EMANの物理学 過去ログ No.8454 〜

 ● 中間子の名の由来

  投稿者:EMAN - 2010/03/10(Wed) 01:46  No.8454 
 中間子の名付け親は誰なのか、と調べております。

 当然湯川さんだろうと思っていたのですが、
1934年の中間子の原論文には、中間子という言葉も、
バリオンとレプトンの中間の質量という表現もまだ出てこないんですよね。

 しばらくは、湯川のU粒子と呼ばれていたようです。

 1937年にミューオンの発見を中間子と勘違いしたときになって、
「メソトン」と名づけるか、「メソトロン」と名づけるかで
揉めているようですから、その頃までに meso- という考えはあったようです。
 結局「メソン」に落ち着きましたけれど。

 英語版のWikipediaでは、
「湯川が「メソトロン」と名付けようとしたが、
それはギリシャ語の表現ではないからと、
ハイゼンベルクに指摘されて修正された」とかいう話が載ってますが、
メソトロンの名を提案したのはミリカンじゃなかったですかね?

 meso- の概念を言い始めたのは誰なのか、という点と、
できるだけ真実に近い経緯を知りたいと思っています。

 日本語の「中間子」の方が先なのかなー、とか考えながら調べ中です。

  投稿者:yuya - 2010/03/10(Wed) 18:38  No.8460  <Home>

http://wiki.yukawa100.org/index.php?%A5%DF%A5%E5%A1%BC%A5%AA%A5%F3#ud6d9b13
ここで議論されてますね。

英語版Wikipediaの記述の出典も、上に触れられているのと同じ、Gamowの著書のようです。
http://books.google.com/books?id=mHvE-OyY3OsC&pg=PA315&lpg=PA315#v=onepage&q=&f=false

ここには、確かにHeisenbergの父親が
mesotronという名の不自然さを指摘したと書いてありますが、
湯川が自分でmesotronと名付けようとしていたとは書いてありません。
この点は英語版Wikipediaの勘違いではないでしょうか?

Mesoton対Mesotronの経緯は
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/job/others/mil_and.html
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/job/writing/utyu/mesotoron/mesotoron.html
ここにまとめられており、その原典のひとつがこちらのようです。
http://authors.library.caltech.edu/6686/
(PDFファイルの最後、Mesotron as the Name of the New Particle)

で、冒頭リンクでの議論のとおり、mesonを勧めたのは
HeisenbergでなければBhabhaということになります。
BhabhaがNatureに送った文書の原文があればいいのですが、まだ見つかりません。
とりあえず、その点について触れたBhabhaの伝記がありました。
http://www.arvindguptatoys.com/arvindgupta/homibhabha.pdf
(p.10の下のほう)

日本語の「中間子」のタイミングはわかりませんなぁ。