかどうかもわからないものとします。使える数は自然数と分数だけ。それでもできるんだってまず信じることができるか、そこにまず大きな壁があると思う。アルキメデスは、その壁を越えた。

古代ギリシア数学史を研究されている方の文献を読むと、どうやらアルキメデスはもともとエンジニアで、後に当時のスタンダードな数学を学び、それから物理学の基礎となるような厳密な発想を著作に記すようになったようです。
数学の概念としては、円周率、順列組み合せ、微積分、実無限などに踏み込み、
物理の概念としては、液体中の浮力、てこの原理、
工学の分野では、スクリュー、クレーン、といった機構を考え出したとされています。
これらのものが概念的に特に区別されることなく、一人の頭の中で混じり合って、いくつかの本の形に残されています。

一つや二つじゃないんですね。
アルキメデスの影響はガリレオ、ライプニッツ、ホイヘンス、フェルマー、デカルト、ニュートンなどに及ぶ、とされています。
例えば、ガリレオの著書『ディスコルシ(新科学対話)』には、アルキメデスの名が5カ所に登場し、浮力の法則についても記されています。
ガリレオは天才と知られますが、もしかしたらその天才のいくらかはアルキメデスから伝染したものかもしれません。

アルキメデスには有名な逸話がたくさんあります。
・どんな形状の物体でも水に沈めたときの水位の変化で体積を求められると気づき、
 喜びのあまり裸で街を駆け回った。
・第二次ポエニ戦争では、クレーンとかぎ爪で敵船を転覆させ、
 クレーンの届かない敵船は熱光線で燃やした。
・てこを使えば、原理上は地球であっても動かせると公言。
・戦争に破れ、侵攻軍に同行を求められるも、「今数学の問題解いてるから」と拒否。
 剣を突きつけられ、砂に描いていた図形(円だったらしい)を消されたところブチ切れ。
 「私の図形を消すな!」と反抗したところ、その場で殺されてしまう。

こういう逸話です。
ああ、なんというか、これこそまさに私の好奇の対象たる「奇人」であり、「天才」って感じです。庶民の現実から飛躍した、ハイレベルな現実の中に生きている。
これらの逸話はおそらく大部分が創作でしょうが、実話が元ネタの可能性はそれなりにありうると思います。例えば、裸で走り回ったエピソードは、前一世紀にローマの建築家ウィトルーウィウスの『建築書』という本から広まったものですが、アルキメデスが死んでから100年そこそこの時代のものです。

>アルキメデスの著作「アルキメデス・パリンプセスト」が1906年に
>発見された事例があることから、今後の新たなる発見を期待したいと思います。
というコメントも以前に頂きましたが、有名人なのでそういうこともあるかもしれませんね。

物理学史として見たとき、注目するべきは静力学の定式化と幾何学の業績でしょう。
この業績があったから、後世、運動力学の定式化という発想、あるいは微積分による記述という発想が生まれたのかもしれません。

ここまでで、アルキメデスの紹介とさせて頂きます。
次の投稿では、もう少しアルキメデスの求積法について踏み込んで語りたいと思います。
「マジで、この人の頭はどうなってんだ?」と困惑する。でも、それが面白い、というお話です。
138 takoyaki 2015/01/20 (火) 03:11:58 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アルキメデスの求積法の前に、天才とは何か、ということについて書いてみたくなりました。
天才論議については別スレッドですでに色々な意見が出ていて、今更もう語ることもないのでは?と思われるかもしれませんが、飽きもせず書きたいから書くのです。ごめんなさい。

この科学史スレッドでは、過去の天才がいかなる思考回路、人格を持っていたかが、一つの研究対象です。研究と言っても、ただ私が妄想するだけですが・・・

アルキメデスは、生きるか死ぬかの戦争の時代、数学に人生を捧げました。
戦争に負けたから死んだのではなく、戦争に負けたのにもかかわらず敵軍の兵に数学の邪魔をされたことに腹を立て、その結果殺されてしまったのです。なんということでしょう。
征服者のボスはアルキメデスの優秀さを知っていたので、絶対に殺してはならないと部下に命令していたのです。それなのに、かの命令は守られませんでした。よっぽどアルキメデスが嫌な奴だったのか、それともカッとなったら何をしでかすか分からない相手だと、アルキメデスが見抜けなかったのが原因でしょうか。いずれにせよ、彼は戦争という極限状況の中で死の恐怖を超越した存在として描かれます。

数学をやることは、そこまで夢中になる価値があるのでしょうか?

私はこのようなアルキメデスの感情を、広義の意味での恋だと思う。
人間の恋の対象は、異性であるとは限らない。
三島由紀夫は『葉隠入門』という本の中で、主君に仕える武士の忠義は、「恋」である、と言っている。それは、「人間の恋のもつとも真実で、もつとも激しいものが、そのまま主君に対する忠義に転化される」というものである。
現代の俗っぽい自由恋愛に慣れ親しんでいる人間から見れば、「気持ち悪い」と感じるかもしれない。でも、それは時代に毒されているんだ。
人間の感情はもっと自由で、定形を持たない。

アルキメデスの残した業績は、趣味レベルで語れるものではなく、もっと激しい衝動、自らの命をかえりみない献身、数学と生活を切り離しては自己が保てないほどの切実さが、内情としてあったのではないか。

・・・そんなことを妄想したのでした。
(数学に恋をすれば天才になれる、とは言っていない。)
139 ひゃま 2015/01/20 (火) 03:32:51 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>>138

「恋」の旧字体である「戀」はもつれた糸なんだそうです。
人間の赤い糸伝説も複合量子のもつれなんですか?
ジョージとミカの赤い糸が切れたのはデコヒーレンスですか?
それとも対生成がおこると赤い糸もリセットするのでしょうか?
140 takoyaki 2015/01/20 (火) 03:47:05 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>139

>「恋」の旧字体である「戀」はもつれた糸なんだそうです。
それは知りませんでした。
漢字って面白いですね。

ジョージとミカのことは分かりませんが、そうですね、人の感情ってどこか量子ゲーム理論的な要素がありそうですね。
いや、こんなことを書いて、君はちゃんと量子ゲーム理論を理解したうえで発言しているのか?と問われると、すみませんでした、全然理解していません、と答えなくてはならないのですが。ただ、何となくそれっぽいことを言ってみたくなったのです。
141 ひゃま 2015/01/20 (火) 03:56:13 ID:3lIzcPo45k 修正アリ: 04:04 [修正] [削除]
>>140 takoyakiさん

ジョージはミカを観測しすぎたのでしょうね。
これ以上は他人のことをジョークにするのはやめときますが、
自由と量子のもつれは関係してると思うなあ
お互い自由であるからこそ、観測座標系を心で設定(恋?)
片方が自由でなくなると波動が収縮しもう一方も決まる。
裁判ってなんだよw

あーもうやめますw
142 takoyaki 2015/01/20 (火) 04:03:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
自由意志と決定論の両立を求めたら、神様は量子もつれをくれた。
そんなことを妄想したことがあります。
143 ひゃま 2015/01/20 (火) 04:09:47 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
わかったそれが愛というものなんですよ、きっと
だから科学は愛の探求で、手を打ってくださいw
144 takoyaki 2015/01/21 (水) 02:19:00 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日はアルキメデスの求積法について取り上げます。

といっても、本格的に数学の証明を書くわけではありません。
理由は以下の通り。
@ギリシア時代の数学は、現代数学と方法論が異なり、その方法論の違いを説明するのが困難。
Aアルキメデスの求積法を完全に解説しているテキストが手に入らなかった。
B幾何学の問題なので、図を作成しないと解説が困難。でも、図を作成する気力がない。

というわけで、ごくごく大雑把な説明とさせて頂きます。ごめんなさい。

私が知りたかったのは、アルキメデスの証明のディテールよりむしろ、数学的戦略をどのように持っていたのか、ということでした。
数学の未解決問題に取り組む場合、まずは何かしらの切り口(戦略)を求めなければなりません。
アルキメデスは、曲面を持つ立体図形の体積を求めるために、どんな切り口で挑んだのでしょうか?

ここで、ユークリッドの『原論』に出てくる「取り尽し法」というものが出てきます。
円の面積を求めるためには、それに内接する正n角形の面積を考えれば良い。
nの数を無限にすれば、円の面積と一致するはずです。
ただし、古代ギリシアの数学では、「無限」や「級数」や「代数」は使ってはなりません。
使っていいのは、「自然数の比」と「背理法」くらいです。
そのため証明はややこしくなります。
しかし、原初的な思いつきとしては、現代の微積分と変わらないと思います。

アルキメデスは、円周率を223/71より大きく、22/7より小さいと計算しています。

また、円に内接する正多角形のイメージから
「円はその周を底辺とし、半径を高さとする三角形に等しい」
という発想が出てきます。
ここまでが、『原論』から得られるヒントです。

次に球の体積を考えます。

アルキメデスは、円の面積の求め方を三次元にも適用したらどうなるかを考えました。
これを言葉のイメージで語ると、

「球の体積は、その表面を底面とし、半径を高さとする円錐の体積に等しい」

ということになります。
ここから、アルキメデスは球の体積を求めていきました。
この方法はあまりにユニークなため、「立体図形をスライスして積分する」という現代の積分ほど一般化ができません。しかし、考え方としては円錐を足し合わせて球を作る、ということで、積分に近いでしょう。

注目すべきは、円でやったことを球でも試してみた、という発想です。

「戦略」というは案外そのようなシンプルなものであるのかもしれません。
まず分かりやすい次元に落として、深く考察し、方法論を一般化して、高次元に挑むわけです。その発想は、ありがちといえばありがち。
でも、それを緻密に実行できるかどうかというところに、天才の力が必要なのかもしれません。
145 takoyaki 2015/01/23 (金) 00:01:55 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
せっかくなので、アルキメデスの発見した「てこの原理」と「浮力」についても、説明を試みたいと思います。
ほとんどウィキペディアの受け売りですけど・・・

アルキメデスは、アレクサンドリアで学問を修め、その後に故郷のシラクサで王のブレーンを務めたそうです。その王様がヒエロン2世という人で、ある日金細工師に作らせた王冠が本当に純金でできているかをアルキメデスに問いました。

王冠が純金であることを確かめるには、同じ重さの金を用意し、それと同じ体積である、つまり密度が一致するということを確認すればいいのですが、体積を求めるのは簡単ではありません。

アルキメデスは、次のようにして確かめました。

まず天秤棒に王冠と金塊を吊るします。
すると「てこの原理」により、重量の応じてバランスが保たれます。
「てこの原理」とは・・・

<tex>d _{1} F _{1} =d _{2} F _{2} </tex>

<tex>d _{1} </tex>:支点と力点の距離
<tex>F _{1} </tex>:力点に加える力
<tex>d _{2} </tex>:支点と作用点の間の距離
<tex>F _{2} </tex>:作用点で得られる力

です。
天秤棒に王冠と金塊を吊るす場合は、左右どちらを作用点と考えてもいいと思います。
<tex>d _{1}= d _{2} </tex>で、天秤棒が水平なら、重さは等しいと言えるでしょう。

次にこれを水に沈めます。

もしバランスが保たれたままなら、密度は等しい。
もし王冠のほうが深く沈んだら、王冠のほうが密度が高い。
もし金塊のほうが深く沈んだなら、王冠のほうが密度が低い。

ということが言えるはずです。
なぜでしょうか?
それは浮力というものが体積によってのみ決定されるからです。
「アルキメデスの原理」と呼ばれるこの原理は、ウィキペディアのコピペですが、

「流体中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さ(重量)と同じ大きさで上向きの浮力を受ける」

というものです。
押しのけている流体の重さなので、その物体自身の重さとは無関係です。
そして、押しのけた量とはつまり、水に沈んだ体積のことです。
数式では、次のようになります。

F = −ρVg 
F : 浮力[N], ρ: 水の密度[kg/m3], V : 物体の水没している部分の体積[m3], g : 重力加速度[m/s2]

伝説では、水に沈めると金塊のほうが沈んだようです。
つまり王冠は純金でなく、ちょっと本来の重さより軽かったということです。
これにより、金細工師は死刑になったとか・・・

まさかバレるとは思わなかったのでしょうね。
よく考えてみると、公正な貿易をするためには、この確認方法ってけっこう重要だったんじゃないかなあ?
146 takoyaki 2015/01/23 (金) 00:37:33 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
浮力というのは高校でも習うので、それなりに分かったつもりになっているのですが、けっこうあなどれない概念だと思います。
物体の形や物体自身の重さに関係なく、体積だけに依存することや、気球のように気体に対しても同様のことが言えるということを概念として理解するのは、初めて学ぶ学生にとってはなかなか難しいのではないでしょうか。ビーカーに直方体の重りを沈める実験ならイメージしやすいですが、物体が複雑な形状である場合や、海、大気など、全体を把握しにくい流体の中でも同様に浮力が成立することをイメージするのは、かなり抽象的な思考力が必要になるような気がします。

この話の発展したもので、パスカルの考案した「気圧」の概念がありますが、パスカルがどのように「気圧」の概念を定式化したか、という解説を本で読んだとき、とても難しくて理解できなかったのを思い出しました。
この科学史でパスカルを扱うのはまだだいぶ先になりそうですが、いずれちゃんと理解したいな、と思っています。

てこの原理も、見た目は単純に見えますが、二つ組み合わせただけで直観的に不思議に思える天秤を作ることができます。
「ロベルバルの天秤」と呼ぶそうです。
http://pzl.jp/q43

ううん、あなどれない。

次回はプトレマイオスについて取り上げたいと思います。
ユークリッドの時もそうだったけど、この人も人物像はほとんどわかっていないんですよね。
だから、次回はあっさりした内容になってしまいそうな気がします・・・
147 hirota 2015/01/23 (金) 02:11:11 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
アルキメデスと王冠の逸話を聞いた時に思ったのは、「何故まぜものが銀だと分かったんだろう?」ということでしたが、これは後に金と一番まざりやすいのが銀だと分かったことで氷解しました。
江戸時代の金精錬でも最後まで混じってるのが銀で、これを除くのが最終段階ですから。
完璧に混ざる物でないと、王冠みたいな細工物では細かい所に不純物が集まり易く、見ただけでバレる事になりますから最初から不純物は銀だと予想してた事でしょう。
次に思ったのは「果たして最初から浮力を思い付いたんだろうか?」ですが、風呂の逸話を聞く限り、あふれた湯で思い付くのは、まず体積ですから、「これで王冠の体積が分かるから比重が計算できる!」ではないか?
そこで王冠の重さと体積を量って比重を…と考えて、「いや、体積を計算せんでも水の重さでいいんじゃない?…あれ? 水の重さって王冠が水中で軽くなった分じゃね? これ浮力じゃないか! だったら直接浮力を比べたら誰でも分かるじゃんか!」となったのでは?…と考えてみたけど、風呂で溢れた湯の体積と風呂に入って軽く感じた事を即座に結びつけた可能性もあるかな〜。そのくらいでないと「エウレカ!」なんて言わないか。
148 takoyaki 2015/01/23 (金) 08:07:43 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>147

めっちゃ深く考察されてますね・・・。
>江戸時代の金精錬でも最後まで混じってるのが銀で、
>王冠みたいな細工物では細かい所に不純物が集まり易く
それは知りませんでした。
なんだか死刑になった金細工師が可哀想に。もしかしたら、わざとではなかったのかも。

アルキメデスの発見について思ったのですが・・・
まあ、ごくありがちな意見であるということは自覚しつつ、
日頃から疑問を持ち続けていることというのが、大切なことなんでしょうねえ。
だから、ふとしたことでインスピレーションが湧く。

すぐに答えが出なくても、考え続けることって実は大切なことなんだなあ。
149 hirota 2015/01/23 (金) 13:10:44 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
純金では柔らか過ぎて綺麗な細工が出来なかったのかも知れませんね。
金と銀のように完全に混じり合って固溶体を作る合金は硬くなります。(固溶強化)
合金の方が良いと言ったのに純金に拘る王様が聞いてくれず職人気質で勝手にやったのかも…
150 ghsobo 2015/01/24 (土) 09:21:02 ID:o31aFqxxYw [修正] [削除]
takoyakiさん
近代後半はやらないのですか?
相対性理論の成立過程でエーテル、MM実験、ガリレイ変換、ローレンツ、ポアンカレ、アインシュタイン。
ポイントはニュートン力学よりマクスウエル方程式の方が真実を表していると思ったのはなぜか?とか
ニュートン力学とガリレイ変換を正しいとするならエーテル絶対静止系でマクスウエル方程式が成り立つ
という具合に。マクスウエル方程式の誘電率と透磁率をエーテルに押し込めてしまおうというもくろみです。
するとエーテルの絶対静止系に対する関心が集まり、そこでMM実験が行われました。
というストーリです。量子力学の成立過程より分かり易いと思います。
151 takoyaki 2015/01/24 (土) 21:32:08 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>149
>合金の方が良いと言ったのに純金に拘る王様が聞いてくれず職人気質で勝手にやったのかも…
なにそれ、泣ける。映画化決定。
アルキメデスに殺された、もう一人の天才の物語・・・なんちゃって。
152 takoyaki 2015/01/24 (土) 21:45:45 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>150

ghsoboさん、こんにちは。

『物理学者小伝』 並木雅俊 著

という本が図書館にありまして、これがちょうどファインマンまでを扱ってる本でした。
そこで、私もとりあえずファインマンまでやろうと、科学史を始めました。
(その後にクーンとゲル-マンが追加されましたが・・・>>2
ghsoboさんも、ファインマン物理で近代科学史を締めくくるのは納得して下さるだろうと密かにと思っていたのですが、いかがでしょう?
というか近代後半というと、具体的にどの辺りまでを指すんでしょうか?

ちなみに相対性理論の成立過程は扱うつもりですよ。
そこは大きな山場の一つだと思っています。
153 hirota 2015/01/25 (日) 00:50:22 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>>151
深読みならまだまだできますよ。
純金かどうかなんて小判を歯で噛むくらいの粗雑な方法でも判定できるんですから、王冠の裏側とか見えない所を分からないくらい削れば簡単に分かるはずです。
それを全くやらせず判定しろなんて無茶振りは、最初からアルキメデスでも分からないということで有耶無耶にする気だったとしか思えません。
たぶん、売り言葉に買い言葉で過激な事態にしてしまった王様がアルキメデスに泣いてもらう事にしたんでは?
しかし、思い付いた事に夢中になって派手に発表してしまったアルキメデスは「あれ?誰もが楽しめる知的イベントのはずが、王様は落ち込んでるし、妙に晴れやかに『いい物を見せてもらった、悔いは無い』なんて言ってる職人は居るし、変な縛りは一休さんと将軍様の知恵比べみたいな物かと思ってたらナニコレ?あ、一休さんは千年以上未来の話だった、これナシ!」などと現実逃避気味になっても仕方ないでしょう。
154 takoyaki 2015/01/25 (日) 22:19:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>153

面白いです。
天才ゆえに空気が読めないっていうんですかね。
そういう描き方をするなら、アルキメデスのキャラも立ちますね。
「悔いは無い」とか言ってる職人も、いかにも天才的な職人であるがゆえの発言ですね。

一般人なら有耶無耶にして流すところなのに、まったく、ああまったく、天才って奴は!
なぜそんなことのために命を賭けるのか!
でも、だからこそ歴史に残る物語が生まれるのかもしれませんね。

科学史を俯瞰すると、まだまだ破天荒な天才のサンプルはたくさんありますからね。
これからたっぷり扱っていきたいと思います。
155 takoyaki 2015/01/30 (金) 22:14:31 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日はプトレマイオスについて投稿します。

プトレマイオス
[85-165]

この人はローマ人ですが、流れ的に古代ギリシアの学問の流れを汲んでいて、その集大成ともいえる『アルマゲスト』(これはアラビアから逆輸入された時のタイトルで原本タイトルは『数学集成13巻』)の著者であり、この科学史で扱う最後の古代人となります。
ここから先はいわゆる暗黒時代の到来になりますので・・・

プトレマイオスはアレクサンドリアで活躍したらしいということ以外、ほとんど知られていない人物ですが、残された著作から窺い知れるのは、アリストテレスと似た「真面目」で「体系的」で「理知的」な人物だったと思われます。あくまで私の感想ですけど。

主な業績は数理天文学と地理学(あと占星術も加えておきますか・・・)です。

物理学的には天動説の総本山というポジションで、コペルニクスによる地動説との対比で名前が出てくることが多いのではないでしょうか。
せっかくなので、プトレマイオスの天動説を軽く説明しておきます。
(あまり詳しく調べてないので、用語の意味とか質問されても答えられないかも)

エウドクソスは、27個の回転球というアイデアを用いて、地球を中心に天体が動くとし、日周運動などを説明した。
 ↓
アリストテレスはこれを発展させ、回転球の数を56個に増やした。
 ↓
しばらく時が経ち、惑星の見かけの大きさが変化したり、その運動が一様でないことが観測で明らかになり、アリストテレスの天文学の矛盾が指摘されるようになる。
 ↓
プトレマイオスはエカントという操作を導入して、修正を加えた。これによって、数理モデルとして、実際の観測結果と一致するようになった。

このモデルはよくできていたようで、その後1400年にわたり、西欧+アラビアの宇宙観を支配したようです。同じくプトレマイオスの作成した世界地図はコロンブスの時代まで人々に利用されたし、地球とか、宇宙とか、大きなこの世界の姿とはこういうものなんだよ、というのを体系的に完成させた人ですね。ローマの支配圏が拡大したのと、アレクサンドリアが学問の中心的な場所だったことで、情報が豊富だったことが大きいのでしょう。

アルキメデスの時もそうでしたが、ここまでくると数学的にもかなり高度で、素人がちょっと調べたくらいで理解できるような浅い内容ではありません。なので、ここでは概略を述べるに留めておきたいと思います。
というのも最終的にはコペルニクスに否定されちゃいますからね・・・。せっかく勉強するなら、新しいほうを学びたい、みたいな。
でも、天文好きでもっとこの話題を取り上げたいという方がいれば、意見を頂けると嬉しいです。
156 takoyaki 2015/01/30 (金) 22:34:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<補足>

プトレマイオスの考えたエカントという操作について、私は正直本で読んでもよくわからなかったのですが、いちおうどんなものか、本に載っていた内容を書いておきます。

-------------------------------------------------------------------------
エカントとは?
地球と導円の中心までと距離が等しく反対側にある点である。
周転円の中心はエカントから見て、等速円運動をしている。
こうすると、地球から観測される惑星の速度は一定とならず、観測結果と合わせることができる。

以上。
-------------------------------------------------------------------------

う〜ん、ややこしそうですね・・・
まあ、太陽系の運動を地球を固定点と見なして、完全な円の軌道の組み合わせだけで表現しようという試みですから、そりゃ色々とややこしいことになるのでしょう。
太陽までの距離や大きさなども計算していたようです。
世界地図の作成でも、地球が球体であることを前提にしているので、当時は最先端だった球面幾何学を扱っています。(それって非ユークリッド幾何学じゃないの?)

よく頑張ったなあ、と思わずにはいられません・・・
157 takoyaki 2015/02/03 (火) 22:47:09 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 07/14 (火) 22:11 [修正] [削除]
さて・・・
古代ギリシアの人物リストが一通り終わったわけですが、取り上げなかった人物についてもいちおう名前ぐらいは挙げておきたいな、と思ったので、今日はここにまとめておこうと思います。
「その他」扱いは申し訳ないくらいの大物がたくさんいるのですが、>>2のリストを作った時点ではろくに歴史を知らなかったもので、今となっては申し訳ないとしか言えない。

なお、生没年については、あくまでこのあたりの時代という目安に過ぎない、ということでご理解下さい。なんせ2000年ほど昔の時代ですからね・・・


タレス
[BC624-546]
エジプトやバビロニアで天文学、数学の知識を得て、幾何学(タレスの定理など)や客観的な自然哲学の開祖となったと言われる。「万物は水からなる」と考えた。
科学史はこの人から始めるのが一般的です。(あとから気づいた・・・)


アナクシマンドロス
[BC611-547]
タレスの弟子。「元素は無限定(ト・アペイロン)である」と主張した。
で、肝心の「ト・アペイロン」の意味ですが、残された文献が少なく専門家もよくわかっていないみたい。とりあえず現代で言うところの「カオス」に近い概念だと思われます。


アナクシネメス
[BC576-525]
アナクシマンドロスの弟子。根本元素は空気であると主張。ただし現代の空気(混合気体)とは違って、むしろただ一種類の基本的な流体がまずあって、その濃縮と希薄の程度で、自然界のすべての性質が立ち現れると考えていたみたいです。


ヘラクレイトス
[BC535-475]
根本元素は火であると主張。これも現代人の感覚で言うところの火だと思ってはいけないのでしょうね。むしろ、物質の交換反応、現代的には化学反応みたいな概念を想定して言っているのだと思われます。「万物は流転する」はあまりに有名なセリフ。でも、現存する本人の著作にその通り書かれているわけじゃないらしいです。


パルメニデス
[BC500くらい]
「無」から「有」が生まれることは無いと主張しました。合理主義の祖と言われる人物で、不生不滅の「有」の世界の下位に、感覚的経験があるとしました。このあとの時代に出てくる原子論など機械主義的な発想の人たちのルーツは、どうもこのあたりにありそうです。


アナクサゴラス
[BC500-428くらい]
のちのアリストテレスとデモクリトスの両方に股がるような、それでいて独創的な主張をしている面白い哲学者です。物体は限りなく分割できるとし、最も微小な構成要素を「スペルマタ」と呼びました。宇宙は多種多様なスペルマタの混合物という世界観のようです。太陽は神ではなく、燃える物体であるとし、月が太陽の光を反射して光っていると唱えた最初の人物でもあるそうです。原子論ではないですが、機械論的な思考が読み取れますね。パルメニデスと同時代なのが興味深い。


ゼノン
[BC490-430]
ゼノンのパラドックスを唱えた人。超有名ですね。
パルメニデスの弟子(愛人?)でした。アリストテレスによると、弁証法の創始者はこの人だったようです。たしかに屁理屈の勝負したら強そうですね。屁理屈とか言っちゃいけないか・・・


プロタゴラス
[BC490-420]
「人間は万物の尺度である」というのが、有名なセリフです。
真理などと言うものは人の数だけあるんだよ、だから絶対の真理などそもそもありはしないんだよ、と解釈しておけばいいのかな。こうやって哲学者に冷や水を浴びせているのか、はたまた哲学的に本当に深い話をしているのか、それもまた聞く人の尺度によるのでしょう。


エンペドクレス
[BC492-432]
四元素説(土、水、空気、火)を唱えた人です。元素が一つだけじゃ、どうにも足りないってことで増やしたんでしょうか・・・。自分が神であることを証明するためにエトナ山の火口に身投げしたが、サンダルが噴き上げられただけだった、という有名な伝説があります。芥川龍之介がいかにも好きそうな話です。


ヒポクラテス
[BC460-370]
物理学とは関係ないかなと思いつつ、有名人なので名前を挙げておきます。
「医学の父」と呼ばれる偉大な人です。医学を宗教や迷信から切り離し、病気は神々の与えた罰などではなく、環境、食事、生活習慣に原因があると主張しました。


レウキッポス
[BC440あたり]
デモクリトスの師であり、原子論の創始者ではないかと噂される人物です。しかし、伝聞のような話しか残っておらず、実在していたか怪しいという人もいます。パルメニデスやゼノンから学んだらしいです。デモクリトスの投稿を行ったとき、名前を出すべきか悩みました。


エウドクソス
[BC400あたり]
数学者であり、天文学者。著書が残っていないのが残念ですが、天動説を唱えていた人です。
アリストテレスの天動説の元ネタと思われます。


エピクロス
[BC342-271]
原子論を唱えた人物ですが、快楽主義を唱えたことでも有名です。ここでいう快楽とは、平静な心の快を求めるという意味で、享楽的な意味ではないことに注意が必要です。
彼の原子論は「重さ」を不変とした定量的な現象論であったようです。


エラトステネス
[BC276-194]
地球の大きさを計測する方法を見出し、実際にその値を計算した人です。地球の周(大圏の長さ)は45000kmであると結論を出しました。実際には40008kmだそうです。当時としては画期的だったと思われます。アリスタルコスと同じ匂いがする人ですね。
アルキメデスの友人で、素数の判定法なども考案しています。


アポロニウス
[BC250-175]
数学の天才です。『円錐曲線論』をはじめとして、487個の命題について演繹的に証明したとされています。アポロニウスの偉業は、それ自体が数学史上の謎である、と言われています。
楕円、放物線、双曲線などを扱っているそうですが、なんだか難しそうです。調べるのが怖いので調べてません。


ヒッパルコス
[BC190-120くらい]
プトレマイオスの『アルマゲスト』でもっとも引用回数の多い人物で、天動説を含む古代の天文学の体系を成立させたのはヒッパルコスであるという説があります。恒星の1等星から6等星による分類、三角法による測量、歳差による春分点移動の発見、メトン周期の改良、アストロラーベの発明(ヒュパティアによるという説もあり)など、多くの業績を残しているようです。


ルクレティウス
[BC95-55]
エピクロスの原子論を基にして『物の本性について(全6巻)』を著し、ラテン世界に伝えた詩人です。この書簡は15世紀初めに再発見され、原子論の復活のきっかけを生みました。
『物の本性について』の英語版は下のURLで読むことができます。
(教えて下さった甘泉法師さん、ありがとうございます)
http://www.gutenberg.org/files/785/785-h/785-h.htm


ヘロン
[10-75]
ヘロンの公式を考えた人です。
ヘロンの公式とは・・・

三角形の長さをそれぞれ<tex>a,b,c</tex>とし、

<tex>P= \frac{1}{2}  \left(a+b+c\right) </tex>

とすると、面積<tex>S</tex>

<tex>S= \sqrt{P \left(P-a\right)  \left(P-b\right)  \left(P-c\right) } </tex>

となる、というものです。
ヘロンはその他にも『気体論』を著し、サイフォンや蒸気タービンの原理についても記載しているそうです。ウィキペディアによると、自動販売機や風力オルガンも作ったとか。う〜ん、天才の匂いがします。


(ゲラサの)ニコマコス
[60-120くらい]
有名な「ニコマコス倫理学」とは別の人物で、新ピタゴラス学派の数学者です。『数論幽門』という著作で、幅広くギリシアの数学を扱っています。証明が正確でないとか、神秘主義的な傾向が強いとか、後世歴史家のツッコミはありますが、彼の著作がアラビアに翻訳されたことは代数学の発展に大きく寄与したようです。


ディオファントス
[200-214頃生まれ 284-298頃没]
ディオファントス方程式やディオファントス近似を生み出した「代数学の父」と呼ばれる数学の天才です。彼の研究をアラビア人が引き継ぎ、そこから派生した無理数への疑問から、微分積分への道が開けていったとする歴史書もあります。私は詳しくないですが、いずれディオファントス方程式のことも勉強してみたいものです。


ヒュパティア(>>349>>441に追記)
[350-370頃生まれ、415没]
アレクサンドリアの新プラトン主義哲学学校の校長を務めた人物で、女性です。
特に天文学、数学に専念していたと思われます。
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」などの言動が理由でキリスト教徒の怒りを買い、迫害によって殺害されてしまったとされる悲劇の人物でした。彼女の死は、その後のヨーロッパ暗黒時代の始まりと言えるかもしれない。
(ヒュパティアを教えて下さったNSさん、ありがとうございます)


以上です。
長文になってしまい、申し訳ありませんでした。
158 takoyaki 2015/02/08 (日) 01:28:13 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ここまでのまとめ。

古代ギリシア編が終わったわけですが、何かまとめっぽいことを書かないと気持ちが落ち着かない。(でも、大した感想は書けそうにない。)

ちょっと科学史について調べてみてわかったのですが、素人がね、いきなり調べようと思っても限度がありますよ。時間、体力、資料の数、どれをとっても専門家に叶うはずもなく、中途半端な知識しか得られない。それでも学ぶ必要性はあるのだろうか?と自問する。

特にアルキメデスあたりからは数学的にもかなり高度でして、素人がちょっと関連本に目を通したくらいで理解できるレベルの内容ではありませんでした。
結局わからないところは、わからないままスルーするしかない。
どうもあと味が悪い・・・。

でも、考えてみると科学史に限らず何かを学ぶ過程というのは、そうやって進んでいくものかもしれない。理解が不十分でも、とにかく先へ進んでいくしかない。

というわけで、私はまだ理解不十分であるということを認めつつも、現時点での古代ギリシア編までの概観を述べてみたいと思います。

まず、古代ギリシア哲学が不思議だと思った疑問は、現代においても相変わらず不思議である、ということ。
科学の進展により、人類は自然について多くを学んだかもしれない。しかし、わからないことはやっぱりわからない。そして、そのわからないものを突き詰めていくと、結局最後には古代ギリシアの有名なパラドックスや、命題に至るのだ。
だから、ギリシア人が考えたことを知っておくことは悪いことではない。

次に、言論の自由の重要性。
言論の自由は大切だ。古代ギリシアでもアウトな発言はあって、普通に処刑されたりもしているけれど、基本的にはロジカルな議論によって、決着をつけようという風土があった。
論証によって勝ろうとすれば、具体性のある例示が有効である。したがって、自然観察は重要なものとなる。他者とは無関係に勝手な信念を持つだけなら、科学は必要ないだろう。


考え続けることの大切さ。
古代ギリシア人は「考える」ことに膨大な時間を費やしている。
私たちは彼らが考えたことをもう知っているのだから、それを弁えた上でまだ誰も考えていなかったことを「考える」べきである。
そのためにギリシア人の考えを学ぶのは悪いことではない。


足りないのは技術だった。
人の知性は、おそらく2000年前も現代と変わらない潜在能力を持っていたと思われる。だから、昔の人だからといってなめてはいけない。彼らはとても賢い。ただ、技術に限界があったために現代から見ると稚拙に思える考えなどが目につくということはある。でも、それは笑ってもいいが、笑うべきことではない。なぜなら、同じことは現代の科学についても言えるからだ。
私たちは「考える」だけでなく、新しい知識を得るための「技術開発」も同時にしていかなければならない。


以上です。

読んで下さる方がいるかわかりませんが、感想など頂けると嬉しいです。
159 coJJyMAN 2015/02/08 (日) 17:50:56 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
(ここまででの感想)
科学史にかぎらず、何かを勉強することに関して大事だなと思うのは、勉強を通じて何をわかったかということと、何がわからなかったのかということが、自分の中に出来上がることなんじゃないかと思います。

その上で、わかったことの中から新たにテーマを見つけたり、もしくは、わからなかったことから新たにテーマを見つけたりして、勉強が続いていくのは僕は楽しいですね。
しんどいですけど、道楽でやってますから、自由なもんです。

それにしても、科学史とは広いテーマですね。すごいものを見させてもらってます。ありがとうございます。

僕なんかが興味をもつのは、物理学のなかで完成された理論の、オリジナルを作った人の頭の中ですね。完成された古典力学と比べて、ニュートンの言っていたことは何だったかとか、完成された電磁気学に比べて、マックスウェルが言っていたことは何だったかとか。

いま、あたりまえだと思われていることがそうじゃなかった時に、何をどう考えて正しいことを知ることが出来たのか、そういうことがとても興味深いです。
160 takoyaki 2015/02/09 (月) 05:30:59 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>159

coJJyMANさん、感想ありがとうございます。
>科学史にかぎらず、何かを勉強することに関して大事だなと思うのは、勉強を通じて何をわかったかということと、何がわからなかったのかということが、自分の中に出来上がることなんじゃないかと思います。
わかります。あるいはこの場合「分かる」がわかる、と書くべきでしょうか。
勉強を続けていくうちにいつかハッキリ、キッパリ、頭の整理がつく瞬間が来るのを私は待ち望んでいます。近頃はモヤモヤしてばっかりなんですけど・・・

>それにしても、科学史とは広いテーマですね。
ははは。ま、まあ、道楽ですからねえ(笑)
以前に単純なゲームばっかりやってた頃があるのですが、「マインスイーパー」とか「四川省」とか、そういうタイムアタック系のゲームです。自己記録を更新すると嬉しいわけですが、同時に虚しさも感じます。どうせ何かの能力を身につけるなら、もっとマシなことを身につけたかったと思いました。気分転換にはいいのですが。

完成された理論のオリジナルを作った人たちの話ですが、まさに私もそれが知りたくて科学史の調査を始めました。彼らの独創的な直観の部分に興味を惹かれます。
最近は偉人たちを性格タイプ別に分類することにも少々興味が湧きつつあります。
上から目線で偉人を分類するなんて失礼な話かもしれませんけどね(笑)
161 x_seek 2015/02/10 (火) 21:09:29 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

興味深く拝見させて頂きました。

>>158
>足りないのは技術だった。

そうですね。
私は技術の例として活版印刷技術(1455年)をあげたいと思います。
このおかげで、伝達可能なアイデアの情報量が増大しました。
これは17世紀の科学革命に必須の要素だったと思います。
162 takoyaki 2015/02/11 (水) 08:10:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>161

x_seekさん、こんにちは。

感想ありがとうございます。
>私は技術の例として活版印刷技術(1455年)をあげたいと思います。
たしかに、そこは重要だと私も思いました。
本があるのが当たり前、ましてやインターネット使い放題の現代を生きる私たちが、それらのまだ存在しない時代を考えるのには想像力を必要としますね。

・・・もしかしたらあと数十年で、国際交流の自動翻訳機能が一般的になるかも。なんてことも思いました。もしそうなったら「自動翻訳が無いなんて信じられない」だなんて言われるのかもしれません・・。
実験とは別の意味でテクノロジーが科学の発展と密接に関わっていますね。
163 takoyaki 2015/02/11 (水) 18:24:39 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
この科学史スレッドでは次の投稿から「インド・アラビア編」に進むつもりです。
西洋社会がルネッサンスを迎えるまでのちょっとした寄り道です。
できれば早めにガリレオあたりに進みたいので、あまり長い寄り道はしたくないなと思っていますが、どうなるかはわかりません・・・。

その前に今回は西洋の暗黒時代についてごく簡単に述べておこうと思います。

『古代中世科学文化史1』 G・サートン著

という本が図書館にありまして、著者のことはよく知らないのですが、私のお気に入りの文章がこの本の中にあるので、それを紹介したいと思います。古い著作のせいか、物々しい文体です。しかし、それがまた味があってよいのです。マニアックですかねえ。

まず古代ギリシアについてまとめ。
「古代ギリシアの哲学者は、宇宙について完全な説明をしようと努めている。しかも驚くべき事実は、これらの説明は未熟とはいえ不合理ではないということである。それは不精な空想ではなく、性急な演繹であり、早計な仮説であった」

次に西洋の暗黒時代について。
「慈悲の無い知識も、知識の無い慈悲も、ともに無価値であり、危険であることを人びとが一般に理解するまでに、約1500年かかったのだ」

だ、そうです。
うん、この2行で、西洋の1500年の暗黒時代を実に集約しているように思えます。
宗教戦争、国取り物語の歴史でいえば色々な内容があるのですが、科学史の観点から見れば、まさに暗黒、この時代についてこれ以上に語ることはないように思えます。
なので、今回私はこれを紹介するに留めようと思いますが、いや、それじゃあ大事なことが抜けているよ、という方がいましたらご意見を頂けると嬉しいです。
164 takoyaki 2015/02/20 (金) 21:25:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
インド・アラビアの科学史について調査を開始しました。
まとめ記事を書くのはまだ先になりそうですが、調べてみると意外と面白いので、現時点での感想を書きたくなりました。

インド哲学というと、まずは『ヴェーダ』という聖典について学ぶのが王道なのかな、と思っているのですが、ギリシア哲学がそうであったように、インド人も一枚岩じゃないんですね。
宗教・思想の歴史観から見ると邪道かもしれませんが、自然科学史として見るならむしろ『ヴェーダ』を認めようとせず懐疑的に考えた人びとに焦点を当てたほうが面白いんじゃないかという気がしてきました。いるんですよ、やっぱりインド版デモクリトスのような人が。
ただ、人物名や年代がギリシアほどはっきりしていないのが残念なところです。

で、思ったのですが、ギリシアだけが特別なわけではなく、どこに住んでいても人間はやっぱり自然哲学をするようです。当たり前のことかもしれませんが、実際に調べてみるとそういう感慨に浸ります。
ただ、対立を生む議題が地域によって若干の違いがあるように見えるのが興味深いですね。
もう少し調べてから主なグループ分けをまとめてみたいと思います。

アラビアについても、調べてみるとそれなりに有名人がいるようです。
日本人が名前を知らないだけで、色んな人がいる。
こちらも、もうちょっと情報収集してから自分なりの意見をまとめてみたいな、と思っております。
西洋の歴史家の意見だけを鵜呑みにするのはよくないぞ、と慎重になるためにも、調べておくことには意義があるかなと思います。

>>163で私が紹介したG・サートンの科学史ですが・・・インドの研究者に思いっきり批判されてました。インド人なめすぎ!って。うーん、色んな意見があるようです。
165 x_seek 2015/02/21 (土) 01:09:21 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>164

個人的にはアラビア数学を楽しみにしてます。(^^)

アラビアには優れた数学者が何人もいたのに、なぜか西洋ほど数学が発展しませんでした。私はそのことを不思議に思っていたのですが、原因は数学の表現方法にあったようです。

アラビアでは数学を言語で表現していました。
言語による数学は、記号による数学と比べ、難しすぎて発展しなかったと推測します。
数学記号の発明は数学をとても簡単にしたようです。

・アラビア数学
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E6%95%B0%E5%AD%A6
166 takoyaki 2015/02/21 (土) 21:24:40 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>165

x_seekさん、こんにちは。

コメントありがとうございます。
アラビア数学がどういったものだったのか、私も興味が湧いてきました。

中学校の数学で方程式を習ったとき、それまで文章問題を理屈でいちいち考えていたのに対し、中学からは代数の関係式を一度作ってしまえば、未知数を機械的に求められると本能的に気づいて、徒歩から自転車に乗り換えたような心地よさを感じたのを覚えています。
その時はすごく感動したんですよ。楽、便利、って。

そういう変化が現れたのは歴史的にいつ頃のことなのか、ちょっと気になります・・・。
167 takoyaki 2015/02/25 (水) 23:14:06 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
インド・アラビアの科学史について勉強中です・・・。
今日はちょっと愚痴を書き込もうと思います。大した話ではないのですが・・・。

それは、インド・アラビアの人物名や用語は覚えづらいという話です。

まあ、アラビア語については日本語とも英語ともまるで違う言語なので、しょうがないかなと思うのですが、インドについてはアーリア人が作った国ですから、インド・ヨーロッパ語族なわけで、多少はラテン語やギリシア語と共通のイントネーションがあるのかな、と期待したりしたのですが、全然わかりません。

サンスクリット語のveda(ヴェーダ)は、vidという動詞が名詞化したもので、元の意味は「取得する」とか「知る」というもので、そこから推定して「知識」と翻訳されます。自然あるいは神から人間が手に入れた知恵を集積した聖典(つまり知識)、というニュアンスでいいのかなと。

そういう話が本には載ってるわけですが、西洋とのつながりがほとんど見えない。
まあ、それはそれでいいのですが、一方で次のような話も出てきます。

インドでは創造主を梵天(ブラフマー)と呼ぶが、旧約聖書の登場人物アブラハムの「ア」を省略すると「ブラフマー」ぽいから同じ元ネタなのでは?とか・・・

「ほんとうかよ!」と読んでて思いました。
まあ愚痴というより、何というか、とにかくインドは全然違う、ということが言いたいのです。
そして、慣れないせいか、名前を全然覚えられない。頭に入らないのです。
ギリシア人の名前はすぐに覚えられるのに、どうしてかなあ。
168 Mt.Key 2015/03/09 (月) 22:03:52 ID:al3TAypLVU [修正] [削除]
そういえば、レオナルド・ダ・ビンチは入るんでしょうか?理論科学として扱うのは難しいかもしれませんが…
169 takoyaki 2015/03/10 (火) 22:32:53 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>168
Mt.Keyさん、こんにちは。
ご意見ありがとうございます!

レオナルド・ダ・ビンチについてですが、うーん、悩んじゃいますね。
彼は数学や工学もやってますが、科学史的に何か大きな発見をしたというわけでもないのが残念なところです。扱うにしても、どういうネタで扱うか・・・
ガリレオやニュートンは、その成果が自然科学のベクトルですが、ダ・ビンチはあくまで芸術家だと思うんですよね。わたしは。
でも、芸術は評価が難しいですね。モナリザを傑作だというのは簡単ですが、その根拠を論理的に示すのは難しいと思います。私なりの意見もないことはないのですが、ちょっとこのスレッドの主旨からズレてしまうような気もするし。

むしろ私としては、「天才とは何か?」という考察の対象としてダ・ビンチを取り上げてみたい気がします。彼のスケッチは、やはり普通の人間の観察眼ではないと思います。絵を描くためにその対象を理解しようとする努力には、間違いなく天才に特有の偏執的なこだわりがあったと思われます。

実はダ・ビンチ以外にも科学史には登場しないけれど、取り上げたい天才は数人います。
なので、『世界の天才 番外編』みたいな扱いで、考察の対象にしてみようかなと・・・

天才とは何か?
それがこのスレッドの裏テーマですからね。

あるいは、皆さんからもダ・ビンチについて何か思い入れのあるエピソードなどあれば教えて頂けると嬉しいかも、です。
よろしくお願いします。
170 takoyaki 2015/03/10 (火) 22:58:55 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
インド・アラビアの科学史について、調査続行中です・・・
記事を投稿するのは、まだもう少し先になりそうです。そろそろ項目を進めたいなあ。

今日は、以前投稿した内容についての新しい情報を仕入れたので、ちょっとその紹介をしたいと思います。

>>66にて
アリストテレスは生物学者だったという紹介で、有性生殖が一般的な生物界の無性生殖の可能性などについて次のように言及していた、という記事を投稿しました。

>「もし、ある種の動物がメスだけであって、それと別にオスがいないなら、この動物はメスだけで子どもを産むことが可能である。少なくとも今までのところは、これは信頼できる方法で観察されていないが、魚類における若干の場合は、われわれをためらわせる。たとえば、<エリュトリノス>と呼ばれる魚のオスは今までに一匹も見られたことがないが、メスのほうは腹子をいっぱい持ったものも含めて目撃されている。しかし、このことについては、まだ信頼できる確証が得られていない」
by アリストテレス

そして、今日たまたまニコニコ動画を見ていたら、脊椎動物で唯一、雌雄同体かつ自家受精が可能な魚がいることを知りました。これまでの常識を破る珍妙な生物です。アリストテレスに教えてあげたらきっと喜ぶでしょうねえ。他にも面白い習性をいくつか持っています。
以下、その動画のURLです。ご興味のある方はどうぞ。

〜ゆっくり 珍 生物図鑑〜 第25回 マングローブ・キリフィッシュ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25188155
171 takoyaki 2015/03/20 (金) 23:43:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
来週あたりから、ぼちぼちインド・アラビア編に突入したいと思います。
まだ調べきれていないことはたくさんあるのですが、言ってたらキリがないですからね。
ある程度、現時点での自分の考えみたいなものを一回まとめておきたいなと思っています。

注目度は低いかもしれませんが、無視はしたくないと思っている領域です。
少しでも興味を持ってもらえるような楽しい科学史になればとネタ探し・・・
それにしてもアラビア関連の本は本当に数が少ないですね。
172 takoyaki 2015/03/25 (水) 18:00:00 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 07/15 (水) 14:14 [修正] [削除]
かねてより予告していた、インド・アラビアの科学史について今日は発表します。

まず結論から。

インドはギリシアと同じく自然科学の発祥の地であり、だいたい同じようなことをやっている。
しかし、ゼロを含む十進位取り記数法の概念はギリシアになかったので、特に注目される。
逆に言えば、インドには幾何学を論証的に考える概念がなかった。
そういう違いはあるものの、原子論など、大概の論争はインドでも同じくやっていたようだ。

7世紀頃からイスラム教が戦争で国を広げて100年くらい経つと、為政者の知的水準を上げようと、ギリシア、インド、中国から文献を集めては翻訳し、「いいとこ取り」をして知識の統合を行うようになった。また、代数学を洗練されたものにしたことも評価される。

やがてそれが、ヨーロッパに伝わりルネッサンスへと繋がっていく。
アラビアは西欧知識の中継地点のような捉え方もあるが、むしろ世界の膨大な知識を「うまく統合した」のが主な役目だったように思う。


以上です。


とはいえ、せっかく細かいことも色々と調べたのに、結論だけ書いてあっさり終わるのも味気ないので、これから雑学っぽいことを少しずつ投稿したいと思います。
予定している内容は次のような感じです。

・リグ・ヴェーダの中の自然科学 >>177
・インド版デモクリトスな人々の抹消された主張 >>181
・ゼロの概念はなぜインドで生まれたのか >>182>>446
・ブッダは実際のところどんな人だったか >>185
・意外なダークホース、ジャイナ教の貢献 >>193
・アラビアの有名人いろいろ >>420



なお、科学史においては西洋の歴史が主流であり、東洋は不当に扱われている、との意見もあるようですが、それについて私見を述べます。

西洋は一度ひどい暗黒時代を経験していることから、その後にアラビアから輸入した東洋の合理主義を高く評価しています。一方で、東洋は自然科学と神秘主義の分離が進まず、現代の目から見ると「科学史」としての評価を難しくしています。

日本人は明治以降ヨーロッパから科学を学びました。そのため、何でもヨーロッパ人が考えたと思いがちです。これは西洋の歴史家が悪いと言うより、日本人に内在する偏見だと思います。
日本人の書いた本にはアラビアの話が欠如していますが、ヨーロッパ人の書いた本にはアラビア人の名前が普通に出てきます。
要するに、日本人はヨーロッパ人のことは知りたいけど、アラビア人には特に興味ない、と思っているのでしょう。
インドについては、仏教への憧憬から古くから研究が行われてきた経緯がありますが、一般人からすれば、やはりヨーロッパ人ほど重要ではないのでしょう。
これは、陰謀なんかじゃなく、日本人の実利的な判断が生み出した選別の結果であって、私たちさえ彼らに興味を持てば、まだまだ多くのことを学べる機会があると考えるべきだと思います。

というわけで、微力ながら私の手の届く範囲でネタを上げていこうかな。
どうぞ、よろしくお願いします。
どんなご意見でも、気軽に書き込んで頂けると嬉しいです。
173 ひゃま 2015/03/26 (木) 00:37:22 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>>172 takoyakiさん、インドといえば、タゴール
タゴールとアインシュタインの逸話は面白いですですよね。

タゴールがアインシュタインに会った時に、アインシュタインが、「あなたは神を信じますか?」とタゴールに言います。「勿論、私は信じます」と。「あなたの神はどのような神ですか?」と、アインシュタインがタゴールに尋ねるわけです。そう致しますと、「それは人間と神との間における神である。あらゆる真理は、人間がいなくてはなりたたないんだ」というような話をするわけです。科学的真理或いは抽象的真理というものは、アインシュタインは科学者ですから考えるわけです。ですから、「もしこの地上に人間が一人もいなくても、宇宙というものは存在するだろう」とアインシュタインがいうわけです。それに対してタゴールは、「人間がいなくて宇宙は存在する筈はない。何故なら宇宙の存在を感じているのは人間なんだ。その人間がいなかったら存在しようがしまいが、それを判断できる誰もいないんじゃないか」というふうにタゴールは問い返すわけです。アインシュタインは、「いや、そうではない」と。「自分は宇宙の実在というものを信ずる。その宇宙の実在がなければ科学というものも成り立たないじゃないか」とアインシュタインがいうわけです。それに対してタゴールは、「科学そのものも人間が生んでいるものじゃないか」と。「そして、この実在を感じるのも人間じゃないか。もしも人間がいなければ、この世界そのものは無に等しい」というようなことをいうわけです。
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-169.htm
174 takoyaki 2015/03/26 (木) 17:44:53 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>173
ひゃまさん、コメントありがとうございます。
タゴールという方のことは初めて知りました。教えて頂いたおかげで、また一つ学ぶことができました。

アインシュタインとの会話ですが、私だったらアインシュタインの肩を持ちますね。
もし私が事故で両目を失ったとしても、それによって外界の光が無くなるとは思いません。
「今日も太陽は輝いていますか?」
と声で尋ねたら、相変わらず誰もがYesと答えるでしょう。感覚の有無とは関係なく外界は存在すると思います。

もう一つには、外界がなくては認識は生まれ得ないが、認識がなくても外界はありうる、という主張もあって良いと思います。私ならタゴールにそう主張するでしょう。

ただ、このような例をいくら挙げても、常に反論の余地があることは認めます。
175 ひゃま 2015/03/26 (木) 18:46:44 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>>174 takoyakiさん、

え、ひゃま的には死んだらお星様になると信じているので、タゴール説も捨てきれないとこはあるのだけど、へへ
176 takoyaki 2015/03/26 (木) 19:29:56 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>175
子どもの頃はいつか死ぬことが怖かったです。
でも、物心がついてくると「死ねない怖さ」についても考えるようになりました。哲学的な、あるいは観念的な意味において。
いますぐに死ぬのは嫌だけど、いつか自分も力尽きてのたれ死ぬということは、ある意味「救い」でもあると思うのです。
そして、自分という存在が死んで消えてしまっても、相変わらず外の世界の物語は続いていくのだということも「救い」だと思います。
177 takoyaki 2015/03/30 (月) 17:06:33 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
こんにちは。
今日は「リグ・ヴェーダの中の自然科学」と題して、古代インド科学史のネタを掘り起こしていきたいと思います。

まずリグ・ヴェーダとは?

表向きには「聖者が天の神から得た知識をまとめたもの」ということで、古代インドの聖典とされるものです。全10巻で、1028篇の讃歌(うち11篇は補遺)からなる、とウィキペディアにありますが、かなりの量があるらしい、としか私は言えません。できれば日本語訳をパラパラっと見てみたいものですが、そうそう都合良く手に入らないのでした。残念。でも昔はこの長〜い讃歌を口承のみで伝えていたようです。

実際はどういうものか?

憶測ですが、インドには元々インダス文明を築いたドラヴィダ人がいまして、そこに北からアーリア人が侵入してきました。リグ・ヴェーダを作ったのは、このアーリア人で、起源はこの頃(紀元前1800頃?)だと考えて良いと思います。ヴェーダに滅亡したインダス文明の影響がどのくらい残されているのかは専門家でも意見が分かれるようなのですが、私はあまり興味がないのでスルーします。
当初の内容は「おまじない」みたいなもので、日本の卑弥呼がやっていたことと主旨は変わらないんじゃないかと。ベニテングダケのようなキノコで恍惚状態になったシャーマンが天からの言葉を聞いたとか、そういったものなので、意味の読解は困難だと思われます。
時代が進んで都市国家が成立するようになると、権力者によってリグ・ヴェーダの再解釈が行われます。ざっくりと言えば「リグ・ヴェーダは自然界を支配する力を持つ」という権威の格上げが行われます。ところがインドの庶民が永久にその信憑性を疑わないことなどありえず、いずれ不満が出てきます。そして哲学史で言うところの「枢軸時代」へと移っていく、というところまでが今日の話の前置きです。

ちなみに「枢軸時代」とは?

ちょっと横道に逸れますが、枢軸時代とは、「ドイツの哲学者で精神科医でもあったカール・ヤスパース(1883年–1969年)が唱えた紀元前500年頃に(広く年代幅をとれば紀元前800年頃から紀元前200年にかけて)おこった世界史的、文明史的な一大エポックのことである」とウィキペディアにあるのですが、便利そうなので私も使わせて頂きました。
だいたい次の哲学、宗教などは、同じ時代、似たような背景の中で生まれたという歴史観ですね。
・ソクラテス、アリストテレスなどのギリシア哲学
・ブッダ
・ジャイナ教
・中国の諸子百家(孔子とか)
・ゾロアスター教
などなど・・・

さて、このスレッドは自然科学史がメインですので、ここからはまずリグ・ヴェーダの内容に一歩踏み込んで、自然科学と関係のあると思われる部分について言及してみたいと思います。「枢軸時代」については後ほど別のテーマで語ろうと思いますので、今しばらくお待ち頂ければと思います。それから、お世話になった文献の紹介をしておきますが、私が次に語る話の元ネタのほとんどは『古代インドの科学思想 佐藤任 著』という本です。これが図書館に置いてあって助かりました。

それでは、リグ・ヴェーダの中の自然科学として次の三つを紹介します。

1、古代インドの論理学
2、古代インドの数学
3、古代インドの生命科学
178 takoyaki 2015/03/30 (月) 17:54:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
1、古代インドの論理学

ギリシアでは都市国家の政治が議論によって進められていったので、論理学は重要なものでした。
インドもまた状況は似たようなもので、相手を説得させるための論理は重要なものと見なされたようです。

インドのルールについて

インドでも都市国家間の争いや、諸々の争いを治めるために盛んに議論が行われたそうですが、伝統的なルールがあるそうです。

「相手の主張を勝手にねじ曲げて解釈し批判するのは、批判として認めない。議論においては互いの主張を正確に理解するのが重要な前提であり、どちらかが相手の意見を理解したうえで自ら負けを認めるまで議論は続けられる」

このルールがどこまで守られているのか私は知りませんが、現在でもインドではこのようなルールがあるそうです。ヒンズー教なんかは、色々な地方の神話、伝説がごっちゃになった多神教スタイルなわけですが、もしかしたら、このように互いの宗教を納得するまで語り合った結果、インド特有の混合的な多神教に進化したのかもしれません・・・

「抽象的な議論では例示することが大切」

自然科学が実験による裏付けを重要視しているように、インドで議論が行われる場合も具体例を出して相手を説得することが大切である、とされているようです。

「ただしリグ・ヴェーダは無条件に正しい」

はい、出てきました、ここでリグ・ヴェーダです。このあたりがギリシア哲学と比較した場合に異なる部分かと私は捉えています。議論の目的は争いを治めることにありますから、どこかで水戸黄門のように絶対に正しいという権威が必要とされたのではないかと思われます。現代のように自然科学が発達していない時代ですから、ある意味でそれも生きていくための知恵だったのではないかと思いますが、やはり「本当にリグ・ヴェーダは絶対に正しいのか?」というのが「口に出してはいけない、重大な疑惑」であり、その後のインド哲学の発展を左右することになったものと思われます。

ちなみにリグ・ヴェーダによって証明されるのはどんなことでしょうか?
「この世界は神が創った」
「肉体は滅びても、不滅の魂(アートマン)は存在する」
「人は生まれ変わる。来世はある」
だいたい、こういった内容がそれにあたると思われます。

以上が、私の調べた範囲で分かったことです。
じゃあ、具体的にどんな議論を行っていたのか?という内容をアリストテレスについての発表をしたときのように対話形式で示したかったのですが、残念ながら資料が手に入りませんでした。
もう想像するしかありませんね。

もしネットなどで参考にできる資料をご存知の方がいましたら教えて頂けると嬉しいです。
三段論法とか、そういった形式的な、演繹的な議論が行われていたのか?(行われていたようですが・・・)、あるいは自然現象についての説明をどのように試みたのか?・・・そのあたりをもう少し知りたいです。

その他、何でもご意見、感想、気軽に書き込んで頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
179 takoyaki 2015/03/31 (火) 15:57:12 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 22:01 [修正] [削除]
2、古代インドの数学

>>177で述べましたが、都市国家が成立するようになると、リグ・ヴェーダには次のような権威付けが行われるようになりました。

「バラモンはリグ・ヴェーダの知識に基づいて正しく祭式を行うことにより、自然界を支配することができる」

問題は、「正しく祭式を行えば」の部分ですね。ここに数学の話が出てきます。
祭式を正しく行うには、規定通りの祭壇を建造しなければなりません。
数学的であることが、ある種権威付けに必要なこととなるので、バラモンたる者、数学を学ばねばなりません。特権階級も楽ではないですね。
また、普通に考えても大きな祭壇を造るには、幾何学の知識、必要なレンガの数の計算、日程の調整をするための暦の計算、必要な職人、生け贄となる動物の手配など、実務的な問題がたくさんあります。
王様がバラモンに「祭式やるよ」と伝えると、バラモンたちはリグ・ヴェーダに基づきせっせとそれらを計算をして準備をしなければなりません。

というわけで古代インドでは、古代バビロニアと同程度の天文学、幾何学、代数学の知識があったようです。あるいは両者は交流が盛んで、知識を共有していたのではないかという意見もあるようです。
ただし、ギリシアのような幾何学の証明(論証)はなく、ピタゴラスの定理などは「幾何学的事実」として伝えられるのに留まっています。
一方で、レンガの数を知りたかったからでしょうか、代数学はギリシアより進んでいたようです。
なお、インドでなぜゼロの概念が生まれたのか、については後ほど改めて取り上げるつもりです。

・・・ちなみに、これはちょっと笑い話なのですが、特権階級であるバラモンの人々はどうも計算が苦手だったようです。王様に命じられてレンガの計算をするけど間違える。それで仕方なく下の階級のレンガ職人に頼んで計算してもらうと、正しい答えがわかったそうです。やっぱり現場を知っている職人は偉大ですね。
このエピソードはかの有名な叙事詩『マハーバーラタ』の中に出てくるそうです。

<追加>
書き忘れていたことがあるので、追加します。

BC800頃にバウダーナヤという人物が『バウダーナヤ・シュルバーストラ』という数学(建築のための)についての文献を書き残しています。そこにはピタゴラスの定理、十進法で小数五桁の√2の近似値、二つの正方形の和または差に等しい一つの正方形の作図、などが記されているそうです。

ピタゴラスの定理を最初に「証明」したのは、1150年のインド人バースカラUとのことで、2000年ほど間が空いています。

同じ数学でもインドとギリシアでは異なる発展をしており、やはりアラビアで統合が行われたことは重要な出来事だったのだと思われます。
180 takoyaki 2015/03/31 (火) 21:47:42 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 23:58 [修正] [削除]
3、古代インドの生命科学

インドにはアーユルヴェーダと呼ばれる伝統的な医療があります。これは、リグ・ヴェーダとその他、後世の聖典などから特に医療に関係する知識を集成したものとされます。
このアーユルヴェーダというテキストから、古代インドの自然科学の知識について、いくらか窺い知ることができます。

まず医療についての具体的な処置法についての内容がいかに豊富かと言うことを示すために、ギリシアのヒポクラテスと比較してみましょう。

アーユルヴェーダは三つのテキストから成っており、その内の一つが『チャラカ・サンヒター』と呼ばれるものです。これが『ヒポクラテス集典』の約三倍の内容を持つ、とのことです。(薬物の種類だけで2000〜2500種)
なので、かなりの量があります。

ここに書かれていることというのは、「庶民の生活の知恵」であり、様々な地域の伝統的治療法を集めて体系化したものと考えられます。したがって、医術だけでなく、動植物の分類学、化学的操作、治金技術など幅広い知識が収められているようです。ちなみに古代インドの鉄器時代はBC1000〜800年頃とされています。

これらの膨大な知識はアラビアを介して、ヨーロッパに伝えられることになります。
ヨーロッパではその頃から錬金術が流行するわけですが、どうも錬金術の起源はインドにあるようです。

ここで、私が面白いと思ったニュートンのエピソードを紹介したいと思います。ニュートンはプリンキピアを発表する以前、けっこう錬金術にハマっていたそうです。20世紀にニュートンの遺髪から水銀が検出されたことにより、そのことが裏付けられました。
この水銀についてなのですが、実はアーユルヴェーダのなかに水銀を用いた治療法の記述があるそうです。さらにその治療法というのは、どうも中国からインドに伝わったらしいことがわかっています。中国の道教ですね。不老長寿の仙人になるべく、中国人が水銀を用いた霊薬を考えた。それが巡り巡って、ニュートンの知的好奇心を大いに刺激したが、その寿命を縮める要因にもなったかもしれない、という本当か嘘かわからない話です。でも、何といいますか、このように世界は縦にも横にも繋がっているのかと思うと、面白いなぁ、と感じた次第です。
181 takoyaki 2015/04/01 (水) 23:34:15 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
・インド版デモクリトスな人々の抹消された主張

今日は古代インドの無神論者(唯物論者)を扱いたいと思います。
メインはローカーヤタ派と呼ばれる人々です。

>>178で私は次のように述べました。
>「本当にリグ・ヴェーダは絶対に正しいのか?」というのが「口に出してはいけない、重大な疑惑」であり、その後のインド哲学の発展を左右することになったものと思われます。
成熟した都市国家がいくつも誕生し、交流が生まれ、それぞれが自分の信仰する神あるいはヴェーダこそが正しいと言い始めれば、なぜそれらは世界でただ一つの真理に統一されないのかという当然の疑問が生まれ、互いの正当性を議論せざるを得ない状況に追い込まれるようになると思われます。私は、それが「枢軸時代」を生んだ背景ではないかと考えます。
このような時代背景がある場合、相手を納得させるに足るロジックを求められます。それが論理的な哲学を生み、さらには自然科学へと人々の目を向けさせることになったであろう、と推測します。

ブッダはリグ・ヴェーダを否定しました。自らヴェーダの教えに基づいた苦行をして、「苦行には意味がない」と悟ったようです。
同じようにリグ・ヴェーダに疑惑を持ち、勇気を持ってそれを発言した人々がいました。ブッダの主張は仏教として後世に生き残りました。同じくジャイナ教も生き残りました。でも、弾圧に負けて歴史から消えてしまった哲学派もあります。今ではその存在が僅かに文献の中から推測できるのみです。

「ローカーヤタ派」と聞いて知っている人はほとんどいないと思います。しかしながら、彼らの考え方はブッダが生きたBC500頃には、庶民の中に広く知られていたようです。その主張内容をちょっとご紹介します。

<ローカーヤタ派の主張>

・カーストに意味はない。バラモンたちがこの世で定めたことは、彼らの生活の手段に過ぎない。
・天国があるとか、究極的な解脱があるとか、来世があるとか、すべて作り話である。人は死ねばそれまでだよ。
・祭式に意味はない。生け贄にされた動物は天国に行くとバラモンたちは言うが、だったらまず自分の父親を生け贄に差し出せばどうか。それが親孝行というものではないのか。なぜそうしないのか。
・身体を構成する物質は周囲の外界物質の変形に過ぎない。(四元素説)
・この世界の多様性と秩序は自然法則から生まれるのであって、超自然的な絶対者などいない。
・直接知覚によって具体例を提示できない対象は、推論によって蓋然性を語ることができるだけで、確定的に語ることは永久に不可能である。
・人間の唯一の目的は、感覚の快楽によって生まれる喜びである。生きている限り楽しく暮らすが良い。

もう一つの哲学派を紹介しましょう。

<アージーヴィカ派の主張>
・自然界は原子で構成されている。(原子論)
・運命はすでに決まっている。したがって道徳に意味はない。人間の努力は無効である。

過激ですね。
ちなみにギリシアのアンティステネス[BC444-365]の『哲学者の系譜』には、デモクリトスが(エジプトやバビロニアを巡る)旅先でアージーヴィカ派のインド人と会っていた、というエピソードが出てきます。デモクリトスの主張は必ずしも彼一人の独創とは言い切れません。

同じように原子論を主張しながら、「正統派」として認められた「ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ派」という一派も存在します。彼らの場合は、原子論を展開しつつも、形式上はヴェーダを讃えることにより、弾圧を逃れて生き残ることができました。仕方なく認めた「神」の扱いはアリストテレスと似ているようです。

以上で、紹介を終わります。
このように、自然哲学というのは必ずしもギリシアの専売特許だったわけではないようです。
ただ、残念なことにギリシアほど人物名や年代がはっきりしないので、歴史として扱いにくいということは認めなくてはなりません。

ここで紹介されたようなことを現代の私たちは知ることができるのは、「正統派」の人々が「正統派でない」人々との議論で負けないように、敵陣の考え方を記録に残していたからです。

『マヌ法典』より
「王たる者は、統治者として迷信に惑わされないように論理学を学ばなければならない」

為政者はローカーヤタ派から合理的思考を学び、その一方で、大衆向けにはローカーヤタを否定し、迷信を与えておけば良いと知恵を働かせました。

以上で、今日の発表を終わります。
182 takoyaki 2015/04/03 (金) 01:31:41 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 07/15 (水) 14:13 [修正] [削除]
ゼロの概念はなぜインドで生まれたのか

0は「何もない」ことを表す記号ですが、このような記号を生み出した古代文明はインドだけです。(追記:記号としてのゼロは他の古代文明にもありました。訂正します。>>446
なぜインドだけが、このような記号を用いることになったのでしょうか。

よく引き合いに出されるのが、仏教の空の哲学思想ですが、私はもっと実務的な理由(そろばんを用いない計算)に原因があったと推測します。
(元ネタは『続 身近な数学の歴史 船山良三 著』という本です。)

最も原始的な社会において簡単な計算を行う場合、指を使って行い、あるいは石ころや枝を地面に並べるなどして、行っていたのではないかと推測します。
数を表す記号は、まさに「数」を伝達するための記号であり、「計算に便利であるか」ということまで考慮されることはなかったでしょう。ギリシアの数記号はまさにそういうものです。

ところが巨大都市を建造するような時代になると、1000とか10000とか、そういう巨大な数を用いた計算も必要になります。それを石ころ時代の数記号でやらなくてはなりません。そこで各地の古代文明では「そろばん」や「数表」が発明されました。それはそれで素晴らしい発明ですね。

中国やバビロニアには「そろばん」がありました。
ところが、インドには「そろばん」が無かったのです。

インド人は代わりに書板計算(パーティガニタ)と呼ばれる伝統的な方法を編み出しました。
書板(パーティ)とは、縦横30cm程度の小さな板で、粉をふりまいた後に、その上を棒でなぞる、といった方法で、黒板とチョークのような使い方をする道具のことです。そこに数字を書いたり消したりして計算を進めていきます。
(青年時代のラマヌジャンを思い浮かべるのは私だけでしょうか)

書板計算では、スペースが限られており、書いたり消したりを繰り返すので、数表示に場所をとらない簡潔な記号を扱う工夫が自然と求められることになります。
試行錯誤はあったと思いますが、最終的に出来上がったのが現在私たちが使っているのと同じ「十進位取り記数法」です。
例えば「35」を表すには、十の位と一の位をそれぞれ3と5で表し、並べるだけで表現できます。
しかし「30」を表すには、一の位が「何もない」ことを示す記号が必要になります。これを「空位」と呼び、この「空位」を表す記号こそが0の起源と思われます。

こうして0が発明されることにより、わずか十種類の記号の並びで、あらゆる自然数をコンパクトに表現できるようになるだけでなく、「計算のしやすさ」から見ても便利な記数法が誕生しました。

おそらく仏教誕生より以前から、すでに0は存在していたのではないかと思うのですが、残念ながら、いつ「十進位取り記数法」が採用されたのかは分かりません。

ちなみに「そろばん」による計算ではどうなるかというと、位取りの概念は似たようなものですが、3を置く線や溝の位置で「空位」の意味が表現できてしまうため、文字としての0はその計算過程に必要とされません。

さて、こうして古代インドでのみ0記号を用いた「十進位取り記数法」が誕生したわけですが、7世紀頃から勃興したイスラム社会にこれが知れ渡るようになり、イスラム算術に浸透するようになったようです。
それがイタリアの商人からヨーロッパに伝わり、現在の数学へと発展していくわけですね。

もしインド人も「そろばん」を使っていたら、どうなっていたでしょう。
科学の発達はずっと遅れることに成ったかもしれません・・・

以上で今日の発表を終わります。
183 x_seek 2015/04/03 (金) 20:58:54 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

興味深く拝見してますよ。(^^)

>>172
>7世紀頃からイスラム教が戦争で国を広げて100年くらい経つと、
>為政者の知的水準を上げようと、ギリシア、インド、中国から文献を集めては
>翻訳し、「いいとこ取り」をして知識の統合を行うようになった。

なるほど。
世界の知識の収集が、当時のアラビアの科学水準を押し上げたのですね。


>>180
>ニュートンはプリンキピアを発表する以前、けっこう錬金術にハマっていたそうです。

実際、錬金術だったのかもしれませんが、もしかすると、
むしろ化学と呼ぶべきものだったんじゃないかなぁと想像しています。


>>182
>もしインド人も「そろばん」を使っていたら、どうなっていたでしょう。
>科学の発達はずっと遅れることに成ったかもしれません・・・

面白い考察ですね。
書板計算のための省スペース化が「十進位取り記数法」誕生のきっかけだったと。

私たちは当たり前のように「十進位取り記数法」を使っていますが、
それが発明されるまでの状況を想像すると、すごい発明だったという気がします。
184 takoyaki 2015/04/04 (土) 19:56:47 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
x_seekさん、コメントありがとうございます!
私の科学史の記事を読んでもらえてとても嬉しいです。

偉大なる天才、ニュートンについてちょっと書きますね・・・。

>実際、錬金術だったのかもしれませんが、もしかすると、
>むしろ化学と呼ぶべきものだったんじゃないかなぁと想像しています。
錬金術っていう言葉は見る人によってイメージが色々ですから難しいですよね。いかがわしいオカルトめいたもの、と感じる方もいれば、自然科学の前身だと捉える方もいて、ニュートンはちょうどその間の時代にいる人でしょうね。
宗教と科学という意味においても、ニュートンは中間的な立場にいると私は思います。

ニュートンはキリスト教徒でした。
でも、母子家庭だった三歳のときに母親を教会の牧師に取られて、母親の愛情を受けることができませんでした。実母がいるのに、叔母の家に預けられて生活するという屈辱。さぞかし教会を(牧師を)恨んでいたでしょう。「子どもの頃に教会に火をつけようと思ったことがある」って本人も言ってますし。
だから人間不信のニュートンにとっての神への信仰は、人間臭い教会を通してではなく、自然科学を通じたものとして鋭敏な感性へと研ぎ澄まされていったのではないでしょうか。
錬金術(化学)にハマったのも、実験と観察によって神の叡智を自分の手で明らかにしたかったからだと思います。
つまり、たとえ手元の参考テキストが異教徒の錬金術であったとしても、そもそも自然科学は世界共通ということです。すでに万有引力を発見していたニュートンにとって、そのことについては自信があったのではないかと推測します。

・・・まあ、私の考えはお茶の水大学の藤原正彦先生の「数学者の伝説シリーズ」の受け売りなんですけどね。


>私たちは当たり前のように「十進位取り記数法」を使っていますが、
>それが発明されるまでの状況を想像すると、すごい発明だったという気がします。
私もそう思いました。
何気にすごい発明ですよねっ
185 takoyaki 2015/04/06 (月) 21:25:06 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
・ブッダは実際のところどんな人だったか

<前置き>
「ブッダ」というのは本来、古代インドの「悟りを開いた人」というような意味で、特定の人物を表す言葉ではないそうです。だから、正しくは「ブッダのゴータマ・シッダールタ」と呼ぶほうが良いのかもしれません。しかし慣例にしたがい、ここではブッダと呼ばせて頂きます。

また、ブッダを「普通の人間」として扱うことは、仏教を信仰する一部の方には不快に思われるかもしれません。しかし、このスレッドは自然科学史について考えるために、私が個人的にそのような立場を取ることを前置きさせて頂きます。


<本論>
仏教と自然科学は何の関係があるのか?
あんまりない、と言えばあんまりないのですが、量子論を創った科学者たちに「仏教好き」の方が多いので、一度は取り上げておきたいなと思い、少し調べてみることにしました。
ボーアとシュレーディンガーが有名どころでしょうか。いずれ量子論を取り上げるときにまた仏教の話ができたらいいなと思います。

さて、今回のテーマはその仏教の創始者であるブッダがどんな人物だったか、という疑問です。

ブッダは古代インドの信仰の対象であったリグ・ヴェーダを全否定しました。
これはかなり勇気のいる決断だったと推測します。同じ試みをして弾圧された人もいますしね。
それでもブッダが本気でやりたかったことは、「嘘の迷信はもうやめて、現実的に考えてみましょうよ」と人々を諭し、幸福に生きる道案内をすることにあったのだと思います。現実的、というところでは同時代の孔子やアリストテレスなどにも共通する時代感覚だったのではないかと推測します。(→枢軸時代)

ずばり、ブッダは古代の精神科医だった。

私はそう言わせて頂きます。シャーマンではありません。分析的に人の精神を捉え、会う人会う人それぞれに、その人にとって必要な考え方を諭し、精神の病を治療しようとした人です。
精神の病が癒されるなら、神がいるか、いないのか、そこは気にしない。
これは教義ではなく、治療なのです。

ブッダは直接、自分の教えを書き残すことはしませんでした。
それというのも人の心はテキストで治療できるものではないからでしょう。
相手に合わせた語り口や表情の作り方、インタラクティブなブッダというインターフェイスこそ、その技術の極意だったのではないでしょうか。
ブッダは、そういう治療者としての優れたロジックと才能を持った人物だったのではないかと推測します。

問題は、彼が亡くなった後の弟子(患者)たちの行動ですね。
ブッダを知る弟子は、ブッダの教えをブッダ亡き後も残そうと、それぞれに文献を書き残しました。

その弟子たちも亡くなると、世間の人々にとってブッダはもはや想像でしか語ることのできない人物となります。人の想像力というのは、凄まじいものがあります。
やがてブッダは神格化され、その考え方に対する解釈も色々な流派が生まれ、さらには別の宗教との融合が行われたり、と複雑な歴史的発展をしていくことになります。

今現在、仏教には幾つもの宗派が存在します。その宗派の違いについて詳しく論じることは今回諦めようと思います。長いし、必ずしも自然科学に寄与する内容ばかりではないからです。

それでも一つ言えることは、「仏教の教え」というのはブッダが一人で考えたものではないということかと思います。長い歴史の中で、多くの人が「ブッダはきっとこう考えたに違いない」と考察して築き上げてきた哲学、あるいはブッダ的な認識論の集大成として見るのが妥当ではないのか。私は歴史を調べていてそんなふうに思った次第です。

ですから、科学史として考えるときはブッダ個人から離れて、東洋思想の歴史的集大成である「仏教」との関係を考えるべきではないのか、と私は思っています。
というわけで、次の投稿では、「量子論と仏教における空の思想」とタイトルを改めて、もうちょっとそのあたりを具体的に考察してみたいと思います。
186 takoyaki 2015/04/27 (月) 22:07:20 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
中途半端なところで、更新の手を止めてしまい申し訳ありませんでした。
遅くなりましたが、今日は「空」の思想について取り上げます。「空」の思想は東洋の長い思想史の中でじっくりと温められ、醸成されていった一つのものの見方として、私は捉えることにしました。今回から、もう少しこのあたりを具体的に掘り下げてみることにします。

・量子論と仏教における空の思想

さて「量子論と仏教における空の思想」と偉そうに題してみたものの、「空」とは何か、について一つの明確な定義が存在するのかどうかですら、お恥ずかしいことに私はよくわかっていません。ただ、何となく、それは数学的な概念のようにも思え、それとなくそのような説明を探していたところ、ちょうど私の期待に沿うような説明のあるサイトを見つけたので、そこから引用させて頂くことにしました。

「インド思想史略説」より引用 http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/chugan.htm
---------------------------------------------------------------------------

 一切が空であるとする見方(空観)は、すべてが虚無であるとするニヒリズムのようにきこえるが、そうではない。<空>と<無>は似ているがまったく異なる。この派が、「中観派」と呼ばれるのは、世界を<実在>とする極端説と<虚無>であるとする極端説のどちらからも離れた中道をとるからである。
 では、有(実在)でもなく無(虚無)でもない<空>とはどのようなあり方か?  日常生活において、普通われわれは見えているものを実在すると考える。何らかのものxが存在しており、それに対して「xがある」ということばが使われるのだと考える。存在するものは本や机、鉛筆であったりする。しかし、それらのあり方について再検討し始めると、はじめの確信はあやしくなる。

 ものをどんどん拡大して、極小の構成要素の集まりという姿で見るとき、「本」としてあったものは本ではなくなる。逆にそのものからどんどん遠ざかり、極大の視点から見るとき、やはり「本」は消える。

 「本当にある」と思われているものが実は、われわれの眼に見えるものの大きさの次元でのみ成り立っており、「xがある」ということは、<xを見るもの>(われわれ)との関係の上に成立していることが顕わになる。

 さらに「xがある」というとき、「x」はことばである。普通、xというものがあり、それに対して「x」ということばが与えられるのだと考えられる。いいかえれば、xには「x」と呼ばれるべき<x独自の不変の本質>があるから、「x」ということばが適用されると考えられる。しかし、xの存在は<見るもの>に依存しているので、<x独自の不変の本質>なるものは、実は存在しない(xは無我・無自性である)。「x」ということばが適用されるのは、xを他のものから識別しようとする心のはたらき(分別)があるからである。

 xは他のものとの相関関係において成り立っている。(xは他のものとの相互依存関係によって縁起するものである。)

 xなるものが「ある」と知られるのは「x」なることばにもとづく。(一切は戯論すなわちことばの虚構による。)

 xは「x」が適用されたもの、すなわち考え出されたものであって、真の意味では存在しない。有ではない。しかし、そこに何もないわけではない。何もなければ、ことばを当てることはできない。だから無でもない。有でもなく無でもない。現象するすべてのものは、そのようなあり方をしている。存在しているが、それ独自の存在を欠いている。いわば空っぽな存在。このようなあり方が<空>である。
---------------------------------------------------------------------------

少し長い引用になってしまいましたが、いかがでしょうか?
どことなく量子論の説明のように聞こえる部分もあるように思えます。もっとも、量子論とは何か、ということについても詳しく語れるほど私はまだ量子論を理解していません。だから、偉そうなことは何も言えないのです。ただ、量子論の誕生以前から、このような思想があったことには注目すべきだと感じます。

私としては、すでに量子論を修学された方の感想などをお聞きしてみたいと思う次第です。
「空」は果たして量子論の本質を突いているのでしょうか?
187 ghsobo 2015/04/28 (火) 08:33:18 ID:o31aFqxxYw [修正] [削除]
量子論は波と粒子の性質を併せ持つとか、別の言葉では二つの物理量に間には不確定性がある
組み合わせがあるというのですから、takoyakiさんの書かれたそれらと照らし合わせると、違うと思います。
では考えるヒントとか参考になるかは不明です。
ただ昨年nhkラジオのゴゴマリで聴いたカントの「被写体は見るという人に依存する」の解説に似た印象
あります。
188 ひゃま 2015/04/28 (火) 13:39:31 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
あ、
テレビねたで、空室有って、空なのに有ってなんだよっていう話を思い出しました。
ほんと、WHY JAPANESE PEOPLE!!!!

ただ、仏教の色即是空、空即是色とか場の理論ぽいですよね
189 takoyaki 2015/04/28 (火) 21:43:43 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>187
コメントありがとうございます。
たしかに、粒子と波動の二重性や、不確定性原理について、「空」の思想は何ら予言していないですね。
仮に「仏教は量子論を先取りしていたのである」なんて主張する人がいたら、「それはさすがにちょっと違うんじゃない?」と言いたくなるポイントはそのあたりです。

ただ、その一方で量子力学を生み出した著名な科学者たちが、仏教に関心を持っていたのも歴史的な事実なんですよね。科学史的には、やはりその理由を知りたい、という思いが残ります。


>>188
そんな仏教ジョークがあるとは。
場の理論は、まだまだ手が届かないですね。
190 takoyaki 2015/04/28 (火) 21:50:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
個人的な考察としては、量子論が生み出したであろう哲学的なパラダイムシフト「モノからコトへ」みたいなところが、「空」の思想への注目と関係しているのかな、と。

もしかしたら、西洋人から見たら、みたいな視点でもっと考えてみるべきなのかもしれませんね。
191 サンマヤ 2015/04/29 (水) 03:01:45 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
>>186
20世紀初頭の物理学が行き詰っている状況の中で、
仏教の哲学や、道教・陰陽説、理気二元説などが、
ブレークスルーを見つける導きの手になるのではないか、
という期待を物理学者が持っていたのだろうとは思います。
そこには、なにか異質なものを取り入れて、
現状を変える力にしたいというのがあったと思いますが、
内容的にどこまで、となると難しいですね。
ただ、粒子でもなく、波でもない、とか、
真空から粒子が生まれ、消えて行く場の理論とか、
そういうのは、色即是空とか、不生不滅とかのフレーズと、
何か通ずるものがあると感じられたのかもしれません。
192 takoyaki 2015/04/29 (水) 19:07:58 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>191
サンマヤさん、ありがとうございます。

>そこには、なにか異質なものを取り入れて、
>現状を変える力にしたいというのがあったと思いますが、
私的にかなり納得するものがありました。
東洋に目を向ける当時の科学者の動機を知りたかったのですが、まさに根っこにあるのは、そういう想いだったのではないかと。だいぶスッキリしました。

この話題には、また折りをみて触れてみたいと思います。
次の投稿では、ジャイナ教について少し取り上げてみたいと思います。
193 takoyaki 2015/04/30 (木) 18:29:29 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
・意外なダークホース、ジャイナ教の貢献

こんにちは。今日の科学史は、「ジャイナ教」について取り上げます。
というわけで、ジャイナ教について色々と書くわけですが、タイトルに入れた「貢献」の部分については、正直調べてもハッキリさせられませんでした・・・。あまりに情報が少なく、見切り発車なタイトルだったと言わざるを得ません。(申し訳ありません。)でも、面白いところもあるので発表したいと思います。

まずジャイナ教とは?

仏教とほぼ同じ時代にインドで誕生した宗教(哲学派)です。リグ・ヴェーダに反発し、全く新しい独自の教理を打ち立てました。しかし、修行によって魂の解脱を目指すという基本コンセプトは変わらっておらず、むしろ厳しい戒律によってそれを極端に押し進めたという点において、非常にエッジの利いた古代インド哲学の進化形体の一つに思われます。

戒律がとにかく厳しい。

(1)生きものを傷つけないこと(アヒンサー)
(2)虚偽のことばを口にしないこと
(3)他人のものを取らないこと
(4)性的行為をいっさい行わないこと
(5)何ものも所有しないこと(無所有)

とにかく厳しいです。これでどうやって生活するの?と思わずにいられませんが、興味のある方はググってみると、面白いエピソードが色々見つけられると思います。信者数は少ないのですが、なんと、日本の兵庫県にもジャイナ教の寺院があるそうです。

さて、彼らはここまで厳しい戒律によって、どんな悟りを得ようというのでしょうか?
情報不足でイマイチ不明なのですが、ざっくりと言えば、「魂の穢れを完全に消すことができれば、宇宙の階層で最上位にある完全なるものの地(シツダ・クシエートラ)へ行き、言葉では表現できない永遠の至高を享受できる」ということらしいです。

そして、そこへ至るためにはただ戒律を守るだけでなく、宇宙の真理についても学ばなくてはならないのです。たぶん。ここにジャイナ教の「数学」に対する強い関心の源があるようです。リグ・ヴェーダには、あまり数学についての言及は無いのですが、ジャイナ教は教理の中に数学そのものが含まれているようです。(聖典の日本語訳など、文献が見つからないため、はっきりとは確認できませんでした)

特徴的なところを取り上げると「相対主義」「無限の超越」「順列と組み合わせの計算」があります。一つずつ見ていきましょう。

「相対主義」
物理の相対論とは別物です。どんな真理にも、別の観点から見れば必ず反論は可能であり、むしろ世界はそのようにできている、という大局観のようです。
ある命題について、その真理値は「有る」「無い」「有るかつ無い」の三つの立場がある、としているようです。

「無限の超越」
ジャイナ教徒は無限の性質についても学ばなければなりません。彼らの聖典によると、無限大には5種類のカテゴリがあるそうです。
・一方向に無限大
・二方向に無限大
・平面の広がりで無限大
・あらゆる方向(おそらく三次元のこと?)に対して無限大
・永遠の時間についての無限大

「順列と組み合わせの計算」
これは本で読んでも詳しいことがよくわからなかったのですが、ジャイナ教の宇宙観において、あるカテゴリに属する何かの存在の数を知ることは大切なことのようであり、計算によってそれを求めるという行為が大好きらしいです。とにかく色々計算したそうな。
天文学者が幾何学にハマるのと似たような感覚かも知れません。

さて、最後にこのような数学に対する営みが、科学史にどのような影響を与えたのか?という肝心部分なのですが・・・、

調べてもわかりませんでした。(汗

しかし、これだけ数学に対しての執着があるからには、そのうち他の文献から「ジャイナ教」の名前が出てくる可能性は否定できず、科学史の「ダークホース」として、妖しい期待感を放つ宗教(哲学派)なのです。
また、数学と宗教の融合という意味では、ピタゴラス教団が唯一のものであったわけではない、ということを示す意味でも、調べておく価値はあるのかな、と思いました。

以上で、今日の発表を終えたいと思います。
感想など頂けると、嬉しいです。
194 takoyaki 2015/05/02 (土) 10:13:40 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
そうそう、ここまで「古代科学史」を主に扱ってきましたが、つい忘れてしまいがちな大事なデータがあります。それは・・・

西暦1年頃の世界総人口 約1億人

です。非常にざっくりとした数字ですが、今の日本の総人口よりは少なかったのではないかと思われます。
そのくらいの数の人々が地球上に散らばって生活していて、各地で古代文明を築き上げていったわけです。
〇〇文明とかいうと、つい壮大なイメージを持ってしまいがちですが、今の日本でいう島根県とか、そのくらいの規模のコミュニティだったのかもしれません。


195 甘泉法師 2015/05/02 (土) 11:51:21 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。 

面白い話なのでわたしも考えてみました。

これまで地球上に存在して人生をまっとうした(=成人に達した)人間個体数

 世代数 人類誕生から1000万年/平均1世代期間20年 * 同時にいる人数 1億人 = 5兆人 たかだか。

5兆人/現在の人口 50億人=1000人 今生きている人間ひとりあたりたかだか1000の先人のまっとうした人生しかない。I am in a thousand winds that blow.

いかに現代が人口集約でよって人知集約が期待されるがわかります。
196 takoyaki 2015/05/02 (土) 21:36:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>195
面白い計算ですね。
ネズミと比較するとどんな感じになるのか気になります。
少なくとも遺伝子による進化だけでは、到底、生物は月までは行けないだろうと思います。

情報の流通について、重要と思われるイベントの時期をざっくりと並べてみました。


文字の発明 10000年くらい前

中国で紙の発明 2000年くらい前 (世界人口 1億人くらい)

製紙工場や図書館をアラビア人が各地に建造 1200年くらい前

ヨーロッパで活版印刷の発明 500年くらい前

西欧で無線通信が始まる 100年くらい前

インターネットが普及 25年くらい前


なお、本日(2015年5月2日)の世界人口は約72億5000万人です。
197 宇宙な人 2015/05/03 (日) 23:03:05 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
takoyakiさんこんにちは。

私は科学というものは、ヨーロッパ人がつくり出したもので、
コペルニクス以前には殆ど存在しないと思っていました。
しかしtakoyakiさんの発表によって、古代にも世界中の多くの人達が、
科学の原型をつくり上げていたことが分かります。
takoyakiさんは本当に博識ですね(^_^)
198 宇宙な人 2015/05/03 (日) 23:11:00 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
甘泉法師さん、こんにちは。

1000人は、少しオーバーだと思うのですが。

どこから人類とするかも難しいところです。
人類の誕生
http://ja.wikibooks.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F

農工が始まってから、爆発的に人口が増加しました。
2000年前は、既に農耕の時代より、それ以前の狩猟採集の時代は、かなり人口が少なかったと思われます。
人類の累積人口
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20140308


農耕と産業革命という二大革命によって、食料生産量が飛躍的に増大したことに伴って、
人口爆発が起きたと考えられます。

せっかくの計算にケチを付けたみたいで、また教訓的な話に水を差してしまって、申し訳ありませんm(__)m
199 takoyaki 2015/05/04 (月) 06:29:05 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>197
昨日、ちょうどジョージ・ガモフ(1904〜1968)の翻訳本をチラリと読んでいたのですが、だいたい宇宙な人さんの抱いていた感想と似たような感じだと思いました。
ガモフも「科学の発展はちょうどナイル河のような大河と同じで、色々な山岳の岩清水が徐々に合流して出来ていくものであり、その源流を特定の一カ所に求めることはできない」としてはいるのですが、実際に本を読むと古代ギリシアからルネサンスまですっ飛ばして概観します。おそらく当時は他に信頼できる歴史的な文献なり調査報告が手元になかったものと思われます。

ところが、その後の研究で、実は近代的な科学思考が生まれる前にヨーロッパ以外の地域での下積みがかなりあったことが、具体的にわかってきたんですね。
私も最近本を読むようになって、知るようになったばかりです。一般向けの啓蒙活動があまり盛んでないこともあって、調べているとけっこう新鮮です。

ただ、ヨーロッパの重要性はやはり抜きん出てると言わざるを得ないと思います。
この事実がひっくり返ることは、今後もないのではないかと思いますね。
200 takoyaki 2015/05/04 (月) 07:23:45 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
近代的な科学思考の特徴としては、実験に必要な道具を自ら開発して、これまでになかったデータを集め、理論の検証を行う、という営みがあります。ちょうどガリレオ(16世紀)が自分で望遠鏡を作成して、天体観測を行ったように。

こういう営みが重要だと発言した先駆者としてロジャー・ベーコン(13世紀)がいますが、実はそれ以前にもアラビアでは当たり前のように、道具の開発、長期にわたる観測は行われていました。例えば、9世紀にはダマスクスで一辺が5メートルの天文観測器(四分儀)がつくられ、15世紀にはサマルカンド天文台(半径40メートルの六分儀)がつくられています。これらの天文観測データが書物でまとめられ、コペルニクスへと繋がっていきます。
アラビア人が観測を重んじたのは宗教的理由もありますが、直接的にはギリシアの文献の翻訳活動に影響を受けたのが大きいと思われます。

もちろんギリシア人も観測を重んじました。アリストテレスの物理学は思弁的で数学的ではなかったと後世の科学者から批判を受けています。しかし思弁的になったのは技術的な限界が理由だと思われます。平田寛さんの『図説 科学・技術の歴史』によると、アレクサンドリアのムセリオンに関わったとされるストラトン(紀元前3世紀)は、アリストテレスを批判し、実験を(もっと)重視してデモクリトスの真空論を指示し、物理学を実際的なものに近づけた、とあります。こういった活動が注目されなかったのは、「自然界のわからなさはキリがないから、当面はアリストテレスが人間の最高到達点という認識でいきましょう」というコモンセンスが形成されて、人々の関心が科学より実際的な政治の問題へと向けられていったからだと思われます。(アリストテレスの意志とは関係なく)

さて、デモクリトスとアリストテレスは同時代の人物で、やはり彼らは観測による検証を重んじました。これもまた彼らが最初の人物であるわけではなく、天文学についてはエジプト、バビロニアにおけるそれ以前の長期にわたる精密な観測データがベースになっています。数学も二次方程式の解を求めるほどに発展していました。

さらに、デモクリトスは旅行先でインド人の唯物論哲学派と交流を持っていたということを同時代のアンティステネスが書き残しており、一方で同時代のインドの文献には(おそらくもっと古い時代から)デモクリトスと似通った原子論の主張が見られます。

さらにインドの文献からは錬金術(化学)などの分野で古代中国(道教など)との交流が窺い知れます。

こうして見ると、科学的思考の先駆者は誰か?という疑問については、どこまでも遡っていけるように思われます。
201 takoyaki 2015/05/13 (水) 00:17:23 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>2の科学者一覧に次の人物を新たに追加しました。

コーシー
クロネッカー
リーマン
デデキント
カントール
ネーター

見て頂ければわかるように数学で功績を残した人物たちです。
是非とも取り上げたいと思い、追加することにしました。
202 takoyaki 2015/05/14 (木) 16:25:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
イスラム社会の「宗教と科学」

こんにちは。
アラビアの科学史について調べているのですが、なかなか文献が読み終わらないので、先にイスラム教における科学の位置付けについて、記事を書きたいと思います。

イスラム社会ってイマイチ馴染みがないですね!

正直、よくわからない。それに、ニュースでちょっと怖いイメージを持っている人もいるかもしれない。しかし、科学史の研究でアラビアを扱う以上、彼らについて無知なままというわけにもいかないのです。
そこで、イスラム社会は科学とどう向き合っているか、という視点で、私なりに調べたことをリポートしてみようと思います。

『イスラーム科学の残影』 木場公男 著
この本は図書館で見つけたのですが、著者がどういう人物なのかよくわからない。名前は日本の方ですが、文調からどうも本物のイスラム教徒なんじゃないかと思う節があります。だとすると、「内部」の目から観たイスラム科学の姿を表しているということになり、貴重な資料です。どんな内容でしょう。

「宗教と科学は矛盾しない」
「イスラム教は科学に多大な貢献をしている。イスラム教徒はもっと自信を持つべき」

私が読み取ったこの本の主張はこの二つです。このうち、上の主張について、少し解説をしましょう。

コーランには「自然現象は神の徴表である」と書かれているそうです。
イスラムの世界観では、この世界のすべては神の被造物です。そして、コーランには次のような教えがあるようです。

「神の喜びは、礼拝、断食、喜捨、巡礼、その他宗教儀礼の遂行のみで得られはしない。人間は科学によって、神の被造物について学び、神が人間に与えられたものを有用にして、神の喜びを得る手段にしなければならない」

つまり、イスラム教徒は積極的に自然現象について学び、これを日々の生活に役立てよ、ということです。車も飛行機もオッケー。科学文明の利器は「神の喜びを得る手段」として、認められているのです。だから、矛盾しない。
また、イスラム教は神こそ絶対であるが故に、神の前では人は皆平等という考えがあります。たとえ異教徒であってもです。ですから、異教徒からも有益なことは学ぶし、またイスラム教徒はこれを全世界のために活用することを良しと考えます。自分一人の利益のためじゃない、というイスラム特有の矜持がここにあります。
例えば、十字軍で捕虜になったクリスチャンの傷の手当を見たイスラムの医師は、十字軍のあまりの無知さに笑いつつも、ちゃんと正しい手当をしてあげたそうです。そういう逸話がたくさんあるんですね。

アラビアに詳しい知識人の吉村作治先生は『アラビア科学の歴史』の序文で、中世のイスラム教について次のように書かれています。

「宗教としてのイスラムは<イッサラーム>、すなわち神に帰依すれば心が和らぎ、人生が平和になるというもので、そこに闘うという意味は決して含まれていなかった」

このようにですね、本来の(?)イスラム教というのは進歩的な平和主義だったのです。それはただの理想で終わらず、実際に(おそらく世界平和のために)情熱を持って科学に貢献する観測や実験をたくさん行っています。

ところが、どうもモンゴル帝国の勃興あたりから、悪い方向に向かっていってしまうのです。
理由は外圧ばかりではありません。進歩的だったはずの社会はいつの間にか、内部の政争に明け暮れ、一時隆盛した哲学も、神秘主義によって否定されていきます。歴史は繰り返すと言いますが・・・。
その一方でヨーロッパではアラビアの蓄積した科学知識を元にしてルネッサンスの文化が開花します。

それ以来の歴史で、西洋が科学の主導権を握ってきたことについてイスラムの国々は複雑な想いで眺めていたのではないでしょうか。西洋人が発見したとされることの中には、パクリがけっこうあるのですよ。でも、その証拠はヨーロッパの図書館や博物館にあるのです。
最近はヨーロッパでも「正確な科学の歴史を資料から学ぼう」という流れがあるようで、私もロンドンのKing‘s Collegeにおける数学史コースのノート集というのに目を通しているところです。まだまだ日本人が知らないこと(翻訳されていない古い文献)がいっぱいあるのです。

さて、最後に再び「宗教と科学」について。
イスラム教は科学に対して肯定的です。でも、「矛盾しない」というのは必ずしも断言できません。その一つに「進化論」があります。キリスト教でも問題になっていますが、イスラム教でもやはり「進化論」は論争の種になっているようです。

日本では宗教と科学はセパレートしていますが、そうではない国々では、いかに宗教と科学の溝を埋めるかで日々努力が行われているようです。でないと、わざわざ「宗教と科学は矛盾しない!」なんて主張が出てくるはずがないですからね。

以上で、今日の発表を終わります。
203 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/15 (金) 11:24:56 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
数学関連ですがゲーデルの不完全性定理のゲーデルさんはどうですか?ウィキペディアを読むと面白いエピソードが書いてますね。
204 takoyaki 2015/05/15 (金) 12:56:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>203
おお、ゲーデルが入っていなかったことに驚きました。
追加させて頂きます。
生まれた年を調べると、朝永振一郎と同級生ですね。
205 NS 2015/05/18 (月) 07:35:02 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

面白いスレッドがあったのですね。
今まで一つのスレッドしか見てなくて、気付きませんでした。
takoyakiさんは私など及びもつかない博学ですね。
このスレッドにも注目していこうと思います。

ヨハネス・ケプラー、名前は出てきていますが、あまり取り上げられていませんね。
堀源一郎氏が「太陽系」や「宇宙と星99の謎」で書いておられましたが
天体の軌道として、円でない軌道を考えた人はケプラー以前にはおらず、
コペルニクス的転回と並んでケプラー的転回と呼んでもよいと。
もっと詳しく調べれば、アラビア辺りに誰かいたのかもしれませんが・・

ケプラーはティコが残した火星観測のデータが円軌道では合わないので
卵形ではないかと考えましたが、どうしても駄目でした。
楕円には焦点が二つあり、その一方に太陽があるとしても
もう一方の焦点が何もなく残されるのはおかしいと思いましたが、
結局、楕円軌道を考えざるを得ませんでした。

時代の制約もあり、占星術や神秘主義にも傾倒していたようです。
ガリレオと文通していましたが会ったことはありませんでした。
地上の物理学では革新的だったガリレオも、天文学では円軌道に固執していました。
ガリレオの物理学とケプラーの天文学は、ニュートンによって統合されることになります。

ケプラーは晩年は不遇で、最後は行き倒れだったという話もあります。
墓が作られましたが、それも30年戦争で分からなくなってしまったようです。
206 NS 2015/05/18 (月) 18:49:29 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
コペルニクスは偉大ですが、彼も惑星の軌道は円の組合せで出来ているはずだという
固定観念のために、観測との一致においてプトレマイオスを超えられなかったのですね。
ケプラーが使ったティコの観測データが、火星のものだったことは幸運でした。
火星の軌道が地球のように円に近いものだったら、ケプラーの発見は有り得なかったでしょう。
207 takoyaki 2015/05/18 (月) 20:56:33 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>もっと詳しく調べれば、アラビア辺りに誰かいたのかもしれませんが・・
これがねぇ、またいたとしてもおかしくはないと、私は思っています。アラビア科学がどこまで言及していたか、というのは今ちょうど調べ中なので、まだ申し上げられませんが・・・。

その他、ケプラーについてあれこれ、コメント頂けて嬉しいです。
私も最近古典力学を勉強しながら
>楕円には焦点が二つあり、その一方に太陽があるとしても
>もう一方の焦点が何もなく残されるのはおかしい
というのと同じことを思ったのでケプラーに親近感を感じちゃいます。どうやらニュートン力学の万有引力から第1と第3、角運動量の保存則から第2法則が導けるようですね。私はまだ自分で導出するところまで勉強していませんが、そこまで行けば、焦点の問題は不思議ではないのでしょう。でもケプラーは不思議だったに違いありません。どんな気持ちだったのでしょうねぇ。

ガリレオが円軌道に固執していたのは、歴史学者によってけっこう指摘されていますね。
それはなぜか、というところまで私はまだ手掛かりを得られていませんが、もしかしたら焦点の問題も絡んでいるかも知れない。あるいは全然関係無いのかも。

火星の軌道が地球の様だったら、というのは面白い話ですね。

アラビアの調査が終わったら、私もこのあたりの歴史をもっと色々調べてみるつもりです。
ちなみにガリレオの天文対話、(古書店で見たのはタイトルが『科学対話』)をとある古書店で見つけたのですが、値段が定価の4倍でした。つまり、プレミアムが付いているんですよ。さすがガリレオさんの人気はハンパないです。
208 takoyaki 2015/05/18 (月) 21:46:36 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ティコ・ブラーエについて、科学史とはあまり関係ないのですが、彼の生きた時代背景を窺い知るヒントになる記事がありましたので紹介します。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52189909.html

科学系の書籍ばかりだと、なかなかこういう時代の側面は目に入らないものです。
209 NS 2015/05/18 (月) 22:44:12 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>207
>楕円には焦点が二つあり、その一方に太陽があるとしても、
>もう一方の焦点が何もなく残されるのはおかしい

たとえば、人工衛星の打ち上げを考えてみましょう。
赤道上で、赤道の接線方向に打ち上げるとし、地球の自転速度は無視します。
第一宇宙速度(7.9km/s)では、衛星は地表すれすれの円軌道を描きます。
(現実には有り得ませんが、理想的に考えています)
打ち上げ速度を上げていくと、衛星は打ち上げ地点では地表すれすれですが
地球の裏側では地表から離れる軌道を描くようになります。
つまり、地球の中心を焦点の一つとする楕円軌道を描きます。
第二宇宙速度(11.2km/s)では衛星の軌道は放物線となり、地球の裏側では
地表から無限に離れ、戻って来なくなります。
けっこう、自然に感じられませんか?

>>208
面白いですね。昔は医療も未発達で、衛生観念や人権思想も希薄ですから
現代の日本人が放り込まれると大変でしょうね(^^)
でも、当時はみんながそんな状態ですから、特別に不潔だとか
不幸だとは思っていなかったのではないでしょうか。
現代でも戦争や災害では悲惨な状況に陥ることもありますし。

210 takoyaki 2015/05/18 (月) 23:03:47 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>209
第二宇宙速度だと放物線になるんだ。へぇぇ。(感心
実は前に「円錐曲線」というのを知ってからずっと不思議に思っていたのですが、何か関係がありそうな気がしてきました。円錐を平面で切ると、「円」「楕円」「放物線」「双曲線」が全部作れるというやつです。

>けっこう、自然に感じられませんか?
そうですね。こういうふうに直観的にイメージできる説明を頂けるのは、とても有り難く思います。
なるほどなぁ、と思います。
211 NS 2015/05/18 (月) 23:26:28 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>210
円錐曲線は二次曲線とも言いますが、面白いですね。
円と放物線は1種類の形しかありませんが、楕円と双曲線は無限の種類があります。
人工衛星は(別に人工とは限らなくてもいいですが)第二宇宙速度を超えると、
その軌道は双曲線になります。
さらに速くすると、双曲線の形は直線に近くなってゆきます。
もっとも現実には地球だけでなく太陽の重力を考えなければなりません。
太陽の重力を振り切る速度が第三宇宙速度(16.7km/s)です。
有名なハレー彗星の軌道はとても細長い楕円で公転周期は76年ですが、
彗星の中には放物線や双曲線の軌道を持ち、二度と戻ってこないものも多いです。
212 htms42 2015/05/18 (月) 23:44:32 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
ちょっと厚かましいかもしれませんが、takoyakiさんに質問です。
今、私は研究発表の欄にピタゴラス数の公式についてのちょこっとした記事を書いています。
普通はディオファントスの式というのがドンと載っているだけです。
でもピタゴラスの定理として知られている式がピタゴラスの時代に、ピタゴラスの周辺にいる人たちによって見つけられたとしたら、その数字の組を与える式を知ろうとしていないはずはないと考えました。関係だけではなくて具体的な数字の組がある程度のところまでわからなければ「ピタゴラス教団」といわれているほどの人たちが納得するはずはないと考えたのです。
a^2+b^2=c^2 で既約な整数の組を原始ピタゴラス数と言います。aを奇数とするとbは偶数、cは奇数になります。bは4の倍数、a,bの積は12の倍数、a、b、cの積は60の倍数であるというのは直ぐに出てくることです。奇数aを与えた時のピタゴラス数の組を与える式を正方数を使って求めたというのはいくつかの本に載っていました。

a,b=(a^2−1)/2、c=(a^2+1)/2・・・(式Pa)

正方数、三角数、矩形数という図形数はピタゴラスの時代には重要視されていたものだったと思いますのでこの発見の流れは納得がいきます。でもこの式で表される数字の組はピタゴラス数の一部でしかありません。ピタゴラスの時代とディオファントスの時代は300年ほど離れています。その間に(式Pa)ではない別の式は見つかっていなかったのでしょうか。例えば4の倍数であるbを与えた時にa,cはいくらになるかという式です。
(式Pa)を2倍して変数を取り換えた式を書きます。
a=(p^2-1)、b=2p、c=(p^2+1)・・・(pは偶数)・・・(式Pb)
数式表現としては2倍だけの違いですが表されている数字の組は3,4,5を除いてすべて異なります。でも代数的な処理の方法は今の様には確立していなかったですから図形的な裏付けがないと見つけにくいことだったかもしれません。ディオファんトスも図形的に導いているようですので代数的操作を前提にしての判断は意味がないという可能性があります。

でもとにかくこの300年のギャップが気になるのです。
(イ)いろいろ知られていたが記録に残っていないだけだ
(ロ)別の式の可能性を考えるという問題意識がなかった

(イ)だとするとどれくらいの段階のところまで到達していたのでしょうか。(ロ)だとすると300年たってからいきなりディオファントスの式が出てきたことになります。どうしてでしょう。

ディオファントスの式は本になって残るほど重要視されたのですからかなりの問題意識が共有されて続いていたということが言えそうに思います。

ギリシャの数学についてかなり詳しいことをご存じだと思いますので質問させてもらいました。 
こういうことはカジョリの「初等数学史」には載っていなかったと思います。図形数、グノモンの話は載っていました。

213 takoyaki 2015/05/19 (火) 00:26:22 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
htms42さん、こんにちは。

残念ながら、ご質問に答えられるほどの知識は私にはありません。お見受けしたところでは、htms42さんのほうが遥かに私より詳しいのではないかと。
私はまだ大雑把に近所の図書館で読んだ本の知識をまとめているだけですので。

>関係だけではなくて具体的な数字の組がある程度のところまでわからなければ「ピタゴラス教団」といわれているほどの人たちが納得するはずはないと考えたのです。
そうですね。私も同意します。

もし、今後目を通している文献から関連する内容を見つけた時はhtms42さんのスレッドのほうに報告させて頂きますね。

それからカジョリの「初等数学史」は私も気になっているのですが、実はまだ現物を見たことがありません。
私はまだその程度です。

ちなみに、この話が参考になるかわかりませんが、足立恒雄先生が「数学記号について知りたかったらカジョリのこの本を観るのがベストである。記号について書かれた本はすべてのこの本の孫引きであるからだ。」と仰っております。なんとなく数学史におけるカジョリの影響力の強さが窺い知れます。

それ以上のこととなると、けっこう難しいかもしれませんねぇ・・・。
(足立先生のTwitterに質問してみるとか・・・?)
214 NS 2015/05/19 (火) 16:05:31 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

htms42さんの話も気になりますが・・
>>2 を見て思いましたが、やはり漢字の名前は少ないですね。
長岡半太郎から日本人も出てきますが、中国人はいません。
日本人が明治まで出てこないのは、そうだろうなあと思いますが、
世界史における中国の存在感の大きさと、科学史との落差は何だろうと考えてしまいます。

中国古代の四大発明とか、詳細な暦学、天文記録など、科学への貢献はあるのですが
自然に対する態度が独特だったのでしょうか。
史記天官書の注には、星食(月が星を隠す現象)には2種類あって
星が月の前を通る場合と後ろを通る場合があると書かれているといいます。
(斉藤国治「星の古記録」による)
もちろん星が月の前を通ることは有り得ませんが・・
中国天文学の流儀として、日、月、惑星、恒星などの三次元宇宙像などは
深く考えるところではなかったようです。
215 NS 2015/05/19 (火) 17:43:57 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
しかし、中国人は優れた思想を持っていました。
漢代の書物「淮南子(えなんじ)」には「宇宙」という言葉が出てきて、その意味として
「往古来今これを宙といい、四方上下これを宇という」とあります。
つまり「宇」は空間を、「宙」は時間を表していて「宇宙」は「時空」と同じ意味です。
cosmosやuniverseより、深い言葉だと思います。
「宇宙」は日本書紀にも何回か使われています。
(残念ながら「あめのした」と読むようです)
日本書紀で歴代天皇の統治を「御宇」と書いて「あめのしたしろしめす」と読みます。
一代の天皇ではすべての時間を支配することは出来ませんから
すべての空間だけを支配するということですね。
216 takoyaki 2015/05/19 (火) 21:13:59 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

そう、私も中国文明を扱っていないことを気にしていたんですよ。インドもアラビアも扱っているのに、中国だけ扱わないのもちょっと・・・。うん、確かにそうなんですよね。
アラビアの科学史が終わったら、一回中国も取り上げておこうかな。
ついでにいえば、マヤ文明とかにも数学は存在したんですよね・・・。ただ、どれだけ資料があるのか怪しいですけど。
(ユーラシア大陸の文明圏とは独立に0を発明していたらしいとの情報あり)

「宇宙」が「時空」を意味する、というのは私もどこかで見た記憶があります。
でも日本書紀の話は初めて知りました。なかなか面白いですねぇ。

中国かぁ。
古代中国人は何を考えていたんだろうなぁ。
217 NS 2015/05/19 (火) 21:43:54 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

中国は、エジプトやバビロニアがそのまま続いてしまったような感じがあります。
暦の計算なんか凄いし、天体観測もきっちり記録するんですが
自然の背後の構造を探ろうという気があまり無さそうなんですね。
すべてが政治中心で、熱心に計算し観測するのもすべては皇帝のため、という感じ。
1世紀に「論衡(ろんこう)」を著した王充のように、徹底した合理主義で
あらゆる迷信を攻撃し、儒教まで否定した変わり種も中にはいますが。

takoyakiさんも私なんか気にしないで、自分の発表を続けて下さいね。
応援しています。
218 NS 2015/05/20 (水) 19:06:05 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
古い本ですが、村上陽一郎「近代科学と聖俗革命」を久々に読んでみました。
村上先生は「科学の歴史を「成り上がり物語」にしてはならない」と力説され、
「歴史は決して円錐を作っているのではなく、円筒である」として
われわれが円錐の頂点に立っているという思い込みを戒めています。
現在、ケプラーは「正しい」惑星運動の三法則の発見者としてのみ評価され、
彼の「調和の精神」や占星術、ネオプラトニズムは評価されません。
そうした一見「愚かな」「遅れた」彼の部分に目を向けることによって
現在も円錐の頂点ではなくなり、豊かな広がりが見えてくるのかもしれません。
何となく、量子力学の多世界解釈を連想してしまいました。
219 hirota 2015/05/20 (水) 20:22:00 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
キリスト教徒が科学を受け入れるのは大変だね。
220 takoyaki 2015/05/21 (木) 17:10:26 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
王充って人は初めて知りました。
三国志の王允と何か関係あるのかな、と思ってググってみたけどよくわからず。たぶん関係ないのでしょうね。(字が似てる)

>>218

コンビニ弁当が普通に食べられる現代人には想像が難しいことがたくさんあります。

・腹が減ったら自分で育てた家畜を殺して皮を剥ぎ、肉を捌いて食べる。
・大怪我をして、手術をすることになっても、麻酔などない。
・生まれてきた赤ん坊のうち、けっこうな数が成人になるまえに病気で死ぬ。
・病気の原因は不明。
・電気、ガス、下水などの設備はない。
・治安が悪い。

論点は少しズレるかもしれませんが、宗教や占星術などは、その時代においてはそれなりに妥当性のある「人間の智恵」と呼べるものであったと私は思います。
(最近そう思うようになった)
221 NS 2015/05/21 (木) 19:08:22 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>220
>王充って人は初めて知りました。

私も特に詳しいわけではありません。
ただ、日本の古代史ではけっこう名前が知られている人です。
「論衡」には、周の成王の時代(3000年以上前)に倭人が朝貢したという記事があるからです。
残念ながら、この「倭人」は日本列島人ではないだろうと言われています。
西洋の科学史家には王充を高く評価する人もいるようです。

>宗教や占星術などは、その時代においてはそれなりに妥当性のある
>「人間の智恵」と呼べるものであったと私は思います。

科学や数学が「知識」だとすると、宗教や哲学はまさに「智恵」ですね。
どちらが欠けてもいけないのだろうと思います。
222 takoyaki 2015/05/21 (木) 23:51:00 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>221
面白いですね。
勉強になります。
223 NS 2015/05/22 (金) 12:28:04 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 14:46 [修正] [削除]
takoyakiさんは本当によく調べられていますね。
ジャイナ教とか、名前以外ほとんど知らなかったです。
とても勉強になります。

科学史でも、特に古代では女性の名前は少ないですが、
ヒュパティア(ヒパティア)の名前は是非加えてほしいです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%91%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2
「科学のクレオパトラ」のような人です。
今年はヒュパティア死後1600周年に当たります。
ウィキペディアの絵は想像画ですが、カール・セーガン「コスモス」によると
「彼女は非常な美人であった、とあらゆる記録が述べている」そうです(^^)
224 NS 2015/05/22 (金) 14:20:09 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 14:50 [修正] [削除]
これは余談的なことですが・・
なぜガリレオ・ガリレイをガリレイと呼ばず、ガリレオと呼ぶのか不思議でしたが
これは偉大な人物を名前で呼ぶ習慣によるらしいです。
名字と名前が似すぎていて、混乱しそうです。
ティコ・ブラーエも、私が昔読んだ本では「ティコ」が多かったのですが、
今は「ブラーエ」が優勢のようですね。
彼にちなんだ月のクレーターは「ティコ」小惑星は「ティコ・ブラーエ」と名づけられています。
そもそも「姓」と「名」を続けて呼ぶ制度は古代ローマと中国から別々に広まったもので
人類普遍のものではなく、古代ギリシアの学者たちも姓はありません。
ティコ・ブラーエを入れるなら、歳差を発見したギリシアの天文学者ヒッパルコスも入れてほしいです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%B9
歳差はアリスタルコスが発見したという説もあります。
225 NS 2015/05/22 (金) 15:50:26 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ちょっと心配になってきたことがありますので、takoyakiさんに質問です。
>>17 で物理学を優先して取り上げてゆくこと
>>24 で生物学、地学は取り上げないこと
を宣言しておられますが、「天文学」は対象外なのでしょうか?
もし対象外なら、ちょっと私の今の書き込みはまずいですね。
私の好みとして「天文学」と「数学」が大好きで、「物理学」も嫌いではないが
宇宙の理解に不可欠だから関心があるのですよ。
そもそも「天」と「地」が分かれていたのはガリレオやケプラーの時代までで
ニュートン以後、宇宙に天地の区別はないことが分かったのですから
学校の理科でも「地学」という科目名はやめて「宇宙学」とすべきだと考えています。
「地学」は本当におかしな名前です。対象を地球だけに絞りたいなら
「地球学」と名前を変えるべきです。
私の中では数学、物理学、宇宙学(天文学)は三位一体なのですが
takoyakiさんはどのようにお考えでしょうか。
226 takoyaki 2015/05/22 (金) 20:29:40 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 21:12 [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

NSさんは天文学がお好きなんですね。
天文学は物理学に含まれるものと私は考えています。
なので、天文学について遠慮なく語って頂きたい。私は詳しくないので、足りないところをフォローして頂けると嬉しいです。
そもそもこのスレッド、別に「談話室」でも良かったと思うくらいゆるいノリでやっています。
もともと私は物理も天文学も素人で詳しくないし、>>2に取り上げた人物も大半が何をした人なのかまだよく知りません。ただ、本でよく見る名前だなってことで並べてあるのです。
知らないから調べてみようという主旨なので、何か初めから大きな構想があって自分流の科学史を語ろうとしているわけでもありません。なので、NSさんのように私の知らない知識や、自分の意見を投稿して頂けるのは大歓迎なんです。何でも書いちゃって下さい。


>>223に返信。
ヒュパティアという人物は、これまた初めて知りました。
キリスト教によるギリシア科学の破壊を象徴するような悲劇の主人公だったようですね。
ヒッパルコスと合わせて>>157の記事に追加させて頂きたいと思います。
>>2にも「その他ギリシアの科学者」という項目を改めて作らせて頂きます。
扱いが「その他」扱いなのはちょっと申し訳ないのですが、私が図書館で手に入れられる資料が少ない、というのが主な理由です。
(アリスタルコスの時もちょっと迷いました。)
基本的に、図書館の資料ベースで記事を書いているので、ネットの情報だけというのは避けたいなと。

>>224
仰る通り、記事を書くとき名前はけっこう迷うんですよね。ピタゴラスにするかピュタゴラスにするか。ガリレイって呼ぶ人もけっこういるし。プトレマイオス同名いっぱいいるし。あるいは本名にするべきか、通名にするべきか・・・。
結論として「適当に」決めています。実務上問題なければ、好きな呼び名で呼べばいいんじゃないかな、と。
ちなみにアラビアの数学者なんてすごいですよ。シャラフ・アッ・ディーン・アッ・トゥーシー(代数学)とか。これと似た名前の人もいたりして、調べているとき混乱します。ひどいときは、カタカナの表記が無くて、読み方が分からないことも・・・。

>>225
学生だったとき「地学」のタイトルが「宇宙学」だったら、やる気が5割増し以上にはなったと思う。

227 takoyaki 2015/05/22 (金) 21:08:37 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アストロラーベってヒッパルコスが発明したんですかね。
アラビアの科学史で、私の読んでいる書籍では、このアストロラーベが天文学の集大成みたいな感じで出てくるのですが、それの元祖だと思うと感慨深いものがあります。

ギリシアの科学者は、あとニコマコスとディオファントスも>>157に追加しようと思っています。
228 NS 2015/05/22 (金) 21:55:44 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>226
>天文学は物理学に含まれるものと私は考えています。

安心しました。私は天文学と物理学はほとんど等しいと思っています。
たとえば太陽や恒星について考える場合、核融合つまり原子核反応を知らなければいけないし、
宇宙の始まりを考える場合は素粒子物理学を知らなければいけない。
医学は人間中心、生物学は生物中心、化学は物質中心ですが、
物理学と天文学は宇宙のすべてを研究対象とします。
強いて言えば、天文学は天体そのものを調べるのに対し、
物理学は時空間の性質や法則の解明に力点を置きますが、
最後は宇宙とは何ぞや、という問題に到達して一致すると思うのです。

>223に返信

ありがとうございますm(__)m
ヒュパティアの業績が詳しく分からないのは残念ですね。
カール・セーガンは「あらゆる時代のどの科学者よりも幅広い業績を残した」
と書いていますが、これはさすがに誇張でしょう笑
彼はSF「コンタクト」で電波天文学者エリナ・アロウェイを女主人公にしていますが
(映画ではジョディ・フォスターが演じた)
ヒュパティアのイメージを重ねたのかもしれません。

>「地学」のタイトルが「宇宙学」だったら

残念ながら、今の高校の地学は大半が地球のことばかりで
宇宙はほんの付け足し、添え物扱いなのですね。
だいたい、地学をさぼって選択させない高校が多いですし。
この宇宙時代に宇宙や地球について教えないのはおかしいです。
ついでに暴走すると、歴史が理科と社会科に分かれているのも変です。
古事記や日本書紀や旧約聖書も天地創造から始まっていますから
歴史の授業は宇宙の始まりからやるべきです。
229 NS 2015/05/22 (金) 22:00:15 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>227

アストロラーベの発明者は謎ですが、ヒッパルコスとヒュパティアが候補のようです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%99
230 takoyaki 2015/05/22 (金) 22:25:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アストロラーベの使い方を動画で紹介していました。

http://www.ted.com/talks/tom_wujec_demos_the_13th_century_astrolabe?language=ja

これを見ると、ポケットにアストロラーベをしのばせて、夜の散歩に出掛けたくなります。
231 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/22 (金) 22:31:45 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
>>228
では人類の歴史を日本史と世界史に分けて教えるのもよくないですね。
232 takoyaki 2015/05/22 (金) 22:53:57 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
勉強ていうのは、自分の好きな順序でできるのが一番だと私は思いますね。
歴史を知りたい子どもにまず質問するわけです。

「宇宙の始まるところから知りたい?それとも人類が生まれたところから?どこからがいい?」
「世界の歴史を知りたい?それとも日本の歴史だけでいい?どこの歴史が知りたい?」

そういう対話をしながら、その子が知りたいことを知りたい順序で、時には詳しい人から忠告めいた指導も受けつつ、自由に知識が与えられていくのがいいと思う。
今の学校教育でそういう個別指導は難しいと思うけど、それはただ社会制度の問題であって、制度を変えれば可能だと思う。
233 NS 2015/05/22 (金) 23:28:11 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>230
アストロラーベって、もっと大きいイメージでした。便利そうですね。
誤解を与えないように言っておくと、私は英語はよく分かりません(^^)

>>231
>>232
歴史はいろいろなレベルがあるので、分けて教えてもいいと思います。
ただ、今の日本史の教え方などはひどいと思っています。
一例をあげると、日本書紀には聖徳太子(厩戸皇子)が遣隋使を送ったとは書いてありません。
すべて「隋」でなく「唐」に送ったと書いてあります。
隋書の倭王は男子であって、女帝推古天皇ではありません。
隋書には阿蘇山が特記されています。
別に私は九州王朝説の信者ではないですが、分からないことは正直に言ってほしい。

でも学校教育では難しいでしょうね。
どうしても、先生は何でも知ってるふりをしなければいけないから。
本当は最先端の学者でも分からないことがいっぱいあるという真実は
一部の人しか知らなくていいのかもしれません。

いや、弱気過ぎました。後追いですが訂正します。
みんなが賢くなるべきです。
難しいですが、諦めてはいけないのです。
234 takoyaki 2015/05/23 (土) 00:04:52 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
なに?英語がわからないだって?
・・・私もです(笑


日本史は詳しくないですが、一次資料からあたって実情を調べるというのは、専門家にとっても大変な研究だろうと思います。
学生がいきなりそれと同じことをやる必要はないと思いますが、そういう作業をイメージできる教材なり、紹介動画なり、あるといいなと思います。歴史っていうのは、正確に語るのはそもそも不可能ですから、そのうえで、何を語りうるかを議論しないといけないでしょうね。
235 NS 2015/05/23 (土) 00:28:54 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>234

そうですね。ビッグバンや宇宙のインフレーションも、極めて有力な仮説ですが
それ以上のものではないです。
それでも自然科学では、ある意味さわやかだと思います。
人間のしたこととなると、たかだか数十年前のことが「あった」「いや、なかった」
しかも感情が絡んできて「謝れ」「そんな必要はない」まるで泥沼です。
科学史も戦争と無縁ではない。古くはアルキメデスから、アインシュタインの亡命、
シュワルツシルトの戦病死、核兵器のことなど。
今日はちょっとヒートアップし過ぎた気がするので、休みたいと思います。
takoyakiさん、他の皆さん、ありがとうございましたm(__)m
236 NS 2015/05/23 (土) 07:45:19 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさんにお願いがあります。
>>157
ヒュパティアを追加して下さったのはありがたいですが
350-370年頃というのは彼女が生まれた年代であって(生年不詳ということ)
亡くなった年は415年とはっきりしています。
そのように訂正お願いしますm(__)m
また「エンペドクロス」という表記は見たことがなく「エンペドクレス」だと思われます。

>>228
自分の書き込みですが、天文学と物理学が接近したのは最近のことです。
歴史的には両者は別々に発達してきたことを申し添えておきます。
237 takoyaki 2015/05/23 (土) 21:19:39 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

ご指摘ありがとうございます。
>>157のヒュパティアの生没年と、「エンペドクレス」を修正しました。

それと、あとで読み返してみると、他は「ですます調」なのに、追加枠だけ「である調」になっていて変だなと思ったので、「ですます調」に統一しました。細かいところなんですけどね。
昨日書いた時は気がつかなかったことがいっぱいあって、ちょっと自分が情けないです。

天文学と物理学が別々に発達してきた、というのは私にはまだ(勉強中なもので)わからないです。
少なくともニュートンの時代は万有引力の発見によって、「融合」してますよね。そのあと分離が起きていくのでしょうか・・・?
238 NS 2015/05/23 (土) 22:25:14 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>237
天文学と物理学が別々に発達してきたというのは、もちろんニュートン以前のことです。
キリスト教に限らず、天と地は別の世界だというのが古代の常識だったように思われます。
ギリシア人も太陽と月は神様だと考えていましたが、アナクサゴラスはこれに反対し、
「太陽と星は燃える石だ。月には山があり、生物がいる」と考えました。
デモクリトスは「天の川は女神ヘラの乳ではなく、星が集まってできている」と考えました。
アナクサゴラスは投獄されますが、友人の政治家ペリクレスに救われて亡命を許されます。
デモクリトスやアナクサゴラスの考えは二千年後、ガリレオの望遠鏡で証明されました。
月の生物はいませんでしたが(^^)
239 NS 2015/05/23 (土) 22:51:10 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
そう言えば、その他ギリシアの科学者にアナクサゴラスは入れるべきかもしれません。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9
人数が多くなりすぎるかな?
240 takoyaki 2015/05/23 (土) 23:09:01 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>238納得しました。

「最近」というのが、本当に最近のこと、もしや素粒子物理とビッグバン仮説のあたりを指すのかと思い、ちょっと混乱しました。やっぱりニュートンのことだったんですね。

アナクサゴラスのことはあまり本で読んだことがなかったので、教えて頂き勉強になりました。ありがとうございます。
(ウィキペディアの記事もけっこう面白いですね)

望遠鏡について。
ウィキペディアでは望遠鏡を発明したのは、ナポリのデラ・ポルタである、という記述があるのですが、アラビアには光学の研究をした人物もいて、本当かな?と、ちょっと疑っています。でも、望遠鏡を天文学に用いることの大切さを世に示したのは、やっぱりガリレオだと思っています。

>月の生物はいませんでしたが(^^)
月に生物はいませんでしたね。

でも、もっと外側の宇宙の地球外生命体の可能性はまだわかりませんし、この件については、今の私たちも古代ギリシア人とさほど状況は変わらないかもしれませんね。
241 takoyaki 2015/05/23 (土) 23:10:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>239
入れましょうか。
私も入れるべきだという気がしてきました。
242 NS 2015/05/23 (土) 23:27:41 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ニュートン以後、天文学は天体力学として発展します。
ラプラスとラグランジュが大きな貢献をしました。
1781年にハーシェルが天王星を偶然に発見しますが、この軌道が計算と食い違うことから
パリのルベリエは未知の惑星の存在を考え、1846年に計算結果をベルリン天文台に通報しました。
通報を受けたガルレは予報位置の1度以内に海王星を発見しました。
これは天体力学の決定的な勝利でした。
以後、写真や分光器の発達で、天体の構成元素や温度などの物理情報も分かるようになり
天文学は天体物理学に変身します。
20世紀には大型反射望遠鏡により、ハッブルが遠方銀河を観測して「宇宙の膨張」という大発見をします。
1965年にはペンジアスとウィルソンが宇宙背景放射を発見し、ビッグバン仮説が有力となりました。
1998年には遠方の超新星の観測から宇宙の膨張が加速していることが分かり、さらに謎は深まる。
いや、とても書ききれません笑
243 takoyaki 2015/05/23 (土) 23:40:01 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>242
「通報した」というのが、なんだかちょっと面白く感じてしまいました。まるで海王星が犯罪者みたい(笑

私の知らない天文学者の名前がたくさん出てきましたね。
個人的には電波望遠鏡にも触れてほしかったです。パルサー発見の物語が好きなんですよ。

でも書ききれないですよね。
244 NS 2015/05/24 (日) 00:00:42 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>240
「最近」という表現はよくなかったですね。誤解を与えてしまいましたm(__)m
望遠鏡がアラビアにあった可能性はあると思います。
でもガリレオは、伝え聞いただけで自分で作るところは凄いです。
ガリレオは多才で自己アピール力もあり、レオナルドに似た印象があります。

>>241
そうですね。是非入れましょう。

>>243
パルサーは、初めは「宇宙人の信号か!?」と本気で疑われたようですね。
パルサーの正体は中性子星で大きさ10km程度、密度は1立方センチ当たり5億トンという
天文学的数字で、ブラックホールの一歩手前の星ですね。
245 takoyaki 2015/05/24 (日) 00:44:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>157に、アナクサゴラス、(ゲラサの)ニコマコス、ディオファントスの御3名を追加しました。


>>244
パルサーの信号を受け取った時の、人々の気持ちを想像するのが楽しいんですよね。
ちなみに最初の発見者はジョスリン・ベルさん(女性)なんですよね。でも、指導教官のヒューイッシュ教授がノーベル賞をとって、ジョスリンさんにはあげないの?というのを本で読んだことがあります。でも、私はノーベル賞のことよりも、ジョスリンさんのストイックな性格が科学者らしくて好きなんですけど。
246 NS 2015/05/24 (日) 10:18:53 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 10:58 [修正] [削除]
>>245
ノーベル物理学賞は天文学者が数多く受賞していますね。
最近では2011年、宇宙の加速膨張の発見でパールマッター、シュミット、リースの三氏が受賞しました。
日本人でないと報道しないマスコミは何なんでしょうねえ。

>>242
海王星の件で追加です。
ルベリエとは別にイギリスのアダムスも、未知の惑星の軌道を計算していました。
計算はルベリエより早く出来ていましたが、観測家との連携がうまくいかず、
ルベリエとガルレに先を越されてしまいました。
アダムスの予報位置も三度以内のズレでした。

海王星は地球のお株を奪う「青い惑星」です。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E7%8E%8B%E6%98%9F
247 NS 2015/05/24 (日) 15:21:49 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさんは、ジョルダーノ・ブルーノについてはどう考えていますか?
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E
コペルニクスを支持したために宗教裁判を受け、焼き殺されたイタリアの修道士ですが
どう見ても科学者ではないので、科学史では微妙な立場の人です。
コペルニクス説がヨーロッパに広く知られるようになったのは
彼が熱烈に支持して説いて回ったことが大きい、と見る人もいます。
宇宙は無限であり、太陽は恒星の一つに過ぎないとも主張しました。
私の知る限り、「太陽は恒星の一つだ」と考えたのは彼が最初のようです。
ガリレオとパドヴァ大学教授の座を争って敗れたことでも有名です。
248 takoyaki 2015/05/24 (日) 23:18:17 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>246
ノーベル賞は、私もまずその内容を第一に取り上げてほしいですね。
日本人の活躍について多くの人は知りたいのでしょうけど、それは二番目にしてほしいと思います。

海王星発見を巡る物語は興味深いですね。
ラプラスとラグランジュが貢献しているとのことですので、彼らを取り上げるときに、このエピソードにも触れてみたいと思います。私は天文学に詳しくありませんが、この先もしかしたら色々と調べているうちに天文学陣営から取り上げる人の数が増えるかもしれない気がしてきました。
天文学の物理のおける重要性は、地上レベルでは観測の難しい極限物理の現象が間接的に知りうることにあると私は思っています。たとえば中性子星の振る舞いなんて、地上で計測のしようがないと思います。そういった極限物理の予測を検証できるのが天文学の魅力ではないでしょうか。

>>247
ブルーノは評価の難しい人物ですね。当時の世相がイマイチわからないので、あまり分かったような事は言えませんが、現時点での私の感想としては、「ブルーノは目立ちたがり屋」だったんだろうな、ということです。彼の想像力の源はほとんどが過去の膨大な文献からのイマジネーションであり、ブラーエやガリレオのような地味な努力と並べて評価するのは相応しくないのではないかと。
ただし、後世に与えたと思われる影響の大きさや、「地球や太陽も宇宙に無数に存在する星の一つに過ぎない」という新しい発想は無視できないと思います。
『物理学者小伝 並木雅俊 著』にはブルーノを評して、「危険な説を巧みな話術と文章で示し、大衆を魅了した」とあります。
これが科学にとって本当に良かった事か、逆に権力者に敵視される雰囲気を作ってしまったのか、そのあたりがブルーノに対する私の疑惑です。彼と教授職で争ったガリレオは、果たして彼をどう思っていたのでしょうか。
ブルーノさん、とにかくどこへ行ってもトラブルメーカーなんですよね・・・
でも、彼の講義はきっと「悔しいけど面白い」のだろうな、と思います。
249 NS 2015/05/24 (日) 23:41:11 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
近代の天文学者で取り上げたい人はたくさんいますが、
ハレー彗星で有名なエドモンド・ハレーからいきましょう。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%83%BC
ずいぶん幅広い業績を残した人です。
ニュートンの親友であり、「プリンキピア」出版ではスポンサーになりました。
ニュートンは貧しい生まれでしたが、ハレーは貴族。羨ましいです(^^)
ハレーはニュートン力学で、歴史上の大彗星の軌道を計算しました。
1682年、ハレー自身が見た彗星。
1607年、ケプラーが見た彗星。
1531年、エピアンが見た彗星。
この3個は出現間隔もほぼ同じで軌道も似ていることから
同一の彗星だろうとハレーは推測し、次は1758年に表れるだろうと予想しました。
ハレーは1742年に85歳で亡くなりましたが、彗星は予想通りに出現しました。
こうしてニュートン力学は確立され、ハレーの名前も残ることになりました。
250 NS 2015/05/24 (日) 23:50:56 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
自分の投稿が先になってしまってすみません。
今日は来られないかなと思ってしまって・・

ラプラスとラグランジュを取り上げる予定とのことですが
私が勝手に書き込むとまずい人物とかいますか?
明日はハーシェルについて書こうかなと思ったのですが。

ブルーノは確かに評価が難しいですね、分かります(^^)
でも哲学者の洞察って、けっこう凄い場合もあるんですね。
アナクサゴラスやデモクリトスもそうですし
takoyakiさんが取り上げていらっしゃるカントもそうですね。
251 takoyaki 2015/05/25 (月) 00:08:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。
順番なんて気にしなくて大丈夫ですよ。勝手に書くのもOKです。私の取り上げていない人物でも、教えて頂けると勉強になりますので。
ハーシェルの事、是非聞きたいです。
252 takoyaki 2015/05/25 (月) 00:44:25 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ハレー、素晴らしい人物ですね。気に入りました。(偉そうですみません・・・)

カントの哲学はどこまで手を出すか、迷います。『純粋理性批判』とか、ガチで全部読むには重い内容なので。ざっくりとなら内容を知っているのですが。
ただ、数学の直観論理との関係が気になる・・・。そのあたりはまだ全然知りません。
253 宇宙な人 2015/05/25 (月) 12:45:51 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
takoyakiさん、NSさん、こんにちは。

とうとうスーパーラディカルなブルーノが出てきましたね。
ブルーノは近くに居たら嫌な人だったかもしれませんが、
遠くから見ていたら、革命家でありヒーローに見えます。
世間では意外に注目されてませんが、その波乱に満ちた人生を考えると、
ブルーノで一本映画が作れそうですね。


>>
1682年、ハレー自身が見た彗星。
1607年、ケプラーが見た彗星。
1531年、エピアンが見た彗星。


美しい文章ですね。
ニュートンが見ていた月は、どんな月だったのだろうかと、最近ふと思うことがあります。
254 NS 2015/05/25 (月) 14:45:51 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
宇宙な人さん、こんにちは。
ブルーノの映画、BGMはブルーノートですか(^^)
スーパーラディカルと言えば、数学のエバリスト・ガロアも凄いですね。
政治の革命は出来ませんでしたが、数学に革命を起こしました。

彗星の文章は、ただ並べただけですが・・
宮本正太郎「惑星と生命」の文章を少し改変しました。
255 takoyaki 2015/05/25 (月) 15:08:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ニュートンが見ていた月はどんなだったか。

経済学で有名なケインズは、ニュートンの残した膨大な資料の大半を収集して、ケンブリッジ大学に収めたそうです。なぜかというと、経済学ではニュートンの編み出した「微積分」がとても有効なツールとして使われたからだそうです。意外なところでもニュートンさん、活躍してるんですね。で、そんなコテコテのニュートンマニアだったケインズが、かの歴史的天才物理学者を評して次のような言葉を残しています。

「ニュートンは、決して理性の時代のトップバッターであったわけではないのだ。彼は最後の魔術師であり、最後のバビロニア人であり、最後のシュメール人であった。」

さて、ニュートンが見ていた月はどんなだったのでしょうか?
256 NS 2015/05/25 (月) 15:30:05 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

カントは天文学でも仕事をしていますね。
ラプラスと並んで太陽系の起源を論じ「カント=ラプラスの星雲説」と呼ばれます。
また、アンドロメダ銀河など「星雲」(当時はこう呼ばれていた)の中には
我々の銀河系の外にある「よその銀河系」もあるのではないかと考えました。
カントの考えは20世紀のハッブルやワイツゼッカーに引き継がれ、
基本的に正しかったとされています。

村上陽一郎も述べていますが、ガリレオ、ケプラー、ニュートンなどは
現代風の「科学者」ではないですね。
18世紀フランスの啓蒙思想以後が「科学の時代」と言えるでしょうね。
257 takoyaki 2015/05/25 (月) 15:44:40 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
カントって天文学もやってたんですか。
へえぇ(感嘆。

18世紀フランスの啓蒙思想かぁ。
そのあたりを扱っている本はけっこうあるのですが、まだ手を出していないんですよね。
楽しみになってきました。
258 NS 2015/05/25 (月) 15:59:32 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
さて、ウィリアム・ハーシェルです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB
ドイツ生まれのイギリスの天文学者で、19歳のときイギリスに渡りました。
84年の生涯のうち、1781年の天王星発見までの前半生は音楽家として、
それ以後42年間の後半生は天文学者として生きた人です。

天王星の発見は、地動説に次ぐ「革命」と言ってもよいものでした。
太陽、月、五つの惑星。合わせて7。これは人類が疑いもせずに大事にしてきた数で、
今でも一週間の曜日として使われているほどです。
アマチュア天文家だったハーシェルはこれを偶然に発見したのですが、
当然、新彗星を見つけたものと思い込んでいました。
これが円に近い軌道を描く新惑星だと知ったとき、ハーシェルも世界も衝撃に襲われたのです。
ハーシェルの人生も大きく変わり、プロの天文学者として数多くの発見をしてゆくのでした。
259 hirota 2015/05/25 (月) 16:04:16 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>ニュートン
僕のイメージでは「鬼警部ニュートン!」
260 NS 2015/05/25 (月) 16:23:45 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 20:12 [修正] [削除]
プロの天文学者になったハーシェルは自ら口径46センチの大望遠鏡を製作し、
天王星の衛星2個、土星の衛星2個をはじめ、多くの新天体を発見しました。
特筆すべき業績は
@太陽運動の発見
恒星の天球上の位置や星座の形も、数千年、数万年もたてば変わります。
これを恒星の固有運動といい、ハレーが発見したものですが、
ハーシェルは多くの恒星の固有運動から、逆に我々の太陽系が
ヘルクレス座の方向に運動していることを発見しました。
これも革命的な発見です。太陽も宇宙の中心ではなかったのです。
A連星の発見
ごく近くに接近して見える恒星を二重星と言いますが、二重星が空間的にも
本当に接近しているかどうかは、その運動を細かく観測しないと分かりません。
本当に接近しており、互いに相手の回りを回っている恒星を連星と呼びます。
連星の発見はとても大きな意味を持っています。
ニュートン力学が太陽系の外の宇宙でも成り立つことが分かったからです。
B赤外線の発見
可視光線でない電磁波(この概念はまだ無かったですが)を初めて見つけたのは
これも大発見です。
そのほか、銀河系の構造の研究も行いました。
ノーベル賞がこの時代にあったら、何度も取っていたことでしょう。

ハーシェルはけ啓蒙思想の洗礼を受けなかったので、現代的な科学者ではなかったですが
史上最大の天文学者の一人と言えるでしょう。
261 NS 2015/05/25 (月) 17:48:23 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
hirotaさん、こんにちは。
>>259
>鬼警部ニュートン

そのイメージは、ホーキングの本を読むまで知りませんでした。
通貨偽造の摘発や処刑もおこなっていたとは、びっくりしました。
262 NS 2015/05/25 (月) 18:15:09 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
天王星も貼っておきます。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8E%8B%E6%98%9F
公転周期が84年で、ハーシェルの一生にほぼ等しいのは面白い偶然です。
また、自転軸が横倒しになり「縦に回っている」奇妙な惑星です。
263 NS 2015/05/25 (月) 22:08:21 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ウィリアムの妹カロライン・ハーシェルは、兄の助手として天文観測を行いました。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB
近代では女性天文学者の草分けと言えるでしょう。

古代の女性科学者ヒュパティアは「アレクサンドリア」という映画で描かれていて
レイチェル・ワイズが主演しているそうです。
私は見ていないので、面白いかどうかは分かりませんが。
264 takoyaki 2015/05/25 (月) 22:18:08 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、ありがとうございます。
NSさんに教えて頂くまでハーシェルという名前すら知りませんでした。
天文学の数々の発見もさることながら、赤外線も発見しているというのは面白いですね。
銀河系のマップを作ったり、現代的な宇宙観に近づいていく大きな流れを生み出していった人物だったのではないか、という印象を持ちました。

あと、鬼警部ニュートンさん、このお方は本当にネタの宝庫ですね。
今日新たに知ったのは、ニュートンが猫好きだったということ。似合わない・・・
265 takoyaki 2015/05/25 (月) 22:20:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>263
この時代で97歳まで生きたというのは長生きですね。
266 takoyaki 2015/05/25 (月) 22:29:17 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 22:46 [修正] [削除]
今のところ私のお気に入りの天才は

アルキメデス
ヘロン
ニュートン

です。理由は、、、とにかくユニークだから。

<追記>
天文学陣営から、もっと人名リストに加えるべきですね。
それから、数学関連で、ネイピアも追加しようと思っています。
267 NS 2015/05/25 (月) 22:43:35 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>264
>赤外線も発見しているというのは面白いですね。

ハーシェルは太陽光をプリズムに当てて、光が見えない所が暖かいことに気付いたので
これも天文学からの発見ではあるのですよ。
違う話ですが、化学の周期表の「ヘリウム」も太陽観測で発見されたのです。
ヘリウムは太陽神ヘリオスにちなんだ名前で「太陽の元素」の意味です。

>>265
兄妹そろって長生きですね。
ウィリアムは50歳で結婚し、54歳で生まれた息子ジョンも天文学者になりました。

>>266
よく言われるのは「世界史上の三大数学者」が
アルキメデス、ニュートン、ガウス
だそうですね。誰が決めたのか知りませんけど。
<追記>
そうですね。ハレーとハーシェルは加えてほしいかな。
ハレーは恒星の固有運動という大発見もしていますしね。
ネイピアは対数の発見という偉業がありますからね。
どれだけ計算が楽になったか、はかり知れません。
268 takoyaki 2015/05/25 (月) 23:01:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>267
ヘリウムにそんな由来があったとは。
やっぱり天文学は色んなところでリンクしていますね。
面白いです。

>ウィリアムは50歳で結婚し、54歳で生まれた息子ジョンも天文学者になりました。
50歳が若々しく思えますね。
ちなみに漢帝国をつくるまでを描いた司馬遼太郎の『項羽と劉邦』の主人公、劉邦は50歳から物語スタートだったと思います。そして確か57歳で中国統一じゃなかったかな。それまで遊び人だったと司馬遼太郎は描いていた気がします。


三大数学者・・・私だったら
オイラー、ガウス、ラマヌジャン、かな。
269 NS 2015/05/25 (月) 23:19:34 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>268
精密な日本地図を初めて作った伊能忠敬も51歳から地図作りを始めていますね。
「地図作り」は口実で、彼は「地球の正確な大きさ」を測りたかったようです。
考えようによっては、伊能忠敬も加えていいかもしれませんね。
あと、和算家の関孝和とか。

近代西洋の天文学者では、初めて光速度を測ったレーマーも検討して頂けないでしょうか。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC
270 takoyaki 2015/05/26 (火) 00:01:58 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさんのおかげで科学史スレッド、盛り上がってきましたね。
ここまで推薦されている天文学者はすべて人名リストに加えさせて頂こうと思います。

レーマーは1676年に光速度を計算したとありますが、その頃日本は江戸時代。徳川綱吉が征夷大将軍になるちょっと前くらいですね。すごい。

日本人だって頑張ってはいるんですけどね。

関孝和のことは、さすがに知っているのですが、科学史への影響はいかほどでしょうか。
伊能忠敬が地球の正確な大きさを知ろうとしていた、というのは初めて知りました。
日本人をもっと取り上げても良いと思っていますが、「江戸時代の日本人」というカテゴリを作ろうかと思います。やはり世界的な活躍をしているか、というところで、ちょっと疑問が残ります。興味深いところではあるのですが。
271 NS 2015/05/26 (火) 00:03:40 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
記録に残る限り、世界で初めて光速度の測定に挑戦したのはガリレオです。
ガリレオは遠く離れた二地点で光の信号をやり取りすれば、光速度を測れるだろうと考え、
実行しましたが失敗しました。光速度はあまりに大きいからです。
しかしガリレオ死後の1675年、デンマークのレーマーは、そのガリレオが発見した木星の衛星を使い、
天文学的な方法で光速度を測ることに成功しました。
木星の衛星が地球から見て木星の背後に隠れる現象が、予報と22分もずれてしまうのです。
レーマーはこのズレを、地球と木星の距離の変化により、光が木星から地球に達する時間が
変化するためだと考えました。
すると3億kmを22分で割って秒速23万kmとなります。かなり良い値です。
272 NS 2015/05/26 (火) 00:13:48 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>270
>ここまでで推薦されている天文学者はすべて人名リストに加えさせて頂こうと思います。

ありがとうございますm(__)m
また思い付いたら推薦させて頂くかもしれないので、よろしくお願いします。

>「江戸時代の日本人」というカテゴリを作ろうかと思います。

賛成です。その辺りが妥当でしょうね。鎖国しちゃってますからね。
もっと昔のことはよく分からないし。
あ、安倍晴明を入れろとかは言いませんので、ご安心下さい(^^)
273 takoyaki 2015/05/26 (火) 00:14:16 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>271
ドラマがありますねぇ。
ガリレオの失敗は、貴重な失敗に思えます。
そして、彼の発見した木星の衛星が・・・というのが、また。

太陽までが確か光の速さで約8分。なんとなーく宇宙のスケールが想像できるようで怖い。そういえば今日、夜月を眺めながら、「今あそこに月があるのかぁ」と思ったときに、ドキリとしました。右半分が明るく輝いていて、それとなく地球と月と太陽の位置関係がイメージできてしまった。
274 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/26 (火) 00:40:50 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
月に行けたってだけで人間ってすごすぎると思います。一つの種の到達点としてこれだけのことができたらもう満足して絶滅しちゃってもいいんじゃないかな。
275 hirota 2015/05/26 (火) 00:43:55 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>>264
ニュートンが猫用の扉を発明した話は有名だと思ったけど。
276 takoyaki 2015/05/26 (火) 00:53:24 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>274
潔すぎて、なんか笑ってしまいました。
277 NS 2015/05/26 (火) 07:42:15 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
三大天文学者を選ぶとしたら
ケプラー、ハーシェル、ハッブル
かな。

「アレクサンドリア」という映画、史実に忠実ではないようですね。
ヒュパティアが地動説で楕円軌道まで気付いていたというのは
ちょっと行き過ぎでしょうね。
映画としては面白いのかもしれませんが・・
278 htms42 2015/05/26 (火) 09:46:19 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
>>267
>ヘリウムは太陽神ヘリオスにちなんだ名前で「太陽の元素」の意味です。
>>268
>ヘリウムにそんな由来があったとは。
やっぱり天文学は色んなところでリンクしていますね。
面白いです。

ヘリウムの発見がハーシェルの話と一緒に出てくると初めて聞く人は誤解してしまいそうです。

理化学辞典(岩波書店)では「太陽大気のスペクトル線中から発見されたのでギリシャ語の太陽(helios)にちなんで命名された」と書かれています。これだけでは誤解が補強されてしまいそうです。

ハーシェル(1738-1822)が自作の大型反射望遠鏡を使って天王星を発見したのは1781年です・・・(理化学辞典)。
ヘリウムの発見は(・・・化学辞典(東京化学同人))
・1868年の皆既日食の際、コロナのスペクトル中に未知の輝線が見出され、これを生じる元素に対してギリシャ語の“太陽”を起源とするヘリウムという名称が与えられた。
・実際の元素は1900年、W.Ramseyにより空気中より単離された。

「未知のスペクトルが・・・」と言うことが出来るためにはそれまでに地上の物質についてのスペクトルのデータベースが整っていなければいけません。これは天文学の守備範囲外です。望遠鏡をのぞいているだけではわからないことです。

ちょっと気になりました。
279 NS 2015/05/26 (火) 10:13:03 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
htms42さん、こんにちは。

>>278
そうですね。私の説明不足です。申し訳ありませんm(__)m
ヘリウムの話は、あえて出す必要は無かったですね。
地球も一つの惑星であり、地球のことは望遠鏡をのぞかなくても分かりますから
地球という惑星のことは、よく調べなければいけない。
同時に他の天体も調べていくことが大事だと思います。
280 NS 2015/05/26 (火) 10:37:25 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 11:23 [修正] [削除]
>>273
昨夜が上弦の月、半月でしたね。
takoyakiさんのイメージを、紀元前のアリスタルコスは既に持っていて
太陽までの距離と月までの距離の比が測定できると考えました。
残念ながら精度が悪く、事実とかけ離れた値になってしまいました。
それでも 太陽の大きさ>地球の大きさ>月の大きさ
という正しい結論を導き、地動説への確信を深めました。

地球から見た太陽と月はほぼ同じ大きさに見えます。
太陽の直径は月の直径のほぼ400倍
太陽までの距離は月までの距離nのほぼ400倍
不思議な偶然です。

紀元前にエラトステネスはかなり正確に地球の大きさを測りましたが、
ヒッパルコスは月食を利用した三角測量で、月までの距離を測ったと言われています。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~jqi5/moon.sk2/moon.sk2.html
太陽までの距離がかなり正しく測られるようになったのは17世紀で、
金星の太陽面通過を利用した三角測量によるものでした。
測ったのは22歳で亡くなったホロックスです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
281 EMAN 2015/05/26 (火) 10:39:38 ID:UKC.BNkKEk [修正] [削除]
>>273
> 右半分が明るく輝いていて、それとなく地球と月と太陽の位置関係がイメージできてしまった。

 ようこそ、宇宙船地球号へ。
282 NS 2015/05/26 (火) 12:00:22 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
EMANさん、こんにちは。お世話になっておりますm(__)m

太陽までの距離が分かれば、ケプラーの法則を用いて各惑星の軌道半径も求められます。
それで木星までの距離も分かり、レーマーは光速度を求めることが出来ました。
となると、次は恒星までの距離が問題になります。
恒星までの距離を求めるには、地球の公転軌道を用いて三角測量をすればよいのです。
ティコ・ブラーエはこう考えて測定してみましたが、どの恒星で測ってみても
視差を検出することは出来ません。
ティコは考えました。
「そうか。地球は動いていないのだ。地動説は間違いなのだ」
こうしてティコは天動説を支持しました。
彼は自分の間違いに気付きませんでした。
「恒星はとても遠く、視差は検出できないほど小さいのかもしれない」
とは考えなかったようです。
ここが、ガリレオとの違いです。
ガリレオは光速度の測定に失敗したとき
「そうか。光は無限に速く、瞬時に伝わるのだ」
とは考えませんでした。
「光速度はとても大きく、こんな方法では測れないのかもしれない」
と考えたのです。
283 宇宙な人 2015/05/26 (火) 12:10:52 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
>>254
>>スーパーラディカルと言えば、数学のエバリスト・ガロアも凄いですね。

偶然でしょうか?
私もブルーノについて話してる時に、ガロアを思い浮かべていました。
暗黒時代からの解放者と独裁からの解放者で、どちらも非業の死を遂げた悲劇の革命家。


>>261
今の時代の感覚で考えてしまうと、その人物像を見間違えてしまいます。
今のような人権が確立されていなかった時代に甘いことをしていたら、
今度は自分が追求される側になったかもしれません。
ニュートンといえども、当時の法律に従わざるを得ません。
私があの時代に生き、ニュートンの立場だったら、同じ結果を招かざるを得なかったかもしれません。
イギリスにおける死刑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%AD%BB%E5%88%91

ニュートンが最後の魔術師だとすると、ニュートンこそが、科学の創始者であるとも言えます。
284 NS 2015/05/26 (火) 12:37:01 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 13:37 [修正] [削除]
宇宙な人さん、こんにちは。

>>283
今の時代とは違いますね。
ヨーロッパで死刑が廃止されたのは、本当に凄いことですね。
ところで日本は・・おっと、科学史スレでした。

恒星の年周視差の測定に取り組んだのが、ハレーの後を継いでグリニッジ天文台長になった
ジェームズ・ブラッドリーです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC
望遠鏡も進歩し、細かい測定が可能になっていました。
ブラッドリーは見事に、ある恒星の視差の測定に成功しました。
ところが喜びも束の間、ブラッドリーは奇妙なことに気付きました。
どの恒星も視差が同じ値なのです。ということは・・
「すべての恒星は太陽系から同じ距離にある」
そんなことは考えにくい。これはどういうことなのか?
ブラッドリーは途方にくれました。
285 NS 2015/05/26 (火) 13:06:16 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 13:59 [修正] [削除]
実はブラッドリーが検出したのは、各恒星の年周視差ではなく
地球の公転運動による「光行差」でした。
光行差は身近な現象です。人が雨の日に傘をさして歩いていると、
雨がまっすぐ下に降っていても、斜め前から降ってきて傘を傾ける必要があります。
車を運転していても、斜め前から雨がフロントガラスにぶつかってきます。
ここで雨を光に、人を地球に、傘を望遠鏡に置き換えても同じです。
それで、恒星が天球上で輪を描くように見えるのです。
ブラッドリーは恒星の距離を測定することは出来ませんでしたが、
光行差を使って光速度の測定を行うことが出来ました。
31万km/sと、レーマーより遥かに良い値でした。

またブラッドリーは、ヒッパルコスが発見した「歳差」に付随する微小な「章動」も発見しています。
結局、地球から見た恒星の運動は
@地球の自転による日周運動
A地球の公転による年周運動
B地球の首ふり運動による歳差と章動
C地球の自転と公転による光行差
D地球の公転による年周視差
E恒星自身の固有運動
と、きわめて複雑です。
この中でD年周視差だけが、まだ測定できずに残っていました。
286 NS 2015/05/26 (火) 15:24:26 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
恒星の年周視差の測定に初めて成功したのが、フリードリヒ・ウィルヘルム・ベッセルです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB
大学教育を受けずに数学者・天文学者になった異色の人物です。
1838年、ベッセルは白鳥座61番星の視差を0.29秒と測定しました。
白鳥座61番星は当時、全天で最大の固有運動をしていたので、太陽系に近い確率が高いと
ベッセルは考え、この星を選んだようです。
ほぼ同時期にヘンダーソンはケンタウルス座α星、ストルーヴェは琴座のヴェガ(織女星)
の視差測定に成功しました。
ケンタウルス座α星の視差は0.76秒で、距離は太陽系から4.3光年。
これは太陽系から最も近い恒星です。
ここで人類は初めて、宇宙の途方もない広さを知りました。
しかし、これはほんの序の口でした。
287 takoyaki 2015/05/26 (火) 16:04:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>277
私も「アレクサンドリア」という映画は観ておりませんが、ネットのレビューを見ると、作品のテーマが
科学vs宗教なところがあって、
「ヒュパティアとガリレオとかジョルダーノ・ブルーノみたいに教会に弾圧された科学者とヒュパティアを重ねようとする意図の結果」
と読み解いている方もいるようです。「無知」ではなく「わざと」であると。
ま、言っても映画はあくまでエンターテイメントですからね・・・


>地球から見た太陽と月はほぼ同じ大きさに見えます。
確かにちょっと不思議ですね。月のサイズは(地球史的な)時代と共に変化しているので、私たちがたまたま今、そういう時代に生きているということなんでしょうけれど。


>>282
ブラーエとガリレオの発想の違いが興味深いですね。彼らの考え方の違いを初めて知りました。それにしてもガリレオの神通力っていうんでしょうか、この直感力はなんなんでしょうね。
288 NS 2015/05/26 (火) 18:28:07 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

地球と月は、惑星と衛星の大きさが近いことで、太陽系で特異な存在ですね。
冥王星とカロンもそうですが、冥王星は準惑星に格下げされました。
太陽と月の見かけの大きさが近いからこそ、微妙な距離の違いで皆既日食になったり、
金環日食になったりします。
どうでもいいですが「太陽と月」というのも奇妙な表現ですね。
「太陽」は漢語で「月」がやまとことばで、釣り合ってないです。
「日と月」「太陽と太陰」とは誰も言わない。

ガリレオは、真理をかぎ分ける嗅覚を持っている感じがします。
非科学的な表現で申し訳ないですが。
289 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/26 (火) 19:54:05 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
>>288
やまとことばで呼ぶ天体なんてこいつくらいでしょう。「月(つき)」は「ムーン」に改めるべきですね。「ムーン」が嫌なら「月星(げっせい)」にしましょう。僕は今日から実践、推奨していこうと思っています。もう少し言わせてもらいますと日本の太陽神は女性なのですから「太陽と‘つき’」ではなく「‘ひ’と月星」の方がまだイメージに合うでしょう。
290 NS 2015/05/26 (火) 20:32:42 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ウマゴンさん、面白いですね。応援します。

太陽光をプリズムで分光したのはニュートンですが、分光解析のさきがけは
フラウンホーファーです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC
1814年、フラウンホーファーは太陽スペクトルの中にバーコードのような多数の暗線を見つけました。
暗線は574本ありましたが、特に強い暗線をAからKのアルファベットで表しました。
この暗線は太陽大気中の固有の元素の吸収によって出来るという原理が
キルヒホッフにより発見されました。
例えばD線はナトリウム、H線とK線はカルシウムの吸収です。
この暗線はフラウンホーファー線と呼ばれています。
それにしてもフラウンホーファーの死因、何とも悲しいですね。
291 NS 2015/05/26 (火) 22:00:48 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
こうして分光解析の進歩により、天体力学では「動く点」にすぎない天体、特に恒星について
表面温度、化学組成などが詳しく分かるようになりました。
現在使われているハーバード式分類では、表面温度の高い順に
O型、B型、A型、F型、G型、K型、M型
最初のほうは血液型みたいですが、覚え方は
Oh, Be A Fine Girl(Guy) Kiss Me
だそうです(^^)
ちなみに太陽はG型です。GirlかGuyかは不明です。
292 NS 2015/05/27 (水) 08:55:07 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 09:59 [修正] [削除]
以下の文章に、うまくまとめられています。
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0320/study/html/F05001_003a.html
詳しくはこちら
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0320/study/html/F03001.html

天文学と物理学を統合する最初の仕事はニュートンによって行われましたが、
彼の統合は力学分野にとどまり、光学や化学には及びませんでした。
それが19世紀後半になって、ようやく統合されたのです。
「天と地が別の世界だ」という観念は物理学・化学の分野では無くなりましたが、
生物学や人文系の科学では、まだ残っているように思います。
宇宙生物や宇宙人と本当に出会うまで、その誤解は完全に解けることは無いでしょう。
293 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/27 (水) 12:46:11 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
>>290
フラウンホーファーが死んだ年をなんとなく見てみると「ティティウス・ボーデの法則」のボーデもこの年に死んでますね。他にもジョン・アダムズ、トマス・ジェファソン、プルーストなどが死んでます。逆にこの年に生まれたのはリーマンがいました。フラウンホーファーの生まれた年も調べてみたけど知ってる人がいませんでした(笑)。
294 NS 2015/05/27 (水) 13:38:13 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 15:26 [修正] [削除]
ウマゴンさん、こんにちは。
ボーデの法則は根拠は不明ですが、歴史的な価値はありますね。
リーマンも若くして亡くなったのは残念です。

恒星までの距離が分かると、恒星の絶対等級を決めることが出来ます。
絶対等級とは、恒星を10パーセクの距離をおいて見たときの等級です。
1パーセクとは、恒星の年周視差が角度1秒になる距離です。
天文学者の皆さんは「光年」より「パーセク」をよく使うようですね。
太陽はマイナス27等というとてつもない明るさですが、10パーセク離して見ると
5等星になってしまいます。

多くの恒星のスペクトル型と絶対等級を調べてみると、
とても面白いことが分かってきます。
これに気付いたのが、デンマークのヘルツシュプルングとアメリカのラッセルでした。

ラッセルといえば、多くの人は哲学者で数学者で論理学者の
バートランド・ラッセルを思い浮かべると思います。
では「天文学者のラッセル」といえばよいのかと言うと・・
残念ながら、それでも有名人が二人いるのです。
まず、ウィリアム・ラッセル。1846年、海王星が発見されたことを知って
ここに望遠鏡を向け、大きな衛星トリトンを発見しました。
その後も土星や天王星の衛星を発見しています。
もう一人が、ヘンリー・ノリス・ラッセルです。
295 NS 2015/05/27 (水) 15:24:11 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 19:54 [修正] [削除]
ヘルツシュプルング=ラッセル図(HR図)とは次のようなものです。
http://www.oao.nao.ac.jp/stockroom/extra_content/story/ippan/hr/hr.htm

縦軸に絶対等級、横軸にスペクトル型(表面温度)をとってグラフを作成すると
特徴的な分布が現れます。
左上から右下にかけて、大部分の恒星が集まっています。
ここにある恒星を主系列星といい、太陽も主系列の中央付近に位置します。
一方、主系列から外れた恒星もあります。
右上にある星は赤色巨星といい、ベテルギウスやアンタレスが代表です。
左下にある星は白色矮星といい、シリウスの伴星が代表です。
「矮(わい)」は「こびと」の意味らしいです。
この図表が、実は恒星の進化(誕生から死まで)をよく表していることが
多くの天文学者の努力によって解明されていくことになります。
296 NS 2015/05/27 (水) 16:03:36 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 21:00 [修正] [削除]
>>237 で言われたtakoyakiさんの疑問に対し
>>238 で「ニュートン以後」とお答えしましたが、
天文学と物理学の統合については

力学に関してはニュートン以後。
物理学全般、化学に関してはキルヒホッフ、ハギンス以後。

と訂正したいと思います。
297 NS 2015/05/27 (水) 20:11:29 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
さて、HR図からも太陽は平凡な恒星であると分かりますが、20世紀に至るまで
太陽を含む恒星のエネルギー源は謎でした。
なぜ太陽は数十億年もの間、安定して輝いてこられたのでしょうか。
もし太陽が石炭や石油で出来ていて普通に化学反応で燃えているとすると、
わずか数千年で燃え尽きてしまうはずです。
19世紀に考えられたのは
「太陽は重力による中心への落下のエネルギーで輝いているのではないか」
という説でした。これは化学反応よりずっと良いアイデアで、
太陽は数千万年、輝き続けることが出来ます。
それでも数十億年には遠く届きません。
現在ではよく知られているように、太陽は水素からヘリウムへの核融合反応で
輝いていると考えられています。これなら100億年大丈夫です。
この考えを確立したのはワイツゼッカーとベーテで、1930年代のことです。
298 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/28 (木) 08:28:22 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
ラッセルがHR図を提案した1910年は地球がハレー彗星の尾の中を通過ですか。ラッセルが死んだ1957年はスプートニクの打ち上げ。
299 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/28 (木) 08:51:56 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
ベーテが恒星のエネルギー源が核融合反応であることを解明した1939年はアインシュタインが大統領に例の手紙を送った年だ。
300 NS 2015/05/28 (木) 09:44:02 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ウマゴンさん、お詳しいですね。
1939年はナチスドイツとソ連がポーランドを侵略し、第二次世界大戦が始まった年でもあります。
ワイツゼッカーの父はナチスドイツの外務次官で、弟は戦後、西ドイツの大統領になりました。
301 NS 2015/05/28 (木) 10:33:25 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ワイツゼッカー家、すごい一族です。
父エルンストはナチスの親衛隊少将で外務次官。
ニュルンベルク裁判で戦犯とされ、懲役刑に服しました。
長男カール・フリードリヒは核物理学者。
戦争中はナチスの原爆開発に加わりますが、戦後は平和の哲学者になりました。
次男ハインリヒは開戦の翌日、ポーランドで戦死。
三男リヒャルトも従軍。戦後は政治家になり、西ドイツの大統領になりました。
302 NS 2015/05/28 (木) 13:39:09 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
キルヒホッフとハギンスが確立した天体物理学は、次々と成果をあげます。
1862年、スウェーデンのオングストロームは、太陽スペクトルに水素の暗線を確認しました。
1868年、フランスのジャンセンとイギリスのロッキャーは日食を利用して、
普段は見えない太陽大気のスペクトルに未知の輝線を発見しました。
これがヘリウムです。ヘリウムは1882年、地球でも発見されました。
太陽(ひいては宇宙)にある物質の大部分は水素とヘリウムです。
そのため天文学者は、水素とヘリウム以外の物質をまとめて「重元素」又は「金属」と呼びます。
地球限定の化学とは、かなり感覚が違うようです。
303 NS 2015/05/28 (木) 14:12:18 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
スペクトルは、恒星の運動についての情報も与えてくれます。
これは、光のドップラー効果によります。
音のドップラー効果はオーストリアのドップラーが発見したもので、身近な現象です。
救急車のサイレンは、車が近づく時は高く聞こえ、遠ざかる時は低く聞こえます。
ドップラー効果は音だけでなく光でも起こると考えたのが、フランスのフィゾーです。
フィゾーは回転歯車を使って、初めて地上で光速度を測ったことでも知られています。
光のドップラー効果により、近づく恒星のスペクトル線は青い方にずれ、
遠ざかる恒星のスペクトル線は赤い方にずれます。
これを「青方偏移」「赤方偏移」と呼び、恒星の運動を知る手がかりになります。
304 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/05/28 (木) 14:31:51 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
>>300
>ウマゴンさん、お詳しいですね。
いえ、ウィキペディア情報です。
ついでに世界史は苦手としています。
305 NS 2015/05/28 (木) 16:04:51 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 17:35 [修正] [削除]
>>304
ウィキペディアは便利ですね。それだけに頼ると危ないですけど。

恒星の距離の測定でも、進歩が見られました。
年周視差が測れる恒星は、ごく近い恒星に限られます。あまりにも小さいからです。
もっと遠くの恒星の距離は、どうやって測ればよいでしょうか。
ここでもHR図が活躍します。
HR図上でほぼ一列に並んでいる主系列星については、スペクトル型から絶対等級が分かります。
そこで見掛けの等級を合わせて、距離が分かります。
主系列星が多い散開星団(たとえばプレアデス星団=すばる)では、この方法は有効です。
それ以外の球状星団や、もっと遠いよその銀河の距離は、どう測ったらよいか。
ここでアメリカの女性天文学者、ヘンリエッタ・スワン・リービットの登場です。

1912年、リービットはケフェウス型と呼ばれるある種の変光星の変光周期と絶対等級の間に
深い関係があることを突き止めました。
変光星には食変光星と言って、連星で前の星が後ろの星を隠すために変光するものもありますが、
老いた星が不安定になり、膨張と収縮を繰り返す脈動変光星もあります。
脈動変光星にもいくつかの種類がありますが、
ケフェウス座デルタ星に代表されるタイプがケフェウス型です。
このケフェウス型変光星=ケフェイドは巨星で明るいという利点もあり、
宇宙の灯台のように距離の指標となります。
見事な発見でした。
306 NS 2015/05/28 (木) 17:49:19 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
1918年、アメリカのハーロー・シャプレーはリービットの発見を用いて作成した
銀河系内の球状星団の分布地図を発表しました。
その結果は驚くべきものでした。
ハーシェル以来、太陽は銀河系の中心付近に存在すると、ずっと考えられてきましたが、
シャプレーの地図では、太陽は銀河系の中心から大きく外れていたのです。
シャプレーは「銀河系のコペルニクス」と言えるでしょう。
銀河系の大きさは、現在では直径10万光年と考えられています。

まだ大きな謎が残っていました。
銀河系は宇宙のすべてなのか、無数の銀河の一つに過ぎないのか・・
大天文学者エドウィン・ハッブルがこれに解答を与えました。
307 NS 2015/05/28 (木) 18:41:01 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
エドウィン・パウエル・ハッブル
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%96%E3%83%AB

偉大な人物は逸話が多いものですが、ハッブルも例外ではありません。
若い頃はスポーツ万能で、ボクシングや陸上の選手だったとか、
第一次・第二次両世界大戦で陸軍に入隊したとか(後方勤務だったようですが)
遺言で葬儀も行わず、墓の場所も未だに分からないとか・・

20世紀の半ばにもなって、天文学が物理学と別と考えられていたとは驚きです。
ハッブルが天文学者として最初のノーベル物理学賞受賞者になるはずだったのに
1953年、発表直前にハッブルは死去しました。
アンドロメダ銀河など、多くの銀河の距離を測定し、
銀河系は無数の銀河の一つに過ぎないことを明らかにしたこと。
スペクトルの赤方偏移から、宇宙の膨張を発見したこと。
この業績だけでも、ハッブルの名が科学史から消えることは無いでしょう。
308 NS 2015/05/28 (木) 19:00:20 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>237 のtakoyakiさんの疑問は、実に深い問いでした。

天文学と物理学の統合は

力学についてはニュートン以後。(17世紀後半)
物理学全般についてはキルヒホッフ、ハギンス以後。(19世紀後半)
世間一般の認識についてはハッブルの死後。(20世紀後半)

ということになりそうです。
309 takoyaki 2015/05/28 (木) 19:10:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ハッブルはなぜ墓を隠したのでしょうか。
310 NS 2015/05/28 (木) 19:38:38 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>309
>ハッブルはなぜ墓を隠したのでしょうか。

彼の人生観・宇宙観じゃないでしょうか。
もっとも、本当に彼の遺志だったか、確証は無いようです。
立派な墓を残している学者もいますが、どちらがいいのか
分かりませんね。
311 NS 2015/05/28 (木) 20:15:19 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
科学者の墓
http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/h-kagaku.htm
312 takoyaki 2015/05/28 (木) 22:26:45 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
「科学者の墓」という何とも不穏な言葉が出ている、、、と思ったら文字通り「お墓の写真」ですね。(ほっとした。)

ハッブルのことはまだ詳しくありませんが、おそらく「銀河が無数にある宇宙」という現在の私たちの宇宙観を人類で初めて体感した人物ではなかったかと推測します。
そして、このとてつもなく広大な宇宙に対して、ちっぽけな一人の人間の死を想像したとき、彼がそれをどう受け止めたのか。そんなことを夢想したとき、そこはかとない文学的情緒があるような気がして少し探ってみたく思った次第です。

さて、ここまで実に多くの科学者の名前が出てきましたね。
ちょっと整理してみたい気持ちがします。
313 NS 2015/05/28 (木) 22:59:56 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>312
ハッブルは「宇宙の膨張の発見」も大きいと思います。

古来、人間は無常で変化が激しい地上と違って、天上は永遠で不滅の世界だと思っていました。
でも、現実は違ったんですね。
宇宙は静かでもないし、のどかでもありません。
地球など吹き飛んでしまいそうな激しく大規模な現象が起こっています。
宇宙の膨張が続いたら、未来はどうなるのでしょう。
銀河は次々と「宇宙の地平線」の彼方に消えてゆく。
宇宙はどんどん寂しくなってゆくことになります。
ハッブルも感じるところはあったのだと想像できます。

実は私も、天体力学については多少前から知っていたこともありましたが、
天体物理学については知識不足でした。
本を読んでみたり、ネットで調べながら書いていました。
自分も何も知らなかったのだな、と痛感しました。
名前を出した科学者も、詳しく知らない人がほとんどです。
ウィキペディアの記事で見ても、記述が少ない人が多いですね。
でも、これはハッブルがノーベル物理学賞をもらえなかったことから分かるように
偏見もあるのかもしれません。
だから偉そうなことは言えません。
takoyakiさんの判断で進められるとよいと思います。
314 takoyaki 2015/05/28 (木) 23:06:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
フラウンホーファーについては、以前から加えようかなと少し思っていました。
彼の活躍は本国ドイツでは日本よりずっと高い評価らしく、ドイツ人の胸に深く響くものがあるそうです。図書館に彼を扱った本もあるので、多少記事も書けそうかなと。
315 NS 2015/05/28 (木) 23:26:11 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>314
フラウンホーファーがスペクトルに見つけた暗線を「バーコードのような」
と表現したのはまずかったと思いました。
1814年当時、バーコードはありませんね笑
キルヒホッフは「キルヒホッフの法則」とか、一般には電気工学で親しまれている人ですね。
ハギンスは「天体物理学の父」とも言われ、天文学では有名なんですが
一般の知名度は高くないと思います。
316 takoyaki 2015/05/28 (木) 23:38:59 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
カント、キルヒホッフ、オングストロームが、「へえ」と思った名前です。
ハギンスは全然知りませんでした。
317 NS 2015/05/28 (木) 23:50:53 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
海王星の発見は「天体力学の勝利」とも言われますが、実は危なかったという話があります。
ルベリエもアダムスも新惑星の軌道を「ボーデの法則」で推測したのです。
ボーデの法則は、ご存知かもしれませんが、太陽系の各惑星の軌道半径が、
ある数列に従っているという法則です。
この法則、天王星まではよく合うんですが、海王星ではかなりズレてきます。
1846年当時、海王星の位置が予想と大きく外れなかったのは幸運でした。
あと30年ほど経つと、同じように見つけようとしても難しかったと考えられています。

とはいえ、面白い話ですよね。
ジャンセンとロッキャーによるヘリウムの発見も「天体物理学の勝利」だったと思います。
318 NS 2015/05/28 (木) 23:54:10 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>316
オングストロームは微小な距離の単位に名を残していますね。
319 takoyaki 2015/05/29 (金) 00:19:48 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
何気にガウスも天文学者ですよね。いちおう、天文台長という役職だったわけですし。

320 hirota 2015/05/29 (金) 02:35:02 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
ガウスは小惑星Ceresの軌道を求める為に最小二乗法を発明してますね。
当時としてはスゴク速い計算をしたようです。
ガウスは暗算も速かったそうで、口がきける前から計算できたと言ってたとか。
今では最小二乗法なしで軌道を求めるなんて考えられないけど、それ以前はモノスゴーイ苦労をして計算してたんでしょう。
321 NS 2015/05/29 (金) 06:23:07 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ケレスは今、NASAの探査機ドーンが探査中ですね。
日本のマスコミは例によってダンマリ。
はやぶさは騒ぎまくってるのに。
2006年、冥王星とケレスは「準惑星」になりました。
冥王星もニューホライズンズが探査中。
こちらもダンマリ。

ケレスはイタリアのピアッツィにより、19世紀の最初の日に発見されました。
その後(見掛け上)太陽に近づいて行方不明となりましたが
ガウスが軌道計算を行い、見事に再発見されました。
最小二乗法はルジャンドルも発明していて、時期をめぐる争いもありましたね。
ガウスは物理学者でもあり、ガウスの法則や磁場の強さの単位に名が残っています。
「数学者で物理学者で天文学者」という人、とても多い感じがします。
322 htms42 2015/05/29 (金) 08:51:23 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
>>302
>そのため天文学者は、水素とヘリウム以外の物質をまとめて「重元素」又は「金属」と呼びます。
地球限定の化学とは、かなり感覚が違うようです。

本当ですか。
「重元素」はともかくとして「金属」はおかしいです。

単なる業界用語としてであってもおかしすぎます。
323 htms42 2015/05/29 (金) 09:45:39 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
>>302
>ヘリウムは1882年、地球でも発見されました。

辞典で引くと1895年ラムゼーらによって発見されたとなっています。ウラン鉱石を加熱して得られた気体に含まれているのを発見したそうです。理化学辞典、化学辞典で「ラムゼー」を引くと出てきます。1894年、アルゴンを発見、1898年、液体空気より、ネオン、クリプトン、キセノンを分離、周期表に第0族を加えたとあります。ラムゼーは希ガスの研究で1904年にノーベル賞を貰っています。
「1882年の発見」の意味は地上物質でもスペクトル線(D3)が見つかったということのようですね。ラムゼー達の発見は分離して取り出したという意味です。「発見」という言葉を使うと「物質として取り出した」と言う意味であると理解する方が多いように思います。
wikipediaの「ヘリウム」の項
>1882年、イタリアの物理学者ルイージ・パルミエーリ(en)は、ヴェスヴィオ山の溶岩を分析していた際に、スペクトルD3線を見つけた。これが地球上で初めてヘリウムの存在を示唆する証拠となった[18]。

化学辞典の「ヘリウム」の項にはラムゼーの発見は1900年となっています。これは間違いだと思います。辞典の分担執筆の弊害が出ています。
324 NS 2015/05/29 (金) 09:56:47 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
htms42さん、こんにちは。

>>322
>「金属」はおかしいです。

そうでしょうか?
「金のように重い元素の仲間」と考えれば、おかしくないと思いますが。

>>323
これは、私の説明不足でしたね。ありがとうございますm(__)m
325 NS 2015/05/29 (金) 10:48:36 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
天文学者で作家のフレッド・ホイルが1950年に書いたSFに
「暗黒星雲」という作品があります。
太陽系にまっすぐに近づいてきて、地球と太陽の間をさえぎった暗黒星雲。
この星雲は複雑な分子で出来ており、人類をしのぐ知能をもつ生命体でした。
科学者は平和的な対話を試みますが、政治家たちは愚かにも戦争を仕掛けます。
星雲に向けて発射された水爆は、あっさりと発射地点に向けて投げ返され・・
さて、人類の運命は?
1963年、MITの電波天文学者たちが水酸基を発見したのを皮切りに
続々と星間分子が発見されました。
その中には有機化合物も含まれています。
宇宙空間でも化学反応が起こっているのです。
いま、天文学は物理学の一分野と考えられていますが、
化学や生物学に統合される時は、必ず来ると思います。
その日は、もうすぐかもしれません。
326 宇宙な人 2015/05/29 (金) 12:22:13 ID:G4/IKZoA2s [修正] [削除]
>>ケレスは今、NASAの探査機ドーンが探査中ですね。日本のマスコミは例によってダンマリ。はやぶさは騒ぎまくってるのに。
>>冥王星もニューホライズンズが探査中。こちらもダンマリ。

NSさん、こんにちは。
なぜダンマリなのですか?
こういう快挙は、どこの国のものだろうと関係ないはずなのですが。
ノーベル賞を受賞した時も日本人だと大騒ぎしますが、外国人だとダンマリですよね。

結局オリンピックと同じで、科学的業績の重大さより、
日本人が業績を上げたかどうかが重要なのですかね?

物理と直接関係なくて恐縮ですが、
先日も中国のAIIBに57ヶ国も参加していたことにビックリしました。
科学にしても国際情勢にしても、この国にいると、選別された意図的な情報が流されており、
国民が本当に正しい情報を得られているのかどうかも、甚だ疑問ですね。
327 hirota 2015/05/29 (金) 12:37:46 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>>322
>業界用語
太陽では東西が逆に定義されてると知ってますか?
そのため、地球と同じ向きの自転なのに
「地球は西から東へ自転、太陽は東から西へ自転」
などと業界定義もいいかげんにしろ!と言いたくなる状況です。
>>323
ヘリウムは大気中にはありませんから、ラムゼーが1898年に液体空気から分離した希ガスの中には入ってません。
地球でのヘリウムは放射線のアルファ粒子が起源で地中の石油ガスや天然ガスに混ざってます。
>>326
妙に集中するニュースがあると、何から目を逸らしたいんだろ?と疑うのが習慣になってしまいました。
328 NS 2015/05/29 (金) 13:00:35 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
宇宙な人さん、hirotaさん、こんにちは。

天体の方位は、地球から観測したときの地球の方位であって、
その天体に立った場合の方位ではないようですね。
天文学は宇宙学に脱皮しないといけませんね。

アインシュタインの名言が好きです。
「第三次世界大戦がどのように戦われるか、私は知らない。
第四次大戦なら分かる。それは石ころと棒きれで戦われるだろう」
329 htms42 2015/05/29 (金) 14:05:35 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
>>327
>ヘリウムは大気中にはありませんから、ラムゼーが1898年に液体空気から分離した希ガスの中には入ってません。
地球でのヘリウムは放射線のアルファ粒子が起源で地中の石油ガスや天然ガスに混ざってます。

ヘリウムを液体空気から分離したとは書いていません。
>(1895年)・・・ウラン鉱石を加熱して得られた気体に含まれているのを発見したそうです
と書きました。

>324
>そうでしょうか?
「金のように重い元素の仲間」と考えれば、おかしくないと思いますが。
「水素、ヘリウム以外の元素を金のように重い元素の仲間と見る」、これがおかしくないと思う人がいるのですね。驚きました。
原子番号は1,2,3、4、・・・、79、・・・と切れ目なしに増えて行きます。それに応じて原子量は1,4,7、9、・・・197、・・・と増えて行きます。1番、2番以外は全て79番の金と同じ仲間であるとみなすということですよね。

金属の属性を重さだけで考えているとしたらそれもおかしいです。「金属」という物質の属性を示す言葉と金属元素とは意味が異なります。金属状態は結合により生じる性質ですから金属元素以外でも実現可能です。星の内部で水素が金属状態で存在しているというような話などにどう対応するのでしょうか。
星間物質としてメタンや水が存在しているのを金属が存在していると呼んでいるのでしょうか。











330 かん 2015/05/29 (金) 15:07:15 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
htms42さん
>>329
おかしいのはそうなんですが、そういう習慣であることは確かです。リチウムでも炭素でも水素とヘリウム以外の元素はmetalです。H, Heはビックバン元素合成で作られ、Li以上の重元素は基本的には星の活動で作られているという、起源での分類が大切なところなのでこれで十分ということです。
星間物質のmetalicityということも考えると思いますが、化合物を指してmetalと呼ぶ人がいるかかは分かりません。

金属とかmetalと言う言葉が化学と天文学とで指すものが違ってしまっているからといって、どちらかに合わせないといけないと言うことは別にないでしょう。
分野をまたぐと意味の違う言葉があってもあんまり気にしないのは、何でもかんでも統一してしまうタイプの合理性が、理学の世界ではあまり好まれないからかもしれませんね。
日本語限定ですが位相とかはその例ですね。

多分、天体の内部の状態を調べたい人にとっては、金属の定義は他の天文学者と違うんでしょう。
331 NS 2015/05/29 (金) 15:24:21 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 17:42 [修正] [削除]
>>302
>天文学者は水素とヘリウム以外の元素をまとめて呼びます。

私のこの書き込みは、舌足らずでした。
正しくは
天文学者は水素とヘリウム以外の元素をまとめて呼ぶ場合があります。
と書くべきでした。
ででも、htms42さんは「水素とヘリウム以外の元素をまとめて呼ぶこと」ではなく
「金属」という名前に怒っておられるようですね。
このスレでは私は「重元素」と呼ぶことにします。
htms42さんの、化学にかける熱い想いは、よく伝わってきます。
htms42さんのような先生に教わる生徒は、幸せだと思います。
私の学生時代の化学教師とは、大違いです。
尊敬しますm(__)m

>>330
かんさん、ありがとうございますm(__)m
332 NS 2015/05/29 (金) 21:08:00 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
冥王星のことにも触れておきましょうか。
冥王星は2006年「準惑星」に格下げされましたが、
それまでは太陽系の9番目の惑星とされてきました。
20世紀の初め、アメリカのパーシバル・ローウェルは未知の惑星の存在を仮定すると
海王星の運動がより良く表せることを知り、その捜索を始めました。
ローウェルは発見を果たせないまま1916年に亡くなり、
助手のクライド・トンボーが後を継いで、捜索を続けました。
1930年、ついにトンボーは新惑星を発見し、プルートー(冥土の神)と名付けます。
この惑星は極めて小さく、海王星の運動をあまり乱さないと考えられました。
軌道も変わっていて、近日点付近では海王星の内側に入り込んでいます。
20世紀の末からは、その外側に冥王星クラスの天体が続々と見つかり、
2005年には冥王星より大きいエリスが発見されました。
そこで太陽系の天体の分類を見直すことになり、
冥王星、エリス、小惑星ケレスは「準惑星」とされたのです。
333 NS 2015/05/29 (金) 23:01:39 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
未知の惑星は、水星の内側にもあるのではないかと考えられていました。
水星の軌道は離心率が大きい楕円ですが、その近日点は一定でなく、移動してゆきます。
これは金星などの重力の影響ですが、その計算以上に近日点の移動角度が大きいのです。
海王星の発見者の一人ルベリエは、水星の内側にも未知の惑星の存在を考えていました。
1859年、ある観測家が太陽面を通過する天体を見たという報告を手がかりに軌道を計算し、
1877年3月にこの惑星は再び太陽面を通ると予報しました。
残念ながら、この予報は外れました。その年の9月23日、海王星の発見記念日に、
ルベリエは66歳の生涯を閉じました。
水星の奇妙な動きは未知の惑星ではなく、一般相対性理論で説明できることは
現在よく知られている通りです。
334 NS 2015/05/30 (土) 06:47:22 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ハッブルの宇宙膨張発見の後、アインシュタインは
「宇宙項は、私の最大の過ちだった」
と、アインシュタイン方程式から宇宙項を消去しました。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F
この話も有名ですね。
しかしアインシュタインの死後、インフレーション理論や宇宙の加速膨張の発見により、
宇宙項は新たな装いをもって復活してきているようです。
335 NS 2015/05/30 (土) 09:06:05 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 10:24 [修正] [削除]
takoyakiさん風に「対決シリーズ」と行きましょうか。
ジョージ・ガモフ VS フレッド・ホイル
ビッグバン宇宙論と定常宇宙論の対決です。
ガモフは1948年の論文で、宇宙は高温高圧の小さな「火の玉」から始まり、
最初の数分間に多くの元素が生成されたという仮説を発表しました。
これに対してホイルは「そんな「ビッグバン」みたいな話はありえない」
と反発し、定常宇宙論を提唱しました。
宇宙の膨張は認めるが、離れた銀河の間で「物質の創生」が起こり、
宇宙の姿は一定に保たれるという考えです。
ガモフは「ビッグバン」という言葉を気に入って自ら使うようになり、
ガモフ説はビッグバン理論として有名になりました。
この対決にほぼ決着をつけたのが、電波天文学者ペンジアスとウィルソンです。
彼らは1965年、偶然に宇宙から一様にやってくるマイクロ波を発見しました。
これがガモフの予言していた「火の玉のなごり」だったのです。
二人は1978年、ノーベル物理学賞を受賞しました。
ガモフは1968年、64歳で亡くなったので受賞はしていません。
ホイルは2001年、86歳まで生き、個性豊かな人生を送ったようです。
336 NS 2015/05/30 (土) 13:22:05 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
古来、天文学は天体が発する可視光線に頼って行われてきました。
19世紀の初めには、日光の中に赤外線と紫外線が発見され、
宇宙を見る人類の目は広がりました。
19世紀末には電波やX線も発見されましたが、いずれも地上で発見されたもので、
天文学と結び付いてはいませんでした。
電波天文学の生みの親となったのがカール・ジャンスキーです。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
1931年、アメリカのベル研究所で電波の雑音を調べていた青年ジャンスキーは
奇妙な雑音を捕らえました。
その雑音のピークの時刻は、毎日4分ずつ早くなっていくのです。
つまり、その発生源は地上でも太陽系でもなく、恒星の世界でした。
さらに詳しく発生源を絞ると、射手座の方向、銀河系の中心の方向からと分かりました。
まさに歴史的な成果ですが、彼も上司もその価値が十分に分かりませんでした。
ジャンスキーは電波天文学の発展を見ることなく、若くして亡くなりました。
337 NS 2015/05/30 (土) 14:40:41 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
電波天文学は数多くの成果をあげましたが、中でもよく知られているのは
1967年、アントニー・ヒューイッシュたちによるパルサーの発見でしょう。
ヒューイッシュとマーティン・ライルは1974年、この功績により、
天文学者として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
パルサーの特徴は、あまりにも短い周期にあります。
最初に発見されたパルサーは1.337秒、短いものは0.033秒という短さです。
パルサーの正体は、中性子星だろうと考えられています。
理論上は予言されていた天体が、電波天文学で捕らえられたのでした。

338 NS 2015/05/31 (日) 10:42:23 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>301 で、ワイツゼッカーと原爆の関係について触れましたが、
アメリカでも多くの科学者が原爆開発に従事しました。
その中にはオッペンハイマーなど、恒星物理学者たちもいます。
彼らは恒星が生涯の末期において、中性子星より小さく潰れる可能性を見出しました。
即ち、ブラックホールです。
チャンドラセカールも、少し早く同じ結論を得ていました。
さらに古くラプラスも、超高密度の星が不可視になることを予測していました。

見えないブラックホールをどうやって観測すればよいのか。
連星系の一方がブラックホールの場合、間接的には観測が可能です。
もう一方の恒星のガスが吸い込まれ、高エネルギーのX線などが発生するからです。

宇宙からのX線は地上での観測が困難であるため、X線天文学は電波より遅れましたが
第二次大戦後には人工衛星による観測が始まりました。
多くのX線源が見つかり、白鳥座X1はブラックホールと推定されました。
銀河系の中心にも、太陽の400万倍の質量をもつ巨大ブラックホールがあると
考えられています。
339 takoyaki 2015/05/31 (日) 18:07:42 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>338
>さらに古くラプラスも、超高密度の星が不可視になることを予測していました。
初めて知りました。
340 NS 2015/05/31 (日) 18:47:49 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
takoyakiさんがガンダム世代なら「ラグランジュポイント」はよくご存知でしょう。
残念ながら私は違うので、最近まで知りませんでした。
天体力学では一般に三体問題を解くことは出来ませんが、特殊な場合は解が求まります。
それがラグランジュポイントで、特に「正三角形解」は安定した解です。
太陽系で特に有名な例が「トロヤ群の小惑星」です。
これは木星と同じ軌道を木星の60度前と60度後ろに集まっている一群の小惑星で、
60度前をギリシア群と呼び、アキレス、ヘクトルなどが属します。
60度後ろをトロヤ群と呼び、パリス、パトロクロスなどが属します。
現在では「木星のトロヤ群」以外にも、太陽系に多くのトロヤ群天体が見つかっています。
341 takoyaki 2015/05/31 (日) 22:08:23 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>340
「ラグランジュポイント」は名前だけならガンダムのおかげで昔から知ってましたよ。
でも、ギリシア群とかトロヤ群は初めて聞きました。

ちなみに、私が「ガンダム世代」かは、ちょっと微妙です。ガンダムが初めて放映されたのは1979年で、その年はまだ私は生まれていません。そのちょっと後です。でも、再放送や膨大なガンダム関連の玩具、ゲームのおかげで、子どもの頃からガンダムに馴染みがあったのは確かです。
今の子どもたちを「妖怪ウォッチ世代」と呼ぶなら、私は「ビックリマンシール世代」あるいは「ドラゴンボール世代」ですかね。
NSさんは何世代ですか?
342 NS 2015/05/31 (日) 22:38:24 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>341
>NSさんは何世代ですか?

聞きますか?笑
「ヤマト世代」ですかね。それと銀河鉄道999と。
今思い出すと恥ずかしい感じです。ヤマトなんか国粋主義で歴史偽造ですから。
999のほうがファンタジーとして見れるからましかな。
手塚治虫の「火の鳥」とか全巻揃えてましたね。
かなり嫌な子供でしたね笑
343 takoyaki 2015/05/31 (日) 23:06:58 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>聞きますか?笑
あ、すみません。てっきり、「最近までガンダムを知らなかった」→ポケモン世代かな?
とか思ってしまいました・・・。
「火の鳥」を全巻揃えるとはすごいですね!私は全然嫌な子どもだとは思いません。
ヤマトも(歴史のことはともかく)、アニメは大好きだったんですけど。

いや、ここは科学史スレッドでしたね。
私の不躾な質問に答えて頂き、どうもありがとうございます。
344 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/06/01 (月) 00:11:34 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
「火の鳥」はつい最近コンビニにあったので立ち読みしましたよ。復活編と羽衣編と望郷編でした。僕が好きなのは未来編、宇宙編あたりです。子どものころは怖かったようで少しトラウマになってました。
345 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/06/01 (月) 00:27:13 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
確か宇宙生命コスモゾーンって言うのがあるんですけどあれ本気で信じてました。それにしてもガミラスの宇宙船に比べてヤマトの頑丈さには毎回びっくりさせられましたよ。999は実は見たことありません。ポケモンも好きです。カード集めたこともありますがゲームはやったことない。妖怪ウォッチはさすがに守備範囲外です。あっガンダムもよく分かりません。
346 NS 2015/06/01 (月) 20:08:03 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ウマゴンさん、こんにちは。
「火の鳥」はトラウマになりやすいかもしれませんね。わかります。

takoyakiさんに質問があります。
「地学」を対象外としている理由は何でしょうか?
天文学はノーベル物理学賞の対象だが、地学はノーベル賞の対象外だからでしょうか。
虚心に考えれば地球も太陽系の一惑星です。
地学は地球科学として、惑星科学の一分野とも考えられます。
地学がノーベル賞に入っていないのは、北欧には地震も火山も少なく、
ノーベルが深い関心を持っていなかったからでしょう。おそらく。
日本は世界有数の地震大国・火山大国です。
小笠原の深発地震、かなりやばいんじゃないかと思っています。
多くの国民が、もっと地学に関心をもつべきだと思います。
私は全然詳しくないので、偉そうなことは言えないのですが。
考えてみると天文学の出発点は「大地球体説」「地動説」でしたし。
寺田寅彦は火山学者でなく、科学史家として入っているんですね?
もし「地学」が入るなら、地学の巨人ウェーゲナーはまず入れてほしいですね。
347 NS 2015/06/01 (月) 23:10:28 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
イスラムの天文学者アル・ビールーニー
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC
この人は知りませんでした。
地球の大きさを最初に測ったのはエラトステネスと言われますが、概算程度で、
精密に測ったのはこの人が最初のようです。
348 takoyaki 2015/06/02 (火) 07:51:28 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、おはようございます。

>>346
>「地学」を対象外としている理由は何でしょうか?
特に意識して対象外にしているわけではなく、私が「地学」を知らないだけなんだと思います。

>地学がノーベル賞に入っていないのは、北欧には地震も火山も少なく、
>ノーベルが深い関心を持っていなかったからでしょう
逆に地学がノーベル賞に入っていないの、初めて知りました。天文学がもらえるなら、地学ももらえるべきだと私も思います。(ついでに数学もっ)

>寺田寅彦は火山学者でなく、科学史家として入っているんですね?
寺田寅彦って火山学者なんですね!知りませんでした。彼の名を挙げているのは、本でよく見る名前だからです。それから「青空文庫」で寺田寅彦のエッセイなどが大量に読めます。無作為に選んで少し読んでみたら、なかなか愉快な内容だったので、気に入りました。それで、この人のことをもっと調べてみようと思っています。

>地学の巨人ウェーゲナーはまず入れてほしいですね。
大陸移動説の方ですね。了解です。入れましょう。
349 takoyaki 2015/06/02 (火) 08:37:04 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ヒュパティアについて、新たな情報が手に入ったので、投稿します。

『数学はいかにして創られたか』Luke Hodgkin 著より

私の疑問と、私が本から得られた回答。

Qヒュパティアは実在の人物?
Aヒュパティアの生涯は後のキリスト教徒の著述家によって、好意的あるいは敵意的な説明がなされている。また、多くの弟子がいて、弟子の書いた手紙の中にもヒュパティアの人物像が描かれている。これらを総合して、415年にキリスト教徒たちに殺されたのは、間違いなく歴史的事実である。

Qヒュパティアは現代的な科学者だったと言えるだろうか?
A新プラトン主義は、単にプラトン主義の復活であるだけでなく、神秘主義的な傾向を持っていた。そのようなものとして、後期ローマ帝国の中で、宗教的色彩を持っていた。
(映画では科学vs宗教として描かれているようだが、実際は違ったかもしれない。また、ヒュパティアの死後もギリシアの学問は生き残ったと本には書いてある。)

本の中の論文の引用をさらに引用する。(Dzielska1995,p.103)
----------------------------------------------------------------------
先生のまわりの生徒たちは、プラトンシステムに基づいた思想の小社会を形成していた。彼らは彼らのまわりにある知識を「神に導かれた」神秘と呼んだ。彼らはそれを秘密として守った。彼らより社会階級の低い人たちは、神のこと、宇宙のことはわかるはずがない、といって、それらを分つことを拒否した。
----------------------------------------------------------------------

Qヒュパティアが女性であることは特別なことだったのか?
Aヒュパティアが有名になったのは、彼女のカリスマ性によるものと思われる。後期ギリシア哲学の世界では何人か女性の名が知られており、考えられているほど珍しいことではなかったようだ。

以上です。
また情報が手に入ったら、投稿しようと思います。
350 NS 2015/06/02 (火) 08:56:49 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>348
数学がノーベル賞に入っていない理由は、いろいろな説があります。
ある女性数学者をめぐって、ノーベルが有名な数学者と三角関係にあったとか、
どこまで本当か(^^)
寺田寅彦の随筆は確かに面白いです。
文学の評価が高い人ですね。
ポアンカレも数学者の精神の動きについて興味深い文章を残しています。

>>349
よく調べられていますね!
ヒュパティアは現代的な科学者とはいえないと思います。
ヒュパティアの死後もギリシアの学問は、アラビアで生き延びたということでしょうか。
351 takoyaki 2015/06/02 (火) 09:16:49 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>ヒュパティアの死後もギリシアの学問は、アラビアで生き延びたということでしょうか。
私もそれを知りたかったのですが、残念ながら本にはそれ以上の記述がありませんでした。
大局的に見れば、そういうことなんだと思います。

>ポアンカレも数学者の精神の動きについて興味深い文章を残しています。
『科学と仮説』『科学の価値』をすでに古書店で購入(確保)しております。まだ読んでいませんが。楽しみにしています。古すぎて紅茶のような色になっています。
352 NS 2015/06/02 (火) 10:11:32 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
科学史というと、文系と理系の横断的分野という感じですね。
>>301 でワイツゼッカー家のことを書きましたが
ポアンカレのいとこもフランス大統領です。
湯川秀樹の兄弟も中国文学・中国哲学の大家ですね。

「科学と仮説」はだいぶ前にチャレンジしましたが、読みきれていません(^^)
アインシュタインの共著「物理学はいかに創られたか」も
読み返したい本の一つです。
353 NS 2015/06/02 (火) 10:32:50 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
なぜ地学が地味なのか、いろいろ考えてみましたが、地球は身近すぎるからかもしれません。
地震を予知しろとか、火山噴火を予知しろと、性急に求められやすいです。
予知も出来ないなら価値はない、と思われてしまうような気がします。
ウェーゲナーは大陸移動を多くの証拠から確信しましたが、
彼が考えた大陸移動の原動力は、全く間違っていました。
彼がグリーンランドで死んでから、目覚ましい進歩がありました。
今ではプレート・テクトニクスはマスコミでも普通に紹介されます。
宇宙の彼方の天体を使った実測で、大陸移動は完全に実証されています。
それでも分からないことは多くあります。
354 takoyaki 2015/06/02 (火) 13:20:02 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>352
>「科学と仮説」はだいぶ前にチャレンジしましたが、読みきれていません(^^)
昔の本なので、もしかしたら内容が冗長なのかな・・・?
そのうち談話室あたりでポアンカレの読書談義できたらいいな、と思います。
355 NS 2015/06/02 (火) 14:03:13 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>354
内容が冗長ということはないと思います。
「電気力学」の辺りで、自分の力量不足(用語の古さもあるようですが)で
挫折してしまったんですね。
その後の最後の部分が一番面白そうだったので残念です。
ポアンカレは「最後の万能選手」と呼ぶ人もいて、数学・物理学・天文学に
幅広い業績を残しています。
談話室もあるんですね。ちょっと見てみます。
356 takoyaki 2015/06/02 (火) 19:57:48 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>355
NSさんでも力量不足を感じたと言うことであれば、なおさら私には敷居が高そうですね。
まだニュートン力学だって途中なのに・・・。

チラッと見ると確かに難しそう。知らない用語がいっぱいだ。
でも、「電気力学」って、もうかなり最後の方じゃありません?
357 NS 2015/06/02 (火) 21:59:43 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>356
「電気力学」の次が「物質の終り」って、凄そうなタイトル(^^)
とてもスラスラとは読めませんでした。数学書のように。
でも丁寧に読むと、面白い本だと思います。
相対性理論が出る前の時代ですが、古さは感じません。
いきなり無限の問題が出てきたりして、takoyakiさんも
引き込まれると思います。
358 takoyaki 2015/06/02 (火) 23:17:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ちょっと小ネタ。
ネイピアが対数表を作ってくれたおかげで、天文学の計算は楽になりました。
でも、計算に必要なものは他にもあって、それが紙とペンです。
製紙工業はアラビアから伝わり、コペルニクスの『天球の回転について』が公刊された1543年には、ドイツでもイギリスでも製紙工業が始まっていたようです。
インクペンのほうはわかりませんが、1566年にはイギリスで鉛筆が発明されました。
何気にこの鉛筆の発明は大きかったかもしれないと思うのです。
紙と鉛筆の大量生産のおかげで、庶民も習字と算術を学ぶことができるようになり、対数表も一般にも広まり、国際貿易や複利計算などでも広く利用されるようになったのではないかと。

ちなみに対数表が日本に伝わったのは1894年(明治時代)のようです。
359 NS 2015/06/03 (水) 07:01:08 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
紙を発明したのは中国人ですね。
昔は「後漢の蔡倫が紙を発明した」とされていましたが、考古学の成果で
前漢時代に紙が存在していたことが分かりました。
現在では蔡倫は「紙の改良者」とされています。
紙がイスラム世界に伝わったのは751年です。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%82%B9%E6%B2%B3%E7%95%94%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
唐とアッバース朝は当時の二大帝国でしたが、タラス河畔の戦いで唐軍は敗れます。
その捕虜の中に紙職人がいたようです。
この戦いで唐が勝っていたら、世界史はどうなっていたでしょうか。
360 takoyaki 2015/06/03 (水) 09:43:11 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
捕虜とは言っても、カリフが自ら「先生」と呼ぶほどの厚遇だったようですね。
イスラム教徒は異教徒であっても、人間は平等であり、優れたものは礼を尽くして教えてもらい世界に広めるべきだと考えていた(「実用的イスラム原理主義」)、と本で読んだ記憶があります。
(メモを取っていないので、正確ではないかもしれませんが。)
このあと、エジプトのパピルスの技術を取り入れて、改良した製紙工場も建設していたと思います。

中国から紙が伝わると、アラビアでは本の複製が盛んに行われ、かなりの量が流通したようです。というのも、それまで図書館といえば、国家に属するものだったわけですが、この時代になってくると個人レベルで本を収集し、私設図書館を作る人が出てくるんですね。
知識は、時間をかけて着実に裾野を広めていったと思われます。

興味深いところでは、951年にダマスカスでアル-ウクリディシという人物が、『ヒンドゥー式計算の本』というものを書いています。これは仕事に役立つ算術の庶民向けのハウツー本です。
ウルクディシというのは実はニックネームで、かの有名なユークリッドのことであり、本家同様に著者の人物像は全くわからないという、計算のためだけの本です。
この本には(例えば)576から平方根の24を求めるまでの手順が、とても丁寧に解説されています。
これが951年です。(日本では平安時代。)

翻って約800年後の1729年のドイツの情勢を見てみましょう。ドイツ人は賢いってイメージありますよね。でもこの頃のヨーロッパはイギリスを除けば、まだ一般人の教養は貧しいものでした。ドイツには次のような記録が残っています。

「教員採用試験に応募したのは5人である。その中、加え算と引き算を多少知っていた者が1人、加え算だけならできる者が1人、他の3人は、計算について、全くの無知であった」

ドイツって教員ですら、まだこういう知識レベルの国だったんですよ。
科学史を勉強していないと、このギャップには戸惑うと思います。
361 NS 2015/06/03 (水) 10:10:58 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 10:48 [修正] [削除]
takoyakiさん、ありがとうございます。とても勉強になります。
イブン・ハイサム
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%A0
お恥ずかしいですが、この人も今調べて知りました。
ケプラーに影響を与え、ガリレオを先取りしていたんですね。
疑問に思うのは、なぜイスラム科学の輝かしい伝統が途絶えてしまったのか?です。
ウルグ・ベグ辺りが最後で、トルコの台頭で衰退していったのでしょうか。
モンゴルの破壊も大きかったでしょうね。
あ、ヨーロッパの十字軍も忘れちゃいけません。

ガウスの少年時代の逸話で、1+2+3+・・・+100=5050を一瞬で計算したというのがありますが、
考えてみると、ドイツの小学校の先生、頭悪すぎ!とも言えますね(^^)
362 htms42 2015/06/03 (水) 11:10:03 ID:i/jtzg3bTU [修正] [削除]
tokoyakiさん
>>358
>インクペンのほうはわかりませんが、1566年にはイギリスで鉛筆が発明されました。
何気にこの鉛筆の発明は大きかったかもしれないと思うのです。
>紙と鉛筆の大量生産のおかげで、庶民も習字と算術を学ぶことができるようになり、

これはちょっと危ない推測ではないでしょうか。
紙と鉛筆は高級文具だったのではないでしょうか。普通の庶民にはつかうことができなかったものと考える方がいいのではないでしょうか。 
私が子供の時に読んだイギリスやドイツの本でいつも不思議に思っていたことがあります。小学生の筆記用具として出てくる「石板」です。私たちが当たり前のようにして使っている鉛筆が出てこないことが不思議でした。紙と鉛筆など子供の消耗品として使うようなものではなかったのです。皆、個人用のチョークと黒板を持って学校に通っていたというイメージですね。石板に書くための筆記用具は多分、蝋石のようなものです。

紙が豊富に出回っていた日本でも貴重品だったと思います。帳簿や書類に使った紙の裏を別の目的に使い、さらにそれをふすまや屏風の下張に使うという使いまわしをやっています。ときどき、そういうところから歴史上の一級資料とされるものが見つかったという報告を見ることがあります。「紙背文書」と呼ばれています。
363 NS 2015/06/03 (水) 12:14:09 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
横ですが、面白いサイトがありました。
http://www.artonx.org/diary/20080930.html
孫引きです。申し訳ありませんm(__)m
364 takoyaki 2015/06/04 (木) 21:16:28 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>362
htms42さん、ご指摘ありがとうございます。
仰る通り、>>358は「危ない推測」だと感じるようになりました。私はもう少し時代背景を学ぶ必要がありそうです。

>帳簿や書類に使った紙の裏を別の目的に使い、さらにそれをふすまや屏風の下張に使うという使いまわしをやっています。ときどき、そういうところから歴史上の一級資料とされるものが見つかったという報告を見ることがあります。
面白いお話です。教えて頂きありがとうございます。
365 takoyaki 2015/06/04 (木) 21:42:57 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>361
NSさん、こんにちは。
イブン・ハイサムのウィキペディアの記事を読むと、やたら神憑っていますね。かなり時代を先取りしているイメージがあります。

ただ、図書館に置いてある書籍からはまだ裏が取れていない情報も多いんですよね。ウィキペディアの記事を書いている方はどうやってネタを仕入れているんだろう・・・。人物情報に関しては今のところウィキペディアが一番詳しいと思っています。

>疑問に思うのは、なぜイスラム科学の輝かしい伝統が途絶えてしまったのか?です。
これは私も疑問でして、まだよくわかりません。モンゴル帝国が「智恵の館」を破壊したのは象徴的な事件ですが、それですべて片付けるのも違うような気がします。
私がひとつ思うのは、成熟し過ぎて逆に行き詰まっていたんじゃないか、みたいな。
伝統的な学問はその後も途絶えはせず継承されたと思います。ただ、新しい方法を取り入れるのが難しい状況だった。一方ヨーロッパはハングリー精神があった。みたいなイメージです。あまりまだ自信を持って言える話ではないですけど。

>>363
ガウス少年の話が出てきましたね。
この科学史スレッドは、天才とはいかなる人々だったか、というのを考察するのが裏の目的としてあります。以前、この話題で「天才を見出す秀才の偉大さ」という話が出たことがあったのを思い出しました。
ラマヌジャンとハーディーなんかはその典型的な例ですが、ガロアなどは不幸な例ですね。
人の資質を見抜くのは大変に難しいことだと思います。
366 NS 2015/06/04 (木) 22:50:16 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>365
>モンゴル帝国が「智恵の館」を破壊したのは象徴的な事件ですが

モンゴルも破壊ばかりではなく、進んだイスラム天文学を中国に伝えるなど、
良いこともしているようです。
象徴的な事件といえば、ウルグ・ベクの最期もそうですね。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%AF

>ガロアなどは不幸な例ですね。

ガロアはリシャール先生に出会えたのは幸運でしたが、その後は不幸続きでしたね。
「神々の愛でし人」・・なんか、悲しいです。
367 NS 2015/06/09 (火) 19:23:00 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>346 で寺田寅彦を「火山学者」としたのは、お詫びして訂正します。
火山と接点はありましたが、「物理学者で随筆家」でしょうね。
失礼しましたm(__)m

寺田寅彦がルクレティウスを高く評価していたのは初めて知りました。
今後も調べてみたいです。
368 NS 2015/06/10 (水) 10:36:33 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
寺田寅彦「ルクレチウスと科学」より

今かりに現代科学者が科学者として持つべき要素として三つのものを抽出する。
一つはルクレチウス的直観能力の要素であってこれをLと名づける。
次は数理的分析の能力でこれをSと名づける。
第三は器械的実験によって現象を系統化し、帰納する能力である。
これをKと名づける。・・
ファラデーや現代のラザフォードやウードのごときはLK軸の面に近く位している。
ボルツマン、プランク、ボーア、アインシュタイン、ハイゼンベルク、
ディラックらはLS面に近い各点に相当する。
ただL=0すなわちSKの面内に座する著名の大家を物色する事が困難である。・・
L軸の真上に座する人はもはや科学者ではない。彼らは詩人である。
最善の場合において形而上学者であるが最悪の場合には妄想者であり
狂者であるかもしれない。
こういう人は西洋でも日本でも時々あって科学者を困らせる。
しかしたいていの場合彼らの言う事は科学者の参考になるあるものを持っている。
すなわち彼らはわれわれにLの要素を供給しうるのである。
369 NS 2015/06/11 (木) 18:46:04 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>181
ローカーヤタ派は、ギリシアのエピクロス派に近い感じがしますね。
やはり世界はつながっているのでしょう。
中国は多少異質ですが、儒教はストア派に似たイメージですし。
370 NS 2015/06/11 (木) 22:49:34 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
「デモクリトス」と「デモクラシー」の関係が気になったので調べてみました。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9
「デモクリトス」の名前が「デモクラシー」の語源というわけではないようです。
しかし、デモクリトスの原子論は、どこかデモクラシーの匂いがします。
デモクラシーの反対のアリストクラシー(貴族主義?)はアリストテレスを思い出させます。
ちょっと面白いと思いました。
371 NS 2015/06/12 (金) 22:02:25 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ギリシア語のアトム(原子)と英語のindividualはどちらも「分割できない」意味で
原子論的個人主義という言葉もあるようですね。
個人は分割できない・・最近の医学はどうなのかと疑問に思ったりします。
切り刻んじゃっていいのかな・・とか。
372 takoyaki 2015/06/12 (金) 22:55:58 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>366
ウルグ・ベグ天文台というのが、どうも私が>>200で取り上げた「サマルカンド天文台」と一致するようですね。おそらくそうなんでしょう。

>>369
>ローカーヤタ派は、ギリシアのエピクロス派に近い感じがしますね。
私もそんな気がします。ローカーヤタは後の権力者によって「下世話な愚民の快楽至上主義であり、リグ・ヴェーダと相容れない。つまり悪」みたいなレッテルを貼られた感があります。でも、本来はエピクロス派のような価値観だったのではないかと思いたい自分がいます。
373 takoyaki 2015/06/12 (金) 23:14:42 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>370
たしかにちょっと面白いですね。
どちらも語源がギリシア語だから、偶然にこういうことが起きたのかもしれませんね。
374 NS 2015/06/12 (金) 23:56:37 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>372
以下のサイトでは、サマルカンド天文台=ウルグ・ベク天文台と明記しています。
http://mail2.nara-edu.ac.jp/~asait/kuiper_belt/eclipse2/ulugh_beg_observatory.htm
375 takoyaki 2015/06/13 (土) 01:38:16 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

面白いサイトをご紹介頂きありがとうございます。
このサイトによると、

「ウルグ・ベクは 1 太陽年の長さを 365 日 5 時間 49 分 15 秒と決定し、 これは +25 秒のエラーがあり、 ニコラウス・コペルニクスの評価 (これは +30 秒のエラー) よりも、より正確であった。 ウルグ・ベクは地軸の傾きを 23.52度 と決定しているが、 これは今日に至るまで最も正確なものである。 これは後年のコペルニクスやティコ・ブラーエの測定よりも正確で、 現在受け入れられている値に正確に一致している。」

これは凄いことですね。
こんなに凄いのに、どうしてウルグ・ベグは日本で有名じゃないのでしょうか?
NSさんに尋ねてもしょうがないですよね・・・

このサイトは面白そうなので、目を通しておきたいのですが、けっこうテキスト量があるので、読むのに時間がかかりそうです。

サイトの序文を読んだ限りで気になったのは・・・

>最初は地球が丸いことが分かるためには、月食の原理がわかっていればよい考えて、
地球が丸い理由についてはアリストテレスなどもいくつかの例を挙げて複合的に判断しているのであって、月食の原理を知らなくても、他の理由からわかった可能性があるのではと疑問に思いました。

>ヘレニズム文明はイスラム世界、インドに影響を与え、 ここにも地球が丸いという考えが伝搬します。
ヘレニズム文明より以前にインドには天文学がありました。三角法もギリシアとは独立にインドで発明(発見?)されていたと思います。これには根拠がありまして、『アラビア科学の歴史』という本に、ギリシアとインドの弦の定義の違いが図示されているからです。現在私たちが用いている「サイン」はインドで生まれて、アラビアでそれに「タンジェント」が加えられ、アル・カーシーによって洗練されたようです。つまり、ギリシアにも三角法はあったが、インドの三角法のほうが優れているとして、採用したということです。それがヨーロッパに伝わったのです。
もちろんアラビア天文学そのもののベースは『アルマゲスト』なのですが。
少しギリシアに偏重してないかな、と疑問に感じました。

でも、このサイトはとてもよく調べられているようなので、勉強になります。
376 NS 2015/06/13 (土) 09:14:53 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>375
細かいことですが「ウルグ・ベク」「ウルグ・ベグ」どっちでしょうね。
綴りを見ると「ベグ」ですが発音は「ベク」に近いのかな。

私は?十年前からウルグ・ベクを知っていました。
斉田博「おはなし天文学4 太陽系発見の証明」(1978、地人書館)
冒頭「悲劇の星占い」で紹介されています。
150年後のティコ・ブラーエに匹敵する精密な天文観測。
小数点以下第8位まで正確だった三角関数表。
しかし彼は占星術師でもあり、長男が自分を殺すという「運命」を知ってしまいます。
彼は長男を首都から追放し、次男に王位継承権を与えますが
挙兵した長男に殺されてしまいました。
これはイスラム天文学の最期でもありました。

でも、有名でないことは確かですね。
単純に、ヨーロッパの学者でないからでしょうか。
377 NS 2015/06/13 (土) 15:03:00 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>368 の続き
ルクレティウスに興味が出て、岩波文庫「物の本質について」をゲットしました。
かなりマニアックな本らしく、三軒目の本屋で見つけました。

人間を構成していた原子が死によってバラバラになり、いつか集まってまた人間になる
馬鹿げたイメージに思えますが、天文学で考えるとまんざらでもないかと。
爆発して飛散した恒星のかけらが、また集まって太陽系になり、人類が生まれてくる。
大昔の恒星の進化で重元素が生まれたからこそ、われわれ人類が存在している。
その恒星系にも高等生物がいたかもしれません。
ブラックホールや宇宙の始まりは、別に考えなければいけないでしょうが。

二千年以上前のローマに、こんな人がいたとは驚きです。
378 NS 2015/06/13 (土) 18:34:02 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
地球だけでも、たとえば炭素原子の循環が考えられます。
空気中の二酸化炭素が植物の光合成で植物体になり、草食動物から肉食動物、人間に移り、
最後は呼吸や排泄、死体の分解で二酸化炭素に帰ってゆく。
現代でも、多くの人々は古代的な迷信から抜けきれていません。
379 takoyaki 2015/06/14 (日) 00:24:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

ネットでは「ウルグ・ベク」が主流のようですね。
本によっては紹介されているようなので、私が読んだ本にたまたま載っていなかっただけかもしれませんね。

>しかし彼は占星術師でもあり、長男が自分を殺すという「運命」を知ってしまいます。
ギリシア神話によくこういうネタがあるような気がしました。

>人間を構成していた原子が死によってバラバラになり、いつか集まってまた人間になる
ルクレティウスはそういう感じなんですね。
「原子論×詩」って、なんか今まで見たことがないジャンルです。
「素粒子×詩」・・・とかありかも。

>大昔の恒星の進化で重元素が生まれたからこそ、われわれ人類が存在している。
なんだか不思議ですよね。世の中の皆さんの肉体は、少なくとも一度は過去に超新星爆発を経験しているんですよ。すごいなって思います。
380 NS 2015/06/14 (日) 08:58:48 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>379
ギリシア神話ではオイディプス(エディプス)王の話が有名ですね。
ルクレティウスは、なぜ科学を詩の形式で語るのかについて自ら解説しています。
それは、医者が苦い薬に甘い蜜を混ぜるようなもので
慣れない一般の人々が尻込みしないようにするためだと。
なるほどと思いました。
数学はありませんが、物理学者にひらめきを与える表現は多くありそうです。
381 x_seek 2015/06/14 (日) 12:00:07 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>378
>現代でも、多くの人々は古代的な迷信から抜けきれていません。

私は唯物論者であり「精神は物質の運動の結果」と考えています。
しかし「精神は物質の運動の結果ではない」と考える人が多いようです。

そのような人々の考えを変える手段は次の二つだと思います。
・現物を見せる。
・簡単に説明する。

しかし、現状、見せられる現物はなく、簡単な説明もありません。
そのため、それは難しいと思います。
382 NS 2015/06/14 (日) 13:11:21 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
x_seekさん、こんにちは。

>>381
私もこの問題ではずっと揺れ動いてきました。
あまりに信じている人が多いと、嘘でも真実のように見えてしまいます。
ルクレティウスの先見性には驚かされます。
細部では間違いが多くても、彼は真実を見ていたのだと思います。
あの時代に・・彼の孤独も想像できます。
383 NS 2015/06/14 (日) 16:31:29 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ルクレティウスに関連して思い出されるのは「ホーキング宇宙を語る」という本です。
ホーキングは「数式が一つ増えるごとに読者の数は半分になる」という法則?を聞いて
数式を一切入れずに書こうとしましたが、どうしても入れたい数式がありました。
それがE=mc^2です。彼は前書きに書きました。
「この数式を入れたせいで、読者の数が半分に減らないよう願っている」
384 takoyaki 2015/06/14 (日) 20:54:06 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>380
>ルクレティウスは、なぜ科学を詩の形式で語るのかについて自ら解説しています。
>それは、医者が苦い薬に甘い蜜を混ぜるようなもので
>慣れない一般の人々が尻込みしないようにするためだと。
私も、なるほどと思いました。
社会に向けて科学の裾野を広げるという意味で、陰の立役者でもあったわけですね。
385 NS 2015/06/15 (月) 23:17:03 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ルクレティウスの本を読んでいますが、けっこうハードです。ポアンカレとは違う意味で。
全六巻(といっても文庫一冊)のうち第三巻では、精神や魂は不死ではなく
肉体と同じように死すべきものであると説かれています。
彼は人間の死ぬときの状況を克明に観察してこの結論を導いていますが、
詳細を書くことは控えさせていただきます。
ブッダもそうしたむごい有り様を見て出家したと言われますが、
ブッダの場合は今でいう精神医学的な方向に向かったようですね。
386 takoyaki 2015/06/16 (火) 08:36:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
唯物論の死生観はどこか淡白なイメージがするかもしれませんね。

もしかしたら死後の世界を信じたい人々にとっては、受け入れがたいものがあるかもしれません。
私は「占い師になりたい」という年配の女性に、アインシュタインの相対性理論について知っていることを少し話したことがあります。彼女は聖書に「光あれ」と神が言ったという話と、アインシュタインが「光速度は一定」という原理から出発したことを結びつけ、たいそう感動しておりました。
物理学はいつか死後の世界「も」証明してくれると信じているそうです。
印象深いのは、最後に彼女が言った言葉でした。
「死ぬのが怖い」
これはたぶん、多くの人間にとって普遍の心理でしょう。(本当に怯えていました。)
「占い師になりたい」のは、自分の意見を信じてもらうことで、自己暗示を強化しようとしているのではないかと思いました。もちろん本人にそんなことを言ったりはしませんでしたが。

科学がどんなに進んでも、それをどう受け入れるかは、その人の自由です。
「科学を伝える」というのは、難問かもしれません。
387 NS 2015/06/16 (火) 09:24:02 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>386
takoyakiさんは顔が広そうですね(^^)

死後の世界が信じられる理由の一つに、私たちの幼時の記憶の曖昧さがあります。
私も3歳ぐらいからの記憶しかなくて、生まれた時のことは覚えていません笑
おそらく潜在意識には残っているんでしょうがね。
そこで「魂は生まれる前からある。死んだ後も残る」
という仮説が受け入れられる余地が出てきます。
でも、死後の世界を本気で信じている人は少ないと思います。
本気で信じていたら、葬式はおめでたい儀式になるはずだからです。
(私もかなり性格悪いですね。反省)
388 聖白馬ホーリーウマゴン 2015/06/16 (火) 10:34:28 ID:WTcxHMNgQk [修正] [削除]
>本気で信じていたら、葬式はおめでたい儀式になるはずだからです。
そうなんですか?
389 NS 2015/06/16 (火) 11:06:31 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>388
ウマゴンさん、鋭いですね。
天国ならおめでたいですが、地獄なら悲しいでしょうね。
「別れ」だから悲しいという見方も出来ます。
やはり、信じている人は多そうですね。
390 takoyaki 2015/06/16 (火) 14:29:05 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
話が脇道に逸れてしまって申し訳ないのですが、葬式の風習というのは同じ日本でも地域によって特色があるようです。
私の祖父が亡くなったときには、紅白まんじゅうを炊いて、みんなで「お祝い」をしました。
瀬戸内の陽気な地域で、人が死んでも「長生きしたのは立派じゃないか。祝ってやろう」という話になります。昔話にニコニコ笑うのも失礼に当たらないとのことです。
391 NS 2015/06/16 (火) 17:42:24 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>390
そうですね。長生きした人と、若かった人では全く違いますね。
魏志倭人伝にも「喪主は哭泣し、他人は歌舞飲酒に就く」とあったり
天の岩戸神話でのウズメの裸踊りは、天照大御神の葬式だったとも言われます。
日本人は死者に対しておおらかな傾向があると思います。
それが半島や大陸との摩擦の一因かもしれませんね。
392 ひゃま 2015/06/16 (火) 17:59:40 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
母親が60台という中途半端な年で死んでとても悲しかったのだが、火葬待ちの間
みんなで塩菓子とビールで飲んだ、塩気がとてもおいしく
親を焼いてる最中に兄弟で笑った。 
理屈じゃないよね、そこには感謝しかなかったよ。
だから喜怒哀楽がだせる葬式はよい葬式で、だせない葬式は不幸な葬式だとおもう。
393 NS 2015/06/18 (木) 07:23:50 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ルクレティウスは第四巻では「夢」や「性愛」も原子論で説明しようとします。
彼のいう「原子」(種子)は細胞や遺伝子や、現代科学にないものも含んでいそうです。
ここを読むとどうしてもフロイトやユングを連想するわけですが、
意識や無意識を重視する精神医学には、以前から疑問を感じています。
ルクレティウスの細部はともかく、姿勢は正しいように思います。
394 NS 2015/06/18 (木) 14:36:15 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 15:32 [修正] [削除]
第五巻では宇宙の歴史が考察され、たとえば太陽は光を放射し続けているから
永遠に光り続けるはずがないと書いています。実に合理的です。
私は若い頃、デモクリトスやルクレティウスにあまり興味がありませんでした。
彼らが天動説を唱えていた(と思っていた)からです。
古代で地動説を主張したのはサモスのアリスタルコス、ほぼ一人でした。
そのことだけに拘らずに、早く読んでおけばよかったなと思いました。

原子論者の宇宙は無限で、中心はどこにもないという考えであって、
アリスタルコスの太陽中心説より進んでいたとも言えそうです。
ただ、彼らは精密な観測や数理分析をしたわけではないので、
(アリスタルコスは当時できる限りの観測・分析を行なった)
寺田寅彦が言うように「偉大な詩人」だったということでしょう。
395 takoyaki 2015/06/18 (木) 15:58:20 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 19:33 [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

せっかく天文学史について色々と教えて頂いたので、整理のために勝手ながら内容をまとめさせて頂きました。少しばかり気違いじみた長文になってしまいましたが、ご容赦下さい。
(私の個人的な都合でハッブルのあたりまでとさせて頂きます。)

<takoyakiとNSさんの天文学史まとめ(感謝を込めて)>

・古代ギリシア時代も多くの民衆は「太陽と月は神様だ」と考えていた。しかし、これに対してアナクサゴラスは「太陽と星は燃える石だ。月には山があり、生物がいる」と考えた。(つまり、天体を物質的なものとして捉えようとしていた。)生物がいるという考えには飛躍があったが、現代的な視点がこの頃からあった事例として天文学史的に注目に値する。

・同様にデモクリトスは「天の川は女神ヘラの乳ではなく、星が集まってできている」と考えた。

・アリスタルコスもしくはヒッパルコスは地球の「歳差」を発見した。

・アリスタルコスは、太陽の大きさ>地球の大きさ>月の大きさ、という正しい結論を導き、地動説への確信を深めた。(残念ながら当時の人々には受け入れられなかった)

・エラトステネスはかなり正確に地球の大きさを測った。

・ヒッパルコスは月食を利用した三角測量で、月までの距離を測った。

・11世紀初頭、アル・ビールーニーは地球の大きさを精密に測った。

・同じく11世紀初頭、イブン・ハイサムは、ケプラーに影響を与える先駆的な研究を行った。

・1420年代、ウルグ・ベクによって、サマルカンド天文台が建造された。彼は地軸の傾きを23.52度と決定し、これは現代の測定値と一致している。

・16世紀、ブルーノは「太陽は恒星の一つだ」と考えた。(彼はガリレオと同時代の人物。)

・ブラーエは、恒星までの距離を測ろうとしたが、視差を検出できなかった。そのため「地球は動いていないのだ」と考えた。しかし、実際には視差を検出できないほどに遠かったのである。

・ガリレオは光速度を測ろうとして失敗した。彼は「光の速さが大きすぎて、この方法では測れなかったのかもしれない」と考えた。(ガリレオは地動説を擁護した。)

・「天」と「地」が分かれていたのはガリレオやケプラーの時代までで、ニュートン以降、宇宙に天地の区別がないことがわかった。

・ニュートンは太陽光をプリズムで分光した。

・ハレーはニュートンの親友であり、「プリンキピア」の出版(1687年)ではスポンサーになった。ハレーはニュートン力学を用いて、「ハレー彗星」の軌道を予測した。彼の死後、この予測は1758年に実際に正しいことが確認された。

・1639年、ホロックスは金星の太陽面通過を利用した三角測量によって、太陽までの距離を測った。(残念ながら彼は若くして亡くなった。)

・1676年、レーマーは光速度を計算した。彼はガリレオの発見した木星の衛星を使い、光速度を求めることを思いついた。レーマーの計算では、秒速23万kmとなった。

・1728年、ブラッドリーは地球の公転運動による「光行差」を発見した。彼はハレーの後を継いでグリニッジ天文台長になった人物である。光行差の発見により、光速度は秒速31万kmと求められ、レーマーより正しい値に近づいた。また、彼は「歳差」に付随する微小な「章動」も発見している。

・1755年、カントは太陽系の起源について論じ、1796年にラプラスがこれを補説した。これを「カント=ラプラスの星雲説」と呼ぶ。彼らは我々の銀河系の外にある「よその銀河系」もあるのではと考えた。(当時は星雲と呼んでいた)

・ラプラスは、超高密度の星が不可視になることを予測した。

・1781年、ハーシェルが天王星を偶然に発見した。この軌道が計算と食い違うことから、ルベリエは未知の惑星の存在を予測した。のちに1846年、ベルリン天文台のガルレが予測された位置に海王星を発見する。(ちなみにルベリエとは別にアダムスも同様の計算を行っている)
ハーシェルのその他の特筆すべき業績は、
  ・太陽運動の発見。(太陽系はヘラクレス座の方向に運動している。)
  ・連星の発見。
  ・赤外線の発見。
なお、妹のカロラインも天文学者として活躍した。

・ルベリエは、水星の内側にも未知の惑星が存在するのではないかと考えた。しかし、そのような惑星が発見されることはなかった。後に、この問題はアインシュタインの一般相対性理論によって解決されることになる。(1919年)

・ブラウンホーファーは分光解析のさきがけとなる研究を行った。

・1838年、ベッセルは恒星の年周視差の測定に初めて成功した。ほぼ同時期にヘンダーソンも測定に成功している。αケンタウリはおよそ4.3光年離れていることがわかった。
結局、地球から見た恒星の運動は次の6つの動きが組合わさったものであった。
  1、地球の自転による日周運動
  2、地球の公転による年周運動
  3、地球の首振りによる歳差と章動
  4、地球の自転と公転による光行差
  5、地球の公転による年周視差
  6、恒星自身の固有運動

・1849年、フィゾーは回転歯車を使って地上で光速度を求めた。彼の得た値は3.15×10^5km/sであった。また、彼は光のドップラー効果について考えた。

・キルヒホッフ、ハギンスらの研究によって、天文学は力学だけでなく、物理学全般および化学との統合が行われるようになった。(1860年頃)

・1862年、オングストロームは、太陽スペクトルに水素の暗線を発見した。

・1868年の皆既日食の際、ジャンセンとロッキャーがコロナのスペクトル中に未知の輝線があることを発見した。(ヘリウム)

・1882年、パルミエーリはヴェスヴィオ山の溶岩を分析していた際に、ヘリウムを示唆するスペクトル線を発見した。

・1895年、ラムゼーはウラン鉱石を過熱して得られた気体からヘリウムを発見した。

・1910年、ヘルツシュブルングと(アメリカの)ラッセルは、恒星のスペクトル型と絶対等級を調べ、それぞれ独立に特徴的な分布図を発見した。これをHR図と呼ぶ。
これにより、太陽は平凡な恒星に過ぎないことがわかった。また、HR図と見掛けの等級を合わせると、年周視差を測定できないほど遠い恒星であっても距離が求められることがわかった。(さらに遠い球状星団や銀河までの距離はまだわからない)

・1912年、ウェーゲナーは「大陸移動説」を発表した。

・1912年、リービットはケフェイド変光星の変光周期と絶対等級の間に深い関係があることを突き止めた。これにより、遠く離れた球状星団や銀河までの距離がわかるようになった。

・1918年、シャプレーはリービットの発見を用いて作成した銀河系内の球状星団の分布地図を発表した。これにより、太陽系は銀河の中心から大きく外れていることがわかった。

・1929年、ハッブルは「ハッブルの法則」を発見した。彼の業績により、我々の銀河は無数の銀河の一つに過ぎないことが判明した。そして、宇宙の膨張が明らかになった。

・1930年代、ワイツゼッカーとベーテは太陽を含む恒星のエネルギー源が核融合反応であるという考えを確立していった。

以上です。
396 NS 2015/06/18 (木) 16:38:43 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
>>395
ありがとうございます。素晴らしいですね。
今ぱっと見て、1912年リービットの発見は「ケフェイド変光星」
マニアックすぎれば「ある種の変光星」としてほしいです。
変光星は多くの種類があるので。
また後で・・
397 NS 2015/06/18 (木) 18:24:05 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>395
>1868年の皆既日食の際、ジャンセンとロッキャーがコロナのスペクトル中に未知の輝線がありことを発見した。
→・・あることを発見した。
398 kafuka 2015/06/18 (木) 19:00:49 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
ビッグ・バンという名称の由来が面白いです
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3
「ハッブルの法則」を発見=ビッグ・バンが定説になったわけではありません。
フレッド・ホイルは、ハッブルの法則を認めつつ、定常宇宙論を唱えていました。
「膨張につれて、空間に物質が生まれてくる」というもので、
ソ連では、イデオロギーの理由で根強い支持がありました。

ガモフは、「α-β-γ理論」で 宇宙初期での元素合成を予言しました。

林忠四郎博士は、星が核融合を起こす前、重力崩壊で輝く時期があることを
予言しました。
「林フェイズ」といいます。
399 takoyaki 2015/06/18 (木) 19:35:04 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>396>>397
NSさん、ありがとうございます。
ご指摘の箇所を修正致しました。
400 takoyaki 2015/06/18 (木) 20:19:17 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>394
>第五巻では宇宙の歴史が考察され、たとえば太陽は光を放射し続けているから
>永遠に光り続けるはずがないと書いています。実に合理的です。
ルクレティウス、すごいですね。

>原子論者の宇宙は無限で、中心はどこにもないという考えであって、
>アリスタルコスの太陽中心説より進んでいたとも言えそうです。
なるほどです。
401 takoyaki 2015/06/18 (木) 20:25:24 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>398
kafukaさん、ありがとうございます。
「ビッグバン宇宙論 vs 定常宇宙論」という対決シリーズをやってみるのも面白いかもしれませんね。フレッド・ホイルの視点で描くと面白い話になりそうです。
402 NS 2015/06/18 (木) 20:49:53 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>401
ホイルについては、「相対論的宇宙論」(1974年)の松田卓也氏の批評が面白いです。

ホイルの科学者としての業績は大きいが、彼のアイディアは当たると大きな成果となり、
当たらぬと大ボラということになる。とにかくスケールの大きい人物である。
ホイルはケンブリッジ大学の理論天文学研究所所長であったが、
いろいろとうちわもめがあった末、新所長になりそこなったとかで
激怒してケンブリッジをやめたそうだ。
英国人の学者から聞いた話では、彼はただいま「放浪中」だそうだ。
403 takoyaki 2015/06/18 (木) 21:12:40 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>402
松田先生自身もそうとう面白い方ですよね・・・。
論点がズレちゃってますが。(すみません)
404 NS 2015/06/19 (金) 16:36:02 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>403
松田先生は疑似科学批判を行っておられるようですね。
大槻教授みたいな感じなのかな。
マスコミは視聴率第一だから、価値観が合わないのは当然でしょうね。

疑似科学については都筑卓司氏「超常現象の科学」の次の言葉が好きです。

・・最初に述べた坊さんや斥候兵の話は、科学などというものとは関係なしに、私は好きである。
特にそれが村の衆の寄り合いとか、農家の囲炉裏ばたなどで語りつがれるときには、
忙しい現代生活で失ったものを発見したような感じがする。
田舎の街道のささやかな店先で売られている民芸品の味である。
ただそれが、マスコミ的なレベルで報道されることになると、なぜかがっかりしてしまう。
脱科学を旗印にしたテレパシーが、テレビという超短波や極超短波に乗せられて放映されるのを見ると、
デパートで売られている民芸品を見せつけられるような気がして、興ざめしてしまう。
405 NS 2015/06/20 (土) 22:18:33 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ルクレティウスは最後の第六巻で、今でいう地球物理学の説明を試みています。
ただ最後には磁石や疫病の話も出てきて、まとまりのない終わり方ですが、寺田寅彦は
「私はこの書に結末らしい結末のない事をかえっておもしろくも思うものである。
実際、科学の巻物には始めはあっても終わりはないはずである」
うまいこと言いますね(^^) さらに
「ルクレチウスの書によってわれわれの学ぶべきものは、その中の具体的事象の知識でもなく
またその論理でもなく、ただその中に貫流する科学的精神である。
この意味でこの書は一部の貴重なる経典である。もし時代に応じて適当に釈注を加えさえすれば、
これは永久に適用さるべき科学方法論の解説書である。
またわれわれの科学的想像力の枯渇した場合に啓示の霊水をくむべき不死の泉である。
また知識の中毒によって起こった壊血症を治するヴィタミンである。
現代科学の花や実の美しさを賛美するわれわれは、往々にしてその根幹を忘却しがちである。
ルクレチウスは実にわれわれにこの科学系統の根幹を思い出させる」
寺田寅彦の熱狂ぶりが分かります。少し割り引けば、当たっていると思います。
406 takoyaki 2015/06/20 (土) 23:15:27 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>>404
都筑卓司氏の本では『四次元の世界』を読んだことがあります。
私の好きな本の一冊です。これを読んで、四次元の世界が視えたらいなぁ、と思いました。
ノートに四次元立方体の展開図を描いたりしたものです。

>>405
>うまいこと言いますね(^^) 
本当ですね。
おかげさまでルクレティウスについて色々と勉強になりました。

寺田寅彦の随筆では『方則について』が私のお気に入りです。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/42705_23761.html

「(実際には考慮すべき他からの影響が無数に考えられるのにも関わらず)これらの引斥力が自乗反比例という簡単な言葉で表わされるのは驚くべき事であるというよりは、むしろかくのごとく簡単に云い表わし得る言葉があるのが驚くべき事だとピアソンは云っている」

みたいなことが書かれているのですが、

「場の量子論のくりこみ可能性というのは「理論が紫外切断近辺の高エネルギーの(未知の)物理の詳細には依存しない」という安定性・普遍性のことなのだと理解しています。」

と田崎先生が最近ツイートしていたのも、この延長線にあるのかなぁ、なんて思ったりしました。
407 NS 2015/06/21 (日) 00:50:05 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
>>406
「四次元の世界」はブルーバックスで最初に買った本でした。
「タイムマシンの話」もお気に入りでした。
寺田寅彦は岩波文庫を二巻まで買っただけで、あまり読まなかったんですね。
もう少し読んでおけばよかった・・(←この言葉ばかり)
いきなり全宇宙を考慮すべきことが述べられていて驚きますが
夜空が暗いのも宇宙の膨張のおかげだし・・
時間の矢もそうかもしれませんね。
ニュートンは本当に重力を遠隔作用と思っていたのかな?
自乗反比例なんて、いかにも三次元空間を広がっていく感じがします。
408 takoyaki 2015/06/23 (火) 22:18:21 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

遅くなりましたが、これから以下の人物を、>>2の人名リストに加えたいと思います。
(天文学、地学より主に)
(ここに名前が挙がらなかった人も、他の人物の記事の中に関連する科学者として描かれる予定です。)

ネイピア
ハレー
ブラッドリー
ハーシェル
ブラウンホーファー
フィゾー
ラムゼー
ヘルツシュブルングとラッセル
ウェーゲナー
リービット
ベーテ
ワイツゼッカー

以上です。

<追記>
ベーテさん、長生き!もうちょっとで100歳でした。
ワイツゼッカーさんも2015年(今年の1月)まで存命でした・・・
409 NS 2015/06/23 (火) 23:23:58 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。

>>408
年号まで入って、本格的になってきましたね。
うわさでは、数学者、特に数論学者に長命が多いという話も聞きます。
ガロアやアーベルのように例外もいますが。

takoyakiさんは手広く、いろんなことをやっていらっしゃいますね。
自分は同じペースでは無理なので、マイペースで頑張ります。
「頑張る」って言葉、あまり好きじゃないのですが・・
頑張らないで頑張ります(^^)
410 takoyaki 2015/06/23 (火) 23:45:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

>年号まで入って、本格的になってきましたね。
そうなんです。気づいて頂けて嬉しいです。
(年号を入れたのは、そのほうが自分の作業がしやすいからなんですけど。)

「無理して頑張る」は私もよくないと思うのですが、
「面白くて、つい頑張っちゃう」はOKだと思うんですよね。
411 NS 2015/06/24 (水) 06:39:36 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
エジソンが「天才は1%の霊感と99%の努力だ」と言ったそうですが、
1%の霊感があるかないかが、天才と凡人の違いなのでしょう。
1%の霊感がないと、ただの苦行になってしまいます。
不幸にして、そういう人が多いような気がします。
412 NS 2015/06/24 (水) 16:33:29 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ルクレティウスの詩「物の本質について」はエピクロスの哲学に基づいていますが、
エピクロス自身の言葉も、わずかに残った手紙などから知ることが出来ます。
エピクロスは特に「天界・気象界」の事象については慎重であるべきであり、
根拠もなく可能な説明を退けるべきではない、としています。
これは科学的な態度だと思います。
彼はまた、天上と地上は本質的に同じ世界だと考えていたようです。
413 takoyaki 2015/07/04 (土) 02:55:49 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アラビアの科学史が進んでいない・・・
ぼちぼち手をつけようかと思っています。
色々あって、情報収集の手が止まっていた・・・。
414 NS 2015/07/04 (土) 09:32:44 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 10:08 [修正] [削除]
ニュートンの生まれた年は、少し議論のあるところです。
当時イギリスではまだユリウス暦が使われていて1642年12月25日でしたが、
グレゴリオ暦では1643年1月4日となります。
「ガリレオが死んだ年にニュートンが生まれた」と言われることがありますが、
ガリレオが死んだ1642年1月8日、イギリスはまだ1641年でした。
ガリレオが18歳のとき、ユリウス暦はグレゴリオ暦に改められました。
イギリスではニュートンの死から25年後に改暦されました。
分かっていれば、ニュートンの生年はどちらでもよいでしょう。

確かイスラム暦は純粋な太陰暦なので(閏月など太陽暦との調整をしないので、
同じ月日が真夏になったり真冬になったりする)、
イスラムの科学者は西暦表示でないとまずいでしょうね。
イスラムの天文学者たちは改暦を考えなかったのでしょうか?
ムハンマドの権威は絶大だったのでしょうね・・
415 takoyaki 2015/07/04 (土) 18:35:07 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
暦の話はなんだかややこしそうですね。
国によって改暦された時期が異なるというのもまた。

久々に図書館に行ったら、科学史の本が新しく一冊増えてました。うっしっし。
416 NS 2015/07/04 (土) 20:37:01 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 07/05 (日) 07:26 [修正] [削除]
ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦にカトリック諸国はすぐ対応しましたが、
イギリスなどプロテスタント諸国は遅れました。
東方教会の国々はさらに遅れ、ロシアは20世紀の共産革命までユリウス暦でした。
ロシアのクリスマスは今もユリウス暦で祝われ、1月7日だそうです。

takoyakiさんの書き込みがまた楽しみですね(^^)
417 ひゃま 2015/07/06 (月) 04:56:58 ID:3lIzcPo45k 修正アリ: 08:33 [修正] [削除]
メートルと光速度の関係で、光速度/地球の円周=7.5

エラトステネス地球を測る、次に彼は地球の半径を r とし,基本的な状況を図2でしめしたように認識しました.θ=7.5°および=800(km)です.
http://www.core.kochi-tech.ac.jp/math/highschool/earth/index.php?title=eratosthenes
その地球の円周4万km/360度=111111.11111111111・・m
はじめに出てきた360は、約数が多く、特に角度、時間に関する単位に用いられてきたことに触れましたが、亀井氏はこの9999990000はメートル設定(1メートルは北極赤道の子午線距離の10000分の1)の際に知られており、距離の単位の基準に用いられたのではないかという仮説を明治図書「数学教育2008ー4に寄稿されています。興味深い話です。
http://www.ctk.ne.jp/~kamei-ki/60sinhou.htm
なんだこれ、あや数(怪しい数の別表現)w こんなとこにも人間原理が働いているのでしょうかねえ?
418 NS 2015/07/06 (月) 09:09:09 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
還暦は60歳、十干十二支の最小公倍数ですね。
インド・アラビア数字の2と3は、漢数字の二と三に似ている。
419 takoyaki 2015/07/06 (月) 21:38:57 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
少年時代にグラハム・ハンコックの『神々の指紋』を読んで、古代文明の謎解きに胸を躍らせたのを思い出しました。
420 takoyaki 2015/07/08 (水) 00:16:59 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 08/02 (日) 11:07 [修正] [削除]
・アラビアの有名人いろいろ

「takoyaki が科学史を勉強しようず」久々の本編投稿記事になります。前回が>>193だったので、今回までの間にかなりスレッドも伸びました。皆様、いつも書き込みありがとうございます。

今回はアラビア科学史に登場する有名人を挙げていこうという試みです。
実はこれまで色々調べて、なおかつまだ読み終えていない文献もあるのですが、「ぜんぶ調べ終わってからまとめる」のは諦めました。無理。
代わりに「調査した内容を随時更新していく」というスタイルでいこうと思います。
ギリシアの有名人も後からかなり追加になったし、またアラビアの科学史については系統だった流れを扱った文献が見当たらず、どうもプロの研究者もちゃんと把握できていないんじゃないかという気がしています。

とうわけで、この記事は散漫なうえ長くなりますので、ご注意下さい。


・ジャビル・イブン=ハイヤーン [721頃〜815頃]
アラビアの錬金術の元祖とされる人物です。アッバース朝イスラム帝国の宮廷学者で、ヨーロッパでは「ヘーゲル(またはジーベル)」というラテン名で知られています。
詳しくは>>436


・アッバース朝第7代カリフのマームーン[786〜833]
この人物は科学者ではなく権力者です。しかし、科学の発展に寄与した人物としてよく書物に取り上げられるので、ここに名を挙げておきます。
彼の有名な事業は「智恵の館」の建造です。これは巨大な図書館で、世界中の書物を集め、保管し、それを翻訳し、注釈をつける、ということを国家事業として行っていました。
天文台も併設されていたそうです。
「智恵の館」は残念ながらモンゴル帝国の侵略によって現存しませんが、アラビアの科学を代表する歴史的なシンボルだと思います。
マームーンは教養が高く、ユークリッド幾何学にも精通していたと言われます。


・アル=フワーリズミー [790頃〜850頃]
マームーンに仕えた学者の一人です。
インドの天文学や数学を取り入れて、数学、天文学、地理学、暦学の研究を行いました。数学史の観点から詳しいことは改めて記事を作成しようと思います。
ざっと業績を挙げておきます。
インド由来の十進位取り記数法(アラビア数字)を導入しました。
方程式の移項について記し、それが代数学(アルジェブラ)の語源になりました。
日時計、アストロラーベを自作し、世界地図の作製に携わりました。
太陽高度差を利用した緯度差1度に相当する子午線弧長の測量を行いました。


・アル=キンディー [801〜873頃]
彼もマームーンに仕えた学者です。
哲学者、科学者、数学者、音楽家として、広範な書物をアラビア語に訳す仕事をしました。
また、イスラム哲学の基礎を作った人物として「アラブの哲学者」の敬称で呼ばれています。
気象学、物理学の研究も行っていたそうな・・・。詳しいことはわかりません。
膨大な著作がありますが、その多くが失われています。現存するのは40作(?)それでも膨大ですが・・・


・アル・ラーズィー [865〜925]
ペルシアの錬金術師、化学者、哲学者、医師。
『関連の書』の著者です。実験室の備品などについて説明が詳しいそうです。
彼はエタノールの発見をし、精製も行いました。


・アル=バッターニー [850頃〜929]
シリアの天文学者、数学者。プトレマイオスの天文学を改良したことで有名な人物です。
日時計と高度測定器を備える私立天文台を建造し、精密な観測を行いました。
彼は球面三角法を用いて、正確な恒星表を作成しています。(489個の恒星)
長期間の観測から、黄道傾斜角や太陽の遠地点の位置が移動することを発見し、計算により黄道傾斜角を求めました。
数学では、正弦法の導入、コタンジェント表の計算、球面幾何学の定理、などの業績により、現在の三角関数の発展に大きく貢献したそうです。「サイン」の語源にも関わっていると思われます。


・アル=ファーラービー [870頃〜950]
哲学者、科学者、数学者、音楽家。出身はカザフスタンの辺りと思われます。
イスラム哲学を確立した人物として、またアリストテレスに次ぐ偉人として「第二の師」の敬称で呼ばれており、多岐にわたる著作を残しています。
主に哲学史で重要な人物と思われます。


・イブン・アル=ハイサム [965〜1040]
光学の研究を行った天才です。
バスラの出身。数学者、天文学者、物理学者、医学者、音楽学者で『光学の書』の著者です。
この著作は、光学の諸原理と科学実験手法に詳しく、レンズや鏡を使った屈折や反射の実験が有名です。(「アルハゼンの定理」を発見。)
「光学の父」の敬称で呼ばれています。


・アブー・ライハーン・ビールーニー [973〜1048]
ウズベキスタン出身の著述家、数学者、天文学者、旅行家、哲学者、薬学者、占星学者。
地球の大きさを精密に測ったことで有名。
ウィキペディアには「極めて正確」とあるのですが、『アラビア科学の歴史』によると、「正確な時計がなかったために成功しなかった」とある。うーん、、、辛口ですねぇ。天文学史的には重要な功績を残したと思います。


・イブン・スィーナー [980〜1037]
哲学と医学の分野でヨーロッパに多大な影響を与えた人物です。
数学についても重要な業績を残しているようですが、まだ調査中・・・。
著作『治癒の書』は、当時の膨大な知識を集めた百科事典と呼べるものであり、イスラム知識層への影響力が大きかったようです。「治癒」というと医学書のように思われがちですが、内容的にはアラビア版アリストテレス全集のようなものと思われます。
『医学典範』のほうは、まさに医学を扱った書物で、こちらは17世紀頃までヨーロッパの大学で使用されました。
それ以外には、錬金術(化学)でも有名な人物のようです。


・ウマル・ハイヤーム [1048〜1131]
ペルシアの詩人、数学者、天文学者。
彼の詩集をつい最近古本市で見かけました。私としてはできれば数学・天文学についての功績を取り上げた本が欲しいのですが、残念ながらまだ見つかりません・・・。
実数の概念についてイブン・スィーナーから影響を受けたとか。
たぶん、すごい人です。天才の予感。
(不定解析、多項式の代数学、三次方程式、非ユークリッド幾何学などに関わっているらしい)


・アル=カーシー [1380〜1429]
ウルグ・ベクに招かれてサマルカンドの天文台長を務めた人物です。数学で多くの業績を残していますが、科学史によく出てくるエピソードは「小数」を中国から取り入れたことです。『計算法の鍵』という有名な著作もあります。


・ウルグ・ベク [1394〜1449]
ティムール朝において、サマルカンドの統治者だった人物。かなりの秀才で、自分の統治時代にサマルカンド天文台を建造し、膨大な観測データを蓄積しました。
彼についてはすでにスレッド内で話題になっていますね。>>366>>372>>374


以上です。今後も記事が追加される可能性があります。
421 hirota 2015/07/08 (水) 00:45:59 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
こんな捉え方もあるようです
http://ameblo.jp/bibelot1984/entry-12037935843.html
422 takoyaki 2015/07/08 (水) 01:11:21 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>421

>ギリシアの信仰に興味がなかったイスラム世界によって、宗教的色彩を帯びた「ギリシア哲学」から本格的に「科学」が分離しはじめる。
リンク先のこの一文に、なるほどそれはあるかも、と思いました。
勉強になります。
423 NS 2015/07/08 (水) 07:29:36 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさんのアラビア科学史、始まりましたね(^^)
アル・フワーリズミー
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%83%BC
「アルジェブラ」は彼の著書の名前に由来し、「アルゴリズム」は彼の名前に由来するようです。
424 NS 2015/07/08 (水) 07:40:20 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
ウマル・ハイヤーム
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%A0
確かにすごい人ですね。
二項展開、非ユークリッド幾何学も予見していたようで、イスラムの教義と衝突したり。
有名な「パスカルの三角形」はイランでは「ハイヤームの三角形」と呼ぶそうです。
425 takoyaki 2015/07/08 (水) 22:43:47 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
フワーリズミーについて、「この人が方程式を使って機械的に変数を求めるという現代的な計算法を生み出したのだ。方程式の発明者だ!」と言いたいのですが、なかなかそこまで断言する書物には巡り会いません。「大きな貢献をした」など、ちょっとぼかした表現がなされています。
たとえばニュートンだったら「力学を作った!」と大々的に取り上げられるのに・・・。

実際にフワーリズミーの計算法について本に載っている例示を見ると、確かに思っていたのとちょっと違ったりします。私としては学校でよくやったように右辺を0にして、見通しを良くしたいのに、なぜかいつも左辺と右辺にそれぞれ変数があったりして、何がしたいのかよくわからない。
それでもギリシアの『原論』に比べれば、画期的な発想の違いがあるのは読み取れます。

重要なのは、まず彼が十進位取り記数法を採用したこと。そして、計算の過程を紙に書いたことだと思います。インドでは板書を使っていたので、消しては書き直すの繰り返しでした。でも、フワーリズミーは紙に問い立てから結論までをすべて(ギリシア人のように)残すことができ、それについての分析や修正もできました。いいとこ取りです。
このような作業の繰り返しから、方程式の移項の概念が生まれ、さらには「幾何学と直接に結びつかなくても方程式さえ満たせば、もう数の概念として認めてもいいのでは?」という、いわゆる代数学(アルジェブラ)にも繋がっていったのではないかと推測します。
426 NS 2015/07/08 (水) 23:34:43 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
また古い本ですが、遠山啓「新数学勉強法」によると
フワーリズミーは二次方程式を六つに分類し、それぞれ別の解き方を与えたとあります。
@lx^2=mx
Alx^2=n
Bmx=n
Clx^2+mx=n
Dlx^2+n=mx
Elx^2=mx+n
もちろん現代では二次方程式の解の公式は一種類で、それだけ一般化されています。
フワーリズミーは0や負の数を知っていたでしょうに、なぜこんな回りくどい書き方をしたのでしょうか?
427 takoyaki 2015/07/08 (水) 23:59:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>426
そうなんですよね・・・。

どこにも解説がないんです。
何か用途があったのではないかというのが推測なんですが、イスラム文化の特徴はローマの文化と似てるところもあるのですが、「実務的」であることが重要なんですね。
橋を造ったり、比重で金属の質を確かめたり、借金の計算をしたり、数学をやるのは、あくまで神の与えてくれたものを人間の生活に役立てることが目的、みたいなところがあります。
もちろん学者の中には、俗世から浮遊した抽象世界の天才もいるのですが、文化としては「実務的」なんですね。
だから、フワーリズミーの目指したものはひょっとしたら、ハウツー本だったのかも、なんて思ったりします。〇〇をするときは〇〇の公式を使ってね、みたいな。
ちがうかなー。
428 サンマヤ 2015/07/09 (木) 02:13:42 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
>>426
アル・フワリズミが負の数を知っていたというのはどこかで言及ありましたっけ?

アル・フワリズミの計算方法は、2乗=正方形、1次式=長方形、
のように面積計算に帰着していたはずなので、全部足し算で表現したと記憶しています。
どこで読んだかは忘れました・・・
429 NS 2015/07/09 (木) 09:18:41 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
実は、遠山啓は「フワーリズミーは0や負の数を知らなかった」と書いています。
これはおかしいと思ったのですが、やはり正しいかもしれません。
インド人は0を発見していたと言いますが「空位を表す記号としての0」が発見された後も、
「数としての0」の発見は遅れたと言われます。
フワーリズミーは「数としての0」は知らなかった?
430 しばせん 2015/07/09 (木) 12:21:33 ID:kwVnRqPi5U [修正] [削除]
できることなら、takoyakiさんも参考文献を明記して下さると助かります。
431 takoyaki 2015/07/09 (木) 15:29:34 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>430
かしこまりました。もし、これまでの記事の内容で元ネタになった本を知りたい場合は、ご質問下さい。メモを残しているので、だいたい答えられると思います。

また、これ以降の記事ではなるべく文献も明示するように心掛けたいと思います。
ご意見ありがとうございます。
432 takoyaki 2015/07/09 (木) 16:29:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>428
>アル・フワリズミが負の数を知っていたというのはどこかで言及ありましたっけ?
これまで言及はしていなかったと思います。

>アル・フワリズミの計算方法は、2乗=正方形、1次式=長方形、
>のように面積計算に帰着していたはずなので、全部足し算で表現したと記憶しています。
このあたりを図を使って説明している本を今日見つけたのですが、時間がなくてメモを取れませんでした。(2次方程式の解の公式と負数の関係が重要そうですね。)
>>427の推測は的外れだったと感じています。

>>429
「数としての0」というのは、ちょっと解釈が難しいですね。どのような記述があれば、その概念を持っていたと判断できるでしょうか。(「任意の数を0で割るとどうなるかについて考える」は、それに該当すると思いましたので、以下に参考文献からの引用を示します。)


以下、今日調べてきた文献からの引用です。
『要説 数学史読本5』 佐藤健一 編著
------------------------------------------
p10
ブラフマーグプタ(Brahmagupta、インド598〜660)は、どんな計算にもゼロの使用を認め、またゼロの使い方の研究をした。また、マハーヴィーラ(約850)はゼロで割ることは被除数になんら効果を与えないとしている。バースカラ(1114〜約1185)は、a/0を1つの数と見なし、これに何を加えても変わらないとしている。(今日の無限大)

p14
ブラーマグプタ(598〜660ころ)は、628年にブラーマグプタ・シッダーンタを著し、その中で負数の法則を与え、2次方程式を解いている。
すなわち<tex>ax ^{2} +bx=c</tex>の解は

<tex>x= \frac{ \sqrt{ac+ \left( \frac{b}{2} \right)  ^{2} } - \frac{b}{2} }{a} </tex>

としている。

p15
デカルト(フランス1596〜1650)の時代になって、座標の観念が生まれて、初めて負数は数として認められるようになった。(数直線上に、正の数、ゼロ、負の数を幾何学的に表現した)

-------------------------------------------(引用ここまで)

※同じ本に「ブラフマーグプタ」と「ブラーマグプタ」という人物が出てくるのですが、生没年が同じことから、おそらく同一人物と思われます。(フワーリズミーより少し昔の人ですね)
けっこう、校正の人は文法以外チェックしてないだろうと思うことが多々あります。

※引用元の「解の公式」ですが、cの符号が違うだけで、中学校で習うものと同じです。

この本から推測できるのは、たぶんフワーリズミーは翻訳の仕事を通してインドからゼロも負数も学んでいたのではないかということです。ただ、それは私たちにとってのゼロ、負数とは違って、別の理解をしていた可能性は大きいと感じました。というのは、この時代まだデカルト座標の概念が生まれていなかったからです。
2次方程式の解の公式自体は代数学的ですが、実際には面積と辺の関係で捉えていて、答えに負の数と正の数が出てきたときに、正の数だけ答えとして認める、みたいなことが行われていたのではないかと。
現代的な数学の祖と認められるにはデカルトの時代の代数幾何学まで行かなければならないのでしょう。そういう意味で、数学史での評価も「大きく貢献した」のような少しぼかしたものになってしまったのではないかというのが、今の私の認識です。

ちなみにバースカラは「負の数は、お金の計算をするときの負債として捉えることができる」とはっきり言及していますから、代数幾何学ではないけれど数直線での負の数の理解は古くからインドにあったという気がします。いつから?と言われるとわからないのですが・・・
433 NS 2015/07/09 (木) 18:55:01 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>432
ブラーマグプタは7世紀に、すでに負の数を負債にたとえていたようです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E3%81%AE%E6%95%B0%E3%81%A8%E8%B2%A0%E3%81%AE%E6%95%B0
コンスタンス・レイドは「ゼロから無限へ」で次のように書いています。
「12世紀のころ、インドの数学者バスカラは、二次方程式x^2-45x=250の解として
せっかく50と-5を得ながら、「あとの値は捨てる。どうしてかというと、-5は
数とは考えられないからだ」といっている。」
負の数は迷いと疑惑を持って見られていたのでしょうか。
インドでは負の数は数字の上に点を打って表しており、現代のように負の数を表記したのは
天文学者ティコ・ブラーエに始まるという説があります。
434 サンマヤ 2015/07/09 (木) 22:51:25 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
自分がみた本を確認しました。
数学の歴史 −和算と西欧数学の発展(小川・平野) 朝倉書店
です。

アル・フワリズミの時代には、代数的な操作を知っていたというか、
「手順」としてそういう手があるということは理解していても、
いまのような代数的な式変形にまでは至っていない、ということなんでしょう。
解法も面積の問題に帰着させることによってその正当性を「証明」しているようですから、
まだ、代数が独立した数学的方法にはなっていない、ということが言えるのではないでしょうか。

負の数については、「可能性」を知っていることと、
「数の一員として認める」ことの間には大きな隔たりがあるのでしょうね。
ちょうど負の平方根というのを考えることができるのに、
解なし、としていたことのように。

当該本より引用 p.214から
-引用
問題に対し,まずは解法(計算)の手順を文章(言葉)で述べ,
その後で幾何学的な説明(証明)を施している.その意味では,
彼の解法は計算と幾何学の二重構造ということができる.
また,これは方程式の解法に関する時代的特徴であるが,
アラピアにおいても具体的問題を対象にするという意味で
負数の解は扱っていない.このことは,幾何学的な説明に正当性
を与えていると考えられる.
-引用終わり

なので「実務的」という観点もあながち間違いではないようです。
435 takoyaki 2015/07/09 (木) 23:40:01 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
おかげさまで、フワーリズミーのことが色々とわかりました。
当時の「証明」についてはギリシアの幾何学的精神の影響がやはり強いということでしょうか。

ウィキペディアの負の数の歴史は面白いですね。
計算手法としては古くから知られていながら、認める/認めない、ということについては随分と長い歴史があるようです。
NSさん、サンマヤさん、ありがとうございました。

次の投稿ではアラビアの錬金術について取り上げてみようかなと思っています。
436 takoyaki 2015/07/11 (土) 00:11:08 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アラビアの錬金術について

>>420にジャビル・イブン=ハイヤーンを追加します。錬金術についてはかなりの有名人だそうで・・・)

私は錬金術あまり詳しくないのですが、本にはこんなこと書いてあったよ、というのをピックアップしていきたいと思います。


『科学と技術の歴史』 菊池俊彦 編著
錬金術は12世紀ころ入り、13〜15世紀に全盛期をむかえた。卑金属から貴金属をつくろうとするこの術はアレクサンドリアで興り、アラビアで理論化され、ジャービル=イブン=ハイヤーン(ゲーベル)はとくに有名であった。四元素の混合の割合を変化させることで金属変換が可能であると考えた。そのための錬金薬「エリキサ(賢者の石)」を求め、錬金術師は蒸留その他の操作をした。悲喜劇をくりひろげる欲望の夢の中から、化学器具の発展、そして化学誕生の準備がなされた。


『知識ゼロからの科学史』 池内了 著
ジャビル・イブン=ハイヤーンは多くの成果を上げたとされるが(塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、王水などの発見・精製、蒸留装置「ランビキ<レトルトとも>」の発明など)、半ば伝説化されており、真偽は定かでない。膨大な著作を残したとされるが現存するのはわずかである。しかも別人が名をかたって書いたと思われる書物もあり、実体はますますわからない。


『はじめて学ぶ 科学史』 山中康資 著
アル・ラーズィーはエタノールを発見し、精製も行った。彼の著した『関連の書』には、実験室の備品などについて詳細な説明がある。
その後の錬金術の発展では、「アマルガム法」の発見がある。水銀には他の金属を溶かす性質があり、水銀に他の金属が溶けたものを「アマルガム」という。これを応用して、金の冶金やメッキ法が開発された。水銀は錬金術の中心であり、「賢者の石」の噂が広まったが、詐欺が横行し、錬金術師の信用が失われていく結果となった。


『イスラーム科学の残影』 木場公男 著
ムスリムは、鋼の製造、研磨をいち早くマスターした。又、硝酸、硫酸、ニトログリセリン、塩酸、カリウム、水酸化アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸銀、硫酸化合物、アルコール、アルカリなどを製造しはじめた。


以上です。
まぁ、色々やってたみたいですね。
たぶん金のメッキ法が発明されて、金メッキを「純金です」と偽る詐欺が横行したんじゃないかなー、なんて思ったりしました。
437 hirota 2015/07/11 (土) 00:37:55 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
メッキの歴史は古く、古代エジプトの女王のネックレス等に金メッキがされていた
http://www.opt-jp.com/docs/produse/plating.html
438 NS 2015/07/11 (土) 04:28:13 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
化学の歴史は、原始時代の火の発見まで遡れそうです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
文明の初期には金属の精錬や合金の製造(冶金術)が可能になりました。
錬金術と化学の関係は、占星術と天文学の関係に似ています。
「数百年に及ぶ中世に、数えきれないほどの錬金術師たちが、その全人生を費やして、
元素を転移させる「炉」を探し求めたが、その試みはすべて失敗に終わった。
絶望の中でふと見上げた夜空に輝く星の一つ一つが、まさにその炉なのだとは、
彼らには思いもよらないことであったろう」
(「方励之が語る宇宙のはじまり」方励之・李淑嫺著 佐藤文隆・青木薫訳)
439 takoyaki 2015/07/11 (土) 16:26:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>437
メッキって、そんなに古い時代からあったんですね。

金メッキはスキタイ族が発祥(?)という説も。
http://www.tmk.or.jp/history_02.html

>>438
>絶望の中でふと見上げた夜空に輝く星の一つ一つが、まさにその炉なのだとは、
>彼らには思いもよらないことであったろう
なかなかいい言い回しですね。
440 NS 2015/07/11 (土) 20:27:26 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>439
方励之は政治的に迫害されて苦労した人ですね。
李淑嫺さんは夫人で、中国は夫婦別姓です。
というか、東洋では夫婦別姓が基本で、日本は明治維新で西洋を真似て同姓にしたのです。
青木薫さんは京大の女性研究者ですが、佐藤文隆氏の妻ではありません。
翻訳には相当苦労したようで、あとがきで中国文学者の筧久美子さんに謝意を表しています。
441 takoyaki 2015/07/14 (火) 22:09:45 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ヒュパティアについて追記です。

『男装の科学者たち〜ヒュパティアからマリー・キュリーへ』マーガレット・アーリク著

という本を今日はご紹介します。
この本は「女性科学者」に焦点を当てた貴重なテーマの本です。図書館に置いてあったのにこれまでずっと気づかずに見過ごしていました。ヒュパティアについてはこの本のp54〜p60にかけて取り上げられています。
これまで読んできた資料の中では圧倒的に情報量が多いです。もしヒュパティアについて調べるなら、是非目を通しておきたい資料といえるでしょう。

ヒュパティアについてはこのスレッドの>>157>>349にて、すでに取り上げております。
もともと才女だと思っていましたが、この本を読んでさらに才女のイメージが強まりました。また、ヒュパティア以外のギリシアの女性知識人についても具体的に述べられているのも嬉しかったです。かなりマニアックですけどね・・・
442 NS 2015/07/14 (火) 23:02:44 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>441
>ヒュパティア以外のギリシアの女性知識人

ヒュパティア以前の時代でしょうか。「知識人」というと、科学者とは違うのでしょうか。
こんなサイトもあります。
http://www.wiquitous.com/mathlog/?m=201009
443 takoyaki 2015/07/14 (火) 23:22:16 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>442
ありがとうございます。

>ヒュパティア以前の時代でしょうか。「知識人」というと、科学者とは違うのでしょうか。
ちゃんとメモをとってこなかったので名前まで答えられませんが、例えばピタゴラスの妻などを「数学者」として取り上げていたと思います。なので、ヒュパティア以前の時代から扱っていると言えます。
「知識人」という呼び方は特に「科学者」と分けるつもりで使ったわけではなく、要するに「学問を主体的に行っていた人物」という意味です。ただ、数秘術的な、シャーマンちっくな側面も持ち合わせていそうだと個人的に感じました・・・。
444 サンマヤ 2015/07/14 (火) 23:51:33 ID:p9sSs48hHk [修正] [削除]
>>442,443
科学史を学んでいらっしゃるならもうご存知かと思いますが、
「科学者」という呼び方は19世紀ぐらいにできたものであって、
ギリシア時代の人に「科学者」の呼び名をつけていいのか、
ということはけっこう論争の的になっているテーマです。
なのであえて「知識人」や「自然哲学者」といった言い方をすることが
多いのではないかと思います。
それは現代の「科学」に連なるような人間の知的な営みの中で、
どこが「科学」とそれ以前を分けているのか、
どこが同じなのか、といった「科学とは何か」という問いとも
無関係ではないと思います。
445 NS 2015/07/15 (水) 11:55:45 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>444
そうですね。
>>256 辺りで書き込んでいました。
>>368 で書いた寺田寅彦の分析も参考になりそうです。
446 takoyaki 2015/07/15 (水) 14:10:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>429 「ゼロの発見」について追記です。

図書館にまた新たな本が入荷しました。(やったー。)

『数学史 数学5000年の歩み』 中村滋・室井和男 著  共立出版
(2014年11月初版)

最近の本なので数学史の最新の動向が読み取れるのでは、と期待して内容を見てきました。
ゼロの発見についてはこの本のp133〜p135で取り上げられています。
以下、その内容を要約します。

----------------------------------------------------------------------

 バビロニアでは、すでに前2千年紀に位取り法が使われていた。当時はまだ"空位"を表す記号はなく、数字と数字の間を少し空けるだけだったので、不完全な位取り法だった。句読点を表す記号が工夫されて空位を表せるようになったのは、前数世紀からである。

 空位を表す記号、すなわち”記号としてのゼロ”を最初に使ったのはバビロニアだが、プトレマイオス朝のエジプトでも使われ、また3〜9世紀頃に栄えた中米のマヤ文明にも専用の記号があった。

 インドでは5世紀頃から使われていたようだが、現在確認されているのは8世紀の銅板で、周辺の東南アジア諸国では、7世紀の終わり頃から小さな点または小さな円が碑文に使われていた。
(本には写真と図が掲載されている)

 ところで、インドでは6世紀から7世紀にかけて空位を表す”記号としてのゼロ”が計算に使われる”数0”になっていく。おそらく記号ゼロが普及した後、インドでは筆算で計算するようになったからだと思われる。これが本当の「ゼロの発見」で、こうしてインドの数字体系は完成したのである。

なお、インドにおけるゼロの発見について、宗教または哲学上の「空虚(シャーニヤ)」「空性」に関連させる説は林盛夫によって明確に否定された。

--------------------------------------------------------------------------

マヤや東南アジアについても取り上げられていて大満足です。
記号としてのゼロは、どこの文明にもあったと見ていいのでしょうね。中国にだって記号はなくても、そろばんを介して空位の表象はあったと思います。

じゃあ、なんでインドはすごいの?
これはやはり十進位取り記数法の筆算で0や負数を扱ったことにあるのだと思います。
アラビアでは、ギリシアの幾何学精神との融合が起きていったん半後退しますが、デカルトの時代のヨーロッパで代数幾何学が生まれて、ゼロとは何か、ということがハッキリしてきたのではないでしょうか。で、結局ゼロの起源はどこだったのだろう?と思う。
バビロニアと答えるのも1つの答えだと思います。インドも、アラビアも大きな役割を果たしました。
なお、インドの筆算については以前に>>182でも取り上げています。

林盛夫という方については、残念ながらググってもどういう方なのかわかりませんでした・・・
昔の本ではけっこう「空」の思想と結びつける論調を見るのですが、最近はそういう見方をしなくなってきたのかもしれませんね。
447 NS 2015/07/15 (水) 18:57:05 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 21:41 [修正] [削除]
ゼロの発見について、今は研究が進んでいるのですね。
私が以前に読んだレイド女史の「ゼロから無限へ」という本では、特にギリシアでゼロが発見されなかった理由について
ギリシア人は計算を軽視し、奴隷がすべき卑しい仕事と考えていたのだろうと推測していました。
ゼロを知らなくても素数の無限性の証明は出来ます。
逆の話もあって、むかしイギリスにいた暗算の名人コルバーンは数学教育を受けたら暗算の能力を失ってしまったとか。
遠山啓さんなどは、日本の戦前の数学教育は暗算の偏重など多くの欠点があり
数学嫌いを大量生産しただけだと酷評しています。
難しいですね・・
448 takoyaki 2015/07/17 (金) 00:20:24 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
歴史って「変わらないもの」というイメージが強いですが、実は研究が進むことで内容が変わったりしますので、そこは注意が必要かもしれませんね。トロイの遺跡も発見されるまでは空想だと思われていましたし、最近では「四大文明」という考え方もしなくなってきたという話を聞いたことがあります。これは大河の流域以外の土地で先史時代の都市が多く発見されたのが理由だとか。

>ギリシア人は計算を軽視し、奴隷がすべき卑しい仕事と考えていたのだろうと推測していました。
たとえばインドでは数学を書き残しているのはバラモンですが、民話の中では実際の計算はレンガ職人のほうが速くて正確だった、なんて話も出てきますから、もしかしたら理論家と実務家の心の壁はあったかもしれませんね。

>暗算の名人コルバーンは数学教育を受けたら暗算の能力を失ってしまったとか。
知能の仕組みを知るうえで興味深い話ですね。

ゼロの発見については、あまりインドにこだわる必要も薄れてきたのではないかという気が正直しています。マヤは二十進法ですが、ゼロの概念も持っていたようで、だいたい似たようなことをやっていたんじゃないかな。天文学も発達しているし。人間はどこでも数学(自然哲学)をするのだと思います。書き残していなくても、頭の中にゼロの感覚は自然とあったと思います。
449 NS 2015/07/19 (日) 22:34:18 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>448
中国でも黄河文明以外に長江文明、遼河文明などが発見され、日本史との関係でも興味深いですね。
北朝鮮は「大同江文明」を主張していますが、さすがに無理がありそうです(^^)
最近、高松塚古墳の壁画に描かれた星空が高句麗の都・平壌のものではなく、中国の洛陽・長安の緯度だというニュースがありました。
実は一部の古代史家は古くから、高松塚の壁画は明らかに中国文化だと言っていました。
450 takoyaki 2015/07/21 (火) 23:51:39 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>449
図を見て「洛陽・長安の緯度だ」と分かる専門家の方もすごいですよね。

次の投稿記事では中国の科学史を簡単にまとめたいと思います。
あまり長く寄り道をするつもりはありません。
ただ、一応中国のことも調べましたよ、という何でしょう・・・誰に対するアピールなんでしょうねぇ。いや、自己満足かな?
451 takoyaki 2015/07/31 (金) 20:21:46 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 08/30 (日) 21:24 [修正] [削除]
さぁ、中国科学史をやりますぞ!

今回は『図説 中国の科学と文明』(ロバート・テンプル著)
という本を資料に、私が要約した内容をアップしていきます。
本当は他の資料も読んで比較をするべきかもしれませんが、今回は手を抜いてしまいました。でも、内容は資料のボリュームが充実しているので、それなりに濃いと思います。
取り上げるのは、私が興味を持った以下の項目です。
さすがに本の内容すべてを引用するのはためらわれるので、中国科学史についてより詳しく知りたい方は本の購入、もしくは図書館で探すなど、お願い申し上げます。農業や工業、医術のことなど、私がここで取り上げていないこともたくさん載っているのでオススメですよ。

<取り上げるネタ>
・十進法 >>452
・ゼロの位 >>453
・負数 >>454
・累乗根の開法と高次数値方程式の解法 >>457
・小数 >>458
・幾何学における代数の利用 >>461
・天文学 >>464
・紙の発明 >>467
・羅針盤の発明 >>472>>476
・火薬の発明 >>480

最後に、中国が近代科学に乗り遅れたのはなぜかについて考察してみたいと思います。
452 takoyaki 2015/07/31 (金) 20:37:32 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国科学史 十進法>

中国における十進法の使用は前14世紀、「商」の時代にまでさかのぼることができるそうです。
前13世紀の甲骨文には547日が「五百と四十と七日」と書かれています。

さて、ここでいう十進法とはインドの記数法と違い、算盤(そろばん)のことです。中国人は算木の配置によって数を「記す」という方法をとっていました。計算過程を残すことはせず、計算結果だけを漢字で書き残したようです。(漢字だけで計算するのは、さすがに大変そうですね。)
そのような事情もあって、十進法の計算がいつ始まったのか、時代の特定は困難です。しかし概念としての十進法はかなり昔からあったものと推測されます。
453 takoyaki 2015/07/31 (金) 20:54:27 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国の科学史 ゼロの位>

従来とくに西洋では、ゼロの記号「0」の起源は9世紀のインドとされてきました。なぜかといえば、870年の日付がインドのグワリオル碑文に刻まれているので、それが証拠というわけです。

しかし、カンボジアとスマトラの碑文にも「0」の表記は存在し、しかも年代は両方とも683年です。
スマトラ沖のバンカ島にも686年に記された碑銘があるそうです。

『中国の科学と文明』の著者は、「0」がインドシナ半島経由で中国からインドに伝わったと考えているようです。

残念なことには、この主張は状況証拠からの推測に過ぎません。
少なくとも中国において前4世紀には算盤上の空位を表す空白が存在した確かな証拠があるそうです。しかし、その空位に「0」の表記を当てて、初めて印刷物に登場したのは1247年、それが少なくとも1世紀前よりは早く使われていたであろうことまで著者は調べたそうですが、これ以上のことは「たぶん永遠にわからないだろう」と語っています。
454 takoyaki 2015/07/31 (金) 21:07:32 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 21:58 [修正] [削除]
<中国の科学史 負数>

中国では前2世紀には負数が認められ使用されていました。
ヨーロッパでは負数が認められるまで非常に長い年月と議論を要したわけですが、中国ではそもそも負数の何がいけないというの?というくらいドライに受け止めていたのかもしれません。
おそらく負数の概念は算盤の上に自然と現れたのでしょう。

ウィキペディアには正数を赤い算木、負数を黒い算木で表したとありますが、他にも流儀は色々とあったようです。3世紀(三国時代)の数学者である劉徽は(特別な算木が使えない場合は)負数の算木を斜めにおくことで正数と区別したとあります。
455 NS 2015/08/01 (土) 01:49:00 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>451
「図説 中国の科学と文明」
おお!私が木曜日に図書館で見かけた本と同じですね。
赤っぽい表紙の、小さいけど分厚い本ですね。
その本によると、現代の科学文明の半分以上は中国に由来するとか。
必ずしも誇張ではないかも、と思います。
天文学も、ヒッパルコスに匹敵する石申・甘徳の星図などが紹介されていましたね。

最近暑さでバテ気味ですが、掲示板は見ておりますよ。
また涼しくなったら書き込むかもしれません。
456 takoyaki 2015/08/01 (土) 10:16:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
暑いですね〜。

中国史の研究者→中国びいき
インド史の研究者→インドびいき
アラビア史の研究者→アラビアびいき

もうこれは、しょうがないですね。
それぞれの本を読むにつけ「これぞ真実に違いない」という気持ちにさせられます。
でも昔の人だって色々な交流があっただろうから、本当は文化や知識も程よくミックスされているんでしょうね。

いやぁ、暑いです。
457 takoyaki 2015/08/02 (日) 00:08:54 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 00:55 [修正] [削除]
<中国の科学史 累乗根の開法と高次数値方程式の解法>

古代中国の数学史を語るうえで欠かせないのが『九章算術』です。
前1世紀に編集された数学書で、その中では代数問題を扱っています。

8160867の立方根を求めよ。(←1860867でした。失礼しました)

例えばこういう問題が載っています。私は解けないです。と言いつつ、とりあえず自分がやりそうなところでは、3桁の数字でそれっぽいのを勘で試して近づけていくとかかな。もしも勘で無理なら頑張ってうろ覚えのテイラー展開を必死にやるかも。でもテイラー展開は予備知識無しに自力で思いつく方法じゃないですね・・・。ちなみに答えは「123」らしいです。なんだか答えに人間味があってクスリと笑ってしまいました。古代中国人も素朴さは私たちと同じなんですね。

『九章算術』で用いられている方法はヨーロッパで1819年にW.G.ホーナーが考案した「ホーナー法」に似ているそうです。ホーナー法とは、方程式の根を求める技法で、近似値の計算を繰り返し、その都度前の段階より正確になっていく、というアルゴリズムのようです。詳しくは私にはわかりませんが・・・。

さて、実はホーナーより以前にラグランジュ(1767年)も同じようなアルゴリズムを作っていたそうです。しかし、こちらは連続した分数を用いたために、あとで小数に変換するのが手間だったとか。

面白いことに、これと同様なことが中国でも起きていました。中国では分数を使う「ラグランジュ法」は前1世紀までに開発され、3世紀に劉徽によって「ホーナー法」に改善されています。彼らの方法は、基本的には「ストゥルムの定理」による一般的解法の特殊な応用(1835)で、それは彼らの業績を土台にしたものだった、と著者は述べます。
(「ストゥルムの定理」とはなんだろう?それもわからない・・・)

とにかく中国人はけっこう凄いことをやっていたのです。私は驚きました。

つづきですが、中国で最初に3次方程式の解法を見つけたのは7世紀の王孝通でした。

また、1248年と1259年に公刊された2冊の書物に、数学家の李治は次のような方程式を載せているそうです。
(本当は漢字なんですけど。)

<tex>ax ^{6} +bx ^{5} +cx ^{4} +dx ^{3} +ex ^{2} +fx+e=0</tex>

<tex>-ax ^{6} -bx ^{5} -cx ^{4} -dx ^{3} -ex ^{2} -fx-e=0</tex>

6次方程式ですよ。やる気満々ですね。
ところで、なぜこの方程式には係数eが2回出てくるのでしょうか。謎です。
458 takoyaki 2015/08/02 (日) 00:33:00 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 11:00 [修正] [削除]
<中国の科学史 小数>

「小数」と言えば、中国数学の十八番ですね。野球の打率で「3割3分3厘」などと言ったりするのは、小数を表すための漢字「分」「厘」が中国に元々あったからです。調べてみると10のマイナス24乗まで名前があるみたいですね。よーやるわ、と感心します。
(それでもプランク定数には及ばないか・・・6.62606957 × 10^-34 m^2 kg / s)

小数の始まりですが、紀元5年の劉徽の碑文に、ある単位でちょうど「9.5」の長さのことを記してあるそうです。著者によると、小数はおそらく前数世紀から存在しただろうとのことです。

635年の『隋書』には「π」の値を小数の入った3.1415927として、さまざまな漢字で表わされています。これをやめて、現代の十進記数法のように数字だけ並べて表した最初の人物は8世紀の韓延という人物だそうです。

<追記>
小数の概念は中国からアル=カーシーに伝わりました。アル=カーシーはサマルカンドの天文台長を務めた人物です。アラビアの有名人に取り上げるべきか迷ったのですが、手元にある情報が乏しくて・・・
でも、たびたび本に登場する名なので、やっぱり挙げておこうかな。
(げげ、ウィキペディアで調べると、とんでもない天才肌の人物だ。)
459 hirota 2015/08/02 (日) 00:42:18 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>>457
暗算で合わないので確認したら $123^3=1860867$ ですね。
460 takoyaki 2015/08/02 (日) 00:56:29 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>459
ありがとうございます。
修正を入れさせて頂きました。
461 takoyaki 2015/08/02 (日) 10:45:32 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国の科学史 幾何学における代数の利用>

3世紀の『海島算経』では、そこで扱っている一連の幾何学的命題に対し代数の形式で表しているそうです。
同じ算術書と言えども具体的な数値の入った問いを列挙していくタイプの算術書と比べると、代数を使うと言うことは、一般解を求めると言うことですから、より抽象性の高い数学になっていると言えるでしょう。著者によれば、世界で初めてそれを行ったのが中国人であるとのことです。(本当かな?)

『中国の科学と文明』には竹がポキッと折れて、先端が地面に触れているような墨絵があり、竹と地面の作る三角形に対して読めない漢字で色々と解説が書かれている図が出てきます。同じ数学でもギリシアの石の文化とはまた趣が違い、なかなか楽しい味わいのものです。

これらの技法が西方に広がってアラビアに伝わったのが842〜847年、かの有名な数学者アル=フワーリズミーがカリフの使節としてカザリアに送られた時だそうです。

この方法を最初に使用したヨーロッパの人物は、またまた有名人のレオナルド・フィボナッチです。彼は1220年の『幾何学の実際』において、三角形に関する幾何学的問題を解くのに代数を使っています。

・・・そういえばフィボナッチも>>2の人名リストに加えるつもりだったのに忘れていました。
追加しておきます。
462 宇宙な人 2015/08/11 (火) 16:03:34 ID:KliASJ/1Ww [修正] [削除]
皆さん、お久しぶりです。
光速度近いロケットに乗ってないのに、久しぶりに覗くと浦島太郎になった気分です。

>>457
この6次方程式は凄いですね。
確かガロアが5次方程式の解に挑戦していましたが、それより遥か昔に、中国で挑戦していたのですね。

takoyakiさんの研究発表で
近代科学=ヨーロッパ
という先入観が崩れそうです。
463 takoyaki 2015/08/11 (火) 22:38:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
宇宙な人さん、こんにちは。

コメントありがとうございます!お久しぶりですね。

「近代科学」というと、やはり私もヨーロッパかなと思いますが、それはつまり集団の波が最初に現れたのがヨーロッパだったということだと思っています。
何が言いたいかというと、「単発」ならいつの時代も、どこかにそういう人はいたということです。
そういう人、というのはどういう人か。

6次方程式とか、「自分だったら絶対やらない」と私は思うのです。
でも、その考えは間違っていたと最近思うようになりました。
なぜかというと「まだ誰もやっていないことをやりたい」という本能が人間にはあるからです。
自分もそういう気持ちを理解しはじめると、「あ、案外やっちゃうかもしれないな」という気がむしろしてきます。

あらゆる分野で、オカルトも含めて、人類は脈々と「今まで誰もやらなかったことをやってみたい」と挑戦してきたわけです。
それこそ科学史の根底にあるものではないかと。

その想いに国境はなかったんですよ。
464 takoyaki 2015/08/12 (水) 23:38:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国の科学史 天文学>

中国の天文学も他の文明がやったのとだいたい同じようなことをしているようです。

ただ、興味深いのは、恒星の動きだけでなく、太陽黒点や彗星についての詳しい記録も残っているということです。

黒点の観察は、なんと紀元前4世紀ころから行われていました。
ガリレオが知っていたら、データを欲しかったでしょうね。

彗星については『中国の科学と文明』に次のような説明があります。
「1500年までに現れた40ほどの彗星のほぼ正確に近い軌道の計算は、ほとんどすべて中国の観察記録に基づいている」

本当にとても詳しく記録が残されているのです。いつごろどの星のそばを通ったとか、1つの彗星について何行にも渡って書かれています。
また、超新星爆発の記録なんかも日付と位置が正確に残されていたりしますね。

というわけで中国は天文学に大きく貢献しています。


余談ですが、中国人は「太陽風」に気づいていたと言います。これは彗星の尾が太陽から遠い方向を指すことを知っていたからです。ただし、彼らはそれを「気」の概念として理解していました。


それから、後漢代の有名な科学者として張衡を紹介したいと思います。

張衡(ちょうこう) [78-139]
この人物は水力で動く歯車式の渾天儀を作ったことで有名な人物なのですが、他にも地震計の発明者であったり、方格法の地図を考案したりしています。
ウィキペディアによれば円周率の計算をしたり、月が球形であり太陽光を反射していること、月食の原理も理解していたとあります。

方格法というのは、地図にマス目を入れて距離を正確に表したものです。
これは軍事戦略上とても重要な情報だったため、たくさんの地図が作られ、また抹消されました。敵の手に渡るのを恐れたためです。

方格図というのは、マス目の中に地名を書き入れただけのものも存在します。
これを遠目に見ると、白のマスと黒のマスが不揃いに並び、まるでセルオートマトンのように見えます。
465 NS 2015/08/13 (木) 07:25:42 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>464
古代のハレー彗星の記録、1054年のカニ星雲超新星の記録など、中国の古記録はとても重要です。
斉藤国治「星の古記録」第九章「ガリレオ衛星は中国で発見されていたか」によると
紀元前364年に甘徳は歳星(木星)のそばの「小赤星」について記録を残しており
これは木星の衛星ガニメデではないかということです。
466 takoyaki 2015/08/14 (金) 18:22:49 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 18:45 [修正] [削除]
>>465
NSさん、こんにちは。

>紀元前364年に甘徳は歳星(木星)のそばの「小赤星」について記録を残しており
>これは木星の衛星ガニメデではないかということです。
これが本当だとすれば凄いことですね。木星の衛星なんて肉眼で見えるものなのでしょうか。

古代中国ネタは探せばまだまだ驚きの発見がありそうな気がします。

467 takoyaki 2015/08/14 (金) 18:42:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国の科学史 紙の発明>

紙は遅くとも前2世紀には中国で発明されていました。最初期の紙というのは、叩いてバラバラにした麻の繊維を集めて作られたものです。ところで、そんな「紙のようなもの」の最初の用途は何だったのか、ご存知の方はいらっしゃいますでしょうか?

答えは、防寒用の衣服です。

記録用ではないんですね。
現存する最古の紙は西安近郊の墳墓で発見された前140〜87年のものとされています。私たちが普段持っている紙のイメージとは違い、ゴワゴワとした素材で、それこそ衣服に使えるくらいけっこう丈夫だったようです。

これがいつの間にか、字を書き記すためのものとして使われるようになったわけですが、それがいつ頃のことなのかは定かではありません。いちおう現存するものとしては、内モンゴル自治区の見張り台の廃墟下から発見された、二十字あまりの文字が書かれた紙があります。この紙は110年頃に中国軍が捨てていったものと推定されています。
468 NS 2015/08/14 (金) 18:49:11 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>466
takoyakiさん、こんにちは。

>木星の衛星なんて肉眼で見えるものなのでしょうか。

ガリレオが発見した四大衛星は4〜5等級で、木星から数分角離れますから
眼のよい人なら見えてもおかしくないのですが
400倍も明るい木星に幻惑されて、とても見にくいことは確かです。
斉藤氏も断定はされていません。
469 takoyaki 2015/08/14 (金) 19:12:11 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
なるほど。近くに400倍も明るい星があるとなると、なんだか厳しそうですね。

個人的にはオリオン座とかくらいなら見えるけど、たくさんの星を肉眼で見たことなんて記憶にないですね・・・。空気がきれいなら本当に百個も二百個も星が見えるものなか、実感が湧きません。
470 NS 2015/08/14 (金) 20:24:35 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>469
肉眼で見える星の数は、意外に少ないです。
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0320a/contents/chishiki/answer16/main.html

宇宙時代になったのに、星空が見えにくくなってきたのは皮肉なことです。
たまには星空を眺めて癒されたいものです(^^)
プロの天文学者たちは仕事で観測していますから、癒されるどころではないのですが。
471 takoyaki 2015/08/17 (月) 23:49:23 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>470
NSさん、こんにちは。

>肉眼で見える星の数は、意外に少ないです。
やっぱりそうなりますよね。
最後にプラネタリウムに行ったのはいつだったかなぁ。
472 takoyaki 2015/08/18 (火) 00:07:32 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国科学史 羅針盤>

中国人が天然磁石を発見し、それを羅針盤として利用しはじめた時期は前4世紀までさかのぼることができるそうです。しかし、大航海時代に羅針盤が使われるようになるまでには随分と間があいています。このブランクはなんなのでしょうか?そこには、どうも技術的な問題があったようです。

いわゆる「羅針盤」を作るには磁針を加工し、これに天然磁石をこすりつけることで磁化させる必要があります。しかし、強い磁性を示す鋼の冶金技術が発達したのはかなり遅かったようなのです。いつ頃のことかはっきりわからないのが残念ですが、航海に用いられるようになったのは850〜1050年のことだったろうと見積もられています。

この羅針盤がヨーロッパに伝わって大航海時代が始まるわけですが、意外にもアラビア経由で伝わったわけではないことが明らかにされています。ヨーロッパ人はアラビア人より数十年早く中国人と接触し、羅針盤を手に入れていたというのです。まあ、偶然でしょうかね。
473 coJJyMAN 2015/08/18 (火) 00:43:09 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
takoyakiさん、こんばんは。
>ヨーロッパ人はアラビア人より数十年早く中国人と接触し、羅針盤を手に入れていたというのです
意外です。僕はモンゴル帝国の時代にヨーロッパに伝わったもんだと思ってました。(^ ^;)
474 NS 2015/08/18 (火) 16:15:53 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>472

大航海時代はヨーロッパで始まったとされますが、明の鄭和の大航海を忘れることはできません。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E5%92%8C

歴史にifは禁物ですが、明の政策が変わらなかったら世界史は大きく変わっていたかもしれません。
475 takoyaki 2015/08/18 (火) 22:26:04 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>473 coJJyMANさん、こんにちは。
>僕はモンゴル帝国の時代にヨーロッパに伝わったもんだと思ってました。(^ ^;)
モンゴル帝国は1206年創設なので、それよりは古いですね。しかし、どういう経路で誰によって伝えられたのかは結局よくわかりません。マルコポーロが伝えたと言うヨーロッパの文献もありますが、明らかにそれ以前に伝わってる証拠があるので、この説は否定されています。

>>474 NSさん、こんにちは。
>歴史にifは禁物ですが、明の政策が変わらなかったら世界史は大きく変わっていたかもしれません。
明の時代、いえ、それよりずっと以前に、中国は紙と火薬と羅針盤をすべて持っていました。普通に考えれば世界最強の軍事テクノロジーを持っていたと思います。これは、ものすごいアドバンテージですよ。
まぁ、政治の問題でしょうか・・・
476 takoyaki 2015/08/18 (火) 23:19:21 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
羅針盤について、もう少し補足しておきます。

1086年、中国の科学者、沈括(しんかつ)が『夢渓筆談』の中で、正確な方位を示す磁気羅針盤についての詳細を記しています。この書物には次のような記述があります。
「方士たちが針を天然磁石で擦ると、針は南を指すことができる。しかし、針は常にわずかばかり東へ偏っていて、まっすぐ南を指すわけではない」
つまり、地球の地磁気と地理的な極がズレている偏角について彼は知っていました。

1117年、朱ケ(しゅいく)の『萍洲可談』という著作に、航海に羅針盤を用いたという記述が登場します。

1190年、ヨーロッパのアレクサンダー・ネッカムが『物の本性について』(ルクレティウスの同名作品とは別)の中で、羅針盤について述べており、これが西洋では最初です。ヨーロッパではネッカムが発明者ということになっていますが、彼は中国から学んだようです。

1232年、著者不明ですが、アラビアの文献に初めて羅針盤が登場します。

1609年、再び中国。王圻(おうき)は『三才図会』の中でキュリー点について言及しています。当時の技術で正確な温度を求めることは不可能でしたが、熱によって磁性が失われることは知られていました。さらに、熱した鉄片を冷却する際に、南北方向に向けておけば地磁気によって軽く再磁化することができるとあります。ただし、これは現代風な言い方であって、当時は「気」の概念として理解されました。
このように熱残留磁気を利用すれば、天然磁石を使わずに磁針を生産できることとなり、当時は重大な軍事技術と考えられました。言われてみれば、兵士の一人一人がコンパスを持って作戦行動できるのって、かなり戦争の勝敗に関わってきますよね・・・。

さて、このような羅針盤ですが、元々の用途は地相占い、つまり風水とか、そういう感じの物でした。形もスプーンや魚や亀などユニークな姿をしていて、工学技術というより魔術具とも言えるような物品だったのです。中国特有の易や気の概念はおそらくこれらの羅針盤がルーツでしょう。目に見ない地磁気を神秘的なものとして捉えた結果だと思われます。

ちなみに・・・
1967年、メキシコのオルメカ遺跡で羅針盤らしきものが発掘されました。
これは前1000年頃のものと推定されており、もしそれが本当なら中国より600年古いことになります。
これまで何度もこの手のネタを出してきましたが、あらゆる発明はどの文明で生まれてもおかしくなかったと言えるのかもしれません。
477 NS 2015/08/19 (水) 09:39:22 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 10:29 [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
>>475
中国の三大発明(火薬・羅針盤・木版印刷)は宋の時代ですね。
5世紀の南朝の宋ではなく、唐のあとの宋ですが。
でも宋は武力はふるわず、モンゴルに征服されてしまいますね。
モンゴルは史上最大の帝国を築き、日本も元寇では新兵器に苦しめられました。

現在も中国の海洋進出が問題になっていて、鄭和など嫌いな日本人は多いかも(^^)
当時は倭寇という海賊もいましたが、これは国家に帰属しない境界領域の人々でしたね。
古代の道教教団もそうだし、その伝統は今もつながっているのでしょう。
478 takoyaki 2015/08/24 (月) 18:57:41 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>477

NSさん、こんにちは。
宗の時代の科学者として沈括(しんかつ)は有名な人のようですね。
ウィキペディアによると、地質学や気候変動についても研究していた人のようです。政治家としても優秀だったようで、おそらく秀才タイプだったのではないかな、などと思っています。
479 takoyaki 2015/08/24 (月) 19:21:30 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<「物理」という言葉はいつどのようにして決められたか?>

たまにはこういう変わったネタも取り上げようかなと思い、突発的ですが投稿することにしました。
今回の元ネタは『物理なぜなぜ事典@』江沢洋、東京物理サークル/編著という本です。

*************************

「物理」というのは元々中国の言葉で、朱子学など儒教の中で用いられている用語でした。
日本は江戸時代から朱子学の影響を強く受けていたので、ここから「物理」という言葉を採用しました。朱子学には経験合理主義的な考えが含まれており、現在とほぼ似たような意味で「物理」と呼んでいたようです。しかしながら、朱子学そのものは倫理的な側面が強い学問です。

そこで、朱子学と物理学を決別させた一人として、福沢諭吉(1835-1901)が知られています。
「物アリテ然ル後ニ倫アルナリ、倫アリテ然ル後ニ物ヲ生ズルニ非ズ」
これをもって福沢諭吉は日本の伝統的な学問(朱子学)と決別し、西洋流の「物理学」をやりなさい、と明言したのです。

1872年、日本の学校制度が始まり、当時の上等小学校(10〜13歳)のための教科書『物理階梯』を文部省が刊行しました。以降、「物理」という言葉が一般に普及し、今に続いているとのことです。

それにしても、当時の教科書がどんな内容だったのか、ちょっと気になりますね・・・

480 takoyaki 2015/08/30 (日) 21:13:40 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<中国の科学史 火薬>

中国の科学史も今回でようやく終わりです。(たぶん)
他にも小ネタは色々あるのですが、機会があればまた。

さて、火薬の開発には、硝石、硫黄、炭素質、の3つの物質が必要です。
このうち、硝石については前3世紀にはその存在が知られており、紫色の炎色反応によって、他の鉱物と区別する方法が知られていました。
硫黄については、前2世紀頃には精製法が確立しており、『神農本草経』に詳しく記されています。
炭素質はどこにでもあるので、わざわざ探す必要もありません。

というわけで、前3世紀頃にはすでに「火薬っぽいもの」はあったと推測されます。実際に、人工的に金を作るため硝石と硫黄を混ぜてみたという人物がいた証拠もあるそうで。あと一歩。あとは、配合の問題なのですが、激しく燃える現象から爆発まで進めるのは、やはり大きな飛躍が必要だったのでしょう。まあ、爆発なんて生まれて一度も見たことがない人たちが、その配合を変えることによって可能になると予想するのは難しいと思います。偶然の発見が起きるのはいつになるのやら・・・

それは約1000年後の850年頃であったろうと推測されています。おそっ。しかも、発明したのは煉丹術師と呼ばれる怪しい人々で、目的は不老不死の秘薬でした。やっぱり偶然ですね。
919年には、これが火炎放射器の導火線(火縄に火薬を染み込ませる)として利用されました。
1040年頃には軍用兵器として公の技術となりました。
1288年には、青銅製の手銃が満州で開発されています。

というわけで、発明までにやや時間がかかったとはいえ、中国はこんなにも早い時期から世界に先駆けて銃を製造していたのです。しかし、なぜか戦争では・・・いや、言うまい。

なぜ中国で火薬が発明されたかということについては、中国にもともと硝石があり、わりとよく知られていた、というのが大きいと思います。
化学的な実験なら他の文明もたくさんやっていますね。錬金術に、不老不死の秘薬。人の欲望には国境がありません。
481 takoyaki 2015/09/14 (月) 21:43:38 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
今日から中世ヨーロッパについて取り上げていきます。よろしくお願いします。

フィボナッチ
[1175頃-1250頃]

まず、言いたいことがあります。フィボナッチ数で有名なフィボナッチですが、実は彼が発見者というわけではありません。
これを最初に言いたかったのです。私は長く誤解していたので。名前に人物名がついているからといって、必ずしもその人が発見者というわけではありません。他にもパスカルの三角形はパスカル以前に中国において知られていました。フィボナッチについては、フランスの数学者リュカ(1842-1891)がフィボナッチ数について研究したことにより、その名前が広く世界に知られるようになったのです。
(ちなみにフィボナッチ数そのものはインドで古くから知られていました。また、フィボナッチの等式というものもありますが、これもギリシアとアラビアで既に知られていました。彼の業績は「発見」ではなく、「伝達」です)

では、フィボナッチは一体何をした人なのか?

彼はイタリアの出身ですが、商人としてギリシア、トルコ、エジプト、フランス、シチリアを旅して、十進位取り記数法が優れていることに気づき、これをヨーロッパに紹介しました。これは商業活動に大きな影響がありました。また古典的なギリシア数学への関心を復活させたことで、中世ヨーロッパの学問に大きく貢献しました。実はフィボナッチ以外にも、同様の貢献をした人物がいるのですが、知名度から言ってまずフィボナッチをその代表として取り上げることにしました。

彼が旅先で学んだことはどんなことでしょうか?

ギリシア数学:ピタゴラス、ユークリッド、アルキメデス
インド数学:アールヤバタ、ブラーマグプタ
アラビア数学:ウマル・ハイヤーム、アル=フワーリズミー

と、当時の錚々たる偉人たちの知識を(主にアラビア教師から?)貪欲に吸収しています。フィボナッチのスゴいところは、単にこれをヨーロッパに紹介しただけでなく、彼自身がその内容を深く理解し、わかりやすくまとめてくれたことにあります。彼はいくつも本を書いていますが、そのうち有名なものは『算法の書』と『平方の書』です。

『算法の書』は、十進位取り記数法の四則演算、商取引への応用、幾何学、数論などを扱っており、小数がまだ取り込まれていないことを除けば、負の数や代数も丁寧に紹介しており、かなり現在の算数に近いものになっています。また数学パズルの出題などもあり、娯楽性もありました。

『平方の書』は、数論の本で、ピタゴラス数などについての独自の知見が述べられています。数学者からは、こちらのほうがより重要な成果であると見られているそうです。

フィボナッチは「良い数学の先生」でした。教えるのがうまかったし、人々に感謝され名誉職として給与も与えられました。活版印刷がない時代であるにも関わらず、彼の評判は広く知れ渡ったのです。
そんなフィボナッチの数学の実力を窺い知る有名なエピソードがあります。

1220年、神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世は、フィボナッチの名声を聞きつけ、皇帝がピサを訪れた際に、数学試合に参加するように求めました。このときパレルモのヨハネスという人物が用意した3つの難問に対し、フィボナッチはすべてに答えを出しました。また、フィボナッチ以外の数学者は1問も解くことが出来なかったと言われています。
このことからも、彼が「実力派」であることに疑いの余地はないでしょう。
この3つの難問、どんな内容なのかちょっと気になりますよね。せっかくなので次の投稿でご紹介します。

今回の主な参考文献は、
『数学を切りひらいた人びと』 マイケル・J・ブラットリー著
『不思議な数列フィボナッチの秘密』 アルフレッド・S・ポザマンティエ/イングレル・レーマン著
でした。

482 takoyaki 2015/09/14 (月) 22:07:02 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 23:19 [修正] [削除]
神聖ローマ帝国より3つの難問。(1220年出題)
(入試問題のような解答はありません。)

<問1>
<tex>x ^{2} =y ^{2} -5</tex>
<tex>z ^{2} =y ^{2} +5</tex>
を満たす分数x、y、zを求めよ。

<問2>
<tex>x ^{3} +2x ^{2} +10x=20</tex>
を満たすxを求めよ。

<問3>
3人の人物がある金額を、それぞれ1/2、1/3、1/6の割合で分けることになった。各人はこの金額から、残りがなくなるまでいくらかずつ取る。その後で、第1の人物は自分が取った分の1/2を返す。第2の人物は1/3を返す。第3の人物は1/6を返す。戻された分を3人で等分すると、各人は本来の取り分、すなわち1/2、1/3、1/6を得たことになった。最初にあった金額はいくらで、そこから各人はいくらずつ取ったか。

以上です。
483 NS 2015/09/15 (火) 11:18:51 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>482
問3は比率のみ求まり、33:13:1となりました。
484 takoyaki 2015/09/15 (火) 13:34:59 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>483

NSさん、こんにちは。

おそらく正解だと思います。
参考文献の『不思議な数列フィボナッチの秘密』によると、フィボナッチの出した答えは47。
そして、「この問題は答えが決まらない」とも言っています。

NSさんは、比率のみが求まるとし、その整数比が33:13:1と、お答えになりました。
検証すると
33+13+1=47
となり、フィボナッチと一致しています。
すごいですね。

ちなみにどのような方法で解いたのか、教えて頂けますか?
485 NS 2015/09/15 (火) 17:47:07 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 23:57 [修正] [削除]
>>484
takoyakiさん、こんにちは。

普通に連立方程式を立てました。3人が最初に取った分をそれぞれx, y, zとして
x/2 + (x/2 + y/3 + z/6) /3 = (x + y + z) / 2
2y/3 + (x/2 + y/3 + z/6) /3 = (x + y + z) / 3
5z/6 + (x/2 + y/3 + z/6) /3 = (x + y + z) / 6
から解きました。

問1はどうでしょう。どうも解が無いように思われますがどう証明したらいいのか・・
問2は三次方程式ですが、この時代は三次方程式の解の公式は発見されてないはずだから
どうやって解いたのでしょう。y = x + 2/3で二次の項を消去し、公式を使うとこうなりました。
<tex>y =  \frac{1}{3}  \left( \sqrt[3]{352 + \sqrt{141480} } +  \sqrt[3]{352 -  \sqrt{141480} } \right) </tex>
x = y - 2/3
486 takoyaki 2015/09/15 (火) 20:12:56 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>485

NSさん、こんにちは。
解説ありがとうございます。勉強になりました。

問1ですが、先ほどなんとか自力で答えに辿り着きました。でも、htms42さんの研究発表「ピタゴラス数の表現・・・公式とはどんなものか」を読まなければ解くことはできませんでした。htms42さんに感謝です。ちなみに答えは、y=41/12です。

問2は近似解を出すことになります。

フィボナッチの答えと、私の解法は後ほど投稿させて頂きます。先にご飯食べてもいいですか。
487 takoyaki 2015/09/15 (火) 21:25:05 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 23:03 [修正] [削除]
>>482
フィボナッチの解答です

問1
<tex>y= \frac{41}{12} </tex>
ただし、これが唯一の解ではなく、解は無数にある。

『数学を築いた天才たち』 スチュアート・ホリングデール 著
には、次のような解説が載っています。(要約)
「この問題は『ある整数<tex>N</tex>が与えられたとき、有理数<tex>r</tex>を見つけて<tex>\left(r ^{2} +N\right) </tex><tex>\left(r ^{2} -N\right) </tex>の両方が有理平方数<tex>\left( \frac{q ^{2} }{p ^{2} } \right) </tex>となるようにせよ』と一般化できる。<tex>N</tex>が20以下のとき、問題が解けるのは5、6、7、13、14、15だけである。解は1つもないか、もしくは無数にあるかのどちらかであり、任意の<tex>N</tex>について解があるかを調べる手順はまだ発見されていない。J.H.コートは『数学のなかで最も古い未解決問題である』とした」

数論の難しい話はよくわからないのですが、とりあえずN=5については、高校レベルの数学でも答えは出たので、その解法については次の投稿で説明させて頂きます。


問2
1.22.7.42.33.4.40(60進小数)

注:この時代、まだヨーロッパで小数は採用されていなかったため、フィボナッチはバビロニア方式の60進小数を用いています。分数の和に直すと、

<tex>1+ \frac{22}{60} + \frac{7}{60 ^{2} } + \frac{42}{60 ^{3} } + \frac{33}{60 ^{4} } + \frac{4}{60 ^{5} } + \frac{40}{60 ^{6} } </tex>

さらに小数に直すと、

1.3688081075…

になります。
三次方程式の解の公式から計算機を使って求めると、

1.3688081078…

となり、下9桁まで計算機と一致しています。
『数学を築いた天才たち』 スチュアート・ホリングデール 著
には、次のような解説が載っています。
「フィボナッチがどのようにしてこのような結果を得たのかわからない。しかし、約300年の間それは代数方程式の無理数解に対するヨーロッパで最も正確な近似値としての地位を守った」


問3

47
ただし、この問題は答えが決まらない。

※NSさんが>>485で示して下さったように、求められるのは整数比までです。フィボナッチもそのことを指摘しているようです。


以上です。
フィボナッチは、当時の知識でこれらの問題を解いたわけですが、特に問2についてはどうやって求めたのか、全くわかりません。中世ヨーロッパでは最も数学の実力を持つ人物だったと評されています。
488 takoyaki 2015/09/15 (火) 22:46:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
takoyakiの解法

<問1>
<tex>x ^{2} =y ^{2} -5</tex>
<tex>z ^{2} =y ^{2} +5</tex>
を満たす分数x、y、zを求めよ。

<解法>

<tex>y= \frac{q}{p} </tex>

とおく。

<tex> \left(x ^{2} ,y ^{2} ,z ^{2} \right) </tex>

は、整数p、qを用いて、次のように表すことができる。

<tex> \left( \frac{q ^{2} }{p ^{2} } -5,  \ \frac{q ^{2} }{p ^{2} } ,  \ \frac{q ^{2} }{p ^{2} } +5\right) </tex>

これをさらに整理すると、

<tex> \left( \left( \frac{ \sqrt{q ^{2} -5p ^{2} } }{p} \right)  ^{2} , \left( \frac{q}{p} \right)  ^{2} , \left( \frac{ \sqrt{p ^{2} +5p ^{2} } }{p} \right)  ^{2} \right) </tex>

よって、

<tex> \sqrt{q ^{2} +5p ^{2} } </tex> と <tex> \sqrt{q ^{2} -5p ^{2} } </tex> がともに整数となるようなp、qを求めれば良い。

ここで、

<tex> \left(a+b\right)  ^{2} =a ^{2} +2ab+b ^{2} = \left(a ^{2} +b ^{2} \right) +2ab</tex>
<tex> \left(a-b\right)  ^{2} =a ^{2} -2ab+b ^{2} +b ^{2} = \left(a ^{2} +b ^{2} \right) -2ab</tex>

より、

<tex>q ^{2} +5p ^{2} = \left(a ^{2} +b ^{2} \right) +2ab</tex>
<tex>q ^{2} -5p ^{2} = \left(a ^{2} +b ^{2} \right) -2ab</tex>

となる、a、bを見つけ出せば良いことになる。
この時点で、a、bのどちらかが5の倍数でなければならないことは自明である。
また、上の式から、次の2つの条件を導くことができる。

条件1:<tex>q ^{2} =a ^{2} +b ^{2} </tex>
条件2:<tex>5p ^{2} =2ab</tex>

ここで条件1を見ると、q、a、bはピタゴラス数である。

また、条件2が成立するためには、<tex>5p ^{2} </tex>を素因数分解したときに、約数が<tex> \left(2,2,5,m,m\right) </tex>のようになる整数mが存在するはずである。なぜなら、

<tex>5p ^{2} =5 \left(2m\right)  ^{2} </tex>
<tex>2ab=2 \left(5,2,m,m\right) </tex>

のような構成になっていなければならないはずだからである。

したがって、このようなmが存在するピタゴラス数a、bを見つければ、p、qも定まるはずである。

問題は、ピタゴラス数をどのように探すかということだが、ここでhtms42さんのスレッドから次の定理を拝借させて頂くことにしました。この定理はディオファントスが発見したものらしいので、フィボナッチは知っていたはずであろうと判断しました。

定理
ある奇数αに対して必ずピタゴラス数が存在し、それは<tex> \frac{ \alpha  ^{2} -1}{2} </tex><tex> \frac{ \alpha  ^{2} +1}{2} </tex>である。

証明
<tex> \alpha  ^{2} + \left( \frac{ \alpha  ^{2} -1}{2} \right) = \alpha  ^{2} + \frac{ \alpha  ^{4} -2 \alpha  ^{2} +1}{4} = \frac{ \alpha  ^{4} +2 \alpha  ^{2} +1}{4} = \left( \frac{ \alpha  ^{2} +1}{2} \right)  ^{2} </tex>

証明おわり。

この定理を用いて、3から順番に奇数を用いてピタゴラス数を調べていきます。

(3、4、5)
(5、12、13)
(7、24、25)
(9、40、41)

ここで9と40が、m=6で条件を満たしていることに気づきました。
9は3の二乗であることがミソですね。
つまり、

<tex>5p ^{2} = \left(2,9,40\right) =720= \left(5,144\right) = \left(5,12 ^{2} \right) </tex>
<tex>2ab=\left(2,9,40\right) </tex>

よって、

<tex>p ^{2} =144</tex>
<tex>q ^{2} =9 ^{2} +40 ^{2} </tex>

よって、

p=12
q=41

と求められます。
よって、

<tex>y= \frac{41}{12} </tex>

である。
検算をしてみます。

<tex> \left( \frac{41}{12} \right)  ^{2} +5= \frac{1681}{144} + \frac{720}{144} = \frac{2401}{144} = \left( \frac{49}{12} \right)  ^{2} </tex>

<tex> \left( \frac{41}{12} \right)  ^{2} -5= \frac{1681}{144} - \frac{720}{144} = \frac{961}{144} = \left( \frac{31}{12} \right)  ^{2} </tex>

よって、

<tex>x= \frac{31}{12} ,y= \frac{41}{12} ,z= \frac{49}{12} </tex>

になります。
以上で説明はおわりです。
お疲れさまでした。
489 coJJyMAN 2015/09/16 (水) 03:50:49 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
<問2>
<tex>x ^{3} +2x ^{2} +10x=20</tex>
を満たすxを求めよ。
[方針]
 $d$ を微小量とした時
 $(1+d)^2=1+2d+d^2 \kinji 1+2d$ 
 $(1+d)^3=1+3d+3d^2+d^3 \kinji 1+3d$ 
と近似できるから、
 $x_i=1+d_i$ と置き、恒等式 $x ^{3} +2x ^{2} +10x-20=0$ を満たす $x$ を探る。
まず
 $x_1=1+d_1$ と置くと
 $(1+3d_1)+2(1+2d_1)+10(1+d_1)-20=0$ より $-7+17d_1=0$ で $d_1=7/17$ 
よって $x_1=(1+7/17)=24/17$ 
次に $x_2=x_1(1+d_2)$ と置くと
 $x_1^3(1+3d_2)+2x_1^2(1+2d_1)+10x_1(1+d_1)-20=0$ より
 $(x_1^3+2x_1^2+10x_1-20)+d_2(x_1^3+4x_1^2+10x_1)=0$ で
<tex>d_2=\frac{20-x_1(x_1^2+2x_1+10)}{x_1(3x_1^2+4x_1+10)}</tex>
 $x_2=x_1(1+d_2)$ 
以下は同じことの繰り返しになるだろう。
つまり
<tex>d_{i+1}=\frac{20-x_i(x_i^2+2x_i+10)}{x_i(3x_i^2+4x_i+10)}</tex>
 $x_{i+1}=x_i(1+d_{i+1})$ 
を限りなく繰り返せばそれが答えとなる。
490 coJJyMAN 2015/09/16 (水) 04:11:58 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
計算してみました。
<tex>\begin{matrix}1& 7& 17 \\1.41176470588235 & -0.917565642173823 &30.5312436393242 \\1.36933647058824 &-0.0111481194124465 &28.8965502071065 \\1.36880818861753 &-0.00000170448707237369 &28.8765696266578 \\1.36880810782137 &-0.0000000000000390798504668055 &28.8765665714976 \\1.36880810782137 &-0.0000000000000035527136788005 &28.8765665714975 \\\end{matrix}</tex>
収束性がいいですね。
491 NS 2015/09/16 (水) 12:21:20 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
なるほど。ピタゴラス数は奥が深いですね。

三次方程式も、実数解が1と2の間にあることは分かりますから
近似値を求めてゆくことは出来るのですね。

三次方程式の解の公式はとても複雑で、変数変換をしたことも忘れてしまいましたが笑
二次方程式の解の公式で平方完成をするのに似ていますね。
三次の場合、二階微分した変曲点がグラフの真ん中?に当たるので
そこを基準に見直す感じですね。
近似値はいくらでも計算できるので、解の公式は理論的な興味だけでしょうが
ガロアの群論の出発点になったのは感慨深いです。
492 hirota 2015/09/16 (水) 12:45:41 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
こんな便利サイトもある。
https://www.wolframalpha.com/input/?i=solve+x%5E3%2B2x%5E2%2B10x%3D20
http://www.wolframalpha.com/input/?i=plot+x%5E3+%2B2x%5E2%2B10x+-+20
493 denpa 2015/09/16 (水) 19:02:29 ID:DP0g64pPQU [修正] [削除]
>>491
今では $f(x)=0$ を求めるのに試行を繰り返して求める、微分が禁じ手ならば使用は無理なニュートン法がありますね。(極限、微小量の概念があれば可)
494 coJJyMAN 2015/09/18 (金) 20:10:48 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
3次方程式の解法ですが、中国の科学史のコーナーで
・累乗根の開法と高次数値方程式の解法 >>457
とありました。
映画「天地明察」にも出てきた「天元術」と呼ばれる算術ですね。
フィボナッチはこの方法を使ったんじゃないかと、僕は思います。

興味が湧いたので、ただいま天元術、もしくは組立除法による高次方程式の解法というものを勉強中であります。
495 takoyaki 2015/09/18 (金) 22:57:36 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 23:10 [修正] [削除]
フィボナッチ数の面白い性質について

フィボナッチを取り上げたので、せっかくなので数学としての「フィボナッチ数」についても調べてみることにしました。
内容的には19世紀以降の数学になります。

***********************************************

フィボナッチ数とは?

1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89・・・

上に示したようにフィボナッチ数とは、i番目のフィボナッチ数を<tex>F _{i} </tex>とするとき

<tex>F _{1} =1</tex>

<tex>F _{2} =1</tex>

<tex>F _{n+2} =F _{n} +F _{n+2} </tex>

で表される数のことです。
このように前2つの番号の数同士の和から次の番号の数が導かれていく性質を《再帰関係式》と言います。フィボナッチ数の他には1と3からスタートするリュカ数などが有名です。
再帰関係式は、それを専門に扱う季刊誌があるほど、たくさんの数学者が研究している分野のようです。
『季刊フィボナッチ』公式サイト
http://www.mscs.dal.ca/Fibonacci/

フィボナッチ数の一般項は次の式で表されることが知られています。

<tex>F _{n} = \frac{1}{ \sqrt{5} }  \left( \left( \frac{1+ \sqrt{5} }{2} \right)  ^{n} - \left( \frac{1- \sqrt{5} }{2} \right)  ^{n} \right) </tex>

この数式は徐々に黄金比に近づいていくことが知られています。
また、生物の発達過程にこの関係がよく現れることなどから、教材などでもよく登場し、一般人向けのオモシロネタにされることが多いようです。

今回は、もう一歩専門的なところに踏み込んで、この数がどうしてここまで数学者を惹きつけているのか、その奥深い世界を紹介してみようと思います。
ソースは、
『不思議な数列 フィボナッチの秘密』 アルフレッド・S・ポザマンティエ/イングレル・レーマン 著
です。
詳しい解説は本に譲るとして、ここではフィボナッチ数の面白い性質を13個ほど、箇条書きで示していきたいと思います。私はこれを読んだとき、あまりのネタの豊富さに驚きを通り越して、もはや笑わずにいられませんでした。本当に不思議です。

***********************************************

1、連続する10個のフィボナッチ数の和は11で割り切れる。

<tex>11 \mid  \left(F _{n} +F _{n+1} + \cdots +F _{n+9} \right) </tex>


2、連続するフィボナッチ数は互いに素である。つまり、両者の最大公約数は1である。


3、合成数番のフィボナッチ数(i=4は除く)は合成数である。これを別の言い方で表すと、iが素数でない場合、Fiも素数ではない。(素数番のときは素数が出てくることが多いのですが、反例が見つかってしまっているので、必ず素数というわけではないようです。)


4、フィボナッチ数の最初のn個の和は2つ後の項から1を引いたものに等しい。

<tex> \sum_{i=1}^{n} F _{i} =F _{n+2} -1</tex>


5、連続する偶数番のフィボナッチ数の和は、和の最後の偶数番の次のフィボナッチ数より1小さい。

<tex> \sum_{i=1}^{n} F _{2i} =F _{2n+1} -1</tex>


6、連続する奇数番のフィボナッチ数の和は、和の最後の奇数番のフィボナッチ数の次のフィボナッチ数に等しい。

<tex> \sum_{i=1}^{n} F _{2i-1} =F _{2n} </tex>


7、フィボナッチ数の平方の和は、最後の数とその次のフィボナッチ数との積に等しい。

<tex> \sum_{i=1}^{n} F _{i}  ^{2} =F _{n} F _{n+1} </tex>


8、2つの交互的(1つとばしの)フィボナッチ数の平方の差は、両者の番号の和を番号とするフィボナッチ数に等しい。

<tex>F _{n}  ^{2} -F _{n-2}  ^{2} =F _{2n-2} </tex>


9、2つの連続するフィボナッチ数の平方の和は、その番号の和を番号とするフィボナッチ数に等しい。

<tex>F _{n}  ^{2} +F _{n+1}  ^{2} =F _{2n+1} </tex>


10、4つの連続するフィボナッチ数については、中2項の平方の差が両端の2項の積に等しい。

<tex>F _{n+1}  ^{2} -F _{n}  ^{2} =F _{n-1 \times } F _{n+2} </tex>


11、交互的フィボナッチ数2つの積は、両者の間にあるフィボナッチ数の平方より1多いか少ないか、いずれかである。

<tex>F _{n-1} F _{n+1} =F _{n}  ^{2} + \left(-1\right)  ^{n} </tex>

また、選んだフィボナッチ数の平方とそのフィボナッチ数から等距離にあるフィボナッチ数の積の差は、別のフィボナッチ数の平方である。

<tex>F _{n-k} F _{n+k} -F _{n}  ^{2} = \pm F _{n}  ^{2} </tex>


12、mn番目のフィボナッチ数は、m番目のフィボナッチ数で割り切れる。

<tex>m \mid n \Rightarrow F _{m} \mid  F _{n} </tex>


13、連続するフィボナッチ数の和は、フィボナッチ数の平方に等しいか、フィボナッチ数の平方より1小さい。

nが奇数のとき、<tex> \sum_{i=2}^{n+1} F _{i} F _{i-1} =F _{n+1}  ^{2} </tex>

nが偶数のとき、<tex> \sum_{i=2}^{n+1} F _{i} F _{i-1} =F _{n+1}  ^{2} -1</tex>


以上になります。
これほど和、差、平方、積、素数が様々なバリエーションで結びついているという事実に再帰関係式の奥深さを感じました。リュカ数も取り上げようかと思いましたが、長くなるのでここまでにさせて頂きます。
496 takoyaki 2015/09/18 (金) 23:02:17 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>494
coJJyMANさん、こんにちは。

何やら私の中国科学史のネタを拾って頂けたようで、嬉しいです。
でも、「天元術」ってなんだろう?
初めて知りました・・・
497 NS 2015/09/18 (金) 23:24:40 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>495
takoyakiさん、こんにちは。

フィボナッチ数もおもしろいですね。
私の愛読書の「数学ガール」にも「フィボナッチ・サイン」が出てきたりしますね(^^)

>この数式は徐々に黄金比に近づいていくことが知られています。

丁寧に言えば、この数列の公比のn→∞の極限値が黄金比(1+√5)/2ということですね。
498 takoyaki 2015/09/18 (金) 23:54:03 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>497

NSさん、こんにちは。

>丁寧に言えば、この数列の公比のn→∞の極限値が黄金比(1+√5)/2ということですね。
ありがとうございます。
ケプラーはどうもこの性質に気づいていたそうです。
ただ、あまり重要ではないと思ったのか、簡便な言及に留めています。
499 takoyaki 2015/09/19 (土) 23:22:14 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
リュカ数の性質について

ついでなので『不思議な数列 フィボナッチの秘密』で紹介されていたリュカ数の性質についても2つ紹介したいと思います。

************************************

1、最初のn個のリュカ数の和は、2つ後のリュカ数から3を引いた数になる。

<tex> \sum_{i=1}^{n} L _{i} =L _{n+2} -3</tex>


2、リュカ数の平方の和は、最後の数とその次の数の積から2を引いた数になる。

<tex> \sum_{i=1}^{n} L _{i}  ^{2} =L _{n} L _{n+1} -2</tex>

*************************************

また、ウィキペディアには、フィボナッチ数とリュカ数の間に次のような関係があると書かれています。
(ウィキペディアより リュカ数)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%83%aa%e3%83%a5%e3%82%ab%e6%95%b0

<tex>L _{n} =F _{n-1} +F _{n+1} </tex>

<tex>F _{2n} =L _{n} F _{n} </tex>

<tex>F _{n} = \frac{L _{n-1} +L _{n+1} }{5} </tex>

リュカはフランス人数学者で、フィボナッチ数列の一般化であるリュカ数列は彼にちなんで名付けられています。彼は、15歳のときにリュカ数列を用いた方法でメルセンヌ数の一つ 2^127 - 1 の素数判定を始め、19年後の1876年、ついにその数が素数であることを確かめました。
(ウィキペディアより エドゥアール・リュカ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%a8%e3%83%89%e3%82%a5%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%83%aa%e3%83%a5%e3%82%ab
(ウィキペディアより リュカ数列)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%83%aa%e3%83%a5%e3%82%ab%e6%95%b0%e5%88%97

数列の問題は難しく、私はよく理解できません。
でも、興味を持ちました。
500 coJJyMAN 2015/09/20 (日) 13:54:43 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
先日言及した
・累乗根の開法と高次数値方程式の解法 >>457
ですが、
講談社ブルーバックスの「非ヨーロッパ起源の数学」(G.G.ジョーゼフ著)に以下の記述がありました。
-----------------------------------------------------
(p.269)ホーナーの方法の中国における起源
(p.276)
C 上に述べた方法の起源は「九章」時代にさかのぼる。それは平方根、立方根の求める方法を数方程式に初めて用いた時代であった。この方法が11世紀までは中国唯一のものとして残ったが、11世紀になってアラビアの数学者のアル=ナサウィ(1025頃)がそれを立方根を求めるのに用い、その後アル=カーシー(1400頃)が任意次数の根を求めるのに用いた。(中略)だからいわゆるホーナーの方法の簡単な作り替えが中国からアラブ世界への道を開き、アラブ数学者を通してフィボナッチまで知られていたのかもしれない。もしそうならホーナーの方法は、アラブ人を通して早くも13世紀には、ヨーロッパの数学の主流に入ったと言えよう。
------------------------------------(引用終わり)----------------------
11〜12世紀はユーラシア大陸において、算術の秘伝が、それこそ秘かに異国に伝わっていったのでしょうね。。入手経路を探るのは困難です。
501 takoyaki 2015/09/20 (日) 23:12:07 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>500
アル=カーシーの仕事は、単に小数を中国から学んだだけではないと思っていましたが、まだわからないことが多く、名前が出てきて、おっ、と思いました。
代数方程式の近似解に関しては古代中国がリードしていたようですね。

>>497
『数学ガール』を久々に開いてみたのですが、最後のフィボナッチ・サイン、けっこうおしゃれなシーンだったことに今さらながら気づきました。
502 takoyaki 2015/10/11 (日) 22:57:56 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
次はオッカムを取り上げる予定でしたが、その前にロジャー・ベーコンを取り上げたいと思います。思っていたより、この人凄いんじゃないかという気がしてきたので。
まだ情報収集中なので、投稿はもう少し先になります。
503 NS 2015/10/12 (月) 16:15:20 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>502
ロジャー・ベーコンは実験を重んじ、ガリレオの先駆者とも言われる人ですね。楽しみです。
>>501
最後にフィボナッチ・サインがあるのは1, 3, 5巻ですね。
504 takoyaki 2015/10/22 (木) 20:33:11 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 21:16 [修正] [削除]
>>503
NSさん、こんにちは。

ロジャー・ベーコンについて調べましたが、確かにガリレオの先駆者と言われてもおかしくない人物ですね。学問に対しての発想が近いと思います。

ただ、ガリレオが実際に膨大な実験、観測を行ったのに対して、ベーコンはガリレオほどには自分の考えを実践できず、どちらかといえばアラビアから輸入した膨大な知識をヨーロッパ人のためにまとめることに多大な時間を費やしてしまった印象です。

しかし、中世において彼のような修道士のインテリが古代ギリシアの叡智(そしてアラビア科学)に目を向けたことは意義深いことだったと思います。

今日は、そんなロジャー・ベーコンについて調べてきたことを発表しようと思います。

505 takoyaki 2015/10/22 (木) 21:16:01 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ロジャー・ベーコン 
[1214〜1294]

いきなりですが、彼がどんな言葉を残しているかをまず示しましょう。

「我々は3つのもの、すなわち権威と理性と経験によって知る。(中略)しかし権威は、それの理由が与えられない限り理解できないし、また知性を与えずに軽信を与える。すなわち、我々は権威を信じるのであり、それによって理解するのではない」
『哲学研究要綱』

「実験科学はすべての自然知の頂点であって、きわめて重要な実際上の効果をもあげる」
『大著作』

「論理的な認識はその末端によってだけでなく、その中間および中心によって数学に依存する。なぜなら数学の書は証明の方法を教えるから」
『大著作』

「証明の原理も、帰結も、そして全理論そのものも数学的なものにおいてでなければ認識されえないし、また明示されえない」
『大著作』

どうでしょう?そのままガリレオが言っててもおかしくないような。
でも彼は暗黒時代まっただ中の1200年代を生きた修道士なのです。

ベーコンは富裕な家に生まれて、オックスフォードとパリの大学で勉強し、(当時としては)脱落者の多いユークリッド原論を理解し、その秀才が認められ、修道士になってからも研究を続けたのでした。
パリではアリストテレスの研究が禁じられていたのですが、彼は「禁ずるのは深い無知ゆえである」と語り、これを講じることを止めませんでした。

以前取り上げたようにアリストテレスという先人がもともと何でもやる人だったので、ベーコンもそうなったのはある意味必然かもしれません。哲学、医学、動植物学、天文学、錬金術、火薬の研究、光学と、彼は幅広い知識を我がものとし、「驚異博士」(ドクトル・ミラビリス)と呼ばれるほどだったのです。特に光学についてはイブン・アル=ハイサムの影響を強く受けており、拡大鏡を作成するなど、かなりの研究をしたようです。

そんなベーコンの人生最大のイベントが、1266年に教皇クレメンス4世から内密に受けた書簡で、「君の著作を内緒で送ってくれ」というものでした。ところが、この著作というのは、本というより「百科事典」みたいなものをイメージしたほうが近いと思います。それを世間にバレないように作れというのですから、当然時間が掛かります。

ベーコンはそりゃもう頑張ってたくさん書いたのですが、不幸なことにクレメンス4世の寿命が先にきてしまいました。そしてベーコンは、「地球が丸いなどという怪しげな新説を唱えた」という罪で15年間も投獄されてしまいます。かわいそう。

しかし、彼の著した『大著作』『小著作』『第三著作』などは、その後の歴史に大きな影響を残したのでした。

<参考文献>
『物理学者小伝』 並木雅俊 著
『世界教養全集38 語録 永遠の言葉』 大内兵衛 編
『科学の名著3 ロジャー・ベーコン』 朝日出版社
506 NS 2015/10/23 (金) 16:25:16 ID:ATxOZThXXM 修正アリ: 17:44 [修正] [削除]
>>505
takoyakiさん、こんにちは。
ロジャー・ベーコンはあまり知らなかったので、とても新鮮です。
ローマカトリック教会に投獄されたところまで、ガリレオに似ていますね。
ベーコンは地球球体説で、ガリレオは地動説で。
地球球体説は古代の知識層では常識だったかと思うのですが、中世は後退してしまった・・
でもベーコンは司祭だったから、ガリレオとは立場は違うでしょうけど。
ガリレオの場合は裁判を拒否して逃げる選択も有り得たのに、信仰のためにあえて拒否しなかった印象ですが、ベーコンは拒否する選択肢は無かったでしょう。
もうひとりのベーコン、フランシスはだいぶ後になりそうですね。

・・と思ったら、フランシス・ベーコンは入っていませんか。
確かに、科学史よりは哲学史上の人物かもしれませんね。
ウェーゲナーの大陸移動説より300年前に、アフリカと南アメリカの海岸線の一致を指摘したのはフランシス・ベーコンでした。
またシェークスピアと同一人物だという説もあります。
カントールが晩年、数学そっちのけでこのベーコン=シェークスピア説の証明に熱中したことはよく知られています。
507 takoyaki 2015/10/24 (土) 21:06:50 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>でもベーコンは司祭だったから、ガリレオとは立場は違うでしょうけど。
カトリック教会の権力構造をよく知らないので、実のところロジャー・ベーコンにどこまでの社会的発言力があったのか、私にはわかりません。そのあたりを調べるのは大変そうです。どこまで突っ込んで調べるか、悩みます。

>・・と思ったら、フランシス・ベーコンは入っていませんか。
そうなのです。どうしましょうねぇ。今のところ入れないつもりですが、ロジャー・ベーコンの本を調べていると必ず「フランシスのほうとは別人です」と書いてあるので、気になってしょうがないんです・・・。フランシスのほうはまだよく知りません。

>ウェーゲナーの大陸移動説より300年前に、アフリカと南アメリカの海岸線の一致を指摘したのはフランシス・ベーコンでした。
>またシェークスピアと同一人物だという説もあります。
>カントールが晩年、数学そっちのけでこのベーコン=シェークスピア説の証明に熱中したことはよく知られています。
このお話は、マジですか(笑)
あまりに話がぶっ飛んでいて衝撃的でした。

NSさんは色々とよくご存知ですね。引き出しが広くて羨ましいです。
508 takoyaki 2015/10/24 (土) 21:59:45 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 10/27 (火) 21:33 [修正] [削除]
・中世にける宗教と科学の対立について

ロジャー・ベーコンについて調べていて、思ったことを述べさせて頂きます。
イスラム哲学でもそうなのですが、(一神教の?)宗教は哲学をせずにはいられないようです。なぜかというと、哲学は異端と戦うために必要だからです。

宗教は、自らと異なる信仰を持つものと対立します。そのとき裁判などをして白黒をつけるわけですが、「正しい信仰とは何か」ということを語れなくては、異端を裁くことはできません。これが哲学の入り口になります。

私が知りたかったのは、キリスト教誕生以前のギリシア哲学に精通していたロジャー・ベーコンの本音がどこにあったかということです。
彼は『哲学研究要綱』の中で次のように語っています。

「我々は3つのもの、すなわち権威と理性と経験によって知る。(中略)しかし権威は、それの理由が与えられない限り理解できないし、また知性を与えずに軽信を与える。すなわち、我々は権威を信じるのであり、それによって理解するのではない」

私の目には聖書や教会の教えはまさしく「権威」そのものに見えます。
その一方で彼は次のようにも語っています。

「すべての智恵は、1つの神によって、1つの世界に対し、1つの目的のために与えられている」
然るに、神学と哲学の二重真理は全く存在しない、のだと。

本当かな?だとしたらなぜ彼は投獄されたのだろう。
クレメンス4世はなぜ『大著作』を内密に作られなければならなかったのか。ベーコンは『第三著作』も記していますが、なんとこれは『大著作』と『小著作』が何らかの理由で失われた場合に備えて、それでも知識が失われないようにと、大変な労力を掛けて作られたものなのです。なぜ彼はそこまでせねばならなかったのでしょう。

ロジャー・ベーコンは神学的な情熱によって、これらの仕事を成したと言われていますが、彼は「権威」と戦おうとしていたのではないか。それが本音だったのではないのか。
私は探しました。
しかし、私の調べた限りでは、それをはっきりと示す証拠は見つけられませんでした。

宗教は哲学を生み、哲学はベーコンのような人物を生む。そしてベーコンのような人物は科学を生むだろう。私は、結局人間は科学をやることになるのではないのかと、ふとそんなふうに思った次第です。
ただ、そう思いたかっただけかもしれませんが。

<追記>
ロジャー・ベーコンはその著作が今も残っているために名が知られていますが、実は同時代に彼と似たような思想を持っていた人物が他にもいたのではないかと言われています。具体的には、同郷のロバート・グローステストやパリで出会った友人ピエール・ド・マリクールなどです。おそらく、次に取り上げるオッカムも彼らと低通する哲学的な思想を持っていたのではないでしょうか。

私たちの暗黒時代に対するイメージはいささか表面的過ぎるものだったかもしれません。
(という意見は実はけっこう昔からあるようですが・・・)
509 NS 2015/10/25 (日) 09:45:28 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
takoyakiさん、こんにちは。
>>507
>あまりに話がぶっ飛んでいて衝撃的でした。

どの話のことでしょうか。シェークスピアは謎の多い人物で、別人説、複数人物説が古くからありました。
カントールがシェークスピア=ベーコン説を熱心に説いたことは「無限に魅入られた数学者たち」という本にかなり詳しく書かれていました。カントールは精神病院で亡くなりました。
ゲーデルも、ライプニッツによる「神の存在証明」の考察に熱心に取り組んだようです。ゲーデルも最後は人間不信から食事が出来なくなり、餓死してしまいました。
こういう話を聞くと「無限ってこわいな」と思いがちですが、無限を研究した数学者や、無限の宇宙を研究した天文学者がみな精神を病んだわけでもないので、過度の心配は不要でしょう。彼らの個性によるところが大きいと思われます。

>>508
宗教と哲学の関係については、私は違うイメージがあります。
インド哲学の研究者でヨガの修行者でもあった佐保田鶴治は「宗教と哲学は、その外延が一つである。高次元の宗教は哲学であり、生きた哲学は宗教でなければならない」
「宗教が哲学と別のようになったのは、ヨーロッパ中世以後である。キリスト教が宗教の名を独占したためだ。宗教と哲学が一体であった古代インドやギリシアの状態が、むしろ人類普遍のものだ」
という趣旨のことを言っています。
また科学と哲学の関係については、これは多くの人が言っていると思いますが
「科学は自己と対立する世界を客観的対象として研究するもの。哲学は自己=世界を探求するもの」
で、どちらも人間に必要なものと思います。
そもそも「自己」が存在するかどうかも問題です。存在しないと見れば唯物論になります。
ただ、「数学」は独特ですね。数学はどのような立ち位置になるのか・・科学と哲学を結ぶ橋のようなものでしょうか。
510 takoyaki 2015/10/27 (火) 22:35:43 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんにちは。

よく考えるとシェークスピアは有名人なので、カントールが彼について何か言及していたとしても、そのこと自体は不思議ではないですね。
ただ、無限についてあれほど考えていた生粋の数学者が、なぜその後シェークスピアに執着したのか、なぜロジャー・ベーコンと同一視したかったのか、ちょっと予想がつかず驚いてしまいました。

そして、そういえばゲーデルも、心を病んでいたのでしたね・・・。

たしかに彼らのおかげで、数学は廃人を生むというイメージが少なからず生まれたと思います。
最近ではリーマン予想なども、たくさん廃人を生んだのではなかったでしょうか。(今現在も生み続けている?)

>彼らの個性によるところが大きいと思われます。
私も同意します。必ず精神を病む、というのはさすがに極論だろうと思います。

「無限に魅入られた数学者たち」ですが、残念ながら近所の図書館には置いてありませんでした。
ちょっと読んでみたかったな・・・。


また宗教、哲学、そして科学、数学について、深いご意見有り難うございます。
仰ることはごもっともだと思いました。
508での私の意見の中での宗教とは、「キリスト教」と「イスラム教」のことを指してのことだと思って頂ければと思います。ただ、この先も永久に他の一神教が生まれないとも限らないので、一般名詞を使いました。(今思えば一神教と書けば良かったかな)

数学についてですが、現代数学は科学の一部として機能していると思います。
しかし、ピタゴラス教団にとっては数が信仰の対象でしたし、ジャイナ教などでも数学は聖典の一部を成しています。ただ、宗教に取り込まれた数学は、いささか窮屈なのではないかというのが、個人的な感想です。
また、数学とは何か?という疑問は哲学ですね。
しかしながら、その哲学的な疑問に身を投じなくとも、数学は社会的に機能するという点において、科学に近いものと私は捉えます。
511 甘泉法師 2015/10/27 (火) 23:53:53 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
>なぜその後シェークスピアに執着したのか、なぜロジャー・ベーコンと同一視したかったのか、

同一人物であるには時代が違いますがフランシスの方ですか。
512 takoyaki 2015/10/28 (水) 05:37:34 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>511
失礼致しました。
フランシスの方でした。
513 takoyaki 2015/10/29 (木) 07:41:08 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
フランシス・ベーコンは『ニューアトランティス』の著者ですね。
図書館で探してみると岩波文庫の翻訳本が置いてありました。その本には確かに「シェークスピアと同一人物と考える人もいた」という感じの言及がありました。この仮説はかなり有名な話のようです。

フランシスはイギリス経験主義を代表する人物のようなので、数学史的に彼の考え方に目を向けてみるのは良いかもしれませんね。

またググってみると。どうやら同名のアイルランド人(1900年代)の芸術家もいるようです。
ややこしいと思いました・・・。
514 NS 2015/10/29 (木) 12:34:40 ID:ATxOZThXXM [修正] [削除]
>>513
フランシス・ベーコンの著作としては「新オルガノン」も有名ですね。
この中で彼は南米とアフリカの海岸線の類似を指摘しました。
私が昔読んだブルーバックス「大陸は移動する」(アーサー・クライン著、竹内均訳)では、ベーコンが初めてこの事実に気づいたと書かれていましたが、今ではオルテリウスという人が少し早かったとされています。

>>510
数学の変人といえば、最近ではポアンカレ予想を証明したペレリマンもいます。
フィールズ賞も辞退し、親の年金で研究を続けているという。
ある意味、理想の生活かもしれませんが、人並みな心配はしてしまいますね。
515 甘泉法師 2015/10/29 (木) 16:21:04 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。

数学科について

今は昔の理学部進学アドバイスに「高校の数学が好きな人は物理へ、物理の好きな人は化学へ」というのがありました。で数学科に進む人は?

cf. Twitter 数学科について http://matome.naver.jp/odai/2135794287165342101
516 hirota 2015/10/29 (木) 19:18:56 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>数学科
僕は科学に必要だと思ったから数学科に行った。
理学部で女性率が高いのは生物・化学系だったはずだが数学科は美少女率が妙に高かった。
おたく美少女ってフィクションだと思ってたら実在するらしい。
(理系職場でしばらくしたらアニメおたく美少女が入ってきた)
517 takoyaki 2015/10/29 (木) 21:44:48 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>514
ペレリマンは親の年金生活だったんですね。
フィールズ賞は辞退しても、賞金だけは生活費として受け取って欲しかった気がします。
ちゃんと健康的な生活をしているのか心配です。

>>515
面白いです。
さすが数学科。


数学ジョークに
「よくわからないから、もう少し抽象的に話してくれないか」
というのがありますね。
518 takoyaki 2015/10/29 (木) 22:30:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
フランシス・ベーコンが31歳のときに書いた手紙より抜粋。

「最後に告白しますが、私はささやかな政治目標を持っているように、遠大な思索目標を持っております。というのも、すべての知を私の領域と考えており、できれば知の領域における2種の邪魔者、1つはつまらぬ主張、反論、長談義、もう1つはやみくもの実験、あやふやな伝承と迷信など、多くの損害を与えてきたものを追放することによって、労を惜しまぬ観察、根拠ある結論、有益な発明発見といった、知にとって最高の状況をもたらしたいと願っているのであります」

『ニュー・アトランティス』あとがきから


ロジャー・ベーコン『大著作』の翻訳と比べると、フランシスのほうが明瞭に断定しており、300年昔のロジャーのほうが、まだ「あやふやな伝承」による曖昧な言及が多く見られるような気がします。

『大著作』にはレンズの集光により火を起こす方法について、それは「神の奇跡」であるとしたうえで、光線の屈折という数学的な仕組みがあるのだということが図式的に解説されています。ガラスや水が光を通すのは密度が小さいからで、密度が大きい物質は光線を反射するとあります。どうも光は物質だと考えていたのか、そんな印象を受けました。
ここで、壁を透視する山猫の話が出てきます。これは例え話ではなく、実際に山猫は壁を透視できると考えていたようです。
したがって、人間が目で捉える光は、光のすべてではなく、人間には見えないが山猫には見える光もあるのだということを知っておくべきだろう、とロジャー・ベーコンは述べています。

ただ、昔の人の言い回しってもって回った言い方が多く、どこまで本気で断定しているのかよくわからないところがあります。私の読み取った意味が、著者の意図した通りであるか、ちょっと不安ですが、たぶん合ってると思います。

この話を出したのは科学と宗教と迷信が入り交じっている中に理知の輝きがあることを例示したかったからなのですが、伝わりましたでしょうか。

そして、彼らの営みは時代が進むにつれて、迷信を払拭した近代科学へと純化していったのです。
519 takoyaki 2017/04/03 (月) 21:24:19 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
皆様、ご無沙汰しています。
久しぶりに科学史をやりますよ。
今回取り上げるのはオッカムのウィリアムです。

オッカム 
[1288〜1348]
イギリス・ロンドン近郊生まれ、ドイツ、ミュンヘン没。

この人物を取り上げたのは、「オッカムの剃刀」ってよく聞くけど、言った本人はどんな人なんだろう?という好奇心からでした。
でも今思うと、たまたま彼の言葉が多く引用されて有名になっただけで、歴史上似たようなことはいつの時代も誰かしらがそれぞれの言葉で語っていたんじゃないかと思うんですよね。だから、あえてオッカムについてだけ調べようという熱意も失いつつあったのですが・・・。まぁ、せっかくなので。

ちなみに「オッカムの剃刀」とは、「定位は必要以上に数を増やしてはならない」という学問における指針のようなものだそうです。要するに、結論を導くのに本当に必要なもの以外は削ぎ落して、議論しましょうと、そういうことですね。当然のことだと思います。
オッカムの時代は神学の時代ですから、何を語るにも神を中心に据えないといけない面倒な時代でした。彼は、オックスフォード大学の神学専攻でしたが、例によって切れ者の彼は教授達と話が合わず、追い出されてしまいます。その後、修道院を転々としながら暮らしていました。その間に、本を何冊か出版しているそうです。最期はペストによって、お亡くなりになったそうです。

科学史の文脈では、彼はスコラ学の中でも唯名論の代表者とされています。
唯名論とは、「真に実在するのは個々のものだけであって、不偏なもの(名前のついた概念)は記号に過ぎない(頭の中にだけあるものだ)」という説のようです。
この考えが、当時どのように新しかったのか、どう受け止められたのか、について私はあまり詳しく調べておりません。ごめんなさい。ただ、調べた本には「彼によって、スコラ的な総合の体系は崩れ、自然哲学を典型とした学問が神学から独立し、開花することとなった」と書かれています。
もしこの話が本当ならば、彼は歴史的に重要な人物だったのかも知れません。ただ、その思想や考え方について、今回はあまり深入りはしないことにしました。

以上、今回はさっぱりした内容ですが、ご勘弁下さい。
参考文献は『物理学者小伝』 並木雅俊 著 です。
520 NS 2017/04/04 (火) 22:17:40 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
ご無沙汰です。
オッカムは詳しく存じませんが、村上陽一郎の「西欧近代科学」にこんな文章があります。

「オッカムは(中略)「運動」という概念自体という実体を、アリストテレスに逆らって認めず、運動とは、「物体」が、他の物体に対して継時的に空間関係を変化させる、という「物体」について言うべきことがらに過ぎないとし、そこで、運動している物体について、その「運動」の原因を考えることは無意味である、という考え方に立った。運動している物体は、何かその原因となる力によって動かされるのではない。
このような着想のなかには、あえて、そう読もうとすれば、「慣性」原理に類似した考え方を認めることもできるであろうし、またさらに、物体が、別の物体に対して空間関係を継時的に変ずることが運動であるという発想には、一種のガリレイの運動の相対性を想起させるものがあるとも言える。
しかし、こうした読み込みが、逆に、オッカムの真意を正しく伝えていることになっているかどうか、という点は、吟味しなければならない。オッカムが、こういう形で運動の捉え方をしたのは、むしろ、運動の現象の整合的な理論体系を築こうという目的のためでなかったことは明らかであり、概念論、名辞論的発想に由来するこうした扱いが、近代運動論の基本原理としての「慣性原理」と一部重なるとしても、安易に、その先駆とみなすことには慎重でなければならないだろう」

1348年は世界的なペスト大流行がヨーロッパに達した年で、言うも悲惨な状況の中での最期だったでしょう。
521 takoyaki 2017/04/04 (火) 23:27:04 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、お久しぶりです!
そして、コメントありがとうございます。

とても興味深い引用ですね。
確かにガリレオに近いことを、別の文脈(唯名論の文脈)から語っているように見えます。
オッカムの考え方が少し見てとれるような気がしますね。

彼がアリストテレスに異を唱え、世に新しい切り口を提示したことが、やがて新しい時代の土壌となったのかも。そんな雰囲気を感じました。

ペストも自然科学の発展によって治療可能になりました。オッカムの死からずいぶん先のことになりますが。それでも歴史の積み重ねや因果に、何といいますか、1人の力は小さくとも、価値ある行いは未来を切り拓いていくのだという感慨を覚えます。
522 x_seek 2017/04/05 (水) 00:04:11 ID:bbAkqee4TY [修正] [削除]
>>519
takoyakiさん、こんにちは。
オッカムはコペルニクスと同時代の人かと思っていましたが、
実際には200年ぐらい昔の人なんですね。
神学者というよりも物理学者的な発想のように感じます。

>>520
NSさん、こんにちは。
オッカムは慣性法則に類似した考えを持っていたのかもしれませんね。
523 takoyaki 2017/04/05 (水) 07:12:15 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
おはようございます。
x_seek さん、お久しぶりです!
コメント頂けて嬉しいです。
524 NS 2017/04/05 (水) 21:42:53 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
x_seekさんも、お久しぶりです。
村上陽一郎の本ではオッカムの少し後にスペインのスコラ学者ドメニコ・ソトー(1494〜1570)を取り上げて、1555年に「自然落下に関して、それが、時間に対する斉一的加速運動であることを言い立てている」ことを紹介しています。コペルニクスより一世代後ですね。ソトーについては私はこれ以上知りませんが、「これは、ガリレイの場合のように、実験によって確証された自由落下の考え方ではもちろんない。しかし、ガリレイ自身が、この落下速度の増加が、通過時間に比例するのか、通過距離に比例するのかを、かなり混乱した時期を経て、漸く結着をつけた(中略)ことを考えると、ガリレイより一世紀近くも前に、ソトーが思弁によって、上記のごとき正しい解釈に達し得ていたことは、やはり注目してよいように思われる」とのことです。
takoyakiさんの言われるように、医学の進歩は良いことだと私も思います。ただ、臓器移植まで進んでくると疑問も出てきます。人工知能が人間を超えたらどうなるかとか、やはり怖い部分もあります。
525 hirota 2017/04/05 (水) 22:51:12 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
デタラメを言っても確率で言い当てる事が出来る。
どのような論理で結論したかを問題にしないんじゃ信用できないから
村上陽一郎への批判をググってしまった。
526 ひゃま 2017/04/06 (木) 00:16:30 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>アリストテレスに逆らって認めず、運動とは、「物体」が、他の物体に対して継時的に空間関係を変化させる、という「物体」について言うべきことがらに過ぎないとし、そこで、運動している物体について、その「運動」の原因を考えることは無意味である、という考え方に立った。運動している物体は、何かその原因となる力によって動かされるのではない。

つまり当時の人々にとってアリストテレスの真空の理論も新しい摩擦力の理論も珍妙なものであり、確かめるすべの無いものなのだ。だからアリストテレスが正しいのか、摩擦力の理論が正しいのかは解らない。
http://fnorio.com/0061Newton%27s_law_of_motion1/Newton%27s_law_of_motion1.htm

現代でも決着ついてないこのことの意味を、科学史としてはどのように受け止めるのでしょうか??
527 takoyaki 2017/04/06 (木) 00:56:54 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ドメニコ・ソトー、ググっても出てきませんねぇ。残念。
でも、たとえ思弁的なものであっても、それについて考え、言葉を残した人がいることが知れて良かったです。

むしろ私は、ガリレオの
>通過時間に比例するのか、通過距離に比例するのか
という疑問を、彼がもっていたことのほうに感心してしまいました・・・。

ひゃまさんの問い、よくわからなかったのですが・・・、
科学史としては、現象の結果を予言する点において、アリストテレスより、現代物理のほうが進歩していると見ていいのではないでしょうか。
物理法則は今もって未解決問題かもしれませんが、科学史を通して、過去よりも現在のほうが自然に対する理解は前進している。私はそのように受け止めています。
528 ひゃま 2017/04/06 (木) 01:29:04 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>物理法則は今もって未解決問題かもしれませんが、科学史を通して、過去よりも現在のほうが自然に対する理解は前進している。私はそのように受け止めています。

んー、削ぎ落としの歴史と、削ぎ落とした考えを見直すこと、見直せれる環境になったことは進歩といえますが、ある意味古代帰りしていってるような気もしますが

だから前進といえば、過去の偉人たちの疑問を包括していってる科学史的な視点がいいですねえ
そうじゃないと、地震の予知みたいにああでもないこうでもないっていってる人たちの内の誰かの予言が当たるみたいな話になっちゃうような気がします。

そういえば、歴史もんのドラマなんかでも、史観はむづかしく、製作者は視聴者に楽しんでもらうためだから、あくまでも演出というそうです。
529 NS 2017/04/06 (木) 07:53:28 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
ドメニコ・ソトーは「ドミンゴ・デ・ソト」でウィキペディアにありますが「スペインの神学者・哲学者・法学者」とされ、科学者としての業績は書かれていないようです。
530 takoyaki 2017/04/06 (木) 08:37:32 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
私の科学史は個々の人物を本で調べる事自体が目的で、それらを総合した歴史観にあまりこだわりはないです。その時々の感想は語るつもりです。

>過去の偉人たちの疑問を包括していってる科学史的な視点いいですねえ
そうですね。偉人の疑問には価値があると思います。

>「ドミンゴ・デ・ソト」
どうも経済理論や国際法で有名な人みたいですねぇ。
531 takoyaki 2017/04/06 (木) 09:24:48 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
たまたま思いつきで言ったことが真実だった。
それもまた科学ではないでしょうか。
色んな人が色んなことを言って、当たったり当たらなかったり。
そして、削ぎ落していく。

地震の予知も、成果が出ないうちは、当てずっぽうの仮説を立て続けるしかしょうがないんじゃないでしょうか。
532 ひゃま 2017/04/06 (木) 13:56:46 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
んー、いうだけじゃ科学にならないでしょ

言うのは自由だけど、観測によって制限されたり、関係なかったり
否定されたりするのが、科学と言論の自由との違いかと
533 takoyaki 2017/04/06 (木) 16:16:44 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>いうだけじゃ科学にならないでしょ
はい。ですから、思弁的に語ること「もまた」科学の一部である、と言ったつもりです。
それがすべてではないし、実験や観測事実が大切なのはいうまでもありません。


534 coJJyMAN 2017/04/06 (木) 19:27:21 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
「人文科学」か「人文学」か?。。。それはともかく、
>たまたま思いつきで言ったことが真実だった。
「真実」の定義があいまいかな?
まぐれで現実を言い当てたくらいでは、その発見には余り価値はないけど、
誰も気が付かなかったことを新発見して、みんなが感動したらその情報は価値があるね。
汎用性があって、客観的に検証できて、再現性があるなら、科学的と言っていいかも。
そして、科学史をやるなら、現代では非科学的だとみなされる時代の理論も歴史の1ページに加えることには賛成。

個別の情報の羅列に終わらず、現代に続く何かの「流れ」が見えることを希望します。
535 takoyaki 2017/04/06 (木) 22:32:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
「真実」の定義は私の手に余りますね。ここでは「もっともらしさ」と言い換えさせて下さい。
より普遍的に成り立っていそうなことには、もっともらしさがあるという意味です。

>個別の情報の羅列に終わらず、現代に続く何かの「流れ」が見えることを希望します。
はい、頑張りますね^^
とりあえず次回とりあげる予定のコペルニクスは、科学史から見た大きなターニングポイントだと思っています。そして、これまでの伏線回収がいよいよ始まるって感じでもありますね。うまくいくといいのだけど・・・。
536 ひゃま 2017/04/07 (金) 02:07:13 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
そっか、言動の自由があるなら、羅列の自由度もあるんですね

自由に羅列して、勉強しようずは、読者参加型の意見こみこみなんですね
537 takoyaki 2017/04/07 (金) 08:44:09 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
S・ワインバーグ著『科学の発見』(最近ちょっと巷で話題になった本です)に、

物体の落下速度が時間経過に比例して増していくことに初めて気づいた人物は、ドミンゴ・デ・ソトだったようである。

の一文がありました。残念ながら、ソトが気づくまでの経緯は書かれておりませんでした。
こうして他の書物にも名前が出てくるからには、時代に囚われない深い洞察があったのかもしれないのですが・・・。
538 NS 2017/04/07 (金) 18:50:45 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
ドミンゴも実験をしていたかもしれませんね。記録が残っていないだけで。
われわれとしては、記録や論文が残ってないと検証できませんから・・
スペインはヨーロッパで最後までイスラム教徒が抵抗したところで、グラナダ陥落がドミンゴの生まれる2年前でしたから、あるいはイスラムの科学者の書物を読んだかもしれない。かもしれない、というだけですが。
539 coJJyMAN 2017/04/07 (金) 21:20:47 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
"Domingo de Soto"を少し調べてみましたが、
ガリレイのように、「すべての物体は」落下させると時間に比例して加速するというわけではなく、
「重い物体は」落下させると時間に比例して加速する性質がある。
ということを発見したようです。
運動の仕方の分類をしたようですね。
ただし、ガリレイのような「実験」をしたわけではないことは定説になっているようで、自身の経験というか体験から来る直観のようなものだったのだと僕は思います。

実験をしていないことのどこが弱いかというと、歴史学で例えると「文献の証拠がない」ようなものです。証拠がないと説得力に欠けますね。

ちなみに経験だけなら僕だって、ブレーキの壊れた自転車で坂道を下ると、どんどん加速したことがあります。

参考)Domingo de Soto, early dynamics theorist - USC
http://www.usc.es/fagms/Mira/images/pdf/domingo.pdf
540 hirota 2017/04/07 (金) 22:23:28 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
自転車と言えば、惰性で走ってる時にハンドルを強く握ると加速する感覚がある事を気付いた人はいますか?
(ブレーキを握るんじゃないよ)
それにしても「距離に比例して加速」をどうやったら思い付けるのか分からない。
541 takoyaki 2017/04/07 (金) 23:01:49 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
グラナダ陥落後に、アラビア語の書物は焚書にされたみたいですね・・・。
どのくらいの規模だったのか分かりかねますが。

>運動の仕方の分類をしたようですね。
もしかしたら万有引力発見以前は、運動の分類という考え方が普通だったのかもしれません。
コペルニクスも、「地球が自転しているなら地上の物体はなぜ遠心力で飛んでいかないのか?」という質問に、「人が持っているものを回すのは人工的な運動だが、地球の運動は自然の運動だから遠心力は働かないのだ」と答えているようです。それを読んで、私は何を言っているのか理解できませんでした。
でも、身の回りの力学的な運動がすべて同じ法則で語ることができるというのは、ニュートンの発見なんです。
時代的にはドミンゴ・デ・ソトから100年ほど待たなければなりません。
542 coJJyMAN 2017/04/07 (金) 23:44:38 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
The Enigma of Domingo de Soto:
Uniformiter difformis and Falling Bodies in Late Medieval Physics
http://chcul.fc.ul.pt/textos/Wallace_1968.pdf
を見てましたら、物体の運動。。つまり「速さ」について
速さが┬一定┬一定(場所)
   │  └一定(時刻)
   └増加┬増加(場所)┬一定に増加(場所)
      │      └増加分が増加(場所)
      └増加(時刻)┬一定に増加(時刻)
             └増加分が増加(時刻)
というように、「論理学的」に考えられる可能性を列挙して(この辺がアリストテレスっぽい?)、いろんな物体の運動がどこにあてはまるか考えていたようです。

それで、重い物体は間違いなくv=gtで落下することで決着したようです。

p.s.>>540
>惰性で走ってる時にハンドルを強く握ると加速する感覚がある事を気付いた人はいますか?
はい。いま思えば、腕の筋肉が緊張状態だったため、そう感じたような気がします。
543 takoyaki 2017/04/08 (土) 05:44:10 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
なるほどー。
分類とは、そういう意味でしたか。
544 hirota 2017/04/08 (土) 12:45:15 ID:mxZWPl0EEs [修正] [削除]
>>542
条件が場所と時刻だけで他の物体や人間がないのは論理学的なんですかね?
形式を整えてるだけで最初から結論が決まってるような気がするけど、
目標の結論に至る理屈を付けるのが「論理学的」の意味とすれば問題ないかも。
545 NS 2017/04/08 (土) 18:46:05 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
オッカムの生没年は確定しないようですね。「西欧近代科学」では1299-1349年としていますが、間違いとは言えないようです。
ただソト(ソトー)の没年については月日まで分かっているので、村上氏が勘違いされたのかも。
名前の表記については、村上氏に限らず昔の本ではウィリアム・オッカムと書かれていて、厳密ではなかったらしい。姓と名前を連称する呼び方は中国とローマから広がったもので、人類普遍というわけではないと聞いたことがあります。
takoyakiさんが言われるように、ニュートン以前の人達は天と地は全く違う世界だと思い込んでいたように見えます。キリスト教の影響でしょうか、イスラムではそれほどでもなかったのでしょうか。
546 takoyaki 2017/04/09 (日) 09:29:35 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
私たちは今、「科学が発展している」という特別な時代に生きています。これは特別なことです。
もし科学の発展が有限であると仮定し、長い歴史の存在を認めるなら、たまたま自分の生まれてきた時代がすでに科学の発展を終えたあとの世界であると考えることは自然です。

おそらくどの宗教であるかに関わらず、中世の人々に共通していた感覚は、人が神や自然について考え、知りうることはすでに出し尽くされており、今の生活レベルこそが、その結果得られた最高水準のものであり、だからこそ無い物ねだりは止めて我慢すべきものは我慢し、これまで受け継がれてきたことを、これからも維持していくことこそが最良の選択である、という深い溜め息のような感慨だったのではないでしょうか。これが当時の常識だったのだと思います。

そういった視点でみると、古より伝わる聖典や、アリストテレスのような古代哲学書は、今よりずっと大きな存在感があったものと思われます。
547 甘泉法師 2017/04/09 (日) 10:25:41 ID:ctwIRbLQLU [修正] [削除]
こんにちは。

>私たちは今、「科学が発展している」という特別な時代に生きています。これは特別なことです。

いつでも科学は発展していたし発展するだろうという見方も可能でわたしにはそっちがよりもっともらしく思えます。

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今日の天文學も眞實で、物理學も化學も眞實で、幾何學も力學も皆眞實である、其代り古人の圈の内で、古人の想の所立の學術を以て古人が論じて居たことも其の古に在つては眞實だつたのであり、又將來に於て來者の智の圈内で、來者の想所立の學術を以て論ずるのも其の時に當つては眞實となつて、而して今日の吾人の所論の空疎だつたことが指摘されて笑はるゝことは、猶今日の吾人が古人の所説を指摘して其の空疎なるを笑ふが如くであらう。是の如き言をなすのは、今の科學を輕んじ、若くは疑ふ意では無い、たゞ科學は圈内の談であつて、其の絶對權の有るもので無いといふことを言ふに止まるのである。力不滅論の如きも圈内の談としては點頭す可きであること、譬へば日本國の民が日本の法律習慣に點頭す可きが如くである。併し時代や國家を超越してまでも今の法律習慣に點頭することが出來るや否やは圈外の談である。力不滅の論の如きも、吾人が知り得る天體關係(甚だ狹隘なる)の中の太陽系(甚だ小なる)の中の地球(又甚だ小なる)の中の吾人の知り得る年代範圍(甚だ短き)の中の現時(愈※(二の字点、1-2-22)短小なる)に於て吾人の解得せる現象關係の中で眞實と見ゆるのである。

(努力論 幸田露伴 青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/4331_42264.html
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最近読んで、わが意を得たり と感じた次第です。
548 ひゃま 2017/04/09 (日) 11:46:46 ID:3lIzcPo45k [修正] [削除]
>もし科学の発展が有限であると仮定し、長い歴史の存在を認めるなら、たまたま自分の生まれてきた時代がすでに科学の発展を終えたあとの世界であると考えることは自然です。

わるいけど、この文章には科学的に意味がないよね、現役の学者の人たちもやっと議論するための叩き台くらいはできたかな?くらいではないでしょうか?
でも、1世紀前の人々に比べて、情報に触れ合える機会は比べれないくらいあるのは、新たな可能性を感じます。
549 takoyaki 2017/04/09 (日) 12:06:12 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
私としては、中世の人々の(特に科学とは無縁だった人々の)気持ちの在り方を代弁したつもりだったのですが・・・。
科学史を語る上で、そういった背景に言及することも価値はあるかと思いますが。

甘泉法師さんの仰ることも分かります。
社会にはいくつもの常識があって、それらが折り重なって歴史が生まれていきます。
「もう何も変わらない」と思う人と、「もっと変わっていく」と思う人がいて、これから登場するコペルニクスのような人々は後者の側だと思います。彼らによって、歴史が変転していく流れを掴みたいと思っています。
550 NS 2017/04/09 (日) 13:03:22 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
自由落下についても、真空ならガリレオが正しいのですが、空気中や水中では抵抗のために無限に加速することはなく、終端速度に達すると加速が止まるのですね。終端速度で見る限り、アリストテレス説が正しいように見えます。
自然は真空を嫌うと思われていたのも実は「人間は真空を嫌う」であって、人間は真空では生きられないことを思うと自然な考え方だったかもしれません。いまの学校物理では「空気抵抗はないものとする」と当たり前のように言いますが、中世では狂人の仮定と思われたでしょう。
天文学でもプトレマイオスの天動説はそれなりに観測を説明できていたので、これを打ち破るのは一筋縄ではなかったのだろうと思います。
551 takoyaki 2017/04/10 (月) 09:52:23 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
宇宙空間(天界)はほぼ真空ですから、別世界ってのはあながち間違いじゃありませんね^^
なぜ月は空気抵抗で静止しないのか、という問いに(古代人が)答えるのも容易ではなかったと思われます。

ちなみにコペルニクスの精度は、プトレマイオスと、どっこいどっこいだったようです。
精度は同等だけど、考え方は分かりやすい。それがメリット。
他にもメリットはあるのですが、その話は次回に。
552 takoyaki 2017/04/15 (土) 00:44:50 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 09:53 [修正] [削除]
地動説で有名な天文学者コペルニクスについてまとめます。

コペルニクス
[1473〜1543]

コペルニクスの父(ドイツ人)は裕福な商人で、プロイセン(ドイツ)のシュレージエンからトルンという町に移住してきました。コペルニクスが生まれ育つ頃には、トルンはポーランド支配下になっていたようです。不幸にも10歳のときに父が他界してしまい、続いて母も亡くなってしまいました。孤児となったコペルニクスはその後、母方の伯父(司祭であり、今でいうところの知事の役職だった)に育てられ、名門クラクフ大学に入学できました(18歳のとき)。伯父は実務家タイプだったようで、クラクフ大学では一般教養を求められましたが、コペルニクスはプトレマイオスの天動説を疑問視していたアルベルト・ブルゼフスキの講義を受けており、それがきっかけとなって天文学への関心を持つようになったものと思われます。時代的には、この頃イタリアでルネッサンスの文化が開花しており、その影響がポーランドにも押し寄せてきていました。多感な青年にとって、大きな刺激になったと思われます。

1496年、彼はイタリアのボローニャ大学に留学を決め、それから実に33歳になるまで学生としてイタリア中を遊学しました(時々実家には戻っていたようですが)。そういった生活が可能だったのは、伯父の後押しで定員16名のヴァルミアのフロムボルク大聖堂参事会員となり、教会の仕事にほとんど縛られることなく高収入を約束される身分となれたからでした。

さて、ボローニャ大学では、天動説懐疑派(新プラトン主義)だったドミニコ・マリア・ノバラの助手となり、天体観測を行ないました。ここイタリアではプトレマイオスの学説も批判の対象でした。かつて絶対教義だと思っていたものが、アリスタルコスの学説(地動説)と同列に扱われてしまう大学の気風に、コペルニクスはカルチャーショックを受けたそうです。
また、師匠であるドミニコ・マリア・ノバラには、ヨハン・ミュラー(ラテン名レギオモンタヌス)というそのまた師匠にあたる人がいまして、この人物がプトレマイオスについて詳しく研究し『マルマゲスト要約』なる著作を記しているようです。コペルニクスは、この書物のデータを大いに参考にしたもようです。

その後、彼はさらにローマ、パドヴァへと留学。一時的に医学を学びつつも、どうもこの期間にラテン語とギリシア語の勉強もしていたようで(翻訳などを行う)、この頃に文献で、(原典の?)アリスタルコス、ニケタス(前4世紀頃)やフィロラオス(前4世紀頃)などを知ったもよう。この辺りは憶測です。
また、イスラム世界で広く読まれていた天文学書『世界の仕組みの学覚書』(ナスィール・ディーン・トゥーシー1201〜1274)も彼は知っていたと推察されており、きっとそれもどこかで手にしたのでしょう。

1503年にはフェラーラ大学で法学博士の学位を取り、ついに伯父に呼び戻されてポーランドに帰国します。
母国に帰ってからは、司祭である伯父を手伝ったり、医療活動を行ったりしていたようです。本当は天文学がやりたかったのでしょうが、なんといっても伯父には恩義を感じていたでしょうから、手伝わないわけにはいきません。信徒から経費の徴収をするような泥臭い役回りも引き受けていたようです。

ちなみにコペルニクスは天文学以外にも、現代の経済学でいう「グラシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)」の提唱者としても知られているそうです。というのも、この時期隣接していたチュートン騎士団の領地(一時代前の十字軍の名残)とのいざこざが頻発し、両方の行政府が別々に造った貨幣が一緒に使われていたからです。彼には色々と役回り的な苦労があったようです。

この頃、コペルニクスは伯父の邸で手伝いをしながらも、『コンメンタリオス(解説)』という小冊子(同人誌のようなもの)を作り、親しい知人に配ったりしました。この内容については長くなるので、後で別記事として投稿します。

さて、1510年に彼はフロムボルクに居を定めて、観測のための天文台を建設し、小冊子『要綱』を、1530年にはさらに『小論文』をまとめました。これは自説を図や数式を使わずに要約したものでした。

こういった活動により、コペルニクスの考えは徐々に知られるようになり、枢機卿シェーンベルグや弟子のルチカス(レクチス?)など一部の人々から熱心な賛同を得ます。そして、本格的に天文学の本を書くように勧められるのですが、コペルニクスは迷います。(ちなみに1445年に活版印刷が発明されているので、その気になればもう出版できます)

実はこの時代、カトリックに対する批判としてプロテスタントによる宗教改革が始まっていました。このことは新説を唱えるコペルニクスにとっては追い風のようにも聞こえますが、実は皮肉にもルターの怒りを買ってしまいます。ルターはカトリック教会の腐敗を批判し、その反動で聖書絶対主義に立ち返ることを主張しているわけなので、聖書に書かれていることと食い違う主張を許せなかったのです。
他にもコペルニクスに反対した有名人を挙げておきましょう。中には意外な人物もいますが、それだけ当時としては受け入れ難い話だったということでしょう。
<反対派>
フランシス・ベーコン/モンテーニュ/シェークスピア/パスカル

そういうわけで、不穏な情勢を危惧したコペルニクスは、なかなか研究成果を世間に公開しようとしませんでした。しかし、やはり成果は残したい。

1542年(死の一年前)、コペルニクスはついに主著『天体の回転について』を書き上げます。これには自身の観測結果や、計算も細かく記述されており、まさに集大成と呼べるものでした。出版は弟子のルチカスが引き受けていたのですが、直前になって転勤が決まってしまいます。そのため、この出版はルター派の大臣アンドレアス・オジアンダーに託されることになってしまいました。オジアンダーは趣味として天文学の研究をしていたので、本の内容を知り、青ざめます。しかし、友人であるルチカスの頼みは断れない。そこで、コペルニクスに無断で、次の一文を差込みました。

「この書物は、惑星の運行そのものを論じたものではなく、運行の解明に資するための数学的仮説を述べたものに過ぎない」

この序文がコペルニクスによるものでないことは、やがてケプラーによって暴露されることになるのですが・・・、老齢のコペルニクスには秘密にされました。最終的には彼は真相を知らぬまま死の床で最初に印刷された版を手にして安らかに眠っていたと伝えられています。(それは作り話だという、つれない本もありますが)

さて、こうして生まれた『天体の回転について』ですが、ほとんど誰からも注目されず、印刷された400部を売り切ることはありませんでした。しかし、その幾つかは熱心な天文学者や王侯貴族の蔵書として、現代まで生き残ったようです。それらの古書を探して研究している人がいるのですが、どの『天体の回転について』にも読者による書き込みがたくさん見られるそうです。つまり、コアな人々には多大な影響を与えてきたということです。

やがて母国ポーランドでは、プロテスタント系の学校で太陽中心説も(仮説として?)教えられるようになり、遅れてカトリック系の学校も追従するようになりました。実は、初めの頃はそこまで太陽中心説は弾圧されていないんですね。徐々に考えが広まってくると「むしろ宇宙の真ん中は、地球でなくてもいいのでは。中心は、俗世にまみれた物質が落ちてゆくところだから、惑星のほうが上級で人間にふさわしい」という神学的な新解釈も生まれたりしました。

コペルニクスへの弾圧が厳しくなるのはガリレオの時代からです。(詳しい理由はまだ調べていません。)1616年には『天体の回転について』はついに禁書にされてしまいました。

以前話題になったブルーノ>>247もコペルニクスを擁護して、火炙りになっていますね。(彼の場合はそれが直接の理由ではなく、彼自身の思想があまりに当時として過激過ぎたのがマズかったようですが)

このようにコペルニクスの研究は、初めは静かに、やがて激しく確かな影響を後世に及ぼすことになったのでした。

なお後日譚。
コペルニクスの墓は長い間不明でしたが、2005年の調査でフロムボルク大聖堂の地下から遺骨が発掘され、DNA鑑定によってコペルニクスのものと断定されました。(2008年)
しかし、この偉大な功績を残した天文学者の遺骨はドイツ人なのかポーランド人なのかということで今でも論争があるそうです。いやはや・・・。

<参考文献>
『近代科学を築いた人々』 長田好弘 著
『科学史入門』 池内了 著
『科学と宗教』 J・H・ブルック 著 田中靖夫 訳
『科学の発見』 S・ワインバーグ 著 赤根洋子 訳
『天文学の誕生』 三村太郎 著
『科学の大発見はなぜ生まれたか』 ヨセフ・アガン 著 立花希一 訳
『科学と技術の歴史』 菊池俊産 編著
『科学は歴史をどう変えてきたか』 マイケル・モーズリー&ジョン・リンチ 著
                 久芳晴彦 訳
『誰も読まなかったコペルニクス』 オーウェン・ギンガリッチ 著
                 柴田裕之 訳
『身近な物理学の歴史』 渡辺 愈  著
『はじめて学ぶ科学史』 山中康資 著
『異色と意外の科学者列伝』 佐藤文隆 著
『物理学は歴史をどう変えてきたか』 アン・ルーニー 著 立木勝 訳
553 NS 2017/04/15 (土) 09:54:42 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>552
古在由秀著『十番目の惑星』(講談社ブルーバックス、1975年)に次のように書かれています。
「現在でも100冊あまり残されている「天体の回転」の初版本・再版本のうち、手書きの書きこみが入っているのは20冊ぐらいである。コペルニクスの時代には、20人ほどの学者が「天体の回転」をていねいに読んだにすぎないのだろう。
コペルニクスの説がヨーロッパにひろく知られるようになったのは、イタリアの修道士ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)のためで、ブルーノは「天体の回転」にいたく感銘し、この説を説いて回った。しかも、宇宙は無限であり、太陽は空に輝く星と同じものだということも自説として主張した。このためブルーノは、ローマ法王庁と衝突し、1591年にとらえられ、1600年には火あぶりの刑にあって死んでいる。」

この20人ほどの1人が大観測家ティコだったようです。
「今、バチカンの図書館にもこの本の初版本がのこっている。この本が、ティコ・ブラーへ(1546-1601)が読んだものであることが、そこにのこっている書き込みから最近になって判明した。(中略)1578年1月27日付の書きこみでは、コペルニクスの説に疑問をなげかけている。コペルニクスの説に反対して、ティコ自身の地球中心の太陽系のモデルの図がかかれている。この図では、水星や金星は、地球のまわりをまわる太陽のそのまたまわりをまわっている。ティコが疑問としたのは、地球が太陽のまわりをまわっているのなら、恒星の位置はそれにともなって動いて見えないかということである。この恒星の動きが観測から認められないのだから、地球は動いていないのだとティコは考えた」

ティコが恒星の動きを観測できなかったのは恒星までの距離があまりにも遠かったためで、ティコの死から200年以上過ぎた1838年にようやく観測されました。しかしティコの膨大な観測データを受け継いだ弟子のヨハネス・ケプラー(1571-1630)はこの疑問を残しながらも、コペルニクス説に基づく太陽系を確立することになります。
少し先走ってしまいましたがm(_ _)m
554 NS 2017/04/15 (土) 10:12:57 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
ティコの説明でも少し書きましたが、コペルニクス説がプトレマイオス説より単純な点として、水星と金星が何故真夜中に見えることが無いか簡単に説明できるという点があります。水星と金星は太陽系で地球よりも内側の軌道を回っているとすれば、この二つの惑星が真夜中には見えず、夕方か明け方にしか見られないことは明らかです。プトレマイオス説ではこのような簡単な説明ができず、余分な仮説を付け加えなければなりません。ティコはコペルニクス説に反対したとはいえ、これを解決しようとした点は見事だと思います。
また火星・木星・土星の運動については「逆行」という不思議な動きが「惑星(まどえる星)」の名のもとになったわけですが、これら三惑星の軌道は地球よりも外側にあり、地球の公転運動のほうが速いため、追い越すときに逆行が見られると考えれば原理的には簡単に説明できます。ただ、ケプラー以前は天体の軌道は完全な円であると考えられ、楕円を考える学者がいなかったので観測データを説明できず、周転円など複雑な仮説を加えたプトレマイオス説が受け入れられていたのです。
555 takoyaki 2017/04/20 (木) 23:09:36 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
NSさん、こんばんは。

私の足りないところを書いて頂いた気がします。
現在残されているのが100冊、書き込みが20冊、という具体的な数字までは私が調べても分からなかったところで、嬉しいですね。
ティコの書き込みが判明しているのも興味深いです。

水星と金星の見え方がコペルニクス説のほうが原理的に説明できることは、あとで補足するつもりだったのですが、私よりNSさんのほうがお詳しいですね。

>この恒星の動きが観測から認められないのだから、地球は動いていないのだとティコは考えた
なるほどです。

私も先走って、この先の展開を書いてしまいますと、

コペルニクスは円軌道でしか考えなかったのが、失敗だった。しかし、太陽を中心にして惑星の並び順など概ね正解に近いモデルを残した。
ティコは、地球を再び中心に据える折衷案で半歩戻ってしまうけど、後世に素晴らしい観測データを残した。
ケプラーはティコのデータを元に、太陽中心の楕円軌道を発見した。
ニュートンが万有引力を発見し、ケプラーのモデルを力学的に説明した。(←物理学の誕生)

と、こういう流れをこれから追うことになると思います。
それから、ガリレオからニュートンへ繋がっていく流れも捉えないといけないですね。そちらはまだよく把握できていないので、これから調べるつもりです。

ブルーノについては、私の中で少々イメージが肯定的に変わってきました。
太陽が数ある恒星の一つに過ぎないと考えたことは、やはり素晴らしいと思います。
今日では、人間を特別視しないことを指してコペルニクス的な発想と言われることもあります。
例えば、生命は地球にしか存在しないと考えるのは地球を特別視しすぎている。コペルニクス的な発想に立てば、地球も数ある生命のいる惑星の一つに過ぎないと思ったほうが自然ではないか。というような言説です。
しかし、これについてはコペルニクスというより、むしろブルーノ的なのではないか、と思うのです。
コペルニクスは、あくまで地球は神の創造物であり、特別なものに違いないと期待していたのではなかろうか。

また、巷でよく使われる「コペルニクス的転回」という言葉ですが、これもWikipediaによれば、カントの作った言葉のようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%b3%e3%83%9a%e3%83%ab%e3%83%8b%e3%82%af%e3%82%b9%e7%9a%84%e8%bb%a2%e5%9b%9e

このように、世間ではコペルニクスについてこれまでの時代の流れを1人で覆したかのような、ある種の作られたイメージがあるような気がします。しかし、調べてみるとコペルニクスはそこまで破壊的な(?)発想の持ち主ではなかったという印象を持ちました。
そもそも、太陽中心説はもっとずっと昔からありましたしね。
むしろヨーロッパの歴史的な反動がルネッサンスを生み、コペルニクスもその波に乗った人物の1人であったというのが実際のところではないかというのが、私の考えです。
556 takoyaki 2017/04/20 (木) 23:59:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
<コペルニクスの『コメンタリオルス』における七原則>
について発表します。

1、諸天体の軌道の中心は同一ではない。
2、地球の中心は宇宙の中心ではなく、月の軌道の中心に過ぎない。また、地球の中心は重力の中心であり、地球上の物体はそこへ引きつけられる。
3、月以外の天体は太陽の周りを回っている。(ただし、1で述べたように惑星軌道の中心は太陽と完全に一致するわけではなく、すこしズレたところにある)
4、地球〜太陽間の距離は、地球〜恒星間のそれに比較すれば無視できるほど小さい。
5、星々が地球を中心として1日に1回転する見かけ上の動きは、もっぱら地球が自らの軸を中心に回転していることによって起きる。
6、太陽の見かけ上の動きは、5で述べた地球の自転と、地球が太陽の周りを回る公転によって起きる。
7、惑星の見かけ上の逆行運動は地球の動きによって起きる。この現象は、地球が火星や木星や土星を追い越すとき、あるいは水星や金星に追い越される時に起きる。


<私の解説>
この七原則は、コペルニクスが自説を述べるにあたって、初めて見る人が分かりやすいように要点をまとめて書いたものです。
ここから、コペルニクスがプトレマイオスのモデルでは説明が難解だった惑星の見かけ上の動きを、太陽中心モデルによってシンプルに捉えることに成功していたことが分かります。彼は水金地火木土の並び順も当てていました。
一方で、惑星軌道の中心が太陽に一致しないことには頭を悩ませていたようです。その原因が円軌道にあることは思い至らなかったようです。そのあたりはまだプトレマイオスから脱しきれていなかったのかもしれません。
2については、重力についての言及があり、万有引力を連想しますが、力学的な考察はニュートンには及ばないところにあったと推測されます。
コペルニクスは、自説に対する次のような質問にやや苦しい回答を述べています。

Q:地表の物質はなぜ遠心力で飛んでいかないのか?
A:遠心力は砲丸投げなどの人工的運動で現れる力であって、自然現象では現れない。
Q:地球が自転しているならば、空気があとに残されていつも東風が吹くのではないか?
A:空気が地球に接触していて地球の一部である。

人工運動と自然現象を分けている時点で、ちょっと躓きを感じます。
空気については、慣性系(空気も他の地表の物質と同じく慣性の法則に従っている)のイメージで語っているのか微妙だと感じました。
コペルニクスがどこまで運動の原理を考察していたかは、資料が少なく私はあまりよく分かりません。
もし、ご存知の方がいれば教えて頂きたいところです。
557 NS 2017/04/21 (金) 11:49:12 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
菅野禮司『物理革命はいかにしてなされたか』より。

地球が自転しつつ一年かかって太陽のまわりを回っているなら、なぜ私達はその運動を感じないのか、という最大の疑問に答えなければならない。正しくはガリレイによって説明されたのだが、まだ運動の相対性原理を知らなかったコペルニクスは次のように考えた。地球の運動は自然運動であって、強制運動でないと考えるなら、自然にかなった自然運動は強制運動と異なった作用を生むはずである。したがって地球の運動によって地球自体が破壊されることもなければ、地上の物体が吹き飛ばされる心配もなかろう。プトレマイオスは地球や地上の物体が破壊されることを心配したが、天動説では地球よりもはるかに速く運動することになる他の天体、および宇宙の天球自体について、なぜ同じ心配をしないのかと。
プトレマイオスはアリストテレスにならって、地上の運動と天体の運動を区別し、強制運動と自然運動に対応させた。コペルニクスは地球を他の惑星と同一視して、地球自体の運動も自然運動と考えるなら、地球について心配なことは天体についても同じだといって、裏から自分の説を弁護している。ここに見られるように、地動説によってアリストテレスを否定するが、他方でアリストテレスの考え方である天体の円運動、自然運動と強制運動の区別をコペルニクスは信じている。天と地をひっくり返す程のことをやったコペルニクスでも、伝統的な物の見方、考え方から一挙に抜け出すことはできなかったのである。

558 NS 2017/04/21 (金) 12:15:54 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
村上陽一郎『西欧近代科学』より

プトレマイオスの理論体系とコペルニクス説とによって古代と近代の理論を代表させ、あれかこれかという形で、古代と近代との差を言い立てるような考え方が誤りであることは、これまでの叙述がある程度明らかにしていると思われる。コペルニクス説自体に含まれるさまざまな要素のなかで、近代に残されたものは、わずかに、太陽と地球の位置を逆転させるという考え方のみであって、それとても、コペルニクスの独創でないのみならず、コペルニクスの主張したように太陽が宇宙の中心にあるわけでもなかった。ガリレイは、彼の異端審問の直接の原因となったいわゆる『天文対話』のタイトルを、「プトレマイオスとコペルニクスの二大世界体系についての対話」と名づけて、あたかもこの両者の体系をあれかこれか、旧体制か新体制かを定める踏絵のごとき意味を与えている印象があるが、それにはガリレイ一流のレトリックもあり、感覚もあった。そのガリレイも、旧来からの、あの円運動を惑星に可能な唯一の運動とするという点では、守旧的な立場を崩さなかった。
そういう見地からすれば、天文学における真の革命的で斬新な発想は、その他の点ではむしろガリレイなどにくらべてはるかに神秘主義的で、古い時代の感覚的背景のなかに生きていたヨハンネス・ケプラーであった。
559 takoyaki 2017/04/21 (金) 15:53:16 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ありがとうございます。

強制運動と自然運動というのは、アリストテレス以来の伝統的な考え方だったんですね。

コペルニクスもガリレオもよほど円軌道の変更を認め難いものと捉えていたような印象を受けますが、何かもっともらしい理由があるのか、疑問が残っています。
円は数学的に美しいってことは否定しませんが、ひょっとしたら現実は違うかもと、ちょっとひねくれて疑うことすらしない理由があったのかな、と。

ケプラーは神秘主義者だったのですね。
ニュートンもけっこうな人ですし。
彼らは科学史の有名人ですが、案外現代の科学者とは話が合わないかもしれませんね。
560 NS 2017/04/22 (土) 08:42:27 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>559
takoyakiさん、おはようございます。
ガリレオは話が合うかもしれません。
ケプラーの著書は冗長なラテン語で、友人であるガリレオも読むのが大変だったようです。
ガリレオとケプラーは研究で文通はしていましたが、会ったことはありませんでした。

円は完全な図形で、天上の運動は円であるという観念は相当に強かったのでしょう。離心円は楕円までもう一歩の感じです。
561 べん 2017/04/24 (月) 20:53:11 ID:H4ac2acKO6 [修正] [削除]
こんにちは。
過去の人々が円軌道に固執した理由ですが天球モデルが一因ではないでしょうか。
惑星は何もないところを運動しているわけではなく、剛体的な天球と一緒に動いていると
当時の人々は考えていたようです。
固定された一つの軸の周りの天球の回転を考えるならおのずと円軌道になります。
コペルニクスの著書「天体の回転について」は正確に訳すなら「天球の回転について」です。
562 takoyaki 2017/04/25 (火) 19:16:06 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
べんさん、こんにちは。
コメント有り難うございます。
なるほど、と得心致しました。

S・ワインバーグさんの『科学の発見』では、コペルニクスがどこまで天球を「実在するもの」として考えていたかは、はっきりとは言えないと書かれていましたが、『天球の回転について』というタイトルからしてもそれを意識していたのは間違いない気がしてきました。

いま、次回発表予定のティコ・ブラーエについて調査中なのですが、彼も天球をどう考えていたか興味深いところなんですね。
ティコは1572年に新星を発見していて、「天球は変化しない」と言うアリストテレスの宇宙観を否定する証拠を見つけています。なぜティコが新星の誕生は、一番外側の天球における現象と考えたかと言えば、観測によって視差が発見できなかったからです。
彼がコペルニクスの宇宙観を受容できないと判断した理由もNSさんのコメントにあったように、恒星には視差がないのが理由でした。(これは観測精度の問題だったわけですが、それはさておき。)

そんなわけで、ティコはあくまでアリストテレスの宇宙観を部分的に否定しながらも、地球を不動のものとすることや、天球に囲まれているという大枠のアイデアについては簡単に離れようとしませんでした。
ところが、彼の考えた折衷案(地球以外の惑星を従えた太陽が地球の周りを回っている)を見ると、少なくとも惑星と太陽の属する天球同士が交差してしまうのです。もし天球が透明なガラスのような固体物質だとすると、明らかにこれは矛盾するので、ティコのモデルでは一番外側以外では天球などないと言ってるも同然なんですね。これはアリストテレスの宇宙モデルと真っ向から衝突します。
今日は、そのことに気づいて面白いなぁと思ったのです。

これからも、こういう新しいモデルを生み出しては、そのモデルの更なる矛盾点を見つけてしまい、人々が次第に全く新しい概念を受け入れていく流れを探していきたいなと思いました。

ティコについてのまとめ記事は、また後日投稿しようと思います。
今日はちょっと先走ってしまいました。

(ちなみにケプラーはティコの直接の弟子だったんですね。色々と人物関係を知るのも面白いです。)
563 KM 2017/05/20 (土) 23:26:44 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、また、このスレッドに既出かもしれませんが、あるいはまた、真偽のほどはわかりませんが「プランク定数はビスマルクのお陰で見つかった。」
普仏戦争(1870~1871年)でアルザス・ロレーヌ地方を獲得したドイツにおいて鉄鋼業が盛んになり
>「経験やカンなどに頼らないで、溶鉱炉内の温度を正確に知る方法はないものか」という声があった。その声に答える形で多くの物理学者が、この問題に取り組みはじめた。

私のサイトよかったら参照下さい。
http://koshiro56.la.coocan.jp/contents/relativity/contents/relativity300.html
564 KM 2017/05/21 (日) 00:12:21 ID:W0I1QmWnLw 修正アリ: 14:25 [修正] [削除]
これも、このスレッドに既出かもしれませんが、なぜ、アインシュタインのノーベル賞受賞は遅れ、さらに同賞授賞対象の業績は「相対論」ではなく「光電効果」だったのか。

これは「相対論」がノーベル賞授賞の条件:
「まず第一に、アルフレッド・ノーベルは、そのノーベル物理学賞を設定するに当って、賞金は、それによって人類が非常に大きな利用価値を得るような、物理学の最近の発見に対して与えられるべきであるということを規定している」
を満たさなかったからという理由もあります。が、政治的問題もあったとのこと:

すなわち、スエーデン科学アカデミーのノーベル賞委員会が、第一次世界大戦で戦ったイギリス・ドイツ両国間において政治的に板挟みになっていたから。
アインシュタインは平和主義者だった。そのアインシュタインは、イギリスの天文学者アーサー・エディントンの1919年5月29日の日食観測によって時の人になった。アインシュタイン(中立的な平和主義者)とエディントン(イギリスの科学者)は接点を持った。それが「一般相対性理論」であった。そして、スエーデンのアカデミーは、アインシュタインの業績とアインシュタインの業績を証明したエディントン(イギリスの科学者)の協力に基づく「一般相対性理論」に対しノーベル賞を受賞させると:

「イギリスは敵国ドイツの科学者の業績(の証明)に一役買った。イギリス人は寛容だ。しかし、ドイツ人は自国の科学者を本当に助けたのか?」

ということでドイツ国、および、ドイツ人の感情を逆撫で、反発・・・それは絶対避けねばならなかった。

簡単に言うと「アインシュタイン」=「一般相対性理論」=「イギリスの科学者の業績または貢献(相対論の証明)」というイメージがつながることは危険だったと思う。それに対し「光電効果」は安全だった。

ところで、ドイツの観測隊も相対論を証明するために日食の観測を実践したのにな〜。

>1914年の夏に、エルヴィン・フロイントリッヒが率いたドイツの観測隊が、8月21日の日食を観測するためにクリミア半島にむかったが、第一次大戦が勃発したために、早く戻るように隊は警告を受けた。

これも、よかったら、 http://koshiro56.la.coocan.jp/contents/relativity/contents/relativity135.html の上段ご参照下さい。

以上、修正済み
565 NS 2017/05/21 (日) 12:24:50 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>563
その話、私は竹内淳さんの「高校数学でわかるシュレディンガー方程式」というブルーバックスの本で読みました。
この本の一番初めは量子力学の誕生について、ビスマルク、鉄鉱石、溶鉱炉の温度の話から始まっています。
566 KM 2017/05/21 (日) 14:19:08 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>> 565
>私は竹内淳さんの「高校数学でわかるシュレディンガー方程式」というブルーバックスの本で読みました。
本当だ!書いてありますね。私はこの本全然読んでいなかった。ありがとうございます。

観点「科学と国家」について以前から思っていた仮説を書きます:やっぱり科学者がすぐれた仕事をするには「カネ」が要る・・・。ビスマルク前のドイツの分裂国家は財政難の国が多かったんじゃないかな。それに対し英仏は19世紀すでに資本主義が発達し研究機関・高等教育に国家予算を回すことが出来た。その結果、英仏は19世紀に複数のすぐれた物理学者を世に出させた。
ちなみにトマ・ピケティの言うゴリオ爺さんの時代(1819年のパリ)は大雑把に言って資本主義初期、ベル・エポック(19世紀末から第一次世界大戦勃発まで)の時代フランスの資本主義は頂点に至った。
19世紀米国は南北戦争やってた(近代化vs.奴隷制度)。米国の最初の理論物理学者って誰なんだろう(?)。そして、ドイツの場合、上記のように近代化に後押しされてプランクが出てきた。しかしアインシュタインは例外的に思える(つまり彼は1905年、貧乏な一匹狼だった)。あ、そういえば・・・皆さんには当たり前すぎる内容かも知れませんが、量子論:影響の相関図というページがありました。 http://koshiro56.la.coocan.jp/contents/relativity/contents/relativity299.html ←「XからYへの矢印」というのはベクトルの始点から終点という意味だと思います。
567 べん 2017/05/21 (日) 15:05:11 ID:H4ac2acKO6 [修正] [削除]
> 米国の最初の理論物理学者って誰なんだろう

ウィラード・ギブズでしょうか。
ギブズ以前の時代で有名なのはフランクリンやヘンリーくらいですが彼らは実験物理学者ですから。
568 takoyaki 2017/05/21 (日) 23:04:14 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 05/27 (土) 09:21 [修正] [削除]
私が以前に読んだ本で、タイトルは思い出せませんが、ノーベル物理学賞は一度取ったら、同じ人が二度取ることはできないとか。(訂正:そんなことはありませんでした。>>589
だから無難な「光電効果」で一度受賞してもらえば、それ以外の「革新的な」理論についての(当時の)厄介な議論に巻き込まれないで済む、という思惑があったのではないかと、そんな感じのことが書いてあったような気がします。

科学と国家で思ったのは、ちょうど今やっているコペルニクスやティコ・ブラーエのことですが、当時の統治者(もちろんまだ民主国家ではないのだが)が、パトロンになってくれたおかげで研究(天文台建設など)ができたという側面がありますね。
この頃が西洋における巨大科学のはしりだったと考える歴史家もいると本に書かれていた気がします。

色々とうろ覚えですみません。
図書館で自分のノートにメモしたことはハッキリ書けるのですが、軽く目を通しただけの本だと細部は覚えきらないので、印象だけで細かいところを補っているかもしれません。

ところでKMさん、科学史スレッド初書き込みありがとうございます。
KMさんのサイト見せて頂きましたが、内容がすごく充実していて、驚きました。私より遥かに博識でいらっしゃいますね。(この掲示板の皆様も総じてそうなのですが・・・)私はまだまだ勉強不足ですが、お手柔らかによろしくお願いします。

さて、今日はティコ・ブラーエの調査結果を投稿しようかと思っていたのだけど、どうしようかな。
もう少し今の話題が落ち着いてからにしようかな。急いでいるわけでもないし・・・。
569 KM 2017/05/22 (月) 22:53:02 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
ベルサイユ条約による多額の賠償金、ドイツのハイパーインフレ(1923年)、ヒトラーのミュンヘン一揆(1923年)、1929年に始まった世界大恐慌、一方で英仏の帝国主義つまり英仏の植民地支配などなどをあげると世界史の授業のようになるのでやめますが、私のサイトの「アインシュタイン年譜 http://koshiro56.la.coocan.jp/contents/relativity/contents/chronology_20170504.html 」を改めて読み直してみると、1920年だけでもアインシュタイン(1922年ノーベル賞受賞)の身辺にいろんな動きがあります:

1920年(41歳)抜粋(以下、アインシュタインを、E.と、略す)
2月12日 ベルリン大学にて、E.の講義中に妨害がある。E.は、新聞では、その妨害を反ユダヤ主義といったものの現れであるように解釈する向きもありうるだろうが、そうではなかったと述べている。
6月 E.とボーアはベルリンにて初めて会う。
8月24日 ベルリンにて一般相対性理論に反対する大衆集会。E.はこの集会に出席する。
8月27日 ドイツの新聞はE.がドイツを去る計画であると報道。
9月8日 ヘニッシュへの手紙の中で、E.はベルリンが彼にとって人間的、科学的関係によって最も密接に結びついた場所として共鳴できると述べている。彼はまた、外的な状況に迫られれば、外国からの招きに応じるかも知れないとつけ加える。

以上。

そんな中「スエーデン・アカデミーが、でかでかとニュースになるような形で、アインシュタインにノーベル賞を授賞すること」を避けた理由は「アインシュタインの身の安全をも、おもんぱかってということ」だったかも知れませんね。よって、スエーデン・アカデミーは「小さなニュース」になるように「光電効果」を授賞の理由にした。←これだとおそらくニュースバリューは相対的に低くなると思います(!)。とにかくスエーデン・アカデミーはアインシュタインにノーベル賞を受賞させねばならなかった:中身は何でも良かった。

次に、話は変わりますが、科学と金の問題。ウィキペディアにおける「キュリー夫人(1867-1934)」の項:これを読むと途中で読むのをやめたくなるほど、ひどい逆境(馬鹿げた不倫記事=不倫疑惑まで出て来る)の中で、彼女は偉大な業績を為したのですね。もし彼女がお金持ちの大貴族の出身だったら、もし彼女がいくらお金を使っても構わないというスポンサー(国、法人、私人を問わず)に出会えていたら・・・彼女は、悲劇的生涯を送らないでよかっただろうと思われます。つまり、キュリー夫人という人には、その偉大な業績とは裏腹に、悲痛や悲劇性が見えます・・・私には。

科学者に必要なものは「天分」「根性」「カネ」「カネ」「カネ」

追伸)ティコ・ブラーエの話題に割って入ってすみませんでしたが、このスレッドは深過ぎて(あるいは広過ぎて)いろいろな科学者が登場するのは仕方ないと思います。
570 takoyaki 2017/05/23 (火) 08:39:18 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
アインシュタインの身を案じて、というのが本当ならちょっといい話ですね。

>キュリー夫人(1867-1934)
女性科学者には色々な苦労話があって、ちょくちょく話題にはなっている気がしますが、このスレッドでこれまでに取り上げた人物としては、ギリシアのヒュパティアでしょうか。>>157>>349>>441(科学者と言うより哲学者と呼ぶべきかもしれませんが、「女性科学者」というカテゴリでは必ず名前の挙がる有名な人物です)
彼女も聡明な人物であったことが伺えますが、キリスト教徒によって惨殺されるという不幸な最期を遂げたとされています。政治・宗教の犠牲になったという感じですかね。

科学にとっての一番の障害は、科学に対する庶民の無理解かもしれません。
571 KM 2017/05/23 (火) 11:12:27 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>570 ギリシアのヒュパティアさん。残酷な最期ですね。さて、
>『科学にとっての一番の障害は、科学に対する庶民の無理解』に、反応して(反論?)。
シャーロック・ホームズとマクスウェル(1831-1879)とは同時代かと思ったら違いますね。
コナン・ドイル(1859-1930)。
シャーロック・ホームズ・シリーズ(1887-1927発表)。←私、これを全部読みました。

ホームズとワトソンの会話。殺人現場(高原のど真ん中)でホームズが変なものを拾う(見つける)。「ワトソン君、これはいったいなんだね?」「これは、目の手術などに使うメスだよ」。ホームズの推理:高原のど真ん中で何らかの外科手術が行われようとした。←こんなストーリーの小説が長期にわたって英国で大ヒットした(さらに『日本は英語圏以外で、もっとも早くホームズものが紹介された国のひとつである』(シャーロック・ホームズシリーズ wikipedia より))。当時の英国一般大衆はホームズ(ヴァイオリニスト、むしろ科学に疎い)&ワトソン(医者、科学者)、この2人の科学的推理を読んで楽しんだ・享受した。それは、当時の英国の科学者にとって有難いこと・ある意味幸運な事象・後押しになった・・・← 否、これは飛躍か、的外れか(笑

ティコ・ブラーエの調査。←これをメインして、その他のトピックをサブトピックとして進められてはいかがでしょうか。
572 KM 2017/05/23 (火) 14:02:51 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>570

投稿を連発して悪いのですが、光電効果を独語で「Photoelektrischer Effekt」というらしい。この語と「Einstein」「Nobelpreis(ノーベル賞)」という語を並べてもドイツのメディアはそれを詳しく報道するのは難しいし一部のメディアからは無視されたかも・・・。

ついでに、1905年の  $E = mc^2$  の論文のタイトル「Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt abhängig?」はカッコいいドイツ語です。「Does the inertia of a body depend upon its energy content?(英訳)」は平凡に思えます。日本語訳は「物体の慣性はそのエネルギー含量に依存するか?」
573 NS 2017/05/23 (火) 15:04:47 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
古いブルーバックスで恐縮ですが、都筑卓司氏の「不確定性原理」に面白い話が載っているので紹介します。
1968年に川端康成がノーベル文学賞を受けた後、日本の某新聞がノーベル賞の内幕を記事にしました。ところがその記事に次のような文章があって、都筑氏は目を疑ったそうです。
「アインシュタインは1921年、写真電気効果の研究によってノーベル賞を受けた」
光電効果(photoelectric effect)のphotoを写真、electricを電気と誤ったようです。
574 KM 2017/05/23 (火) 17:07:08 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>573
詳しいご説明、ありがとうございました
photo- 【複合要素】光(の); 写真(の) (ウィズダム英和辞典より)
photo.. 《名詞・形容詞などにつけて「光・写真」を意味する。foto.. とつづることもある》【語源はギリシャ語の pháos ="Licht"】(独和大辞典 小学館 28,000円+税より)
つまり「photo...」はもともと古代ギリシャ語で「光」を表す接頭語だったんですね。
>「アインシュタインは1921年、写真電気効果の研究によってノーベル賞を受けた」
当時のドイツ・メディアも「アルバート・アインシュタインの業績」=「写真電気効果」←何のこっちゃ!だったでしょう。

追伸)あら、そういえば、photon (光子) という単語があった。「das Photon 光子。独語。中性名詞」
575 NS 2017/05/23 (火) 18:49:38 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>574
photon(光子)は1926年にアメリカのギルバート・ルイスが造った言葉で
アインシュタインは Lichtquant(光量子)と呼んでいたようです。
576 takoyaki 2017/05/23 (火) 23:31:26 ID:24fsL7VI/w 修正アリ: 05/27 (土) 09:57 [修正] [削除]
それではブラーエやります。
今回は、「業績」と「その人生」の2回の投稿に分けたいと思いますので、よろしくお願いします。平行して、サブトピックについて語って頂いてもかまいませんので、お気兼ねなく。

ティコ・ブラーエ
[1546〜1601]

彼について科学史的に重要と思われる業績をまとめると、

・アリストテレスの宇宙モデルを否定する具体的な証拠(新星・彗星)を発見・観測した。
・肉眼による精密な惑星観測を行い、ケプラーの法則発見の礎となった。

ざっくりと、この2つを押さえておけばいいのではないかと思いました。それぞれ、詳しく見ていきたいと思います。

<新星の観測>
1572年、ブラーエはカシオペア座に新星を発見しました。彼は16ヶ月にわたりその観測を行い、明るさの変化に関する貴重な記録を残しました。また、新星の年周視差が見られないことからこれを恒星と同じ天球での現象と結論付け、「月より遠方では何も変化しない」とするアリストテレスの考えは、彼の観測事実と矛盾することを示しました。

少し脱線。
好奇心で調べてみると「新星」の発見は、これが人類史初というわけでもないようです。
例えば聖書には、あるときにだけ明るく輝いたベツレヘムの星に関する記述があるそうです。また、ある本では歴史上の記録と一致することが現在確認の取れている天体としては次のものが挙げられていました。

185年(ローマ)ケンタウルス座 RCW86
393年(中国) CTB37A/B
1006年(中国、エジプト、ヨーロッパ、北アフリカ、日本) PKS1459-41
1054年(中国、アメリカ、日本)カニ星雲 NGC1952
1181年(中国、日本)3C58
以上、5個。

とはいえ、当時ヨーロッパではアリストテレスの流儀で、新星は流星などと同じく月下界(大気中)の現象だと考えられていたので、ブラーエがこれに異論を唱えたことにはやはり特別な価値があるわけです。
なお、1604年にも別の新星も発見されており、これはケプラーとガリレオがそれぞれ調べているとのことです。ところが、どうもその後は1987年まで、肉眼で確認できる新星は生まれなかったんですね。だから考えようによっては、彼らはとても運が良かったのかもしれません。
今では、この現象が「超新星爆発」という現象であることはよく知られており「新星」という言い方はしませんが、当時は明るさの変化なども含め、色々と謎の怪現象だったに違いありません。(訂正:現在では「新星」と「超新星」は別の現象として扱っています。>>589

1572年11月11日、ティコ・ブラーエによる回想をちょっと紹介しましょう。

「子供の頃から、天空にある星々のほとんどすべてについて、私は完璧に知っていたので、こんなに明るく輝く星ではなく、ずっと暗い星であったとしても、そこには以前に星がなかったことに、すぐに気づいただろう。この星を見た時の驚きがあまりに大きかったので、私は自分の眼を疑ったが、この発見を少しも恥ずかしいとは考えなかった。他の人々に、この星の場所を示したとき、彼らもやはり、そこに1個の星を認めることができたのを知って、私の疑問は立ち所に消えてしまった」

彼の驚きと興奮が、生き生きと伝わってくるような気がします。

<彗星の観測>
また、ブラーエは彗星についての詳細な観測を行い、1577年に現れた彗星について、「月までの距離の少なくとも3倍は遠くにある」ことを明らかにしました。その後、1580、1582、1585、1590、1596年にも同様の観測を行いました。
これらもまたアリストテレスの「月より遠方では・・・」との矛盾を示す証拠となりました。

<惑星の観測>
またブラーエは、1.8メートルサイズの四分儀を用いて0.5分角(1分角は1/60度)の精度で惑星の位置を測定しました。これは、コペルニクスとは比較にならない精度だったようで、かつ、21年の長きにわたって継続的に行なわれました。特に火星の観測データは、後にケプラーによって軌道計算に用いられ、ケプラーの法則発見に結びつくことになりました。

ブラーエは、(望遠鏡の発明されていない当時としては)最高精度のデータだと自負していたと思われ、その精度でも恒星の年周視差が検出できなかったことから、地動説を認めなかったと思われます。(政治的な理由があったとする説もあり。)
そのため、コペルニクスと天動説の折衷案を考えました。>>562にて考察。

さて、現在ではこの地球中心説は誤りであったことが分かっています。年周視差はブラーエの予測に反して、あったのです。ただ、それが検出されたのは、約300年後の1838年、ドイツのベッセルによるはくちょう座61番星の観測でした。その視差の量は0.3秒角。ざっとブラーエの100倍程度の精度が必要だったというわけです。さすがに望遠鏡がないと無理でした。
それでも、当時の技術的な限界に挑んだブラーエの粘り強い天体観測は今でも賞賛されています。

そんな数々の業績を残したブラーエの人物像ですが、生い立ちから没後までのストーリーは次の投稿でまとめたいと思います。>>590
577 KM 2017/05/24 (水) 01:56:36 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>576 お邪魔します。
takoyaki さん。こっちの方が面白いじゃないですか(笑
1972年の火星大接近の際、私は、小学6年生の「天文少年」でした。「天文ガイド」「天文年鑑」を購読していました。その頃の私は、親から買ってもらった60mm屈折型望遠鏡で、土星の環、火星、アンドロメダ星雲を観測しました。
肉眼による天体観測をしたチコ・ブラーエという天文学者の名も知っていました。その後、中学生になると天体望遠鏡が壊れてしまい、望遠鏡で星を見る機会は無くなりましたが、星座をみて季節を楽しむ歓びは忘れませんでした。小学6年当時、全天恒星図を買いました。小学6年の修学旅行時、阿蘇山で見た銀河は素晴らしかったな〜。死ぬまでにもう一度見たい! ←何しろ銀河のみならず星座も全天恒星図そのまま! 満天の恒星・惑星のなか天の川が3等星ぐらいの明るさに見えました。全天の星々は7等星の星まで見えるような経験でした!
自慢話になりますが、その頃から、私は光速度が不変であるのはおかしいと思っていました(←中学生頃だったかな。←私に近づいてくる光源から発せられた光の速度は光速度+αのはずなのに・・・と思っていました)。
このスレッドをいつか『趣味で科学史』という書籍にまとめて下さい!(笑
578 NS 2017/05/24 (水) 08:58:44 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>576
takoyakiさん、ちょっと突っ込みを。
>1987年まで、肉眼で観測できる新星は生まれなかった
これは誤解を与えます。「肉眼で観測できる超新星は生まれなかった」ですね。すぐ後ろで「超新星」と言い直しておられますが、超新星ではない「新星」もありますので。
1572年、1604年の新星は銀河系内の超新星だったと考えられています。
1987年の超新星は大マゼラン雲(ヤマト世代には懐かしい・・)に出現したもので、このとき発生したニュートリノがカミオカンデで観測され、小柴氏のノーベル賞につながりました。
単なる新星なら、たとえば1918年に現れた「わし座新星」はマイナス1等まで明るくなりました。
ベツレヘムの星はイエスの誕生を告げたと言われますが、新星以外にもいろいろな説があり、はっきりしません。
579 NS 2017/05/24 (水) 09:26:32 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>577
KMさん、私より模範的な天文少年だったのですね。私は望遠鏡も持っていなかったので。口径5センチの双眼鏡でアンドロメダ銀河を見た程度です。あの頃は「アンドロメダ星雲」と言っておりましたね。
星座が全天恒星図そのままとは、本来は逆ですが気持ちは分かります。今は星など見ていると変人扱いですが、昔は星空がカレンダーであり時計であったわけで、農民や漁民が星空に詳しかったんですね。そういうことを忘れてはいけないと思います。
580 KM 2017/05/24 (水) 12:40:50 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>579
>あの頃は「アンドロメダ星雲」と言っておりましたね。
いまはアンドロメダ銀河と言うんですか。知らんかった。
ところで「1917年には、宇宙はわれわれの銀河とその向こうにある虚空とから成ると思われていた。アンドロメダ星雲が天の川の向こうにあることはまだ証明されていなかった(アブラハム・パイス著 神は老獪にして P.374)」←私はこれを読んだ時ビックリしました。
1917年当時、アンドロメダ星雲(銀河)は、あるいは、我々の銀河の内側にあると思われていたか。アインシュタインが一般相対論を完成させた当時、天文学的情報は乏しかったか。当時の天文学のレベルはまだ、相対的に、あるいは、かなり低かったということか。
以上、科学史的観点から(つまり18世紀または19世紀以降の天文学の地平について)。
581 NS 2017/05/24 (水) 13:21:14 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>580
KMさん
>>306 >>307 あたりを参照して下さい。
1920年代のエドウィン・ハッブルの観測によって、無数の銀河から成り、膨張する宇宙像が確立したと言えます。
それ以前も、アンドロメダが銀河系の外にあるのではないかと哲学者のカントが考えていましたが、観測の裏付けが無かったので。カントも膨張までは想像できませんでした。
582 KM 2017/05/24 (水) 15:12:49 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>581 というか、以下は、>>581 を読む前に書いたのですが、
ウィキペディアの「アンドロメダ銀河」および「銀河」の項を読むと私自身の天文知識が古いということが分かりました:銀河と星雲は違う。アンドロメダ銀河の方がわれわれの銀河よりでかい。アンドロメダ銀河と我々の銀河は将来くっつく、ほか。←宇宙は穏やかであって欲しい。この世は何かと騒がしい(←私のもうげんです)
>>306 >>307 読みました。
danke schön !
583 coJJyMAN 2017/05/24 (水) 21:12:34 ID:JYV.OZw18Y [修正] [削除]
こんばんは.ちょっと古い話ですが..
>>568
>私が以前に読んだ本で、タイトルは思い出せませんが、ノーベル物理学賞は一度取ったら、同じ人が二度取ることはできないとか。
そういうことは,実際ないですね.ノーベル物理学賞を2度とった人はいます.
584 KM 2017/05/25 (木) 20:56:52 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
私の宇宙についての知識は古過ぎ! 本来「宇宙のしくみ (図解雑学)」あたりを買って勉強すべきですが・・・
>>582
>アンドロメダ銀河と我々の銀河は将来くっつく
前者アンドロメダ銀河のような大銀河は後者我々が住んでる銀河のような小銀河を重力で引き寄せているのだろうか
そもそもアンドロメダ銀河と我々が住んでる銀河は同じ銀河団に属しているのか
585 NS 2017/05/26 (金) 07:22:06 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>584
銀河系とアンドロメダ銀河は同じ銀河群に属しており、これを「局部銀河群」と呼びます。数十個程度の銀河の群れを「銀河群」、数百〜数千個の大きな群れを「銀河団」と呼んで区別します。銀河群や銀河団の集まりを「超銀河団」と呼びます。
アンドロメダ銀河は銀河系より大きいですが、銀河系も大銀河であって、圧倒的な差はありません。両者が近づいているのは固有運動(偶然)によると考えられています。
銀河団の代表は「おとめ座銀河団」で、これを中心とする超銀河団を「局部超銀河団」または「おとめ座超銀河団」と呼び、局部銀河群も含むようです。
586 KM 2017/05/26 (金) 13:24:23 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>585 ありがとうございました
「局部銀河群」ほかをウィキペディアでチェックしました。銀河フィラメント、大クエーサー群などは訳が分かりませんでした。「ダークマター」「ダークエネルギー」もやはり難しい。←これらをまとめた書籍をアマゾンで検索しましたが見つかりませんでした。
アンドロメダが「私たちの銀河系」よりでかい(2倍以上)というのは私にとってある意味コペルニクス的転回でした:アンドロメダ銀河が姉で「銀河系」は弟だった!
587 NS 2017/05/26 (金) 16:14:07 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>586
天の川も女神ヘーラの乳の道だそうですから、銀河系は妹のほうがよいかもしれません。
おとめ座銀河団のM87は大姉御のようです。ウルトラマンの「光の国」はM78星雲ですが、原案はM87だったのが誤植でM78になってしまったのだとか。Wikipedia情報ですが。
588 KM 2017/05/26 (金) 22:48:58 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
まだいろいろお聞きしたいことはありますが・・・
科学史でしたね
チコ・ブラーエ >>562 >>576
エドウィン・ハッブル >>306 >>307
589 takoyaki 2017/05/27 (土) 09:11:01 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
>>578
>超新星ではない「新星」もありますので。
これは失礼しました。私の知識不足でした。ご指摘ありがとうございます。
Wikipediaによると、
>恒星(白色矮星)の表面に一時的に強い爆発が起こり、それまでの光度の数百倍から数百万倍も増光する現象を言う。
とあり、「超新星」とは異なる現象ですね。こういった現象があること自体知らなかったので、勉強になりました。

>>583
>ノーベル物理学賞を2度とった人はいます.
こちらも失礼致しました。
ジョン・バーディーンという方が2度受賞されていますね。勉強になります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%90%e3%83%bc%e3%83%87%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%b3

銀河団について。
「局部銀河群」→「おとめ座銀河団」→「ラニアケア超銀河団」
という順序で引き寄せられているようですね。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24482009

私はまだ肉眼で天の川を見たことがありません。プラネタリウムなら子供の頃行きましたけど。
いつかありのままの星空を見てみたいですね。
590 takoyaki 2017/05/27 (土) 09:56:07 ID:24fsL7VI/w [修正] [削除]
ブラーエのつづきを投稿します。

ブラーエの人物像

ティコ・ブラーエは、当時デンマーク領であったスウェーデンに貴族の子として生まれました。伯父のヨルゲン家に嫡子がいなかったため、2歳でヨルゲン家の養子相続人となり、生家を出ました。しかし、両家の家から愛され育ったと言います。(生家のほうの相続権も失わなかった。)

有名なエピソードとして、少年時代(何歳の時かわかりませんでした)に従兄弟と口論になり、決闘の末、鼻柱を切り落とされるという事件がありました。しかし、ブラーエはその欠損を隠すことはなく、豪華な義鼻をつけては堂々と振るまい、対決相手の従兄弟も許す心の広さを見せ、それから仲良くなるのに時間は掛からなかったと言います。
性格は豪胆、かつサッパリとした人のようです。

高家の息子であったため、コペンハーゲンの大学で修辞学、哲学、政治、兵法、法律などを学びました。(当時の大学は何歳から入れるのでしょうかね?)
1560年(当時14歳?)に太陽の一部が月に隠される部分日食を見て、天文学に関心を持ったようです。彼は日食そのものよりも、それが起きる時刻があらかじめ予言されていたことに感銘を受け、そこに神の意志を感じたのだそうです。
それ以来でしょうか、彼は隠れて天文学の本を購入し、夢中で読むような少年だったようです。また、ただ本を読むだけでなく、天体運行表の誤りを自分で見つけては、大型コンパスを密かに購入し、測定も行なうなど、好きなことに対して随分と行動力のある少年であったようです。

18歳になると旅に出て見聞を広めるようになり、23歳の時には、半径5.5mの大四分儀を自分で設計し、製作を開始したそうです。その後その四分儀がどうなったのかは、私が調べても分かりませんでした。

26歳のとき、ついに父が亡くなってしまいます。そのため、ブラーエは実家に戻ることを余儀なくされました。そして、その年(1572年)こそが「新星」発見の年となりました。彼は驚きとともにその詳細な観測を行い、翌年には『新星について』を刊行し、観測、計算、占星術的解釈をまとめて発表しました。

ブラーエはこの発表により名を知られるようになったのですが、ここで時代背景に留意しておく必要がありそうです。カシオペアの新星は発見後に徐々に赤く暗くなっていき、これが占星術によって不吉な予言であるかのように噂されてしまったようなのです。この頃は誰も超新星爆発などという宇宙のドラマは知らない時代なので、赤く消えゆく新星は人々を不安に陥れたのでしょう。

そこで、デンマーク王フレデリック2世は、現デンマークとスウェーデンとの間のエーレスン海峡に浮かぶヴィーン島に、ウラニボルクという名前の城館兼観測所と、スチャルナボルクと呼ぶ、半地下式天文台とを1576年に建設しました。そして、この島の領主として、ブラーエを住まわせたのです。それから21年間、ブラーエはここで観測を行います。

翌年の1577年には、彗星が現れ、その詳細な観測が行われました。ブラーエは彗星までの距離も概算しました。

1588年になると、フレデリック2世が亡くなってしまいます。そして、不幸なことに後を継いだクリスチャン4世は、天文学研究を無用なものとして、ブラーエをヴェーン島から追放しまったのです。そのため、彼はハンブルクでしばらく流浪の生活を送ることになってしまいました。
この頃から、ブラーエは自らの業績を後世に残すべく執筆活動に着手しました。(ところが、これは完遂されません。)

1599年6月、神聖ローマ帝国ルドルフ2世の招きを受けて、ブラーエはプラハに移住しました。1600年には、すべての天文機械がヴィーン島から届き、助手も雇いました。そして、そのうちの1人が、かの有名なケプラーなのであります。

ある本にはブラーエはケプラーに火星の観測データを与えて、その軌道を研究させたとありますが、また別の本には、ブラーエはケプラーの計算能力や思考力を疎んじて、生前に惑星の位置データを提供することはなかったとも書かれています。
このあたりの史実性には、どうも怪しさが付き纏いますね。
仲が良かったのか悪かったのか、どうもよくわかりません。
ただひとつ確かなことは、このブラーエとの出会いがケプラーの人生にとって決定的なものであったろうということです。

ケプラーが助手であった期間は短かったようで、ブラーエが彼を雇ってから1年半後に、別れの時が来てしまいます。ブラーエは病死でした。しかし、その死については、(ケプラーに?)毒殺されたのでは?という陰謀論もあるんですね。でも、後世の科学調査によって、毒殺ではなく病死であると結論づけられています。(これはWikipediaの情報ですが)

たぶん、二人にはそれ相応の信頼関係があったのではないでしょうか。遺言とかもケプラーに託していたようですし。私は仲が良かったと思いたい。

<ブラーエの死後>

1602年、ケプラーによってブラーエの遺作『新天文学への序論(Astromie Instautatae Progymnasmata)』が出版された。
1603年、その第2巻となる『最近天上に現れた天体に関する書(De Mundi aetherei recentiribus Phaenomenis Liber secundus)』も出版。
第3巻となるタイトル未定(彗星についてのもの)も予定されていたが、出版されずに終わった。

以上で終わります。

<参考文献>

『科学史入門』 池内了 著
『物理学者小伝』 並木雅俊 著
『図解雑学 天文学』 二間瀬敏史 著
『天文学史』 桜井邦朋 著
『天文学者はロマンティストか?』 縣秀彦 著
『宇宙で起こった3つの大爆発』 フィリップ・M・ドーバー/リチャード・A・ミュラー 著
                磯辺e三 訳
591 KM 2017/05/27 (土) 13:20:47 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
毎度お騒がせします
>>590 takoyaki さん。チコ・ブラーエの記事読みました。貴重な資料ですね。←どこで調べたのかと思われます(と思たら下に<参考文献>書いてありました(笑)。
>> 589 >私はまだ肉眼で天の川を見たことがありません。
私が知りたかったのはこのことなんです。皆さんの中で満天に輝く明るい天の川を見たことがある方は何人ぐらいいらっしゃいますか。最近は由布院など九州の観光地でも街の灯が明るくて天の川見えません。

次に・・すみませんが、また面倒臭いややこしい傍系トピックを蒸し返しますがご容赦下さい(汗;;
:局部銀河群(Local Group)という術語の意味が分からない:これは我々が住む「銀河系」が属す銀河群のみを指すのか(ローカル)、はたまた「(宇宙に無数に存在するであろう)小規模銀河群」をも指す呼称なのか。

https://en.wikipedia.org/wiki/Local_Group#History

The term "The Local Group" was introduced by Edwin Hubble in Chapter VI of his 1936 book The Realm of the Nebulae.[5] There, he described it as "a typical small group of nebulae which is isolated in the general field" and delineated, by decreasing luminosity, its members to be M31, Milky Way, M33, Large Magellanic Cloud, Small Magellanic Cloud, M32, NGC 205, NGC 6822, NGC 185, IC 1613 and NGC 147.

「術語『局部銀河群(The Local Group)』はエドウィン・ハッブルによって彼の著書『星雲の領域 第6章 1936 の中で紹介された。そのページで彼は『星雲たちの典型的な小規模グループを記述した(which is isolated in the general field ここ訳せません。general fieldが分からないから)』
ここからが問題。意訳すると「彼は絶対等級が明るい星雲(銀河)から暗い星雲への順で次のmembersを描いた:M31, Milky Way, M33, Large Magellanic Cloud, Small Magellanic Cloud, M32, NGC 205, NGC 6822, NGC 185, IC 1613 and NGC 147」1936
この11個の天体の絶対等級の順番はハッブル自身が序列したのか。彼はアンドロメダの絶対等級は我々の銀河の絶対等級より明るいこと、また、その他の9個(上記)の絶対等級を全部知っていたのか。
592 NS 2017/05/27 (土) 15:01:49 ID:Utjkuz.Osc [修正] [削除]
>>590
ブラーエがケプラーの計算能力や思考力を疎んじたのは何故でしょうね。有能だから自分の地位を脅かされるということかな?
ケプラーは目が悪かったようなので、観測家と理論家で良いコンビだったと思うのですが。

>>591
私が住んでいるのは都会と田舎の中間的なところですが、天気が良くて月が無ければうっすら見えますよ。夏の星座、冬の星座でよく見えますね。
「局部銀河群」は固有名詞です。「我々の銀河群」とでも呼べば、もっと分かりやすいのですが。
ハッブルが最初に発表したアンドロメダ銀河の距離は80万光年ほどで、現在正しいとされる値の三分の一ほどでした。これだと絶対等級が逆になりますが、彼の存命中には正しい値に近づきました。他の銀河は、ちょっと今分かりません・・
593 KM 2017/05/27 (土) 15:19:53 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
>>592 ありがとうございます
>「局部銀河群」は固有名詞です
がくっ! やっぱりか!

「ハッブル 宇宙を広げた男 (岩波ジュニア新書) http://amzn.to/2rIyigZ 」これを読めばいいでしょうね。いつか読むかも知れません。しかし、今は読みません。なぜなら「趣味で量子論」←座礁している。「趣味で物理学」←もう一度読まなければならない(汗;;
594 KM 2017/09/01 (金) 01:34:30 ID:W0I1QmWnLw [修正] [削除]
放送予告。再放送のようですが・・・私は録画します。
9月9日(土)午前5時40分〜 午前5時50分
NHK映像ファイル あの人に会いたい「アンコール 湯川秀樹(物理学者)」
http://www4.nhk.or.jp/anohito/x/2017-09-09/21/23709/1995548/





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