EMANの物理学 過去ログ No.3772 〜

 ● 科学界の方々へ

  投稿者:HG - 2008/04/08(Tue) 22:17  No.3772 
科学界の方々が疑似科学を批判されるお気持ちはよくわかります。

しかし、私は科学界の方にも欺瞞的な側面があると思うのです。たとえば、先日イージス艦が漁船と衝突した事故などでも、漁船の乗組員の安否や防衛省の体質の問題とは別に、イージスシステムの合理性を科学的に検証するべきだという科学界からの大合唱が聞こえてこないのはどうしたことでしょうか。お上には逆らえないということでしょうか。

そもそも、電波灯台のようなイージス艦は敵のレーダーからも丸見えでしょうから、それ自身を有効に防御すること自体が困難なように思えます。(漁船との衝突などは論外)
さらにいえば、そのようなイージスシステムに何兆円もの予算をつぎ込むのは利権が優先された結果だと疑いたくなります。もしそうなら、国家的なスケールで科学的合理性が捻じ曲げられていることになり、大変な問題です。

科学界は、このような問題を科学的に議論・検証できる唯一の場なのですから、科学界の有志がボランティアとして開かれた議論や検証を展開してくれたら有難いのになあと一般大衆は期待してしまうのです。(甘いか?)

そんなの純粋科学とっては関係ねー、と言われても仕方ありませんが、そのように求道者を自認される方々が疑似科学を批判される姿は、一般大衆の目には偽善的に映ってしまうのではないでしょうか。(恥知らずの傍観者の私自身にかえってくる批判ではありますが。σ(^_^;) )

  投稿者:EMAN - 2008/04/09(Wed) 09:29  No.3774 
> イージスシステムの合理性を科学的に検証するべきだという科学界からの大合唱が聞こえてこないのはどうしたことでしょうか。お上には逆らえないということでしょうか。

 あらへん、あらへん。
 何で科学者全体が、そんな分野違いの事に一々首をつっこまにゃならんのよ。 ・・・なーんて書いたら、一般市民は「責任放棄だ」などとお怒りになるもんでしょうか。

 教育界も、一般市民からの「あれもやれ、これもやれ、これもあんたらの仕事だ」との要求を、何でもホイホイと受け入れてきた結果、破綻寸前にまでなってしまった。
 「そんなのは俺たちの仕事じゃない」ってはっきり一般市民に伝える事も科学者の責任ある仕事だと思います。


> 科学界は、このような問題を科学的に議論・検証できる唯一の場なのですから、

 科学界、とか、唯一の場、なんて一まとまりに捉え過ぎですね。 一般市民の中にそういう感性があるのも理解出来ますけれど・・・。 今や社会のあらゆる分野に科学は浸透しているのですから、そんなことはありませんよ。

 それにイージスシステムへの批判なら、やってる人がいるはずです。 私もどこかで目にしましたよ。 興味がなかったので素通りしましたけど。

  投稿者:TOSHI - 2008/04/09(Wed) 10:03  No.3776 
 どもTOSHIです。

 科学界??,誰が,科学者だ非科学者だとか,プロだとかアマだとか,理系だ文系だとか人間にレッテルを張る前に,社会的存在であってかつ実存的存在である個々人がその信じるところを全うすればいいだけだと思いますが。。。後から出てきて評論家のようなわかったようなことを言って申し訳ないような気もしますが。。
                    TOSHI

  投稿者:hasida - 2008/04/09(Wed) 17:36  No.3779 
EMANさんやTOSHIさんの説明では大本の誤解が解けないような気がして、めったに書き込まないのにまた書き込みますが、

科学界は「大体正しい/明らかに間違い」の世界です。
イージス艦云々は技術界に属し「出来がいい/出来が悪い」の世界です。
科学の立場でイージス艦の出来の悪さを論じることは元々できません。勿論科学の世界に身におきつつ技術にも通じている人が技術的に出来の悪さを論じるのは珍しくありません。

  投稿者:HG - 2008/04/09(Wed) 22:23  No.3781 
私が科学界とか一般大衆とかいうアナクロな表現を用いたのは、疑似科学というアナクロな表現に対する皮肉だったのですが。

狂信的な人や詐欺師などは科学が始まる前からずっと存在するのですから、疑似科学をとやかくいうひまがあるなら、自分の研究や社会貢献に専念した方が美しいのではないかと、、、、まあ余計なお世話ですが。

  投稿者:ねじばな - 2008/04/09(Wed) 23:13  No.3782 
科学界の住人と言われる方も 地球上で生きてる かぎり教育とも 政治とも ほかの どんな専門分野とも無関係ってことは ありえないですよね

>自分の研究や社会貢献に専念したほうが美しい

きれいな玄関だけじゃ 生きられない って 相田みつを さんだったかが おっしゃってたと思いますが

科学者だけの説明責任だけじゃなく やはり私たち一般市民の
アンテナの狭さも 反省というか改善しなければと思います。

  投稿者:Stromdorf - 2008/04/10(Thu) 08:43  No.3784 
> 疑似科学をとやかくいうひまがあるなら、自分の研究や社会貢献に専念した方が美しいのではないかと、、、、

 私も、EMANさんではないですが、ある時点から「疑似科学に対する科学者のやるべきこと」に対する意見が変わりました。
 私もかつては「疑似科学?ケシカラーン!断固粉砕すべし!」でしかなかったのですが、今はそうではありません。

 疑似科学が蔓延すると社会に悪影響があるというのは確かにそうなんですが、あえて「疑似科学批判」という形で科学者が社会に貢献したいのなら、その効果を考えて(つまり世の中に受け入れられるように作戦を立てて)すべきだろう、それなしにやっても、単に「科学を冒涜されたことに対する憂さ晴らし」にしかならないだろう、という意見です。

 科学者によるこの世界への貢献は、単に疑似科学そのものを批判する、という形だけではなく、「科学的な考え方とはどういうものかということを世間に知らしめる」という方法もあります。そういう意味では、例えば「水からの伝言」について言えば、

http://www8.plala.or.jp/s58k3wmc/rekisi.html

にあるように、中谷宇吉郎先生や小林禎作先生がしたように、「雪の結晶の科学的な研究とはどういうものか」を解説した啓蒙書を書く、という社会的な貢献方法もあり、私個人の考え方としては、こういう貢献の仕方の方がちょっとスマートかな、などと考えてしまいます。

  投稿者:hasida - 2008/04/10(Thu) 10:05  No.3785 
ニセ科学の話なら少なくともここよりは天羽先生の
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?catno=3
の方がいい(何をもっていいというか、ですが)でしょう。
ニセ科学批判をする人にも色々いるでしょうが、天羽先生を始めとする人たちは「科学を穢された腹いせ」で動いたりはしません。詐欺の道具立てに使われるような場合に社会的損失を防ぐために発言している、ということは再三強調されています。

  投稿者:明男 - 2008/04/10(Thu) 23:51  No.3786 
>HGさん

疑似科学がアナクロ(な表現)であると言う発言は現状を知ってのことなのでしょうか。
狂信者や詐欺師、悪徳商法、それらは確かに迷惑な存在であり、被害者の方も気の毒ではあります。しかし、騙される方が悪いとは言いませんが、多くは何らかの自己利益や迷いの中で判断を誤ったために受ける損失です。
しかし、疑似科学は「科学」を装った「非科学」、つまり客観的検証の無い事柄を「科学」に見立てることに大きな弊害があります。水の伝言ひとつを取っても、それが教育界、それも小学校など低学年の副教本に使われようとしていた(あるいは使われた)事実が現に存在します。
ことの重大さは、科学への冒涜とか、反発と言った次元で考えるべき時期をとっくに通り越しています。
物事の価値が多様化し、人の意見を尊重し、価値の相対化を計ることも強ち間違いではないでしょう。しかし、それは個人の価値観を十分に熟成させた”大人”が行うべき所作であり、土台を築くべき幼少期に”大人の都合”で教えるべき事ではありません。教育者がそれを”科学”だと思っている訳です。何の為に先人達が苦労し、真理を求め、子どもを教育し、未来へ希望をつないできたのか。科学はそんなに薄っぺらなものなのか、我々自身、もう一度自問する必要があります。
昨今の疑似科学は”科学”を装うが故に、科学的事実(というもの)を相対的に貶めてしまい、そしてそれは感情の問題ではなく、真摯な世界観を蔑視する傾向を生むものです。
アナクロどころか、現代が高度情報化社会であるがために、より深刻な事態を招きかねません。先に挙げた教育問題でも、教師の側にそのような風潮が蔓延していることがその例です。
一体、これを危機と言わずして、何が危機かと言いたくなります。私は学者であろうがなかろうが、これを看過できないという態度の方が自然であると思います。
譬えとしては良くないかもしれませんが、人が病気に罹る原因が「悪霊」だろうが「細菌」の所為であろうが、説明できれば同じ事ですが、「細菌」であると認識して初めて予防・治療が可能です。科学とはそう言うことです。信じることを間違えることは、あるいはねじ曲げられることは、”損”では済まないことです。信念を形成してしまえば、迷信のように、無知だったから、では済まないからです。そして連鎖と再生産。その復旧に膨大な手間が掛かることを考えれば、歯止めは早い内に限ります。

  投稿者:HG - 2008/04/11(Fri) 14:23  No.3788 
>明男さん

疑似科学の弊害は、最近になって振って沸いたものだとは思えません。むしろ、おっしゃるような弊害はギリシア時代からその時代の科学(自然哲学)のレベルで存在したことでしょう。
子供は、好むと好まざるとにかかわらず玉石混交の世界で育つものです。逆に、無菌状態で育てたら丈夫には育たないでしょう。さらにいえば、SFや超自然現象に興味をもつことが、科学に目を向ける動機付けになることもあるでしょう。
疑似科学に陥るような狂信的な人や詐欺師や思考停止してそれに追随していく人の数は、いかに教育を充実させても一定の割合(多分現状程度の割合)以下にはならないでしょう。それは、法曹界や宗教界だからといって実質的な犯罪者の割合が少ないとはいえないのと同じ理屈です。

私が危惧することは、今日的な危機に対する我々自身の反応性の鈍さです。
ヒロシマ・ナガサキの悲劇と東西対立は、全世界にむかって警鐘をならす必要を良識人に痛感させ、結果としてラッセル・アインシュタイン宣言に結びつきました(多分)。
そして今日、情報工学やバイオテクノロジーなどの発達により、少数の人々(ひょっとすると一人の人間)が、世界全体を壊滅的な大混乱に陥れる可能性が浮上してきました。従来の軍事力による統制や防衛という思想が急速に陳腐化する恐れがあります。
科学者をはじめとする良識人が、この今日的な危機を緩和する方向性を見出し社会に示していくことができなければ、人類の未来は暗澹たるものとなる気がするのです。わたしが、冒頭でイージスシステムを採り上げたのも、王様は裸だと叫びたい不安感からなのです。

  投稿者:TOSHI - 2008/04/11(Fri) 14:53  No.3789 
 きれいなバラにはトゲがある。。ですか。。。

                TOSHI

  投稿者:EMAN - 2008/04/11(Fri) 16:36  No.3790 
 HGさんの不安は、どの辺でしょうかね?
 これ以上、科学や技術が発展しては制御が効かなくなって危険だ、という気持ち。
 それは理解できますし、私も感じています。

 では「技術の暴走」に対して科学者がどうすればいいかというと、
HGさんの一貫した意見は特にないですよね。
 科学者たちはそれを防ぐ方向を示してくれ、とおっしゃる。


 実はイージスの話はこれと関係ない。
 これは、国家が利権によって合理性を捻じ曲げていることへの不安ですよね。
(それだって、HGさんの言葉を借りれば、
「最近になって振って沸いたものだとは思えません」けれど。)


 まぁ、上記二つの不安は全く関係ないかというと、そうでもない。
「合理性を失った人々が科学を扱う危険が高まったことへの不安」と
まとめることも出来る。

 疑似科学ってのは、まさに、合理性を失った人が科学を使っているわけで、
やはり、ちゃんとした教育が必要なんでないかなぁ、と思います。
 え、こじつけみたいですか? へへ、分かってやってます。

  投稿者:EMAN - 2008/04/11(Fri) 17:13  No.3791 
> 無菌状態で育てたら丈夫には育たないでしょう。

 しかしカビだらけの部屋で子供を育てたいとは思わないな。
 病気になる。
 むしろ、手洗いやうがいの習慣を教えて自衛できるようにする。



> さらにいえば、SFや超自然現象に興味をもつことが、
> 科学に目を向ける動機付けになることもあるでしょう。

 良い面に目を向けるならば、
ある人のある活動が良いことを生み出していたりする。
 しかし別の面で、それ以上に無視できない不利益を
もたらしていたとしたら・・・。

 私は協力をためらう。
 例え良い理念で行動していたとしてもだ。

  投稿者:hasida - 2008/04/11(Fri) 19:19  No.3794 
疑似科学もニセ科学も違和感ないのだけれど、ニセ技術とは言わないのですよね。駄作とか失敗作とか言います。これには要求仕様どおりできなかったものもあれば、要求仕様の設定が拙かったのもあります。要求仕様に問題があるまま変にうまく動いてしまうと「悪魔の作品」ということになるでしょう。winnyとか。核兵器をここに含める意見もあるでしょう。

とにかく、HGさんが取り上げているのは技術と社会との関わりで論ずるべきテーマです。科学と社会との関わり(この中にニセ科学批判も含まれます)と優先順位を争うようなものではありません。

科学と技術の区別も付かないままレトリックを駆使しても賛同者が増えないであろうことは請合えます。

  投稿者:HG - 2008/04/11(Fri) 23:16  No.3796 
疑似科学が社会にもたらす弊害は、司法や政治や医療といった場で対処すべき問題です。科学者が検事や政治家や精神科医に代わって改善できる問題なのかどうかをよく考えていただきたいと思います。
それと、私は科学者のことを専門業者だと思っていますので、第一義的には専門分野に専念して業績を出して欲しいと期待しています。そして、もしボランティアをするなら専門業者としての知識や経験を生かした行動が期待されていますよと言っているだけです。

  投稿者:hasida - 2008/04/12(Sat) 00:42  No.3797 
科学のアイデンティティは「真理の追究」です。科学を騙って一般人をたぶらかすニセ科学は元々そのアイデンティティを脅かすものです。明男さんのメッセージを読まれましたか?
にもかかわらず、これだけではキリがないだけでなく余計な誤解をする人もいるから天羽先生は「実利」でニセ科学批判をされているのです(「実利」の意味は天羽先生のところで確認してください)。
大体、科学者が関与せずに司法や政治がニセ科学を抽出して対処できるとお思いですか?

>ボランティアをするなら専門業者としての知識や経験を生かした行動が期待されています
この文は「ニセ科学批判を推進せよ」としか読みようがない、ということを認識ください。
科学者は科学の専門家であって、技術の専門家は技術者です。HGさんが取り上げたテーマは全て技術の話ですから、ボランティアを募る投げかけは技術者(と例えば政治関係者とか)に向けられるべきものです。

技術のアイデンティティは「価値の創造」です。ですから常に「価値観の相違」を相手にしているのです。

  投稿者:HG - 2008/04/12(Sat) 16:34  No.3799 
う〜ん、「真理の探求」と「価値の創造」ですか。科学者でも技術者でも、優秀な研究者と認められたレベルの人なら誰でも目指していることだと思います。

>大体、科学者が関与せずに司法や政治がニセ科学を抽出して対処できるとお思いですか?
科学者には、証人喚問や有識者会議や社会心理研究の場で大いに関与していただきたいと思います。(名誉毀損等で原告になるという道も開かれています。)

急がば回れというではありませんか。科学者が直接疑似科学を批判すれば、事情をしらない人は、そこで科学論争が展開されていると勘違してしまう危険性があります。これでは、全く逆効果でしょう。「相対論は間違っているは間違っている」に代表されるような対処はやはり間違っていると思います。

  投稿者:明男 - 2008/04/12(Sat) 18:28  No.3800 
hasidaさんの言われたことで十分だと思ったのですが、「よく考えていただきたい」とのことでしたので、考えた結果、考えは変わりませんでした。
ところで、「科学者には〜云々」という表現は普通に読んでも、皮肉としか思えません。そうでないなら、あまりに不遜です。相手が学者だからではなく、真剣に取り組んでいる人に対して真剣に批判していないからです。意識の底流に蔑視が垣間見えます。
「急がば回れ〜云々」はこのような場合には不適切な表現です。如何にも慌て者のおっちょこちょいが、後先考えずに行動しているような印象を与えます。「事情をしらない〜云々」は
差別論争は折角目に見えなくなった差別を思い出させる、という論法と同じ、臭い物に蓋という散々目にする言い訳です。
これも真剣でない第三者から良く発せられる言葉です。
最後に、「相対論は間違っている〜云々」で確信しましたが、この対処が間違っているなどという意見は、トンデモの方の人か、それこそ”大御所”(勿論皮肉)あたりの発言です。それを踏まえていらっしゃいますか?
もし、そんな気が無いのなら私の早とちりですが、私の危惧は深まりました。

  投稿者:hasida - 2008/04/12(Sat) 19:03  No.3801 
>「相対論は間違っているは間違っている」
は存じませんのでそれ自体へのコメントは差し控えます。

HGさんが、・科学者がニセ科学を批判するのが気に入らないのか、・HGさんが関心を寄せることへの関与が少ないのが気に入らないのか、のどちらか未だにわかりませんが、

ニセ科学の被害者には被害の自覚も無く被害届けも出ず従ってそのままでは司法が関与するチャンスも無いということを認識ください。そのままでは被害者が加害者となってさらに社会に損害を与えます。

http://www.gem.hi-ho.ne.jp/katsu-san/audio/do_sceience.html より引用:
「物理学関係の書籍の棚に行って見て下さい。ちゃんとした物理学の啓蒙書や解説書と共に、窪×某やら、某G教授やらの疑似科学本(疑似科学的な相対論の否定本)が並んでいます。さすがに、この破廉恥な現象は日本だけです。」
という現状では日本の科学者にはさらに発言してもらわねば、と思っています。(発言内容の巧拙についてはコメントしません。)

ニセ科学は「真理の探究」の道を外れているが故に科学者は反対で一致します。HGさんに関心のあるところは科学一般とは関係ないので、専門として取り組まれている人もいれば(例えば http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/index.htm の吉田先生)、全然関心ない人もいます。これは同じ領域に対して関心を示す一般人も無関心な一般人もいる、のと同じことです。

マイナスイオン騒動の時は、売れると思った時は大手家電メーカーから関連製品が続出しましたし、世間がマイナスイオンに胡散臭さを感じるようになったらさっさと引っ込めました。家電メーカの技術者も落ちたものだと思う一方、世間の空気を正常に戻したのは発言し続けた科学者だと思っています。

  投稿者:sym - 2008/04/12(Sat) 21:00  No.3802 
科学者とは、

科学的思考をすることが、できる人。

すべての人は科学者である。

こうすると、
いままでの話は、人類すべてに向けたメッセージですね。

えっ、ちがう?
もしかして科学者って少数派ですか?

  投稿者:HG - 2008/04/13(Sun) 12:16  No.3803 
>明男さん、みなさん

まず、ご指摘の件についてお詫びをいたします。「相対論は間違っていたは間違っていた」を内容もしらずに引用してしまいました。撤回いたします。その上で、私の発言の主旨が伝わったら幸せです。
また、私の発言でみなさんの尊厳を傷つけた部分があれば、ここで深くお詫びいたします。

さて、この対話を通じて私自身も自分がどうしてこのような懐疑的な発言におよんだのかについて内省することができました。その基底にあるのは、知る者と知らざる者との調和はどのように図られるべきかという問いです。

テロ(擬似科学)は、市民生活に対する脅威であるから国家(科学者)が、その悪行を市民に知らしめ、攻撃(批判)し排除しようとすることは、対処療法として正しい。しかし、なぜテロ(擬似科学)が生まれ一部市民を取りこんでいくのかを考え、その上で弊害を抑制する道を模索していかなければ、いくら対処療法を施しても現状以上に問題が改善するとは期待できない・・・

科学は現代社会のパックボーンです。それは、厳格かつ高度なため一般市民がその内容を正しく理解することは大変困難もしくは不可能です。ゆえに、知る者と知らざる者の分離が必然的に生じます。知らざる者は、科学の威力や近寄りがたさをいやというほど身にしみているので、中には自らの知らざる運命を呪っている者さえいるでしょう。ここに、擬似科学が跋扈する土壌があります。このような環境下にあっても、科学者による擬似科学への真摯な批判が、その良心に共感した多くの知らざる者を正しい方向に導くことでしょう。しかし一方、ごく一部だとしても知らざる者の中には科学者の良心的忠告を高圧的態度や傲慢さと極解して擬似科学に接近していく者が必ず出てくると思います。諭してもわからない輩は放っておけばよいとは言えないはずです。なぜなら、そんな輩が次の擬似科学を唱えあるいはそれに追随する者になるからです。

では、どうすればよいのか。一つの成功例ではないかと思うのは、WHOによる地道な喫煙被害に対する警告がもたらした成果です。もし、WHOの警告がなかったら市民(特に喫煙者)がタバコ産業や利権政治家が持ち出す論文などの「科学的」資料を強く疑うということは難しかったでしょう。この地道な警告により市民は、受動喫煙者の健康被害を人権にかかわる問題として強く認識するようになり、それが国際世論となり各国の政策を動かしていったのだと思います。私は、ここに科学者(医学者)の良心を見ます。たとえ、WHOの委員といえども何らかの外圧や誘惑を受けたことでしょう。しかし、彼らは科学的合理性と医療倫理を貫いたのだと思うのです。ここで肝心なことは、WHOという権威があり(建前上だとしても)中立な機関が介在したという事実です。このことから、擬似科学の弊害の排除を世論にまで高めて問題を改善していくためには、司法や政治(理想的には国際的機関)や医療という場をうまく介在させていかなければ難しいと私は推測しているのです。

  投稿者:hasida - 2008/04/13(Sun) 21:53  No.3806 
>このことから、擬似科学の弊害の排除を世論にまで高めて問題を改善していくためには

ようやく意味が汲めるメッセージをいただきましたが、あえて辛口継続。

・で、HGさんは科学者たちにはどうせよ、と?
・「浜の真砂は尽きるとも 世に疑似科学の種は尽きまじ」
 とでもいうべき実態に対して、司法や政治に一々機関を立ち上げろと?
 天下り役人が幾らいても足りません。

後者については、疑似科学というメタな概念が無いがゆえに疑似科学批判というメタな概念もない、というあたりの天羽先生の主張を考えて見られることをお勧めします。

  投稿者:HG - 2008/04/14(Mon) 18:22  No.3810 
>hasidaさん

まず、お断りしておきますが、「相対論は・・・云々」の件でもお分かりのように私はこの問題を実地に当たって考えてきた者ではありません。ですから、生煮えの考えになることをどうかご容赦ください。
部外者の意見が、みなさんの参考になれば幸いです。

重要なことは、この問題に取り組む者が疑似科学を科学や科学者の問題としてではなく、生活者に対する人権の侵害の問題として捉えることだと思います。
そうすると、これに取り組む者は、科学者や法律学者や社会学者などの学者や心ある一般市民などからはじまり、ハイテク関連など科学にかかわりの深い企業、文科省や厚労省や外務省等の関係省庁、さらには、ユニセフやユネスコなどの国際機関にまで広がっていくでしょう。

そのような遠大なビジョンを着実に実現していくために、手始めとして有志が複数都道府県に連絡拠点をつくり、内閣府申請のNPOを立ち上げるのがよいと思います。
名前は、たとえば「科学を装った有害情報から生活者を守る会」とかいうように、生活者の人権を守る趣意がストレートに伝わるものがよいと思います。
上記のような趣意で、さらに大学人や企業OBや官僚OBなどを巻き込んだNPOなら、補助金や企業・篤志家からの寄付で十分な活動ができるのではないかと思います。
活動としは、啓蒙活動、被害情報公開、優良科学情報認定等、多岐に渡ると思いますが、やはり、国際シンポジュームなどを通じて国際的な連携の輪を広げるということは非常に重要だと思います。要するに、科学を装った有害情報を拒否することは、生活者の人権を守ることなのだと一般市民に強く認識してもらうことが重要だと思います。
疑似科学問題は、受動喫煙問題などにくらべて焦点を絞りにくいので一般市民には分かりにくいという欠点はありますが、利益団体などからの強力な外圧がないのは有利な点としてあげられるでしょう。

  投稿者:hasida - 2008/04/14(Mon) 22:55  No.3815 
HGさん
まず、ご自身がものの見事に疑似科学に引っかかったことをご自身で受け止めること。政府や官僚や誰かが何かをやってくれると思う前に自分で何が出来るか考えること。

ご自身の体験を踏まえて、疑似科学に引っかからない工夫を提案できるのであれば、耳を傾ける人も現れるでしょう。

  投稿者:EMAN - 2008/04/15(Tue) 10:43  No.3817 
> HGさん、

 個々の場面での現実的困難は置いといて、面白いアイデアだと思います。

 ただこれを読んだ人が誰でも実行できるかというとそうではなく、それを実現したいという熱意&現実的な知恵がある人でなければ無理でしょう。

 自分のビジョンを明確に伝えつつ、周りを巻き込みながら、組織作りが出来る人でないと。

 「アイデアは出したから誰かやってくれ。 理屈としては出来るはずだから、実行できないってことはないだろう」ってわけには行きません。 もし情熱があるなら、自分から動かないと。

 私には別のビジョンがあるので、別のアプローチで行こうと思ってます。

 あと、利益団体などからの強力な外圧がないというのは、無邪気すぎると思いますね。 相当覚悟しないといけないと思いますよ。