EMANの物理学 過去ログ No.10065 〜

 ● エントロピーが状態関数である証明

  投稿者:bonbon - 2010/11/12(Fri) 18:39  No.10065 
エントロピーが状態関数であると証明する際に、任意の可逆サイクルが微小のカルノーサイクルの集合と見なせるから、という説明がありますよね。
そのような近似は不可逆であってもサイクルになっていれば成立するのではないでしょうか?
どうして不可逆だと上記の近似が成り立たなくなるのでしょうか?

  投稿者:haru - 2010/11/12(Fri) 20:48  No.10066 
そもそもカルノーサイクルが可逆サイクルだから、だと思います。


  投稿者:EMAN - 2010/11/13(Sat) 13:57  No.10068 
 ディーゼルサイクルやブレイトンサイクルは
PV図として表せるにもかかわらず不可逆サイクルであるのはなぜか、
という質問に置き換えられますかね?

 ちなみに、オットーサイクルは可逆なんだよね。

 いい説明を考え中。

  投稿者:EMAN - 2010/11/13(Sat) 14:33  No.10069 
 うまく説明できないなぁ。
 検索に頼ったところ、この質問に一番近い問答(議論)がありました。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5374013.html

 ここでは「熱源が二つより多くあるから不可逆」という結論で
解決しているようですが、それだとオットーサイクルが可逆であることの
説明になってないように思えます。

  投稿者:bonbon - 2010/11/13(Sat) 20:14  No.10070 
みなさんありがとうございます。

投稿してしばらくしてから、不可逆過程だとPV図が書けない(連続じゃない)から。。。と思ったのですが、PV図上に表せる不可逆過程があるようですね(よくわからない)。ですので、
>PV図として表せるにもかかわらず不可逆サイクルであるのはなぜか、
ということでよいと思います。

リンク先も読んだのですがどうにもしっくりこなくて、PV図上でサイクルになっているのであれば、その内部をカルノーサイクルでぎっしり埋めることができるのだから不可逆過程でもよいのでは?というように思ってしまいます。

実際は不可逆過程でもかまわない、というはずはないですよね?結局なにも自己解決できません。助けてくださいorz。

追記:
PV図上の不可逆サイクルとおっしゃっていたものを調べたのですが、これって可逆サイクルじゃないのでしょうか。
そもそも可逆変化=準静的変化が現実的には不可能なので、不可逆サイクルであるといわれているだけで、PV図上の理想的なサイクルは可逆なのではないでしょうか。
実際、ディーゼルサイクルについて可逆とも不可逆とも扱っている解説を見つけました。
可逆:http://homepage3.nifty.com/rikei-index01/dizelcycle.html
不可逆:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB

ということを踏まえて、PV図上に表せる=可逆、表せない=不可逆となるので、カルノーサイクルの集合で表せる=PV図上で表せる=可逆でなくてはいけないということになるのではないでしょうか?
支持していただけると確信がもてるのですがどうでしょうか。

  投稿者:甘泉法師 - 2010/11/14(Sun) 00:02  No.10071 
こんにちは。

>PV図上でサイクルになっているのであれば、その内部をカルノーサイクルでぎっしり埋めることができるのだから不可逆過程でもよいのでは?というように思ってしまいます。

 「ぎっしり埋めることができる」というのが違いで必ず隙間ができるのではないでしょうか。TS図でカルノーサイクルは長方形ですが、TS図の任意の閉サイクルが大小の長方形の集まりで表される、とはいえません。違いますが似たような場合でいうと「二等辺三角形の等辺の和は他の辺の長さに等しい」というパラドックス http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa5360765.html  のような具合で。 
 
=甘泉法師=


  投稿者:せいたかのっぽ - 2010/11/14(Sun) 00:32  No.10072 
bonbon様
はじめまして、せいたかのっぽです。

結論から言うと、
『PV図に表せるサイクル = 可逆サイクル = カルノーサイクルの集合で表せる』
と私も賛同します。

準静的過程は、可逆過程ですから、例えで引用されたWikipediaの
PV図上に表された準静的なディーゼルサイクルは「理想的には」可逆サイクルです。非可逆サイクルではありません。

しかし、Wikipediaの非可逆サイクルというのも間違いとは思いません。

『ディーゼルサイクルは、等圧サイクルとも呼ばれる、非可逆熱サイクルの一種である。低速ディーゼルエンジンの理論サイクルである。』
という前書きは、
『実際のディーゼルサイクルは当然、ピストンの摩擦とかがあって理想の効率からは外れているが(=非可逆サイクル)、理想効率は、理論サイクル(=可逆サイクル)として以下のように求められる。』
と、当たり前のことを言っているのと同じことですから。
(誤解されやすい表現とは私も思いますが)

さて、熱力学第二法則は、
『dS≧δq/T (等号は可逆、不等号は非可逆)という状態量Sがある。』

ということです。
サイクルならば、可逆、非可逆とも元の同じ状態に戻るのですから、ΔS=0です。
よって、可逆サイクルなら、δq/Tをサイクルに沿って積分したら0になるということです。

準静的なディーゼルサイクルが可逆サイクルで正しいか、
Wikipediaの図で、理想気体として計算でも試してみると、

1→2 断熱変化なので、∫δq/T=0
2→3 等圧変化なので、∫δq/T=Cp・ln(T3/T2)
3→4 断熱変化なので、∫δq/T=0
4→1 等積変化なので、∫δq/T=Cv・ln(T1/T4)

よって、δq/Tを1→2→3→4→1のサイクル一周に沿って積分した結果は、

∫δq/T=Cp・ln(T3/T2)+Cv・ln(T1/T4)
=Cp・ln(V3/V2)+Cv・ln(P1/P4)   (*)

ここで、

1→2で P1・V1^γ=P2・V2^γ
3→4で P2・V3^γ=P4・V1^γ

から、
P1・V3^γ=P4・V2^γ

これを、(*)式に代入すると、

∫δq/T=Cp・ln(V3/V2)+Cv・ln(P1/P4)
=Cp・ln(V3/V2)+Cv・ln{(V2/V3)^γ}
=Cp・ln(V3/V2)+Cv・γ・ln(V2/V3)
=Cp・ln(V3/V2)+Cp・ln(V2/V3)
=0

δq/Tをサイクルに沿って積分したら0になりましたから、準静的なディーゼルサイクルは「可逆サイクル」ということに、自信が持てると思います。
よって、
『ディーゼルサイクルやブレイトンサイクルはPV図として表せるにもかかわらず不可逆サイクルであるのはなぜか。』
ではなく、可逆サイクルだと思います。

ちなみに、EMANさんの引用された教えてgooの例も、
オットーサイクルの熱効率は、カルノーサイクルの熱源が二つだけの熱効率とは違うよと言っているのであって、
「オットーサイクルが熱源が二つより多くあるから不可逆という結論」を書いていないと思います。
非常に分かりやすく説明されていると思います。

最後に、系がマクロに変化しない状態が平衡状態で、平衡状態の時に、系の状態を決める量(=状態量)である「圧力、体積、温度・・・」が定義されます。
つまり、PV図に点を打つには、圧力、体積が定義できる状態であること = 常に熱平衡の変化 = 準静的過程 = 可逆過程に限られる
と思います。

不可逆なら、系全体での圧力や温度って定義できるのかな?
例えば、お風呂を沸かしたばかりの時、最初は上が熱くて下は冷たい。その時、何度に点を打つか。ひとつの温度に打てませんよね。
系を平衡にするため、よくお風呂は混ぜて入りましょう。(^-^)/

  投稿者:EMAN - 2010/11/14(Sun) 10:03  No.10073 
 じゃあ、ブレイトンサイクルやディーゼルサイクルは
理論的には可逆サイクルだけど現実的には不可逆。

 オットーサイクルも理論的には可逆サイクルだけど、
現実的には不可逆。

 結局はどのサイクルであっても
可逆かどうか分類されるような決定的な違いはないということでしょうか。

 それだと私の元々の理解と同じなのですっきり気持ちがいいのですが。

 現実的なサイクルについて正式に学んだことがないので、
ひょっとして何か専門外の人には隠されてる秘密があるのではないかと
不安だったのです。


> 実際、ディーゼルサイクルについて可逆とも不可逆とも扱っている解説を見つけました。

 こういうのがあれば、他についてもきっとそうなんだろうなぁと思えます。
(・・・って、行ってみたらどちらも昨日何度も見て参考にしたとこだった。)

(違った。 昨日見てたのは、オットーサイクルのページだけだった。)
http://homepage3.nifty.com/rikei-index01/ottocycle.html

  投稿者:せいたかのっぽ - 2010/11/14(Sun) 10:37  No.10074 
そう思います。
「理論的には可逆サイクルだけど現実的には不可逆」
と、私は思います。
可逆サイクルはあくまで理想化と思います。

--------
注、以下、なんとなくですが、熱力学に対する誤解のようなイメージに対して・・・
理想化が、熱力学が現実的な現象に役に立たないというイメージではないです。

力学でいえば、摩擦とか影響を除いて(切り分けて考えることで)、理想化することで慣性の法則とか力学の本質を見極めてきたと思います。実際には完全な(一切の抵抗のない)慣性運動はないけど、具体的な現象ごとに、たとえば雨が降るなら速度に比例した抵抗とか付け加えて議論してますよね。

熱力学で、可逆サイクルや準静的過程を考えるのは、そういう理想化と思います。

以下、私の個人的な感想です。
力学での理想化は、小学校以降、学習の過程で慣れていて、通常、物理が得意になる人は疑問にもたずにスルーすることで高校以降、落ちこぼれずに済んできたと思います。(ガリレオの慣性の本とかもっと読んで納得してきた方もいるかもしれません)
実際にはどんなものもコロがしたらいつか止まるのに、いつまでも運動し続けるって何よ?実際にあり得ない理想を物理って出発点にするのか?物理の教科書の一ページ目からこれにこだわりすぎると先に進めませんよね。こだわりすぎて物理はいつもわからないって言ってました。その人、文系にいきました。その人の方が本当は深く考えていた。僕はそのまま教科書通りに騙されやすいだけで、ただ、すんなり受け入れてきただけかもしれないなーと時々思います。

  投稿者:EMAN - 2010/11/14(Sun) 11:50  No.10075 
 だとしたら、Wikipediaの説明の非対称さに文句を言いたいな。

 形式はちゃんと対称にこだわってるようなんだけどさ。
 視点が非対称だよね。


「ブレイトンサイクルは、ジュールサイクルとも呼ばれる、非可逆熱サイクルの一種である。 等圧燃焼形ガスタービンエンジンの理論サイクルである。」

「ディーゼルサイクルは、等圧サイクルとも呼ばれる、非可逆熱サイクルの一種である。 低速ディーゼルエンジンの理論サイクルである。」

「オットーサイクル(otto cycle)は、等容サイクルとも呼ばれる、可逆熱サイクルの一種である。 火花点火式エンジン(ガソリンエンジン・ガスエンジン)の理論サイクルである。」

  投稿者:せいたかのっぽ - 2010/11/14(Sun) 12:00  No.10076 
そこら辺は、まあ、そうですね。

オットーサイクルも、ジュールサイクルも、ディーゼルサイクルも
理論(可逆)サイクルと言っておいた方がいいと思う。

はっきり書いてないこと言うの自身がないから、
∫δq/T=0計算したのはそのためでした。

他力本願で良ければ、熱力演習・久保に、
準静的過程のオットーサイクル、ジュールサイクル、ディーゼルサイクル
の効率を求めよという問題がありました。Wikipediaと同じ結果が書いてあると思います。

  投稿者:EMAN - 2010/11/14(Sun) 12:02  No.10077 
 甘泉法師さんのような考えも、昨日は自分の中にありました。

 微小なカルノーサイクルをどんなに敷き詰めても
端はギザギザなんじゃなかろうか、と。

 で、PV図上で可逆的に許されない移動パターンなんてのがあるのだろうかと
色んなサイクルを見比べてみたのですが、法則が見出せない。

 もともとPV図上での移動速度みたいなものは
熱力学では問わないわけだし、ギザギザを突き詰めれば
十分直線に見えるということでも問題ないんじゃなかろうかと
今はそういう理解でいます。

  投稿者:bonbon - 2010/11/14(Sun) 12:43  No.10078 
こんにちは。みなさんありがとうございます。

結局「PV図に表せるサイクル = 可逆サイクル」ということであるようですね。
甘泉法師さんの
>「ぎっしり埋めることができる」というのが違い
というのも気になるのですが、熱力学的には特に問題にしなくてもかまわないのかなと、半ば自暴自棄的に納得しています。

リンク先でも言及されていましたが、フラクタルといったような分野に関わる話になるようですね。熱力学自体が現実のものを対象にするものなので、そこまで厳密な数学は必要ないのかなとも思います。
任意のサイクルをカルノーサイクルで近似することの数学的な妥当性を説明する、なんてことも気になりますが今はあきらめておきます。

  投稿者:甘泉法師 - 2010/11/14(Sun) 14:06  No.10079 
こんにちは。

1.
>十分直線に見えるということでも問題ないんじゃなかろうかと
>今はそういう理解でいます。

そうですね。

2.
>そのような近似は不可逆であってもサイクルになっていれば成立するのではないでしょうか?
>どうして不可逆だと上記の近似が成り立たなくなるのでしょうか?

熱力学では体系と環境に全系を分けて考えます。 全系=部分系I+部分系II
部分系Iの閉サイクルを、部分系IIを工夫して部分系IIでも閉サイクルにすることが可能ならば可逆ですが、どうしても部分系IIでは閉サイクルにすることができない、始点と終点を一致させられない、ならば非可逆です。ですから部分系Iのサイクル図だけから可逆非可逆はわかりません。

サイクル内を可逆サイクルで敷き詰める議論から、部分系IIにたくさんの温度の違う熱源を用意するなどにより可逆であるようにすることは可能です。
ただし、用語の定義の問題として、そんなたくさんの温度の熱源を用意した操作のことを「◯◯サイクル」と呼ぶのでしょうか? 用語「◯◯サイクル」は部分系IIの決められた操作を含意しているのでないでしょうか。

=甘泉法師=

  投稿者:せいたかのっぽ - 2010/11/14(Sun) 18:18  No.10080 
ドキドキして今、見ましたけど、あまり議論が発散してなくてホッとしてます。

新たに出てきた問題についてですが、
端のギザギザについて、参考になれば・・・。

PV図上の任意の可逆サイクルを微小な無数のカルノーサイクルで敷き詰めた時、
端のギザ一つの微小三角形は、任意の可逆サイクルの微小断片と、
カルノーサイクルの微小等温線と、微小断熱線の三辺で囲まれています。

任意の可逆サイクルの微小断片に沿って実際に入る熱量をdQ、
カルノーサイクルの微小等温線に沿って入る熱量をdqとして、
この微小三角形のサイクルに熱力学第一法則を適用すれば、この微小サイクルでなされる仕事は、

−dW=dQ−dq (*)

注:PV図上で右回りに線積分するので、微小等温線は圧縮方向(逆方向)で−(発熱)が付いてます。

dWはPV図上で、微小三角形の面積で二次の微小量なので、dQ、dqの一次の微小量に比べて無視でき、
(*)式から、
dQ≒dq

つまり、微小に残るギザの部分で、
任意の可逆サイクルの微小断片に沿って実際に入る熱量dQは、
カルノーサイクルの微小等温線に沿って入る熱量dqと結局等しいです。

よって、
PV図上の任意の可逆サイクルを微小な無数のカルノーサイクルで敷き詰めることができますヨ。
可逆サイクルの理想状態であれば、厳密に!!

  投稿者:ASA - 2010/11/15(Mon) 08:51  No.10084 
下記の甘泉法師さんの指摘が重要だと考えます。
>熱力学では体系と環境に全系を分けて考えます。 全系=部分系I+部分系II
>系IIにたくさんの温度の違う熱源を用意するなどにより可逆であるようにすることは可能です。
 系Iにのみ注目すると一連のサイクル動作で初期状態にもどったように見えても、系II(環境)の各々が初期状態に戻る(もしくは変わらない)とはかぎりませんね。
(環境を複数の部分系から構成される物とする見方自体が不自然に思えますが)

せいたかのっぽさんの下記の見解には、異議がありますね。
>『実際のディーゼルサイクルは当然、ピストンの摩擦とかがあって理想の効率からは外れているが(=非可逆サイクル)、理想効率は、理論サイクル(=可逆サイクル)として以下のように求められる。』
 これは、「実際のカルノーサイクルは当然、ピストンの摩擦とかがあって理想の効率からは外れているが(=非可逆サイクル)」ということでしょうか?
 (ならば、摩擦によって生じる仕事分を差し引けば実効率が定義できると思いますけど)
 実際のディーゼルエンジンでは、ピストンの摩擦とかが問題ではなく、サイクル内の作業物質が出入りしており、作業物質がクローズドの系ではないです。
 カルノーサイクルによる理想効率云々は、実際のディーゼルエンジンに対しては元から適用外です。ディーゼルサイクルによる理想化での理想効率が妥当なものかは、別途検証が必要なはずです。

  投稿者:EMAN - 2010/11/15(Mon) 22:55  No.10085 
 甘泉法師さんの主張は、
「可逆とは外部も含めてもとの状態に戻ること」だから、
その外部がさらに外部に対して開いていたら外部は元には返らないから、
可逆ではないということになる、という話だと理解しました。

 しかしこれはちょっと話を大きくし過ぎというか、
熱機関を考えるときの前提を越えているように思えます。

 熱源というのは、熱を少々他に受け渡しても温度変化しないような
広大な系を仮定しているのであって、
その「熱源」への信頼を壊すような話になると
何もかも崩れてしまうだろうと私は考えます。

  投稿者:甘泉法師 - 2010/11/15(Mon) 23:07  No.10086 
こんにちは。

>その外部がさらに外部に対して開いていたら外部は元には返らないから、
>可逆ではないということになる、という話だと理解しました。

いえいえ。閉じた全系=部分系I(例 容器中の気体)+部分系II(例 容器の外にある熱源や圧力を及ぼすものなどすべて)
のつもりで 外のまた外 とか 全系は開いている とは考えていませんでしたが...。 おかしいでしょうか。

=甘泉法師=

  投稿者:EMAN - 2010/11/15(Mon) 23:17  No.10087 
 ASAさんがせいたかのっぽさんに異議を唱えてますが、
確かに現実のカルノーサイクルには摩擦による損失もあり、
それ以外にも損失があるわけで、非可逆です。

 もしその損失を計算できれば、ちゃんと熱効率も出るでしょう。
 それは理想値以下になるわけで、ごく当たり前の話だと思います。

(その時の、理論以上に仕事が熱に変わってしまう現象が
エントロピー増大の原因で、サイクルが不可逆である理由です。)

 ディーゼルサイクルなどでも同様で、
実用の機関では理論からのずれの要素がかなりありますが、
サイクルを説明するための理想的モデルに過ぎません。

 作業物質の入れ替えがあっても、
温度、圧力、体積に変化なければ理論のモデルが崩れることはないでしょう。
 もちろん、現実にはそれらの値がずれてたりするわけです。
 最初とは違う温度の空気を吸気したり、
最初は燃料が、そして後には煤なんかが混じってたりするわけですから。
 そこが現実とモデルの違いですよね。

  投稿者:EMAN - 2010/11/15(Mon) 23:39  No.10088 
> 外のまた外 とか 全系が開いている とは考えていませんでしたが...。

 すみません。 甘泉法師さん、「閉サイクル」と「閉環境」を
混同して読み違えてしまいました。

 では話を軌道修正しまして・・・。

 閉じた環境で、理想的なサイクルを一周し終えて、
熱機関と外部系の両方が元に返らないことがあるのかどうか・・・。
 当然、戻りませんね。 熱を取り出して動力に変えたわけですから。
 このとき、熱浴としての外部の温度が下がっていたり、
外部にはそういった変化があるわけです。

 ただ、そのような「やわ」な外部系を考えないのが普通だと思います。

 もちろんそれでも可逆ではあります。
 外部をただの熱源と考えて、
それ以上の複雑な仕組みを想定しない場合には、
そこから逆周りできますから。

 複雑な仕組みとしては、熱源から熱をもらった結果、
その熱源内に温度差が出来てしまうとか・・・。
 その状況で、熱機関を逆回しして熱源の別の部分に熱を返したりすれば、
不可逆になるでしょう。

 そういうことは普通、考えなくていいんじゃないかなぁと思います。

  投稿者:ASA - 2010/11/16(Tue) 07:21  No.10089 
EMAN さん No.10087
ちょっと細かいことですが
>(その時の、理論以上に仕事が熱に変わってしまう現象が
エントロピー増大の原因で、サイクルが不可逆である理由です。)
 これは、正確ではありません。
 着目系のあるサイクルでエントロピーが増大しなくても、そのサイクルで外部(環境)のエントロピーが増大すれば、着目系は、不可逆サイクルです。
 
 カルノーサイクルは、環境とは等温過程で熱作用してますから、エントロピー収支は0ですが、ディーゼルサイクルでは、等圧力過程と等容積過程で熱作用してますから、環境と等温であることが保証できません。

>温度、圧力、体積に変化なければ理論のモデルが崩れることはないでしょう。
 環境との物質収支である吸気と排気の排ガスで、その両者の温度が等しいエンジンを作るのは困難ですよ。
(そのような諸々の影響をちゃんと評価すべきというのが先の主張です)
 等圧力過程と等容積過程で環境との温度を等しくすることは、なおさら非現実的です(無数の熱浴を準備することは不可能)。
 あくまで推定ですが、そのような理由からディーゼルサイクルを不可逆サイクルとしていると思います(シリンダーとかの摩擦の話ではなく)。

EMANさん No.10088
>そのような「やわ」な外部系を考えないのが普通だと思います。
単一の外部系と接触し、それを環境と看做せる場合は、異議はないのです(環境が十分な熱浴であること)が、しかし、無限大の数の外部系と接触するときに、無限大の数の外部系を環境と看做し、その部分系がそれぞれ「やわ」でないと想定することには異議があります。
 (ちなみに、久保の演習問題では、準静的な変化をするとの問題解法ための前提条件であって、現実的であるかどうかの判断はしてません)

  投稿者:EMAN - 2010/11/16(Tue) 09:28  No.10090 
 ASAさん、ありがとうございます。

 了解です。
 私は現実的な細かい点をひとまずおいて議論してるので、
ASAさんの指摘が役に立った人も多くおられるでしょう。


> あくまで推定ですが、そのような理由からディーゼルサイクルを不可逆サイクルとしていると思います

 それだったら、同じ理由でオットーサイクルも
不可逆サイクルだと書かれるべきだと思うんですよ。
 wikipedia の話です。
 オットーサイクルの説明に「可逆」と書いてあるので、
もし他に理由がないなら
見解をどちらかに統一した方がいいだろうな、って話です。

  投稿者:hirota - 2010/11/16(Tue) 11:18  No.10091 
熱力学の不可逆過程の所で「準静的過程でありながら不可逆過程だという状況も存在する」と書いてあるのは、「PV図上でサイクルになっていても不可逆過程になりうる」を意味するんじゃないですか?
結局は外部も含めたエントロピーですから、静止に近づけた場合に「近づけて無限小になるパラメーター」より「エントロピー増加」が高次の無限小になるなら可逆過程ということでしょう。

  投稿者:ASA - 2010/11/16(Tue) 11:48  No.10092 
EMAN さん

あとちょっと気になった点についてコメントします。

>閉じた環境で、理想的なサイクルを一周し終えて、
>熱機関と外部系の両方が元に返らないことがあるのかどうか・・・。
> 当然、戻りませんね。 熱を取り出して動力に変えたわけですから。

 カルノーサイクルの場合、外部系は熱容量無限の高温浴と低温浴との2つです。それぞれの温浴単独に注目するとエントロピーが変化してます。(増分と減少分等しいのでトータル変化は0ですが)
 可逆過程とは、久保演習書によると
"何らかの方法で、着目系を状態α'から状態αに戻し、同時に外界を状態β'から状態βへ戻すことが可能である過程"です。 
 カルノーサイクルの場合は、逆にまわすことで高温浴と低温浴との2つの状態をそれぞれ元に戻すことができます。
 なので、カルノーサイクルは、可逆サイクルとなるわけです。

>>あくまで推定ですが、そのような理由からディーゼルサイクルを不可逆サイクルとしていると思います
> それだったら、同じ理由でオットーサイクルも
>不可逆サイクルだと書かれるべきだと思うんですよ。
 これもそう単純でなくて、定容積変化の熱作用を可逆にできるかどうかによると思います。
 ディーゼルサイクルなどのサイクルにある定圧変化だと熱作用と力学的作用(仕事)が同時におこなわれるので、オットーサイクルより可逆にする方法はより困難と考えます。
 そこいら辺のエントロピー変化が微少量になることをメカニズムを踏まえてちゃんと考慮しないといけないように思います。

ps.
wikiをみると
"可逆定容積で吸熱,可逆定容積で放熱"とありますな。
一般には、可逆とは限らないので、
"等容サイクルとも呼ばれる、可逆熱サイクルの一種である。"
は、変な気がします。
(特定の筆者が記述しているわけでないので不統一は仕方ないかも)

  投稿者:EMAN - 2010/11/16(Tue) 13:17  No.10094 
 hirotaさんの指摘は検討する価値がありそうです。
 気になってましたが敢えて考慮から外して考えてました。

 なぜなら、JT効果のように平衡が保たれた状況で
作業気体がプシューッと抜けるような(珍しい)機関をイメージしていなかったので。

 ガスタービンなどでそういう状況があるかも知れません。
 (タービンの動作に詳しいわけではないので、
これから調べないとなんとも言えませんが。)

 内燃機関の場合は平衡が保たれているとも言えないので、
(つまり現実的にはPV図には表せないような状況下で起こることなので)、
ガスが途中でプシューッと抜けようとも、
「そりゃ不可逆過程になる原因だね」で済む話だろうと思います。

  投稿者:EMAN - 2010/11/16(Tue) 13:51  No.10095 
> (特定の筆者が記述しているわけでないので不統一は仕方ないかも)

 意見の一致! ♥

 「理想状態の理論サイクル」としてのオットーサイクルについて言及しているのか、
「現実のサイクル」としてのオットーサイクルについて言及しているのか、
その区別が曖昧になっていると思うのです。

  投稿者:ASA - 2010/11/16(Tue) 14:42  No.10096 
EMANさんNo.10095

 ちなみにwikiで「熱機関の理論サイクル」から「1 可逆熱サイクル」にあるカルノーサイクルの項を見ると、
"温度 TH, TL の間で動作する可逆熱サイクルの一種である。一般に、あらゆる可逆熱サイクルは同じ効率を持つ。可逆熱サイクルは最も効率のよいサイクルである。可逆サイクルよりも効率のよい熱サイクルは存在しない。"
 とあります。
 
 オットーサイクルが可逆熱サイクルだとすると、カルノーサイクルと同じ効率のはずですが、wikiのオットーサイクルの効率を見ると同じに見えません。
 矛盾しているように思えます。

(久保本には、Q2/Q1>=Tmin/Tmaxにおける等号は可逆サイクルでも熱源が2つ以上あれば成立しないと注釈があります)

 関連事項が統一的観点で記述されてないことがwikiの弱点でしょう。

  投稿者:EMAN - 2010/11/16(Tue) 15:58  No.10098 
 蒸気タービンの理論サイクルはランキンサイクルでした。

 断熱膨張の過程が含まれており、
ピストンによる機関では断熱過程は理想的には可逆と言えるが
タービンの場合にはひょっとして
ジュールトムソン膨張のようなことが起こっていて
理論的にも不可逆過程が含まれるかも知れないと考えました。

 しかし落ち着いて考えてみれば、
JT膨張には圧力、体積に不連続なジャンプがあるのであり、
PV図上でも不連続、つまり閉じたサイクルで表せないとなるでしょう。
 そうなれば不可逆になるのも当然だ、ということになります。

 理論的なランキンサイクルでは
不可逆の要素はなさそうです。

  投稿者:EMAN - 2010/11/16(Tue) 17:58  No.10100 
> オットーサイクルが可逆熱サイクルだとすると、カルノーサイクルと同じ効率のはずですが、wikiのオットーサイクルの効率を見ると同じに見えません。

 まぁ、そこは仕方ありませんね。
 オットーサイクルは定積過程にて温度が変化するので、
2熱源のみでは熱源との間に温度差が生じてしまい、
熱の受け渡しが準静的に行えないのですね。
 理論上は微妙に温度の異なる無数の熱源が必要となります。

 ですからカルノーサイクルの理論式のような形では表せないでしょう。

 動作条件の異なる多数のカルノーサイクルを並列動作させたものを
一つの機関として見る場合にも、
(つまり、任意の可逆サイクルをカルノーサイクルで埋め尽くす場合にも)
それぞれのカルノーサイクルの熱源の温度が違うわけですから
同様なこと(熱効率が単純には表せない)になります。


> (久保本には、Q2/Q1>=Tmin/Tmaxにおける等号は可逆サイクルでも熱源が2つ以上あれば成立しないと注釈があります)

 混乱している人の助けになる有益な指摘だと思います。
(私もほっとしました。)


 要するに、wikipediaの解説は(現在は矛盾してるように見えるので)
もう少し改良の余地あり、ということですね。

  投稿者:ASA - 2010/11/17(Wed) 07:19  No.10103 
スレ主に対する自分の意見を纏めておきます。

bonbon さん

せいたかのっぽさんの意見は
>『PV図に表せるサイクル = 可逆サイクル = カルノーサイクルの集合で表せる』
ですが

私の意見は、
PV図に表せるサイクルでも不可逆サイクルはありえる。(可逆の判定は、外部系が元の状態に戻るかがキーポイント)
着目系でPV図に表せる平均量がちゃんと定義できる状態だとしても、外部系で平均量を定義できる状態が維持できるとは限りません。

「着目系がPV図に表せるサイクルでその各プロセスが準静的に変化し、着目系と作用する外部系が各プロセスの途中で非平衡状態にならない=着目系は可逆サイクル」
なら異論なしです。

  投稿者:せいたかのっぽ - 2010/11/17(Wed) 18:41  No.10104 
せいたかのっぽです。
正直、途中のやり取りは、何を言いたいのか本心がつかめずにいましたが、その通りですね。
私の間違いでした。

PV図上には、注目する系の変化しか書かれていないので、外系ではどうなっているか分からないということですね。

表向きはいい子でも、裏では何をやっているか分からないということでしょうか?

準静的過程でと断りがあるかないかだけが、現実的であるかは別にして外系との熱平衡を仮定しているかを示している。
つまり、PV図上にたとえカルノーサイクルと同じものが書いてあっても、準静的過程との断り文句がなければ、可逆とは言い切れないということですね。


PS:不確かな記憶で書くのも墓穴かもしれませんが、フェルミの熱力学の前の方のページに、
「可逆過程のみが、(V,p)図上に表す事ができる」のような記載があったようななかったような。
(本を持っている方はそんな記載あったっけ?、教えてください。)
これは正確でないということですね。

  投稿者:bonbon - 2010/11/18(Thu) 00:37  No.10105 
確かに、「PV図上で表せる=>可逆である」というのは間違っているようですね。

要するに、可逆変化であれば常にエントロピーがその過程での熱を利用して計算が可能である。
不可逆の場合は必ずしも計算可能でないが、一定の条件を満たす(PV図上で表せる)場合には、可逆過程のように計算が可能である。
ということでよろしいでしょうか?

だから教科書・問題集でいわれている、エントロピーの計算には必ず可逆過程を想定してやらなければならない、という説明は厳密に正しくないということですよね?
不可逆過程でも条件さえ満たせばその過程での熱を利用して積分するような方法でも正しい結果が出るということですよね?(単なる数値の偶然の一致でなく、理論的に一致する)

いきなり計算可能といった話に飛躍してしまって申し訳ありません。
そもそもこの疑問を持ったのが、エントロピーの計算問題を解く時に、起こった変化が不可逆変化であった場合には、何らかの可逆過程で同じ状態まで持って行って計算しなければならない、とされていたのがきっかけだったのです。
同じ事の繰り返しになりますが、条件がそろっていれば普通は誤答とされるような素直な積分計算をしても構わないということですよね?(教科書では、一般には成立しないので、どんなときでも可逆過程を想定してしまえと主張しているだけであって)

  投稿者:EMAN - 2010/11/18(Thu) 02:09  No.10106 
 bonbonさん、
ここまでの議論の結論は間違っているとは思いませんが、
重箱の隅つつきみたいな部分もあると私は思います。

 機関の内部系の状態がPV図上に表せるような平衡状態を保っていて、
それでいて外部系との間の熱のやり取りが不可逆な状況として
具体的にどんなものがあるかを考えてみるといいでしょう。

 例えば、外部系(熱源)と内部系とで温度に差があって、
「ちょん、ちょん」と断続的に触れ合うことで十分な時間をかけて熱を伝える場合。
 これは内部系も外部系もそれぞれの系内では熱平衡にありますが、不可逆です。
 こんなことすれば、当然、「全系」のエントロピーも増します。

 しかし理論計算の場面では、
こういう特殊な状況はとりあえず除外して考えるのが普通だと思います。

 もちろん現実の機関になればこんな感じの状況はいくらでも起こ・・・。
 いや、起きませんね。 こんなのは意図的にやらない限り。 かなり特殊です。

 私としては「そういうことがあるのだ」と知ってさえいれば、
あまり気にしないでもいいと思います。

  投稿者:ASA - 2010/11/18(Thu) 07:22  No.10107 
>もちろん現実の機関になればこんな感じの状況はいくらでも起こ・・・。
> いや、起きませんね。 こんなのは意図的にやらない限り。 かなり特殊です。
 火花点火式エンジンの理論サイクルであるオットーサイクル(等容サイクル)を考えます。
等容積で吸熱する過程は、燃料混合気をピストンで圧縮した時の温度から、火花点火により燃料混合気の燃焼温度まで上昇に相当します。
 均一燃焼であれば、"内部系の状態がPV図上に表せるような平衡状態"とみなせますよね。
 結局モデル的には、外部系が燃焼温度を最高温度Tmax,外気温度を最低温度Tminとする2熱源とみえます。
 ということで、内燃機関モデルの実際状況と較べて特殊なわけでなく、至極ありふれた状況(元々不可逆なので)ではないかと考えます。
 現実の機関になればこんな感じの状況はいくらでも起こりますよね。
(なので、wikiの記述にはちょっと疑問を持ってます。)
 ちなみに全系が不可逆でも、着目系の熱効率はちゃんと定義できます。
(理論サイクルの要件が、現実とかけ離れているのは問題と思います。これも何度か述べましたが)
 当然ながら、オットーサイクルの熱効率は、2熱源可逆サイクルであるカルノーサイクルの熱効率より低下してます。

>可逆変化であれば常にエントロピーがその過程での熱を利用して計算が可能である。
>一定の条件を満たす(PV図上で表せる)場合には、可逆過程のように計算が可能である。
 PV図上で表せるサイクルが全て準静的過程で一巡するなら、着目系のエントロピーが着目系の状態量であって、物理的に意味のある量として計算できます。
>条件がそろっていれば普通は誤答とされるような素直な積分計算をしても構わないということですよね?
 これは、ちょっと意味がとれません。具体的な問題に即して疑問点が示されれば、何か回答できるかもしれません。

ps.
 ガソリンエンジンだと均一燃焼のためには、点火プラグに工夫が必要ですが、高速ディーゼルエンジンなら複雑な仕掛けなく均一燃焼するとみてよいでしょう。
http://media-tech.myvnc.com/s101997/m-maga/mail-42.aspx
"ディーゼルエンジンの場合、圧縮行程の終わりにはシリンダ内は350℃以上の高温になり自己着火後(拡散燃焼)、上死点を過ぎてからも、燃料噴射ノズルから燃料を供給し続け、ピストンを押し下げながら燃焼します。なお、上死点前では定容燃焼、その後は定圧燃焼を行っている事から定容サイクルと定圧サイクル(定圧サイクルor等圧サイクル)の複合サイクルです。"

  投稿者:EMAN - 2010/11/18(Thu) 11:36  No.10108 
> 均一燃焼であれば、"内部系の状態がPV図上に表せるような平衡状態"とみなせますよね。

 考えがいのある面白い例だと思います。

 均一燃焼の仮定そのものは容易に受け入れられるのですが、
そこから「2熱源とみえる」というところへの道筋が私にはまだ理解できていません。

 またこれとは別の問題だと思うのですが、
燃焼反応が化学変化なので現実には不可逆なのですが、
そこを「現実の問題として別に扱うべきこと」と理論モデルから外すべきなのか、
そこが重要な点だとして理論モデルに入れるのかも判断が分かれる気がします。

 さて、均一燃焼だとしても、一瞬で全ての化学変化が終了するわけではないので、
じわじわと(全体的に均一に)燃焼反応が進み、内部温度を上げながら圧力が高まってゆくという
「温度の微妙に異なる多数の熱源」のモデルが適用できるように思うのです。

  投稿者:ASA - 2010/11/18(Thu) 12:46  No.10109 
 何を外部系の要素として採用するかという熱力学適用時の難しいポイントですね。
 着目系の熱効率のみを問題にするなら、等容過程での熱の出入りは、Qin=Cv(T2-T1)で、熱源の数とかその温度は関係ないですね(系の初状態と系の終状態の温度(状態量)で規定される)。エントロピーを計算するとしても、途中の系内温度T1〜T2が連続変化するなら、外部系の熱源の数とその温度とか、それらがどの様に熱作用するかなど、同様に関係ないです。
 なので、そこらは捉え方の違いでしょう。
 しかし、一般に問題に対して関係ない外部系の要素を最小のものにするというアプローチがあります(複雑な外界を単純化するのは、ありふれた方法です。カルノーサイクルなどはその理想極限ですね)。
 この方法だと「2熱源とみえる」わけです、つまり、系内最高温度Tmaxと系内最低温度Tminをのみ問題にすればよくて、外部系としてそれに対応するものを考えることになります。

>理論モデルから外すべきなのか、そこが重要な点だとして理論モデルに入れるのかも判断が分かれる気がします。
 理論モデルが、現実を反映できなければ存在理由がありません。
 そうなれば、現実を反映できる理論モデルが提唱されてるはずですな。
 wikiにも
"サバテサイクルは、複合サイクルとも呼ばれる、非可逆熱サイクルの一種である。 高速ディーゼルエンジンの理論サイクルである。"
 とこのように実在エンジンの理論サイクルとして各種サイクルが解説されます。
 理論サイクルは、等温、断熱、等容、等圧の解析しやすい各種過程の組み合わせからなる、実在サイクルの理論モデルだと考えます。
 理論サイクル中の各種過程が不可逆過程であるか可逆過程(理想プロセス)であるかは、問題により適切なものを採用すればよいと考えてます。

スレ主であるbonbonさん向けの説明なら
>理論計算の場面では、こういう特殊な状況はとりあえず除外して考えるのが普通だと思います。
は、不親切でしょう。
 何のために行なう"理想計算"なら、"特殊な状況"を除外して考えることが妥当であるのかの説明が必要だと思います。(そもそもbonbonさん疑問に答えるものになってないような気がします)

  投稿者:bonbon - 2010/11/19(Fri) 00:12  No.10110 
>>条件がそろっていれば普通は誤答とされるような素直な積分計算をしても構わないということですよね?
>これは、ちょっと意味がとれません。具体的な問題に即して疑問点が示されれば、何か回答できるかもしれません。
具体的な問題が思いつかないので説明に困るのですが、状態A−>状態Bへの変化が可逆的に起こったとし、時々刻々の温度と熱が測定されているとします。
このとき、それらを利用して積分計算を行えば意味のあるエントロピーが得られる、というのは一般的にいわれていることです。
A−>Bが不可逆的であった場合に、同様に積分を行って得られた値(値をXとする)は間違いとされます。(これも一般的にいわれていること)
しかし、不可逆過程でもPV図上で表せるような条件がそろっているとき、
「PV図上で表せる=>カルノーサイクル近似=>その過程にそって計算したエントロピーが状態量(一周して0になる)」
という論法で、Xは意味のある正しいエントロピーであるということなのですが伝わらないでしょうか?

自分の理解だと、PV図上で表されていれば、その着目系は可逆過程であって「PV図上で表せる=>(少なくとも着目系は)可逆過程」は成立すると思います。
PV図上で表せるのに不可逆過程であるというのは、着目系に対する外部系が不可逆であるということであり、要するに「着目系は可逆+外部系は不可逆=全体として不可逆」ということです。
「不可逆過程なのに素直に積分しても構わない条件」=「着目系は可逆」であって、その場合には文字上は不可逆過程なのにエントロピーの計算ができる。

どうも、着目系が可逆であるための条件に外部系も可逆でなければいけないようにおっしゃっているように聞こえるのですが、その必要はないと思います。
自分の感覚では、着目系さえ可逆過程に「見えて」いれば、その外部でどんなに大変な努力がなされて不可逆になっていようと、ブラックボックスにしてしまって、可逆過程としてしまう方がしっくりくるのですが。。。
そういう前提で話すと、冒頭の例の不可逆過程というのは、実は可逆過程である(着目系は)ということでまとめられます。(可逆なのだから経路にそった積分をしてOKというのも当然)

例えば、ASAさんの
>着目系のあるサイクルでエントロピーが増大しなくても、そのサイクルで外部(環境)のエントロピーが増大すれば、着目系は、不可逆サイクルです。
という説明にはどうにも納得がいかず、
>着目系のあるサイクルでエントロピーが増大しなくても、
の時点で、外部系がどうなっていようと、可逆サイクルであると思います。

これまでの議論について誤解があれば申し訳ありません。ご意見よろしくお願いします。

  投稿者:ASA - 2010/11/19(Fri) 08:14  No.10111 
>どうも、着目系が可逆であるための条件に外部系も可逆でなければいけないようにおっしゃっているように聞こえるのですが、その必要はないと思います。
 可逆サイクルの定義の仕方に疑問があるということでしょうか?
 先に記載したように、可逆サイクルの久保演習書での定義では、外部系を元に戻すことができることが要件になってます。
 (ちなみに、EMANさんの記述でもそうなってますhttp://homepage2.nifty.com/eman/thermo/irreversible.html)
 
>>着目系のあるサイクルでエントロピーが増大しなくても、
>の時点で、外部系がどうなっていようと、可逆サイクルであると思います。
 ある特定のサイクル(経路を一巡)でたまたま着目系内儡=0(エントロピーが増大なし)であっても、任意のサイクルで儡=0であることは保証してません。
 任意のサイクル(および任意の作業物質)で儡=0であることを保証するには、外部系を元に戻すことができることが要件になってます。だからサイクルが準静的過程(=可逆)で状態移行するとされているのです。

  投稿者:bonbon - 2010/11/19(Fri) 21:21  No.10112 
たしかに、可逆サイクルの定義についてこちらが誤解しておりました。外部に変化を残さずに動作しなければいけないので、よく考えなくても外部系を含める必要がありますね。

ただ、納得した訳ではなく、
> 任意のサイクル(および任意の作業物質)で儡=0であることを保証するには、外部系を元に戻すことができることが要件になってます。だからサイクルが準静的過程(=可逆)で状態移行するとされているのです。
の部分について、ΔS=0(デルタだと三角形が直角にならないorz)であるための説明の根拠となっているのは、カルノーサイクルで近似できるということですよね。
でしたらそのための条件はPV図上で閉じている(連続)ということなので、必ずしも可逆である必要はないですよね?
「可逆サイクル=>(着目系の+全体の)ΔS=0」はもちろん正しいですが、「(着目系の)ΔS=0=>可逆サイクル」は必ずしも正しくないですよね?(何度も登場しているような、(着目系は)PV図上に表せるのに外部系のせいで不可逆過程となる場合)
可逆過程であることはΔS=0であるための、十分条件ではありますが、必要条件ではないということです。

同じことを別の表現で繰り返しますと、そもそもの質問は「エントロピーが状態関数である=カルノーサイクルで近似できる」ための前提が、なぜ「可逆過程でなければいけない」のかということでした。「着目系の」エントロピーが状態関数であるということです。
その質問の答えとして、必要な条件は「可逆過程であること」ではなく、「(着目系は)PV図上で表せるということ=不可逆過程でも着目系だけをみると、可逆過程っぽく見えること」である、というように解釈しております。
それゆえに、不可逆過程でも過程にそった積分で(着目系の)エントロピーを算出してもよい場合が存在し、そのことについて先の投稿でも言及しているのですが、こちらにも誤解が存在しますでしょうか?
そのような不可逆過程の場合には全系では当然ΔS>0ですが、着目系では必ずΔS=0であり、エントロピーの増加は外部系のみに起因すると保証しているということにもなります。

何度もすいません。もう少しおつきあいください。

  投稿者:ASA - 2010/11/20(Sat) 07:52  No.10114 
bonbonさん
"エントロピーが状態関数である=可逆過程(準静過程)に納得がいかない"
ということでしょうか?
ならば、http://homepage2.nifty.com/eman/thermo/entropy.html等の教科書的解説をよく理解してくださいとしかいえません。

>不可逆過程でも過程にそった積分で(着目系の)エントロピーを算出してもよい場合が存在し
 良い場合というのが具体的でないのでよくわからないです(不可逆過程の場合、エントロピーは状態量でない)。
 上で示した教科書的解説にあるように状態Aから状態Bへの変化が断熱である場合は、どのような系でも熱の出入りがないのでエントロピー増分は0です。
 ピストンの摩擦がある場合、摩擦力によって外部系と着目系との間に圧力差が生じます、摩擦による仕事が熱に転化する現象が不可逆的です。
 ここでABAの一巡を考えます。
 断熱過程ABで外界の仕事Wabとし着目系の仕事wabとします。
 このとき摩擦があるとWab>wabですね。
 断熱過程BAでは、同様にWba<wbaですね。
 着目系を基準にwab=wbaとすると、実質外界へは転化される熱qがやりとりされることになり、前提と矛盾しますね(断熱条件を外部系に対しても課すとき)。
(ちなみに、ABA一巡で外界には転化された熱qの増分が残る(外界が元の状態でない)、また、着目系との間に摩擦があってもなくても経路ABは、PV線図上は全く同じパスで区別できない。外部系内、着目系が与えた仕事の熱変化が起こると看做すため)
 このことからも
>エントロピーの増加は外部系のみに起因すると保証しているということにもなります。
 あらゆる過程(AB間経路)でエントロピーの増加を外部に押し付けることは無理なことがわかります。 

  投稿者:bonbon - 2010/11/20(Sat) 13:10  No.10115 
自分なりにはEMANさんの記事に代表されるような、不可逆過程ではエントロピーが状態関数ではないという説明を理解しているつもりです。(不十分さがないとはいいきれませんが)
それらの説明とは別に、着目系がPV図上で表現されているような特殊な不可逆過程を想定したときに、「(着目系が)PV図上で表せる=>カルノーサイクルで近似できる=>(着目系の)エントロピーが状態関数」というように結論されてしまい(自分のなかでは)、矛盾が生じるので疑問に思っているのです。
あくまで、カルノーサイクルで近似する説明を念頭においたとき、エントロピーが状態関数であるための条件が、「(着目系が)PV図上で表せる」であれば納得できるのに、何故さらに厳しい「可逆サイクル=準静的過程」を条件としなければいけないのかが理解できません。
ですから、
>"エントロピーが状態関数である=不可逆過程(準静過程)に納得がいかない"
(不可逆過程=>可逆過程の誤植?)というよりは、「PV図上で表せる」から「可逆サイクル」へと飛躍している部分に納得がいきません。

自分はなにも、一般的に任意の不可逆サイクルでエントロピーが状態関数であるということをいっているのではありません。
>良い場合というのが具体的でないのでよくわからないです(不可逆過程の場合、エントロピーは状態量でない)。
良い場合というのは、(具体的ではありませんが)着目系がPV図上で表現でき、閉じた(連続な)サイクルになっている場合です。そのような場合はカルノーサイクルで近似できる要件を満たしているので、状態関数なのでは?という主張です。

何らかの例を持ち出して、エントロピーが状態関数であることに、可逆過程という前提が必要だという説明に疑問は感じないのですが、それだけに上記したような矛盾がますます強くなります。
カルノーサイクル近似において、「PV図上で表せる」より強力な「可逆過程である」という条件を課さなければいけないのかという点に絞って解説していただけないでしょうか?(他の説明と辻褄を合わせるための都合主義的な必要性なのでしょうか)
例えば、カルノーサイクル近似から導かれる必要条件は「PV図上で表せる」ことのみであって、それとは別の説明から、さらに「可逆過程である」という必要性が発生するということであれば納得できます。

  投稿者:murak - 2010/11/20(Sat) 13:17  No.10116 
練習問題

(1) 断熱的でかつ摩擦がない(無視できる)ような系に於いて、その変化が不可逆であるような例を構築せよ。
(2) (1)の過程について系のエントロピー変化を計算せよ。
(3) (1)の過程は(PV図等の)相図上に表せるか?
(4) (1)の過程に於いて増加したエントロピーを下げるにはどうせねばならないか?(言い換えれば、系の状態を元に戻すにはどうせねばならないか?)
(5) (1)及び(4)の過程を続けて行うとき、一連の過程において、エントロピーは系の状態量となっているか?
(6) (2)で計算したエントロピーの増分を、相図に描ける曲線上で計算する方法はあるか?

(要するに、エントロピーの増加が実際に計算可能な不可逆過程の例を考えるという問題)

  投稿者:ASA - 2010/11/20(Sat) 14:54  No.10118 
bonbonさん
>>"エントロピーが状態関数である=可逆過程(準静過程)に納得がいかない"
>(不可逆過程=>可逆過程の誤植?)というよりは、「PV図上で表せる」から「可逆サイクル」へと飛躍している部分に納得がいきません。
(誤植は直しておきました。)
 私の主張では、「PV図上で表せる」=「可逆サイクル」ではありません。
 以前からの説明で言いたいことは、
 「PV図上で表せる」=「着目系が平衡状態(熱力学的状態量で記述できる状態)」
 です。
  PV図上で表せることと、可逆かどうかは関係ないことです。
 また、外界との相互作用で着目系の状態が変化するなら、その外界との作用の仕方もちゃんと指定しないといけないということを主張してきたつもりです。
 エントロピーを着目系の状態量とするには、外界との作用の仕方が常に可逆的(仕事のやり取りでは圧力差がない。熱のやり取りでは温度差がない)でなければならないからです。

>そのような場合はカルノーサイクルで近似できる要件を満たしているので、状態関数なのでは?という主張です。
 "カルノーサイクルで近似できる要件を満たしている"というのがよく理解できません。特に「要件」という件の説明がなされれば、より詳しい解説ができるかもしれません。
 ちなみに、久保演習書では 一般的なカルノーサイクルというものを定義してます。これは、2つの熱源R1,R2から熱Q1,Q2を受け取り 外界にA=Q1+Q2の仕事をする機関と定義してます(2つの等温過程と2つの断熱過程からなる)。
 これが、可逆なら「可逆カルノーサイクル」と呼んでます(可逆と不可逆をちゃんと区別する)。しかる定義の後、絶対温度,クラウジウス不等式,エントロピーという各項目を解説する流れです。そのエントロピーの定義では、準静過程(=可逆)で積分としており、準静過程でd'Q/Tは完全微分(いいかえれば、外界との作用の仕方が常に可逆的ならエントロピーが物質のやり取りがないクローズド系での状態量)と解説されてます。

  投稿者:bonbon - 2010/11/20(Sat) 21:46  No.10119 
>>"エントロピーが状態関数である=可逆過程(準静過程)に納得がいかない"
>(不可逆過程=>可逆過程の誤植?)というよりは、「PV図上で表せる」から「可逆サイクル」へと飛躍している部分に納得が
申し訳ありません。こちらの表現にミスリーディングな部分がありました。
ASAさんが「PV図上にで表せる」=「可逆サイクル」と主張していらっしゃるというわけではなく、自分の主張の中で、カルノーサイクルで近似できるための条件が、「着目系がPV図上で表現できること」までは納得がいくのですが、そこから「サイクルが可逆過程でなければいけない」という部分へ持って行くことを飛躍といってまして、「PV図上」=>「可逆過程」の流れを正当化する根拠はあるのかという部分が疑問点です。

> "カルノーサイクルで近似できる要件を満たしている"というのがよく理解できません。特に「要件」という件の説明がなされれば、より詳しい解説ができるかもしれません。
要件というのは、着目系がPV図上で閉じたサイクルになっているということです。そうであればカルノーサイクルでぎっしり埋めるような近似ができますよね。この部分に異論はありますでしょうか?
「カルノーサイクル近似=>エントロピーが状態量」というのもよろしいですね?であれば、「PV図上で表せる=>エントロピーが状態量」つまり「エントロピーが状態量であるための必要条件はPV図上で表せること」となりここまでは自分も納得しています。
ASAさんもおっしゃるように、
>「PV図上で表せる」=「着目系が平衡状態(熱力学的状態量で記述できる状態)」
 です。
>PV図上で表せることと、可逆かどうかは関係ないことです。
なのであれば、どうしてここから一般的にいわれているような「エントロピーが状態量であるための必要条件は可逆過程であること」もっといえば「エントロピーが状態量であるための必要十分条件は可逆過程であること(同義であること)」という結論まで持って行けるのでしょうか?
「可逆過程=>状態量」は当然認めますが、これば十分性を示しているだけに過ぎず(可逆過程であれば当然エントロピーは状態量、自分がいいたいのは可逆過程でなくてもエントロピーが状態量になる場合が存在するということ)、エントロピーが状態量であるための前提として、常に可逆過程が必要というのとは違います。

自分は「アトキンス物理化学」で主に熱力学を学んだのですが、その中ではまずエントロピーを可逆過程のときの熱と温度の積分であると、定義したうえでそれが状態量であることを説明しています。その証明にカルノーサイクル近似を用いています。
自分はこの中で、エントロピーを可逆過程の場合に云々。。。と定義するのは、そもそもオーバースペックであると感じまして、エントロピーをまず過程にそった熱と温度の積分であると過程して、それが状態量になる条件をカルノーサイクル近似を基に(いままでの自分の主張のようにして)「PV図上であらわせること」と結論したのですが、そこから一般的にいわれているような「(前提は)可逆過程であること」とどのようにして進めればよいのかというのが質問です。

自分なりの妥協点として先の投稿で言及したような、他の状況からくる必要性のためや、(今思いつきましたが)そもそもの定義を可逆過程での積分としてしまえば、確かに状態量であることには間違いないのでオーバースペックな定義をしておいたということでも納得できます。
「そもそもの定義が可逆過程の場合を前提としているから、条件として可逆過程が必要だが、この定義はオーバースペックである」というアイデアはどうでしょうか?(いま気づいたのですが自分的にかなりしっくりきます)
アトキンスでもそういう定義をしてから話をすすめていますし、久保演習書?(よく知らない)でも定義自体がそうなっているようですね。

追記:
読んでいて気がつきましたが「PV図上で表せる」は正確には「PV図上で閉じたサイクルとして表せる」です。ただ表せるだけじゃ意味ないですね。
「そもそもの定義がオーバースペックである」というアイデアに同意していただけないでしょうか?これを認めていただければ自分の中で全て解決します。

  投稿者:ASA - 2010/11/21(Sun) 07:08  No.10120 
bonbonさん
 説明によりbonbonさんの問題意識をおおよそ把握しました。
 しかし、状態量であるには、状態Aから状態Bに移行する経路(パス)によらないことですから、サイクルとは関係ないところで定義されるべきものと考えます。
 普通の教科書の定義では、エントロピーを可逆(=準静的)過程で任意パスABでの積分と条件付きで定義しています。
 >自分がいいたいのは可逆過程でなくてもエントロピーが状態量になる場合が存在するということ 
 これはないと思いますよ。
 
 前にも書きましたけど、PV図上のパスを移動する場合、外界との作用の仕方を指定しないと、状態量としての積分など一意的に定まるものではありません。
(次のNo.7やら内部エネルギーでの説明が参考になるかもしれませんhttp://qanda.rakuten.ne.jp/qa1223196.html
自分としては、同等の内容を説明してきたつもりですが)

なので
>「そもそもの定義がオーバースペックである」というアイデアに同意していただけ
 残念ながら、同意できません。

  投稿者:bonbon - 2010/11/21(Sun) 13:08  No.10121 
すいません。やっぱり納得いきません。
> しかし、状態量であるには、状態Aから状態Bに移行する経路(パス)によらないことですから、サイクルとは関係ないところで定義されるべきものと考えます。
という部分が受け入れられず、まずPV図上の閉じたサイクルであれば過程に沿った積分(以降ΔS)=0です(カルノーサイクル近似より)。なのでPV図上に閉じたサイクルとして表現できるという前提のもとで、任意のサイクルでΔS=0が成立します。
よって状態A−>Bのある経路でのエントロピー増加がX(符号付き)だったとすると、任意のサイクルでΔS=0なので、任意の経路B−>Aでエントロピーは−Xとなり、任意の経路A−>BでエントロピーがXである。
よって、「PV図上で閉じたサイクル=>エントロピーは状態関数」とできるので、サイクルと無関係に定義されてしかるべきというのは納得できません。

> 前にも書きましたけど、PV図上のパスを移動する場合、外界との作用の仕方を指定しないと、状態量としての積分など一意的に定まるものではありません。
ASAさんがそのような事を何度もおっしゃっているのは自分なりに理解していますが、ASAさんも認めるように「状態量=A−>Bが経路によらない」であり、(ここからは自分の主張)サイクルを持ち出して議論すると「A−>Bが経路によらない=PV図上で閉じたサイクル」とできてしまい、外界との作用の仕方を指定しないのに状態量となると結論できてしまうから疑問なのです。
そのような説明では、偉い人がみんなそういっているのだから認めなさいというようにしか思えないのです。

あ、いま気づきました。
経路B−>Aで−Xであるとき、経路A−>BがXであるとするには可逆過程でなければいけないのではないでしょうか?
そうなると、PV図上の閉じたサイクルだけでは不十分でPV図上の閉じた可逆サイクル、要するに普通の可逆サイクルとしなければいけません。
もしかして、ずっとそういうことをおっしゃっていたのでしょうか?
でも経路A−>B=−経路B−>Aであるような不可逆過程というのは存在しないでしょうか?それはもはや可逆過程ってことですかね。

  投稿者:ASA - 2010/11/21(Sun) 14:01  No.10122 
>ずっとそういうことをおっしゃっていたのでしょうか?
 要約すると、そうです。
>経路A−>B=−経路B−>Aであるような不可逆過程
 特定の経路、特定の作業物質で両者が一致する可能性はあります(相互作用の仕方が、行きと帰りで異なる場合とか、でも、全く同じ条件で同一パスを往復する時は可逆過程でのみ一致する)
 任意の経路で一致するには、可逆過程しかないことが、クラウジウス不等式で示すことが出来ます。

  投稿者:bonbon - 2010/11/21(Sun) 15:45  No.10123 
これで解決しました。
長い間ありがとうございました。

  投稿者:ASA - 2010/11/21(Sun) 16:55  No.10124 
bonbon さん
No.10070>不可逆過程だとPV図が書けない
 で決着したのでは、残念と思ったので、様々な解説をしてきました。
 見返すとうまい解説でないですが、何とか通じたようで自分もほっといたしました。
 スタンダードな理解にいたってよかったですね。