EMANの物理学 過去ログ No.4198 〜

 ● パラドックス

  投稿者:HG - 2008/06/13(Fri) 08:15  No.4198 
ド・ブロイのパラドックスを下敷きにして、新たな(?)測定のパラドックスを考えてみました。
ド・ブロイのパラドックスとは、電子1個が入った箱を2つの箱に分割し、それそれの箱をパリと東京とに置いた場合、パリの箱に電子が入っているかどうか測定した瞬間に東京の箱に電子が入っていないかどうかも確定するということ(波束の収縮)が実在論に反するようにみえるというものです。
ド・ブロイのパラドックスは、分離可能性を放棄すれば解消できます。しかし、ド・ブロイのパラドックスの先には、さらに興味深い測定のパラドックスが立ちはだかっています。

簡単のために、地球の自転や公転や重力場は無視することにします。時刻tにおいてパリで測定が行われ電子が検出されたとすると、波束の収縮により同じ時刻tにおいて東京の箱の中には電子がないことが確定します。この一連の事態はいかなる慣性系から見ても変わらないはずです。そこで、パリから東京に向かって進む慣性系から見て、東京の箱に電子が入っていないことが確定した時刻をt’(=t)とすれば、その慣性系から見て同じ時刻t’のパリの箱には必ず電子が存在するはずです。そうすると、パリではt>t’なので、パリの箱には測定前から電子が存在していたことになります。つまり、測定による波束の収縮から始めた議論から、電子の所在は測定の前から確定していたという逆説的な結論が導かれます。

  投稿者:EMAN - 2008/06/13(Fri) 10:28  No.4199 
 えーっと、自分の説が正しいとか、世に広めたいとかいうのでしたら、ご自分でブログを作ってやって下さいよー?

 いや、最近、あちこちで、どんなに批判されようが自説を少しも曲げないで、とにかく認めてもらいたいっていう態度の人が多いもんですから、ちょっと警戒気味になってるだけです。
 そうならないようにお願いします。

 ここに書いた以上、「おかしな議論をしていないか批判して下さい」という意味に取らせてもらいますよ。

 で、まずおかしいのは、移動系から見て、t'(=t)と書いておきながら、パリの視点では t>t'だとしている点。 相対論の思想からみて、おかしな言及だと気付きませんか。 
 残念ながら、相対論の当てはめ方に失敗しているようです。

 アドバイスとしては・・・、どの時刻にどの場所にいて、それぞれの立場はどの時刻を基準にして時刻を測っているか、そういうのをしっかり決めて議論しないといけません。
 ローレンツ変換には「場所」も重要な要素です。

 啓蒙書では、とにかく相手の時刻は遅れるという結果だけを取り出してあとは面白おかしく話すスタイルが多くて、どういう過程でそれを取り出せたかという途中の議論がおろそかになっていたりするのです。

  投稿者:HG - 2008/06/13(Fri) 23:54  No.4205 
EMANさん
ご忠告・ご助言ありがとうございます。

私のようなネジがはずれた人間の言動に対して警戒するのは健全なことです。しかし、ここで私は哲学的な見地からパラドックス(あるいは屁理屈)を問うているだけで、自説を広めたいなどとは毛頭思っておりません。どうぞ、その点はご安心ください。

>どの時刻にどの場所にいて、それぞれの立場はどの時刻を基準にして時刻を測っているか、そういうのをしっかり決めて議論しないといけません。

この議論において、二つの箱に対して静止した慣性系の時刻tの同時刻面と、パリから東京に向かって進む慣性系の時刻t’の同時刻面とは、東京の箱の世界線上の1時空点で交差しています。そして、それぞれの同時刻面がパリの箱の世界線と交差する二つの時空点の間には当然ながら先後関係があり、そのため、パリの箱には測定前から電子が存在していたという逆説が導かれます。


  投稿者:EMAN - 2008/06/14(Sat) 09:21  No.4206 
 なるほど、おっしゃる意味が分かりました。
こういうことですね。

 時刻 t にパリで観測が行われ、
時刻 t の東京の箱が空っぽだと分かった。
( 分かりやすいように、
t + 冲 に東京で箱を観測した人が「ここにはない!」と叫んだとします。
 静止系で、パリの観測の直後だということです。)

 移動系の人にとってパリでの観測があったのは t' だとする。
 移動系の人にとっては、東京での観測は t' よりも
過去の出来事である、ということですね。

 これは・・・その通りです。

 移動系の人にとっては、東京での観測によって
波束が収縮したとみえるということになります。

 まぁ、波束の収縮は物理的な実体ではないということなので、
問題はないのですが、気持ち悪いことではあります。

 ちなみにこれに似た話は私の記事でも「ティンクと博士」の
たとえ話として出てきます。
 視点が違いますが、参考にどうぞ。
http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/bell.html

  投稿者:hirota - 2008/06/16(Mon) 11:03  No.4227 
そういう実験が可能かどうか考えて見ましたが、電子では難しいけど光子なら現在の技術で可能だと思います。
1個の光子を観測する事が可能ですから、半透鏡を使って 1個の光子を 2つの観測ターゲットのどちらかに当てる実験ができます。
半透鏡から光路を東京とパリに伸ばすのは無理ですが、伝播時間を測定できるくらいに伸ばすのは簡単です。
それに、わざわざ相対論を持ち出さなくても遠い方のターゲットでの観測が時間を遡って近い方のターゲットに影響する事も観測できます。(はて?どこがパラドックスなんだろう?)

  投稿者:全充 - 2008/06/16(Mon) 11:53  No.4228 
この話って
ウォルボーンの実験に似てませんか?
光子偏光エンタングルメントを使った2重スリット実験
エンタングル対の片方の光子ビーム偏光を測定する、しないで
もう片方の光子ビームが干渉しない、する
っていう実験です。
偏光測定器までの距離と干渉測定装置までの距離を度のように変えても距離は結果に影響してないんですよね。

  投稿者:HG - 2008/06/16(Mon) 23:22  No.4234 
通常、波束の収縮は測定対象と測定装置(環境)との相互作用によって起こると考えられています。
また、少数の論者は測定の認識過程においてそれが起こると考えているようです。いずれにしても、波束の収縮は測定対象と測定装置とが相互作用した後に起こると考えられてきました。
しかし、前述の電子の測定に関する議論を真に受けるなら、測定の前に電子の所在が確定する可能性があるので、波束の収縮が測定より過去の時点まで遡及することを許す物理的な条件(機構)が存在する可能性がでてきます。

  投稿者:kafuka - 2008/06/19(Thu) 23:39  No.4263 
宮沢弘成博士が似た設定の議論をしています(目的は違いますが)
http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/probability.pdf
宮沢博士が書いておられるように、
「そのどちらかが1/2 の確率で実現される」
つまり、パリと東京で「結果に100%の相関がある」だけで
「物理的因果関係はない」です。
したがって、「物理的な条件(機構)」は、不要と思います。
>パリの箱には測定前から電子が存在していた<
揚げ足をとるつもりは、ありませんが、
「電子は実在物ではない」とするのが一般的です。
そもそも、量子力学自体、(局所)実在論では、ありません。
尚、上記は「自説」では、ありませんので。
清水明「新版 量子論の基礎」を読まれれば、わかると思います。
トンデモにネジがはずれた僕が、人様に本を読めなんて、赤面なのですが、
僕なりの説明?では、EMAN様がおっしゃる「手合い」の主張と
思われますから。

  投稿者:TOSHI - 2008/06/20(Fri) 10:46  No.4270 
 どもTOSHIです。

 kafukaさんの書かれている宮沢博成氏の文章を読みました,4ページしかないので読む気になったのですが。。確かにここでの意図とはちょっと違うようですね。ご本人は解釈の問題ではないと述べておられますが思いっきり観測問題とも関わる解釈の問題を書かれていると思います。

 これは解釈の問題なので量子力学と同じ結論になるためトンデモではありませんが,kafukaさんも書かれているように,そもそも電子波は実在ではなくて,電子は粒子としてしか観測されないであろうし,波としての実体はその絶対値の2乗が存在確率密度であるとして計算しても不都合がないという事実以外には,その他どのように解釈しようと同じ計算結果に導く限り,私的には今のところ興味ないですね。。
 
 また,30年以上も前の話として霜田光一氏と関連した光電効果に光子は必要ないとの話も書いてありますが,ここで宮沢氏が古典論と呼ばれておられるものは,確か電子など一般に粒子と考えて定式化可能なものには波動関数を想定した量子力学で光子=光量子というものを想定せず,それは古典電磁場として扱うというもので,半古典論とでも呼ばないと量子力学は使っていないのかという誤解を招くのではないでしょうか。
                      TOSHI

  投稿者:HG - 2008/06/21(Sat) 01:34  No.4295 
Kafukaさん
>「電子は実在物ではない」とするのが一般的です。

少なくとも、パリで検出された時点の電子は実在物だとはいえないでしょうか。
測定によりバーチャルであった対象がリアルにとらえられることを波束の収縮というのではないでしょうか。

前述のパラドックスは、波束の収縮がバーチャルであるはずの過去にまで遡及するというものです。

  投稿者:kafuka - 2008/06/23(Mon) 16:27  No.4317 
「実在物」の定義が問題になりますね。
Einsteinは、
人間の観測行為とは独立に実在する外的世界を信じ, そこに因果の法則があることを信じる
ようです http://ci.nii.ac.jp/naid/110002074318/
「パリで検出された」のは、観測の行為をしたからで、
観測する/しないに依存します
(しなかったら、位置の固有値は連続分布になっています)
で、「観測行為と独立に実在する」とは、言えません。
「因果の法則」があれば、ベルの定理の実験と矛盾します。
(因果の法則が、古典論を含む局所実在論であれば、ですが)

>波束の収縮がバーチャルであるはずの過去にまで遡及する
EMAN様の意見「問題はないのですが、気持ち悪いことではあります」を補足すると、 http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/bell.html
「しかし博士 B はこう考えた。 私はティンクが言うのを聞いてしまった時点で観測したことになるのだ」
えっ、て思われる方は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E5%A4%9A%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%A7%A3%E9%87%88
の「一般的な解釈」で(観測者にとって)と強調されていることに注目下さい。
シュレーディンガーの猫は観測者が観測するまで(観測者にとって)、
「生きている猫」と「死んでいる猫」の重ね合わせの状態にある。
観測者が観測する過程で(観測者にとって)、猫の状態はどちらか一方に定まる。
これがいわゆる波動関数の収束である。
(原文のままー決して自説ではありません)

自説かもしれませんが、
別の観測者が、直接観測した人から聞いたとすると、
その時点で、
(別の観測者にとって)、猫の状態はどちらか一方に定まる。
と言えると思います。

>そうならないようにお願いします。
もちろん、そのつもりです。

  投稿者:HG - 2008/06/23(Mon) 20:57  No.4321 
ここで、問題にしているパラドックスは、量子力学の解釈問題とは切り離して議論するべきだと思います。これは、実在の定義に関するものではなく、波束の収縮の定義に関するものです。

どのような世界観に立とうが、我々は一個の電子や一個の光子を分離し測定することができるのですから、波束の収縮の定量的な理論は、物理の基礎理論として要請されているのだと思います。しかし、現状は、正攻法として人気のあるデコヒーレンスの理論にしても突飛な量子脳理論にしても決定的な検証ができるレベルには至っていないのではないでしょうか。

前述のパラドックスは、波束の収縮の時点を測定時点や認識時点に求めることが困難であることを示唆しているようにも思えます。

「レッドカード」はいやなので、この辺でやめておきます。

  投稿者:kafuka - 2008/06/23(Mon) 23:36  No.4322 
>波束の収縮の定義に関するものです
すいません。トンチンカンなことと思われたのでしたら、お詫びします。

調べていたら、HG様の議論ずばりの本が、見つかりました。
B.デスパニア「量子力学における観測の理論」岩波書店
の§8.3相対論的側面 にあります。
僕も、これで終わりにしますが、

僕が読んだ限りでは、前記のWikipediaに書れていたこと
「観測者が観測する過程で(観測者にとって)、状態はどちらか一方に定まる。これが波動関数の収束である」
の観測者を、HG様の議論の「静止系の観測者」や「移動系の観測者」としても
矛盾はないです(と思います)

以下は、無視して頂いて結構なのですが、
昔、Folomyで、僕が、猫は「生きている」と「死んでいる」の重ね合わせの状態にある
と書いたら、ある高名な方に、
「猫は、生きているか死んでいるかのどちらかだ」と叩かれた記憶があります。
僕も、
Wikipediaや聞いたことない学者の説を、いくら叩かれても捨てない「その手合い」の一人のようです。

  投稿者:sym - 2008/06/24(Tue) 01:26  No.4323 
HGさん、こんばんわ。

少し考えてみたんですが、何かよくわからないというのが正直なところです。
前に前にと前提をたどっていって、ついにディラック方程式にまでたどり着いてしまいました。私の場合は、これがまだよくわかっていなかったんです。相対論的量子論を学ぶ良いきっかけかなとも思うんですが、お手本がなくて、まだ、こんな上流で苦難しています。

>前述のパラドックスは、波束の収縮の時点を測定時点や認識時点に求めることが困難であることを示唆しているようにも思えます。
実証論?的には、波束の収縮の時点(時空図の中の点?線?面?)の整合が理論的に取れていれば良いわけです。定量的な計算ができれば、検証の可能性も検討できて面白いんですが、どうやれば良いのか、うーん、難しいです。

  投稿者:HG - 2008/06/24(Tue) 21:47  No.4331 
kafukaさん
こちらこそ、失礼をお詫びいたします。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

symさん
>実証論?的には、波束の収縮の時点(時空図の中の点?線?面?)の整合が理論的に取れていれば良いわけです。

どうぞ、眉に唾をつけてお読みください。

測定問題を考えるとき、測定系の定義は極めて重要です。従来、測定系は測定装置と測定対象とからなると考えられてきました。しかし、測定装置と測定対象とが有意味に存在するためには、それらを測定という事態によって結びつける測定の原因が不可欠です。そこで、より厳密にとらえなおせば、測定系とは、測定の原因事象から測定に至るまでの決定論的な連鎖機構と測定装置と測定対象とからなるといえるのではないでしょうか。ここで、測定の原因事象とは決定論的な連鎖機構を通じて測定と(理想的には1対1の関係で)結びついている量子力学的な確率事象(たとえば、1個の光子がハーフミラーを透過する事象のように非因果的で本源的に確率的な事象)のことです。

測定の原因事象を頂点とする未来錘(未来光円錐)の内側では、測定前に(測定結果は未知だが)測定の実行が確定しています。一方、この未来錘の外側では、測定が実行されるかどうかを知ることは原理的に不可能です。このことは、この未来錘の内側では測定対象は測定値のばらつきに対応する混合状態として記述することが許され、この未来錘の外側では測定対象は始状態によって決まる純粋状態として記述することしか許されないということを意味しているのではないでしょうか。つまり、波束の収縮は測定の原因事象を頂点とする未来錘の錘面まで遡及すると考えられるのではないでしょうか。

以上の考えに立てば、波束の収縮の過去への遡及は上記未来錘によって限界づけられるので、当該パラドックスは解消できるように思われます。

もちろん、こんなクレージーな考えが正しいなどと言い張る気は毛頭ありません。
皆さんに突いて頂くうちに瓢箪から駒がでてくるかもしれないという期待から述べさせていただきました。

  投稿者:kafuka - 2008/06/25(Wed) 15:35  No.4336 
EMANさんに怒られるとは、思いますが、
ちょっとだけ、、、

確認のための質問ですが、
Entangledな2つの系は、
光円錐の外でも100%の相関を持つ=ベルの不等式が破れる
ことを確認したのが、アスペの実験である
で、いいでしょうか?

おっしゃられる未来錘と、いわゆる光円錐の関係の関係を
提示されれば、お考えについて、コメが集まると思います。

  投稿者:EMAN - 2008/06/25(Wed) 16:57  No.4338 
> もちろん、こんなクレージーな考えが正しいなどと言い張る気は毛頭ありません。

 そもそも量子力学の考えがクレージーですからね。
 HGさんの考えはある条件ではそんなに変ではありませんよ。

 Aさんが電子を測定したら、そこにあったとする。
 これでAさんの近くに電子があることになります。
 光円錐の外にいるBさんは、
手元に電子があるかどうか、まだ分かっていない。
 しかしBさんもいずれは光円錐の中に入るし、
入った時点で、測定するまでもなく、
手元に電子が無いことを知りうる。
 無線で連絡を取ってAさんに聞けば良いわけですし、
聞かなくても何らかの影響を受けた可能性は否定できない。
 これはHGさんの言った内容ですが、
別におかしな点はありません。

 ではBさんが光円錐に入る前に、Bさんの方でも独自に
測定を行っていたらどうか?
 Bさんの測定も光円錐の頂点になりますね。
 これはHGさんはどういうイメージで
解釈されるでしょうか?

  投稿者:hirota - 2008/06/25(Wed) 18:11  No.4339 
この宇宙の銀河の分布はインフレーション前の量子揺らぎが元だということですが、量子揺らぎが巨視的な分布になった時点は波束の収縮と言えるのではないでしょうか?
この測定は人類が望遠鏡などで銀河や宇宙背景放射を観測した時だと思いますが、観測から100億年遡って波束が収縮したと言うもんでしょうか?

  投稿者:kafuka - 2008/06/26(Thu) 00:18  No.4344 
>hirota様

もっともと思える解釈は(あくまで僕の、ですが)

当初「電子がある」と「ない」の重ね合わせの状態にある
「どちらか一方に定まる」のは、デコーヒレンスが発現した時点であり、
観測する/しない は、関係ない

ではないでしょうか?
(デコーヒレンスは測定装置でおきるだけでなく自然環境でもおきるとします)

この説か、これを厳密にしたものに同意されますか?
(僕は、この説はナンセンスと思っていますが)

  投稿者:kafuka - 2008/06/26(Thu) 00:44  No.4345 
自説の主張はいけないので、否定を書いたのですが、あまりに不躾でした。
EMAN様、お怒りなら削除して下さい。

  投稿者:HG - 2008/06/26(Thu) 00:44  No.4346 
kafukaさん、EMANさん、hirotaさん応答ありがとうございます。

スペースライクな2点に配置したEPRペアの測定について考えてみます。
最初に、EPR ペアそれぞれに対する測定事象がその原因事象と一致している場合を考えてみます。このとき、一方の測定結果と他方の測定結果とが超光速の相関を持つという記述は誤りのように思います。実際、それぞれの測定結果を持ち寄らないかぎり相関は示せません。つまり、この場合、それぞれの測定の原因事象(かつ測定事象)を頂点とする二つの未来錘が相貫する(あい貫き合う)領域において始めて相関を確認することができます。
次に、EPRペアそれぞれに対する測定の原因事象が同一である場合、すなわち両方の測定が同一の原因事象を頂点とする未来錘に内側にある場合を考えてみます。このとき、一方の測定結果と他方の測定結果とが超光速の相関を持つという記述は誤りとはいえないと思います。なぜなら、この場合、EPRペアの測定結果は、測定の原因事象を通じて因果的な相関関係によって結ばれているからです。(因果的な観点から見れば、超光速の相関は見かけ上の効果にすぎないと思います。)
以上の見解は、波束の収縮が測定の原因事象を頂点とする未来錘の錘面まで遡及するという考えと矛盾しないと思います。

もう一つ、「波束の収縮は宇宙的な時間スケールで過去に遡及するか?」という問題について考えてみます。
Wheeler の遅延選択実験の宇宙版を採用して、天文学的なスケールで2経路に分岐したあと再び接近した光子の経路の測定について考えてみます。この場合、宇宙を単純化して慣性系だとみなし、測定の原因事象が光子検出器の場所で100億年前に生起したとすれば、波束の収縮は50億年(距離にして50億光年)前の過去にまで遡及するということになります。ただし、そのためには、測定の原因事象から測定に至るまでの決定論的連鎖機構が100億年間持続したことを保証しなければなりません。

ご質問の答えになっていたら幸いです。

  投稿者:EMAN - 2008/06/26(Thu) 06:15  No.4349 
> 自説の主張はいけないので、否定を書いたのですが、あまりに不躾でした。

 別に自説の主張そのものは一切禁止していませんよ。

 明らかにおかしい、あるいは、
全く新しい知見を含んでいないので議論に値しない、と
指摘されているのにも関わらず、
それを無視したまま、何度も同じ事を繰り返して
議論にならない状態、掲示板が読みにくくなる状態を
嫌っているだけです。

 一方的な自説の宣伝みたいなやつが迷惑なんです。

  投稿者:EMAN - 2008/06/26(Thu) 10:09  No.4351 
 HGさん、どうも良く分からない表現があるのですが・・・

> 最初に、EPR ペアそれぞれに対する測定事象がその原因事象と一致している場合を考えてみます。

 EPRペアの状態は、どちらかが測定した時点で初めて定まるのですから、
わざわざ測定事象と原因事象なんて分けて考える必要は
無いんじゃないでしょうか。

 どちらかが測定するよりも以前に、
何らかの原因で測定結果が確定していたなんて
可能性を外したくないと考えておられるのかも知れませんが、
そういう意図でしょうか?
 アスペの実験でそういう可能性はすでに否定されているのですが。

> このとき、一方の測定結果と他方の測定結果とが超光速の相関を持つという記述は誤りのように思います。実際、それぞれの測定結果を持ち寄らないかぎり相関は示せません。

 それでも、持ち寄った結果、相関が確認できるなら、
それを「超光速の相関があった」と表現して良いのでは
ないでしょうか?
 この表現だとなぜ誤りなのでしょうか?


> 次に、EPRペアそれぞれに対する測定の原因事象が同一である場合、すなわち両方の測定が同一の原因事象を頂点とする未来錘に内側にある場合を考えてみます。

 これは EPRペアのどちらかを、それを観測する以前に
第3者が観測してしまった場合、ということですか?
 これではEPRペアを使う意味がありませんよ。

 第3者が観測した時点で、それ以降、誰が観測しても
矛盾しない結果が観測されるのは不思議でも何でも
ないではありませんか?

  投稿者:kafuka - 2008/06/26(Thu) 15:15  No.4353 
全充様のコメントNo.4228(ウォルボーンの実験)を調べてみました。
http://grad.physics.sunysb.edu/~amarch/Walborn.pdf
以下、全充様より引用
>エンタングル状態にある光子間では、光子Bの偏光状態を測定すれば、光子Aの偏光状態が確定する。、、、
この性質は我々観測者の時間的な前後に関係なく現れることが

2002年ブラジルのミナス・ジェライス大学でステファン・ウォルボーンらの実験によって確認された。
(新しい知見ではないかも?)

  投稿者:kafuka - 2008/06/26(Thu) 16:20  No.4354 
すいません。
うるさい! 俺はHGさんの答えを待ってるんだ!!
と怒られそうですね。
以降、ROMに徹します。
掲示板を汚して、すみませんでした。

  投稿者:EMAN - 2008/06/26(Thu) 19:27  No.4355 
> うるさい! 俺はHGさんの答えを待ってるんだ!!
> と怒られそうですね。

 いえいえ、のんびりと穏やかな気持ちで待ってますよ。

 ウォルボーンの実験ってのは、
前に日経サイエンスの記事になってた
量子消しゴムってやつと同じですかね?
 その号、どっか行っちゃったけど。

  投稿者:HG - 2008/06/26(Thu) 23:14  No.4357 
EMANさん

イメージしやすくするために、測定者としてAliceとBobとを登場させて議論をすすめてみたいと思います。
AliceとBobとは、それぞれにあてがわれた量子サイコロを同時に振り、丁が出たら直後にEPRペアの片割れを測定し、半が出たら測定しないという約束を交わしているものとします。
量子サイコロで丁を出し測定を実行した時点のAliceは、Bobの測定について何がいえるのでしょうか。
多世界論的にいえば、測定をした上記のAliceだけでなく、測定をしないAliceや逆の測定結果を得たAliceも存在するはずです。同様に、Bobも複数の測定結果に対応するそれぞれのBobや測定をしないBobが存在することでしょう。そこで、Aliceの測定時点において、その測定結果とBobの測定結果(あるいは量子的粒子の状態)とが相関していると主張する根拠はないように思うのです。(多世界論はイメージしやすいので使っただけで、この議論の内容そのものが多世界論的世界観に依存しているわけではありません。)
AliceとBobそれぞれの測定結果の相関が示されるのは、二つの測定の原因事象を頂点とする二つの未来錘の相貫領域においてです。ここにおいて始めて、相関する実験結果を得たAliceとBobの世界は、その他の世界と分岐する(非干渉になる)のではないでしょうか。

一方、同一の原因事象(量子賽投げ)を頂点とする未来錘の中にAliceとBobとがいる場合、AliceはBobの測定について何がいえるのでしょうか。
この場合、Aliceが測定をするとき、同一の原因事象を通じた結びつきによりBobも「測定する世界」にいると確実にいえます。
とはいえ、この場合でも、Aliceの測定結果とBobの測定結果とが測定時点において超光速で相関しているといえるかどうかは正直なところよくわかりません。皆さんのご意見を伺いながら考えたいと思います。

  投稿者:明男 - 2008/06/27(Fri) 01:46  No.4358 
(私には)訳の分からない議論が続いていますが、感想だと思ってくださいな。
我々の時空は現在のところ、”今”しか無いという視点も必要ではないかと思いますね。光円錐はまさにその具現ですが、そうでない一般の事象についても、過去から未来へ続く世界線は頭の中にだけあるもので、我々は未来があるこどころか、過去すら本当にあったことなのか知る術を持ちません。運動方程式がいかに時間対称性を持とうとも、量子力学のユニタリー性が仮定されていようとも、我々が測定するのは”今”のみです。
物理学は未来を予見することが本来の意義ではありますが、そのとき(未来)の観測時点で、始めてそれに整合する過去が形成されたと見ることもできます。その意味では未来は将にある確率で実現する、不定の状態であり、量子論はそれを端的に示しているのかも知れません。我々は未来へは光速を越えられないことを知っていますが、過去での相関は”今”から見れば超光速で伝達することが可能です。なぜなら、因果関係を壊さないからです。この見方からすると、そのような都合の良い過去が瞬時に形成されることも、未来の時点の相関云々を言うことも同じくらい意味のないことに思えますね。