EMANの物理学 過去ログ No.2466 〜

 ● 固有時の意味

  投稿者:EMAN - 2007/09/22(Sat) 18:11  No.2466 
 一般相対論を考えていて固有時の意味が分からなくなりました。 多分どこかに考え違いがあるのでしょうけど、ご指摘お願いします。

 特殊相対論では、固有時とは運動する物体を基準とした座標系で測る時の時刻経過だと解釈できます。 ところが一般相対論では、座標に対して静止している時であっても

-dτ^2 = ds^2 = g_{00} dw^2

 ですので、

dτ = √(-g_{00}) dw

となりますよね。 特殊相対論では g_{00} = -1 だったので dτ = dw が言えましたけど、重力があるところでは、dτ と dw が異なります。

 このとき、dτ と dw のそれぞれの意味をどう解釈したら良いのか、分からなくなってしまったというわけです。

**************************************

 次のようなことを考えて、抜け出せないでいます。

(1) 相対論では任意の座標系を選べる。 よって座標時 w というのは必ずしも時間の意味は無い。 すると、それぞれの物体が感じている時間経過を表しているのは固有時の方だ・・・ということだろうか。

(2) いや待てよ。 重力場の中にいる観測者が、自分を原点としたデカルト座標を採用したとしたらどうなのだろう。 w は観測者が感じている時間経過を意味するはずだが、固有時τとの違いがあるのだから、一般相対論においては、固有時は、必ずしも物体が感じている時間経過を意味しないのか?

(3) すると固有時の意味は本当はどうなるだろう。 重力場があっても局所慣性系に乗り移れるのだから、固有時というのは重力に従って落下する物体が感じる時間経過だという意味に取れそうだ。 すると例えば、星の表面で静止している人の時間経過は固有時とは一致しないというわけだろうか。

(4) それにしては重力赤方偏移の解説では光の送信者と受信者の位置を固定していたりする。 なのに電磁波の周波数を固有時を使って定義している。

 だから、どこかで私が誤解しているのだと思うのです。

  投稿者:大学生A - 2007/09/22(Sat) 20:02  No.2467 
計量テンソルの成分である g_{00} の値は、
観測系に依存するのでは?
例えば、r=R,dθ=dφ=0 の位置が観測点なら、
r→R で g_{00}→-1 みたいに。(自身ありません。)

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>重力場があっても局所慣性系に乗り移れるのだから、
>固有時というのは重力に従って落下する物体が感じる
>時間経過だという意味に取れそうだ。

自由落下に限らず、ありとあらゆる運動状態の物体に
対しても「固有時」と称するのでは?


>星の表面で静止している人の時間経過は固有時とは
>一致しないというわけだろうか。

星の表面で静止している人の「固有時」と自由落下する
物体の「固有時」は互いに重なった瞬間でも異なるのでは?


>電磁波の周波数を固有時を使って定義している。

その送信者と受信者の「固有時」が異なっているからこそ、
振動数の比が1にならないのでは?
ちなみに、送信者、受信者が観測する光の速さは、
光が重なった瞬間では同じだと思います。

  投稿者:EMAN - 2007/09/22(Sat) 21:15  No.2468 
大学生Aさん、話に乗って下さってありがとうございます。


> 計量テンソルの成分である g_{00} の値は、観測系に依存するのでは?
> 例えば、r=R,dθ=dφ=0 の位置が観測点なら、r→R で g_{00}→-1 みたいに。


g_{00} の値は、観測系に依存するという点は正しいですが、必ずしも自分のいる場所で g_{00} が -1 になるとは限らないのでは・・・?

 例えばですね、重力があるとややこしい感じがするので、とりあえず平坦な時空で考えますと、慣性系からならば、誰からどこを見ても g_{00} = -1 ですが、等加速系から見ると、
g_{00} = -1 - a/c^2 x
ですから・・・ あれ?

 観測者が重力を感じている場合でも原点では g_{00} = -1 になるのか! 真の重力がある場合でもそういうことなのかな。 ああ、もしそうなら謎が解けたわ。

 ありがとう、大学生Aさん!

  投稿者:TOSHI - 2007/09/22(Sat) 21:58  No.2469 
 こんばんは、EMANさん、TOSHIです。

>(3) すると固有時の意味は本当はどうなるだろう。重力場があっても局所慣性系に乗り移れるのだから、固有時というのは重力に従って落下する物体が感じる時間経過だという意味に取れそうだ。すると例えば、星の表面で静止している人の時間経過は固有時とは一致しないというわけだろうか。

 この(3)の解釈でいいでしょう。固有時というのが自分の時計時刻と一致するのは無重力の場合だけなので、自由落下中なら固有時と時計の刻む時間の経過は一致します。

 ある位置z=h (地上はz=0) から重力加速度 g で落下すると、固有時経過 = (自由落下中の自分の時計の時刻)を τ とすると、この時刻 τ での落下速度は v=−gτ なので、落下前に予め全部の高さの時計と時刻合わせをしていたとして高さ z で静止している時計の時刻を t とすると重力が 0 で落下している自分に固定した座標系は慣性系なので普通に特殊相対論を使うと高さzのその時計は−vで運動しているので無重力時間 τ に対して t=τ(1−v^2/c^2))^(1/2) = τ(1−(gτ)^2/c^2))^(1/2) になります。

 普通のニュートン力学では高さ z では v^2=2g(h−z)2 なので t=τ(1−2g(h−z)/c^2))^(1/2) となり、地上から高さzで静止している時計の経過時間 t は自由落下中の時計の時刻(固有時間) τ より遅れることがわかります。

 地上では z=0 より t=τ(1−2gh/c^2))^(1/2) です。重力の底にいくほど自由な宇宙から見ると、そこの時計は遅れてゆきます。もちろん、そこにいる自分にはわかりません。

 ここでポテンシャルを φ とすれば φ(z)=φ0+gz なので t=τ(1+2φ(z)/c^2)^(1/2) ですが,、本当の重力はh→∞ で φ(h) → 0 になるようなものですから,そうした重力ポテンシャル ψ は例えば、地球の中心を r=0 として ψ(r) ∝ −1/r のように近似できるなら、座標時間は t=τ[1−k/(rc^2)])^(1/2) ; k>0 のような形になるでしょう。

 地球半径が R なら地上で静止している時計の経過時刻は t=τ[1−k/(Rc^2)])^(1/2) ですが無限遠から自由落下してきて地上に激突していたなら、自分の時計の経過時刻は固有時 τ に一致します。みたいな話でいかがでしょうか?
                  
                   TOSHI

  投稿者:TOSHI - 2007/09/22(Sat) 22:09  No.2470 
 TOSHIです。

 PS:またブログの宣伝になりますが、前に投稿した内容は私のブログ「TOSHIの宇宙」のほぼ1年前の記事,2006年8月30日の「双子のパラドックス(一般相対論による計算)」と一致しています。http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/index.html

                      TOSHI

  投稿者:大学生A - 2007/09/22(Sat) 22:50  No.2471 
TOSHIさんへ

>固有時というのが自分の時計時刻と一致するのは
>無重力の場合だけなので、自由落下中なら固有時と
>時計の刻む時間の経過は一致します。

ということは、重力場を生み出す物体から遠く離れた
無限遠で、その物体に対して静止状態にあるA君の時計と、
A君の位置における静止状態から物体に向かって真っ直ぐ
自由落下するB君の時計とは、その刻む時間の経過が
一致するのでしょうか?
私の手元にある専門書(「一般相対性理論入門」(株)ピアソン・エディケーション)には、

dτ/dt = 1-(2GM/c^2)・(1/r)

dτ:B君の固有時間
dt:A君の固有時間(遠方時間)
r:B君の座標半径(換算円周)

と載っており、一致するのは r→∞ の場合に限られる
と思うのですが?

  投稿者:TOSHI - 2007/09/22(Sat) 23:17  No.2474 
 こんばんは、大学生Aさん、TOSHIです。
 
 えーとA君はr=∞にいるなら一致するし、そうでなければ一致しないのではありせんか?

 B君というのはA君の時計でしょうか?

 いずれにしろ時計がr=∞から落下していくと、そのときどきで時計は落下しながらまわりの位置rの宇宙空間にはめこまれた時計を見るとそれはt = ∫∞→rdτ/{1-(2GM/c^2)・(1/r)}という時刻であることに気づくでしょうが、自分自身の時計はいつでもτでしょう。。。

 そしてA君がr=∞にじっとしているならA君の時刻もt=τです。。。

                 TOSHI


  投稿者:凡人 - 2007/09/22(Sat) 23:42  No.2476 
>えーとA君はr=∞にいるなら一致するし、そうでなければ一致しないのではありせんか?
ピントが外れた事を申したら申し訳ありませんが、A君とB君の相対速度は0ではないはずなので、特殊相対論により、時間の進み方に差が出ると思うのですが、いかがでしょうか?

  投稿者:大学生A - 2007/09/22(Sat) 23:54  No.2477 
TOSHIさんへ

先の専門書にはこうも書かれています。

A君、B君に加え、C君が座標半径r=Rの位置で物体に対して
静止状態にある場合は、

dw/dt = [1-(2GM/c^2)・(1/R)]^(1/2)

dw:C君の固有時間
dt:A君の固有時間(遠方時間)
R:C君の固定座標半径(固定換算円周)

つまり、A君、B君、C君はそれぞれ三者三様の固有時間を持つ
と私は解釈しました。
この専門書が間違っているのか、私の解釈が間違っているのか
どっちでしょうか。w

  投稿者:TOSHI - 2007/09/23(Sun) 00:56  No.2478 
 ども大学生Aさん、TOSHIです。

 よくわかりませんが、同じ時空で同じ場所から運動するなら基本的に同じ運動をしなければ時刻は一致しません。

 とにかく自由落下するということは全く外力がない=無重力なのでニュートンの第1法則で最初止まっていればいつまでも止まっているし最初速度を持っていれば等速直線運動です。

 というわけで最初、止まっていて落ちるにまかせるということは、最初止まっていたので加速されてまわりからいくら大きな速度で落下しているように見えても実は最初の局所慣性系に対してじっと止まっていて速度 0 です。

 むしろr=∞というほうが無理があって、実は重力場の中にいるのですから重力にまかせて落ちなければ時間τを維持できません。

 いずれにしろ、一般相対論のもとになる等価原理の話しかしていません。アインシュタインが特殊相対論時空を一般の時空に接続させた理論の基本的な話をしているだけです。

 計量なんかは考える必要ないと思いますよ。

                 TOSHI

  投稿者:TOSHI - 2007/09/23(Sun) 01:10  No.2479 
PS:固有時じゃなくて座標時ではないのえすか?

 定義が違うのかな?ds=gdxdx=cdτのτを固有時と呼ぶはずですが。。AでもBでもCでも違う場所に止まっていれば場所ごとに座標時が違うのは当たり前ですがAでもBでもCでも自由落下してなければ座標時と固有時は違う。

 ただr=∞というのはちょっと違う、そもそも∞は数じゃあないので、それを考える必要があるのかも疑問です?

 もちろん、自由落下している人の身につけている時計のきざみだけがτなので、彼がまわりの静止時計を見ると当然、そこの座標時ですから、落下中の時計とは違います。

  投稿者:大学生A - 2007/09/23(Sun) 01:49  No.2480 
混乱してきました。
「固有時」、「座標時」の概念を整理してきます。
すみません。取り合えずスルーしてください。

  投稿者:kara - 2007/09/23(Sun) 05:19  No.2482 
TOSHIさん、はじめまして。読ませていただいて、一点疑問に思うところがありました。

>固有時というのが自分の時計時刻と一致するのは無重力の場合だけなので、自由落下中なら固有時と時計の刻む時間の経過は一致します。

なのですが、僕は、固有時というのは、物理的な時間の尺度という認識をしていますので、物理的な機構によって動作する時計の進み方は、(自由落下に限らず)常にその時計の固有時に一致するものと思っているのですが、どうでしょうか。なお、重力場中に静止しているような、局所慣性系でない系でも、ある瞬間をとれば、局所慣性系が「接する」ことができると思いますが、(その瞬間に速度ゼロから自由落下する系)その瞬間共有される時計の進み方は、共有される固有時の進み方ですよね?

  投稿者:大学生A - 2007/09/23(Sun) 09:57  No.2486 
karaさんへ

>物理的な機構によって動作する時計の進み方は、
>(自由落下に限らず)常にその時計の固有時に一致するもの

ということは、あらゆる運動状態の人々にとって、
各々、自分自身が体感する身に付けている時計の進み具合
(テンポ)は、互いの位置と速度が一致した瞬間において
「加速度の相違に関係なく」共有できるのでしょうか?

  投稿者:hirota - 2007/09/23(Sun) 14:05  No.2490 
>加速度の相違に関係なく
位置と速度が一致してれば、dt,dx,dy,dz が一致しますから、ds=g(_i,_j) dx(^i) dx(^j) も一致しますね。

最初のEMANさんのコメント>dτとdw のそれぞれの意味
(1)で良いと思います。
(2) w を観測者が感じている時間経過にすると、g_{00}=−1 になるでしょう。
(3) 上に示した通り、自由落下は関係ないです。

  投稿者:大学生A - 2007/09/23(Sun) 15:00  No.2493 
hirotaさんへ

>位置と速度が一致してれば、dt,dx,dy,dz が一致します
>から、ds=g(_i,_j) dx(^i) dx(^j) も一致しますね。

なるほど。やはり、そうですか。
ところで、私が先に示した「三者三様」という解釈は、
正しいのでしょうか?よろしければ、教えてください。

  投稿者:kara - 2007/09/24(Mon) 01:20  No.2502 
大学生Aさんへ

>ということは、あらゆる運動状態の人々にとって、
各々、自分自身が体感する身に付けている時計の進み具合
(テンポ)は、互いの位置と速度が一致した瞬間において
「加速度の相違に関係なく」共有できるのでしょうか?

hirotaさんからコメントいただいているようですが、一応僕からも答えさせていただくと、たとえば、双子のパラドクスの問題で、ロケットに乗って往復した兄の時間経過を、行きと帰りの慣性系の乗換えで考えるとき、それぞれの慣性系における経過時間の和を考えますね?乗り換えた瞬間の撃力による加速度によって、経過時間になにか余分なものが加えられるというふうには計算しませんね。

距離や時間について、座標に依存しない物理的な尺度は、4次元インタヴァルdsのみですから、物理的時間の経過の尺度は、(メカニズムが重力とカップルしていないと理想的時計を考えれば)dsに直接関係付けられると考えてよいのでは、と思ったわけです。

もっとも、重力とのカップルを考えたら、たとえば双子の兄などは、折り返した瞬間グシャッとつぶれて、年をとらないどころか、死んでしまいますが。

  投稿者:TOSHI - 2007/09/24(Mon) 21:13  No.2508 
 こんばんは。。TOSHIです。

 当たり前のこと、自明なこと、私にとってはtrivialなこと、つまり「相対論の公理」あるいは「固有時の定義」のようなものを述べていただけで反論の余地はないのに、頭の良いと思われる人まで反応が変なので、コメントするのがばからしくて静観してたけど、まあ、言うことだけは言っておきます。

 そもそも、アインシュタインが一般相対論を定式化する際に重力場の中での時間の遅れを特殊相対論でのそれと関連付ける際の原則は時間の遅れは重力場の存在のために質点に生じる速度だけに依存し、加速度には依らないという前提と等価原理の2つだけでした、から最初に私が述べたような話です。

 「自由落下」というと急激な落下を想像するでしょうが、それは重力場の中での「質点の測地線運動」にしか過ぎません。

 つまり「ピン止め」しておくのでなければ、空間のどこにいようと、そこの重力が 0 ではなくて少しでも重力があるなら、じっとしていようと思っても意思とは無関係にひとりでに動いてしまう落下してしまいます。

 山のてっぺんではなくて中腹にいたりするとき、あるいは宇宙で星などのある場所は重力ポテンシャル的には穴の開いた谷底に相当するので、普通はほっておいても自然に転がり落ちるわけで、それを「自由落下」と呼んでいるにすぎません。

 つまり、われわれは普段、地球上にピン止めされてそれを当たり前だと思っているから、重力があってもある場所に静止していられるということを不思議に思わないけど、普通の質点はほっといても自然に「測地線運動」=「自由落下」しちゃうのです。

 その測地線運動というのは最小作用の原理によって固有時間が最大になる運動です。つまり作用:S=−m∫ds=−cm∫dτ が最小なので、固有時間:∫dτが最大になる運動です。

 すなわち、回り道をせず落ちるにまかせている場合に彼=質点は最大の歳=時間 τ を取るわけで宇宙旅行などをして無理やり機械的に測地線=自由落下から逸れた運動をしてしまうとか、落下を避けけて無理やりその場所にいようとして何か止まっているものにしがみついたりしている(このときの時刻がその場所での座標時刻です。)場合には彼の感じる時間tは、必ず遅れて彼の時間t は τ よりも小さくなり自由に暮らしている人に比べて彼は相対的に歳をとりません。

 もっとも光(m=0)の場合は特別で、普通、光は衝突して消滅しない限り永遠に測地運動=自由落下しかしませんがds=cdτ=0 なので全く歳をとりません。

 さらに詳しく、数式で書くと測地運動をしているということは、metric(計量)をds^2=gμν・dxμdxν=ημν・dXμdXν と書いて局所ローレンツ系Xμで書くと(η はMinkoeski計量です)、光でないなら質量をmとして、測地運動=自由落下とは局所ローレンツ系で無重力:外力=重力が 0 であることなので、測地運動=自由落下の方程式はm(d^2X/dt^2)=0 となります。

 つまり加速度は d^X2/dt^2=0 です。初期条件は止まっていた、つまり質点の空間的な静止状態であるとしておくと、その解は空間部分についてはXi=一定=0 です。

 時間の初期条件はもちろん dX0/dτ =c です。ローレンツ慣性座標系での特殊相対論でも質点が止まっているとはいっても時間だけは光でなければ止まっているのは不可能であり、自然に増加していきます。

 というわけで測地運動=自由落下では dXi=0 でdX0=ds=cdτ と書けます。慣性系に止まっているだけの彼の感じる時間は、固有時間 dτ=dX0/c です。

 彼にとっては常に無重力の特殊相対論の世界で速度 0 で止まっているだけなので彼の時計で経過する時間 T は X0=cT で与えられる T なのですね。

 これに対して重力に抵抗してdx=dy=dz=0 で無理やりその空間の点に止まっているとcdτ =c√g00dtなので時間はdt=dτ/√g00 で与えられ、普通はg00=1−k×(重力ポテンシャル)の形をしていて、重力場だとポテンシャルは負なので g00> 1 になり、dt のほうがdτより小さいので時間は遅れます。

 だから例えば「双子のパラドックス」で宇宙船にいる兄の立場から見ると速度の向きを変えるために転回するときや地球のそばで加速,減速時の加速度を重力場と同一視する立場なので、地球にいる弟は地球に静止していて自然な運動にまかせているのに、本人は気づいていなくても実は猛烈なGで、すごい勢いで宇宙船に向かって測地線運動=自由落下をしています。

 弟の方は測地運動なので最大に時間が経過し、一方、重力場の中にピン止めされている宇宙船の兄はほとんど歳をとりません。

 兄の歳はdt=dτ/√g00 に従っていて g00=1−k(重力ポテンシャル)です。重力ポテンシャルは双方の距離の関数ですから地球のそばでの加速,減速時には無視していいのですが、兄が星に到着して地球の方に転回するときにはポテンシャルは非常に大きい負の値になり無視できません。

 もっとも、離れた位置での2つの時間の比較などは現実には無意味でしょうから、これは仮想的な計算の話で、これを時系列として追うことやその内容を解釈することに意味があるとは私は思いませんが。。。

                 TOSHI

  投稿者:EMAN - 2007/09/24(Mon) 21:32  No.2509 
 早く返事しなきゃいけないなぁと思いつつ、まだずっと考え続けています。 何度か返信を書きかけたのですが、そのたびにおかしいところが見つかるので、送信ボタンが押せなくなっていました。

 分った気になったり、また分らなくなったりして、基本のところから見直したり、幾つかの例を計算し直したりしています。

 TOSHIさんの書き込みはまだ読んでませんが、これから読もうと思います。 助かります。

  投稿者:凡人 - 2007/09/24(Mon) 23:15  No.2512 
TOSHIさんの「地球上にピン止めされて」という言葉でひらめいたのですが、ある物体が、重力が働く方向と垂直方向に脱出速度で運動した場合も、潮汐力を無視すれば無重力状態となるといえると思うのですが、この脱出速度による相対速度差に起因する固有時間の遅れと、この物体が静止していた場合に受ける重力による固有時間の遅れは等しいという事はないのでしょうか?
そうだとすると、特殊相対性理論と一般相対性理論の繋がりや、シュバルツシルト半径で固有時間が止まる事についても、スッキリと理解出来たような気になれるのですが、いかがでしょうか?
<<追伸>>
自由落下を開始した直後に限る話しですが、自由落下の加速による固有時間の遅れと、静止している為に受ける重力による固有時間の遅れは等価だという事でよろしいのでしょうか?

  投稿者:kara - 2007/09/25(Tue) 01:24  No.2515 
こんばんわ。TOSHIさん、お返事ありがとうございます。

しかしながら、僕の疑問はまだ解けないようです。僕は、「ピン止めされた」時計の進み方が気になるわけです。TOSHIさんは、そういう時計の進み方は、座標時間だ、とおっしゃっているように読めるのですが、ある時計の静止系の時間座標のメモリの取り方というのは、任意だとおもわれるので(※)、物理的メカニズムで動作する時計の進み方がそれで決まるというのは変に思われます。もっとも、(※)の前提が違っていて、時間メモリの決め方に関するルールを設定された上での話なのかも知れません。

しかし、曲線を、細かく分割して、それぞれを直線で近似するがごとくに、「ピン止めされた」物体の世界線を、細かい局所慣性系で近似して、それぞれの局所系での経過時間の総和をもって、時計の進みとする、というのは、自然だとおもうのですが。。。

  投稿者:TOSHI - 2007/09/25(Tue) 04:47  No.2521 
 ども、karaさん、TOSHIです。

 今、飲んで帰ってきたところなので酔っ払っています。

 確かに、理論は一般座標変換不変というのが一般相対性原理なので、これを文字通り鵜呑みにすればスケール変換という線形変換もOKですから、時間の刻みだけを1/10にしてもいいので、その時刻設定だと普通の1秒間に時計の針は10秒進みます。

 そこで元々振動数がfの光は、新しい時間座標というラベル付けでは1秒間にf/10しか振動しないので振動数は1/10になって、ということは色が変わるということになりますが、そんなことではおかしいでしょう。

 そうしたスケール変換をしたときには実は10秒が物理的な1秒であると解釈します。少なくとも時間の遅れによる青方偏移が説明可能な程度の座標時間を採用します。

 まあ、とはいっても座標時と固有時の関係の設定は、そもそもそうなるからそうなのだというトートロジー(同義語反復)のような設定になっている感じは否めません。だから公理だとか定義だとか述べたのですね。

                  TOSHI

  投稿者:TOSHI - 2007/09/25(Tue) 05:06  No.2522 
 TOSHIです。

 酔っ払ってるのを免罪符にして、ここらへんの関連について半年くらい前の今年2月に書いたブログ「TOSHIの宇宙」の記事も宣伝しておこう。

 2月18日「一般相対論の基礎と回転系」,2月19日「回転系の計量(メトリック)」,2月21日「遠心力,コリオリ力と相対性」です。http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/index.html

 EMANさん、もし、さしつかえがあれば削除してください。

                    TOSHI

                

  投稿者:kara - 2007/09/25(Tue) 10:41  No.2523 
TOSHIさん、お返事ありがとうございます。

>そうしたスケール変換をしたときには実は10秒が物理的な1秒であると解釈します。少なくとも時間の遅れによる青方偏移が説明可能な程度の座標時間を採用します。

その、(ピン止めされた場合も、含めて、一般に)一秒を一秒と認識する座標系を、どう判定するのか、というのが、質問の内容だったわけですが。

個人的には、

「ある物体の静止系を考え、その座標系で物体が、(x,y,z)=(x0,y0,z0)に静止しているとき、時間座標刻みが、物体にとっての物理的時間に一致するのは、g00(t,x0,y0,z0)=cのとき。ようするに、どんな場合も、固有時=物理的時間」

というふうに、決着がついたので、とりあえず、僕は、失礼させていただこうかと思います。

  投稿者:EMAN - 2007/09/25(Tue) 14:10  No.2526 
 皆さんの意見について考えて、一点だけは納得が行きました。

 固有時がその物体に張り付いた物理的時間だと考えても問題ないということです。(話の筋が見えてない部分もあるのですが、その点においては一致していらっしゃるのですよね?)

 ただ話を聞いて鵜呑みにしたのではないことを示す為に、私の言葉で再説明させて頂きますので、誤解があれば指摘願います。

 星から十分離れた点で、ある人がある座標を使って2つの物体を観察しているとします。 一つの物体は、星の表面近くに固定された物体で、もう一つの物体は、同じ地点で今、まさに固定を外された物体。 どちらの固有時を計算するにしても、観察者は同じ計量 g_{ij}、同じ座標を使うのだから、両者の速度が同じなので結果は同じである。 物体が重力を感じているかどうかは確かに固有時に関係ない。

 ただ、自由落下している方は、今後、刻々と位置と速度が変化するので、それに応じて、常に固定されている物体の固有時とのずれは生じるだろう。 しかしそれは今回は問題にはしていない。


 最初の私の質問に当てはめると、まず、(1) の解釈は正しい。

 (2)にはまだ納得行かない部分がある。 これは星の表面近くの2物体がそれぞれ観察者となった場合には、それぞれどういう解釈をすることになるのか、という疑問が含まれている。 しかしこれはあとで考えればいいと思う。

 (3)は前半は正しく、後半は間違っていた。 この文章を、「星の表面で静止している人の時間経過は「自由落下する人の」固有時とは一致しない」と取ってしまうと正しいと思えてしまうが、私の意図はそうではなかった。

 (4)は、今や「固有時はその物体の物理的な時間を表す」と言えるのだから、それを使って電磁波の周波数を定義することには何も問題がないと言える。
 ただ、私の使っている教科書(時空と重力)では、「周波数は無重力において定義される」という内容の文が差し挟まれている為に、これが非常な混乱の元となったのだった。


 ということで、以上、途中報告です。
 凡人さん、karaさん、hirotaさんもありがとうございました。

  投稿者:kara - 2007/09/26(Wed) 02:09  No.2536 
これで失礼します、と言いましたが、再び失礼します。

TOSHIさんの紹介して下さったブログ記事を一部読んでみたところ、相対論の文脈では、時計、と言ったとき、普通の進み方をする(と仮定される理想化された)標準時計のほかに、便宜的に設定される、座標時計というのがあるらしい、ということを知りました。これで、はじめの、TOSHIさんの記述に対する疑問というものも、なくなりました。

それでは、どうもお騒がせしました。

  投稿者:hirota - 2007/09/26(Wed) 11:48  No.2547 
固有時の定義まとめ

特定の座標系 x(^i) と、その座標系での計量 g(_i,_j) を与えた場合、ds^2=g(_i,_j) dx(^i) dx(^j) で計算される ds は、微小座標間隔 dx(^i) だけ離れた2点間の時空間隔 (固有時空間隔とでも絶対時空間隔とでも思って下さい)。
運動 (静止も含む) 物体の世界線に沿って時空間隔を求めたものが、その物体の固有時。
(おまけ:任意の座標系の、時間一定面に沿って時空間隔を求めたものが、その座標系での固有距離。)

  投稿者:EMAN - 2007/09/26(Wed) 13:01  No.2548 
 私の疑問は、例えば、こんな感じです。

 星に向って自由落下している箱がある。 この中にいる人は、自分を原点としたデカルト座標を作って、その座標の中で生活して、ここは無重力だからこれでいいのだ、と言える。 この箱の中で静止していれば、この座標での時刻と固有時は一致していると言える。

 一方、星の表面に置いてある箱の中に生活している人は、やはり自分を中心としたデカルト座標を作って、その座標を使って何ら支障なく生活できる。 ただし、この人が採用した座標は、アインシュタイン方程式に合わないので、この人はそれで満足できたとしても、本来は使うべきではない。 なぜこの座標の採用がふさわしくないかというと、この人は重力を感じており、その原因をちゃんと方程式に代入すれば、自分のいる時空が曲がっていることがちゃんと分かるはずだから。

・・・と、そういうことでいいのでしょうか?

  投稿者:murak - 2007/09/26(Wed) 13:28  No.2549 
このところ、某掲示板でのつまらない(?)論争に巻き込まれていて、こちらの方はあまり覗いていませんが、たまたま目に留まったので。。。

固有時の定義はhirotaさんも書いておられますが、要するに物体(あるいは観測者)の世界線の長さ(あるいはそれの1/c倍)です。なので、これは個々の(大きさを持たない)物体(あるいは観測者)毎に決まるもので、同じ座標系の中にいても異なる運動をしている者は一般には全て異なる固有時を持つというというか体験するわけです。一方同じ一つの運動に注目する限り、その世界線の長さ(従って固有時の経過)は、どんな座標で計算しようが同じになります。

要するに、固有時の違いを決めているのは運動の違いであって、どんな座標を採用するかには全く関係ありません。真の重力場があって時空に曲率がある場合でも事情は全く一緒で、計量を用いた世界線の長さの計算にその効果は(自動的に)取り込まれていますので、特に気にする必要はありません。ただし、運動が違えば当然同じ重力場の中にいても世界線の長さ、すなわち固有時の経過は異なってきます。

(もう少し露骨に言えば、星の表面に静止している人と、自由落下している人は全く異なる運動をしている訳ですから、両者の固有時間が全く別物であるのは当然の事です。)

P.S.
このあたりのことで、疑問を感じておられるようでしたら、例の件(何のこっちゃ?)は、もう少し待たれた方が良いかもしれませんね。。。

  投稿者:EMAN - 2007/09/26(Wed) 14:39  No.2550 
 ああ、分かった!
 まったく馬鹿な疑問だったわ。
 道理で誰にも伝わらないはずだ。

 各立場の人の目に映る風景にばかり気を取られて、
まったく相対論的な視点から外れてしまっていた。

 お騒がせして申し訳ありません。

  投稿者:TOSHI - 2007/09/26(Wed) 16:59  No.2551 
 こんにちは。。TOSHIです。

 ごめん、ちょっと勘違いがありました。

 最大固有時間とただの固有時間をちょっと混同していたみたいです。自分のブログを読み返していて気付きました。

               TOSHI

  投稿者:大学生A - 2007/09/26(Wed) 17:28  No.2552 
TOSHIさんへ

最大固有時間って何でしょうか?

  投稿者:大学生A - 2007/09/26(Wed) 19:46  No.2553 
murakさんへ

>運動が違えば当然同じ重力場の中にいても世界線の長さ、
>すなわち固有時の経過は異なってきます。

例えば、ある重力場にて、重力源の質点を挟んで互いに
常時正反対の位置にあるような二つの物体の固有時間は、
重力場の対称性から明らかに、共有できると思うのですが、
これらは、「同じ運動」と見なしてもよいのでしょうか?

  投稿者:kara - 2007/09/26(Wed) 21:22  No.2554 
#2523の、僕の書き込みで、「g00(t,x0,y0,z0)=cのとき。」のcは、1の間違いでした。

  投稿者:murak - 2007/09/27(Thu) 00:35  No.2555 
大学生Aさん

> 例えば、ある重力場にて、重力源の質点を挟んで互いに
> 常時正反対の位置にあるような二つの物体の固有時間は、
> 重力場の対称性から明らかに、共有できると思うのですが、
> これらは、「同じ運動」と見なしてもよいのでしょうか?

さて、大学生Aさんはどうお考えになるのでしょうか?
私は、この場合、両者が体験した時間経過に対応する加速度の時系列や通過した場所の計量の記録がたまたま一致しただけであって、「固有時を共有している」とは思わないのですが。

例えば、こんな場合はどうでしょうか?
重力の無い平坦な時空(あるいは慣性系で)或る距離をおいて直列(縦列)状態で静止している2台の飛行機があるとして、その慣性系の時間で或るとき同時に同じ加速度で等加速度運動を始めたとします。加速運動中、「両者は固有時間を共有している」のでしょうか?

  投稿者:TOSHI - 2007/09/27(Thu) 05:49  No.2556 
 こんにちは、大学生Aさん。TOSHIです。

>最大固有時間って何でしょうか?

 前にも書いたように時空の中の2点A,Bがあるときに、それらを結ぶ運動(当然,time-like)による奇跡=世界線の4次元長さは∫A→Bds=c∫A→Bdτで与えられます。

 すぐそばの2点ならds=cdτは任意性がなくて誰にとっても同じですが、有限な距離の2点ならどいう経路をとるかによって積分した値は異なります。

 この経路は平坦な空間なら最長長さ=最大固有時間ではなくて最短長さ=最短距離であり直線=線分だし、地球表面のような曲がりがプラスの球面でも子午線とか飛行機の最短ルートとかの大円です。これらを測地線と言います。

 しかし、4次元時空では曲がりがマイナスの双曲型なので最短距離は存在しなくて最長距離になります、これ=測地線長さを光速cで割ると最大固有時間になります。この経路は自由落下のときに実現されますから、他の運動経路と比較して自由落下の時計の進みが最大になるという意味です。

                  TOSHI

  投稿者:EMAN - 2007/09/27(Thu) 08:12  No.2558 
> 常時正反対の位置にあるような二つの物体の固有時間は、
> 重力場の対称性から明らかに、共有できると思うのですが、

 回転する地球の表面で一緒に生活している感じですね。
 そう考えると私も「同じ時間を共有している」という安心感を感じます。

 同じ皿の上に乗って回転しているイメージを思い浮かべると、この場合、中心からの距離によって時間の経過が違うのでしょうから、別々の時間を過ごしている感じになりますね。 互いに相対運動はないにも関わらず。 たまたま半径が同じだったというだけの感じです。(あくまで、感じ、ですけど。)

 相対論の世界観も結局は慣れなんだなぁ、と感じる今日この頃です。

 ああ、横レスでした。 失礼しました。

  投稿者:大学生A - 2007/09/27(Thu) 10:55  No.2559 
TOSHIさんへ

>4次元時空では曲がりがマイナスの双曲型なので最短距離は
>存在しなくて最長距離になります、これ=測地線長さを光速
>cで割ると最大固有時間になります。この経路は自由落下の
>ときに実現されますから、他の運動経路と比較して自由落下
>の時計の進みが最大になるという意味です。

なるほど。そういう意味ですか。どうも、ありがとうございます。

  投稿者:EMAN - 2007/09/27(Thu) 12:09  No.2560 
> このところ、某掲示板でのつまらない(?)論争に巻き込まれていて、

 発見しました。 こりゃ、大変ですね。
 そんな時に久しぶりに来てみれば、思わず「ここでもかよ!」と言いたくなるでしょう。



> このあたりのことで、疑問を感じておられるようでしたら、例の件(何のこっちゃ?)は、もう少し待たれた方が良いかもしれませんね。。。

 これは今準備している相対論の本のことでしょう?
 もちろん。 ほんの少しでも疑問が残っている内は出すつもりはありません。 そのために今、あらゆる点で不明な事、曖昧なごまかしがないように、視点を変えながら模索している途中ですが、集中できる時間がほとんど取れないまま、「確認が必要な事」のリストばかり積み上がって、確かに焦ってしまってます。

 馬鹿な疑問をぶつける相手がいなくて、少々孤独を感じています。

  投稿者:明男 - 2007/09/27(Thu) 12:28  No.2561 
>EMANさん

明男でおます。

わーい。馬鹿な質問があるなら、一緒に考えさせてください。
私もどこかでコンニャク問答と言われそうな気がして(^^;)、ヘンチクリンな質問を控えてしまいがちなので、ちょっと開き直ろうかなっと。
知らんものは知らん。
分かっていると思っているものは半分くらい間違っている。
完璧だと思っていることは、突っ込まれる要素あり。
くらいに思っていれば、安心(んな、アホな)。
と、まあ、ちょっと気楽に行きましょうよ。

  投稿者:大学生A - 2007/09/27(Thu) 13:13  No.2562 
murakさんへ

>重力の無い平坦な時空(あるいは慣性系で)或る距離を
>おいて直列(縦列)状態で静止している2台の飛行機が
>あるとして、その慣性系の時間で或るとき同時に同じ
>加速度で等加速度運動を始めたとします。加速運動中、
>「両者は固有時間を共有している」のでしょうか?

この場合は、どちらの飛行機の観測系でも、互いの相対速度
が0で、かつ、一様な(慣性力による)重力場が形成される
ので、計量テンソルの成分は位置に依存せず、定数になると
思います。
よって、両者は固有時間を共有できるのでは?
(自身ありませんが・・・。)

  投稿者:murak - 2007/09/27(Thu) 14:24  No.2563 
> この場合は、どちらの飛行機の観測系でも、互いの相対速度
> が0で、かつ、一様な(慣性力による)重力場が形成される
> ので、計量テンソルの成分は位置に依存せず、定数になると
> 思います。

ちなみに、どのような観測系をとられました?
計量テンソルの成分が定数とは g_{00} のみの事でしょうか?
この場合、互いの相対速度とはどのようなものでしょうか?


  投稿者:大学生A - 2007/09/27(Thu) 15:51  No.2564 
murakさんへ

すいません。当て推量です。w
勉強し直してきます。
わざわざコメントありがとうございます。m(_ _)m

  投稿者:EMAN - 2007/09/27(Thu) 18:10  No.2565 
 あ、逃げた!w

 ここも戦場になるかと一時はゴクリと唾を呑み込んだのに。

 大学生Aさん、
今回の件に関してはここを勉強すると良いですよ。
 一般相対論を分かったつもりになってからの方がいいですけど。

http://homepage2.nifty.com/AXION/contents/relativity/003.html

  投稿者:大学生A - 2007/09/27(Thu) 18:26  No.2566 
EMANさんへ

アドバイスどうもです。
そのサイトをみて、思い出しました。
「なっとくする相対性理論」(講談社)P72
にロケットのパラドックスが載ってました。
一度、読んだはずなのに・・・。(T_T)
「理解」とはその検証が大変です。w

  投稿者:EMAN - 2007/09/27(Thu) 20:24  No.2567 
 明男さん、お久しぶりです。
 陽気なコメントに元気づけられました。

 何だか、自分でやってみないで質問すると、すぐに「自分では計算してみたのか」とか突っ込まれそうで・・・それをやる暇や気力がなくて苦しんでいるときなどは、つらいつらい。
 でも落ち着いて質問を書き込むくらいの余裕があれば計算できてしまったりもするし。 焦ってる時はどれだけやっても計算は合わないし、計算以前の誤解が元だったりするし。


> 馬鹿な質問があるなら、一緒に考えさせてください。

 ありがとうございます。
 昨日まで悩んでいて、今日質問しようと思っていた別の問題は、固有時の悩みが過ぎ去った途端に、負担が軽くなって解決できてしまったしなぁ・・・。

 他にも無い事は無いけれど、ひょっとしてひどく簡単な気もするので、自分で計算してからにしたい気持ちがある。

 そもそも、疑問文が分かり易く書き上がった時点で、大抵は自力で解決できてしまいますからね。


> と、まあ、ちょっと気楽に行きましょうよ。

 最近、この掲示板も少々堅いなーと思ってるんです。

  投稿者:murak - 2007/09/28(Fri) 13:06  No.2587 
> 発見しました。 こりゃ、大変ですね。

お恥ずかしい限りです。
先に「論争に巻き込まれていて」と書きましたが、ある程度は自分から望んで「巻き込まれに行った」という部分もあります。

というのは、私は多分他の人とは違って、半分くらいは、あのスレ主さんに同情的なのです。実際私自身、あのパラドックス(?)に関する多くの解説(特に一般相対論に半分足を突っ込みかけた解説)には不満がありました。それは、あの問題は基本的に慣性系と非慣性系の間の座標変換だけで全て解決可能な筈なのに、その方面から直接攻めた解説を殆ど見ないということです。(実際松田先生とAXIONさんの解説でも、一般相対論的説明と称して、一様加速系(?)の計量が天下り的に与えられて議論されています。)なので、あれを機会にその辺りに一石を投じようかと思っていたのですが、それ以前の所で議論が滞っていて、しかも時々スレ主が誇大妄想的発言をするので、難儀しているという訳です。(T_NAKAさんが頑張って下さっているので助かっていますが・・・)

例の件は明男さんが言われるようにあまり肩肘を張らずに頑張って下さい。(ただ、固有時の件は、基本なんで、著者の態度が定まっていないのはちょっとまずいかなと思った次第。)
ではまた。

  投稿者:hirota - 2007/09/28(Fri) 14:04  No.2590 
逃げちゃ困るな〜
「平坦な時空で正反対の速度を持つ二つの物体の固有時間は、重力場および運動の対称性から共有できると思いますか?」という問題を出そうと思ったのに。
もちろん、これは特殊相対論で相対速度を持つ座標系の時間問題と同じです。

  投稿者:EMAN - 2007/09/28(Fri) 18:52  No.2594 
> なので、あれを機会にその辺りに一石を投じようかと思っていたのですが、

 こういう話は私もワクワクしますね。


> 一般相対論的説明と称して、一様加速系(?)の計量が天下り的に与えられて議論されています。

 そう、それです! その辺りにも疑問があって、今から取り組もうとしています。 これがどう求まるのか、自分でやってみて意味を確かめたいことが幾つかありますし、この前、ざっとその計量を使って曲率を求めてみたら、あれ? 0にならない? 平面での話じゃないの? いや、計算違いか? などということでも、まだ理解があやふやです。


> ただ、固有時の件は、基本なんで、著者の態度が定まっていないのはちょっとまずいかなと思った次第。

 私もそう思います。
 冷や汗モノです。

 ここ数日は重力赤方偏移の疑問点を調べていたのですが、教科書にある説明を追うことは出来ても、イメージが全然合わないで困っていました。

 静的な重力場で、空間は1次元のみを考えているので、これは2次元で時空図を描ける問題であり、容易にイメージできるはずでした。
 いやはや、うまく行かないのは当たり前。 教科書にありがちな漏斗に吸い込まれて行くような図や、漠然としたデコボコなんかを思い浮かべていたんじゃだめですね。
 次に谷川の両脇のようなイメージに変更してみたけれど、これも合わない。
 で、考えた末、重力場が無いから平面だと思い込んでいたところも円筒状に丸めてやった、奇っ怪な図形を思い描かないといけないのだと気付きました。

 これ、記事にするにも私の作図能力じゃ描けないですよ。



 あと、教科書に見られる、「g_{00} の -1 からのずれが重力場の存在を表す」というフレーズがどうも私の呪縛となっているようです。

 これは重力源から無限に離れた平坦な時空にいる観測者から見た話に限定しての話で、文字通り鵜呑みにしてはいけない、ということでいいのかな、と思い始めています。 (自信を持って「分かり始めています」と書けないのがつらいところ。)

 このような教科書の表現の呪縛が他にも結構ありまして、疑わしいけど、疑ってよい部分か、即座に判断できないという状況です。
 こういう所を納得しなくては先へ進めないと感じています。


  投稿者:ねじばな - 2007/09/28(Fri) 23:28  No.2596 
こんばんわ ひさしぶりにおじゃまします。
秋は行事が 多くて休日もいそがしいねじばなです。

>知らんものは知らん。
分かっていると思っているものは半分くらい間違っている。
完璧だと思っていることは、突っ込まれる要素あり。
くらいに思っていれば、安心(んな、アホな)。

うしし 明男兄様 名言ですな(特にアホだってとこが笑)

私たちが知ってるってることはちょっとですもんね。

私昨日の夕刊で 7月に英語通訳者の 西山千氏(アポロ11号の月面着陸の中継された方です。)が7月に亡くなったことをしりました。95歳ぐらいかな 著書読んで電話して学習会の講師に来ていただいたことがあって ステキな方でした。
「勉強しなさい」って言われました。

  投稿者:明男 - 2007/09/29(Sat) 08:35  No.2599 
十人十色、面白いですね。同じ風景を見ても心象風景が如何に異なるか、数式というれっきとした共通語があってさえ、この有り様。もしかして、宇宙も人の数だけ存在するのかもしれませんね。

>ねじばなさん
>>「勉強しなさい」って言われました
含蓄のある言葉です。「学ぶ」ということが、人本来の生き方として基本であるという教えだと思います。
ああ、それにしても、一向に学ばない愚かな自分を振り返り、謙虚に受け止めねばなりませんね。

EMANさん、らしくていいですね。
「回り道こそ王道である」
え?誰が言ったかって?
・・・すみません、私です(笑)。

  投稿者:凡人 - 2007/09/29(Sat) 11:16  No.2602 
>十人十色、面白いですね。同じ風景を見ても心象風景が如何に異なるか、数式というれっきとした共通語があってさえ、この有り様。もしかして、宇宙も人の数だけ存在するのかもしれませんね。
正統派コペンハーゲン解釈によると、知的生命の数だけ状態関数が存在するようです。
http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity3157.html

  投稿者:T_NAKA - 2007/09/29(Sat) 16:29  No.2603  <Home>
>凡人さん

その話題は、やはりスレ違いでしょうね。
量子論の観測理論など持ち出すと話をややこしくするだけです。

  投稿者:凡人 - 2007/09/29(Sat) 18:21  No.2605 
スレッドタイトルが「固有時の意味」だった事を忘れて、スレ違った事を申しまして、申し訳ありませんでした。
EMANさん
http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/wigner.html
を紹介しなくて申し訳ありませんでした。

  投稿者:murak - 2007/10/02(Tue) 13:33  No.2675 
> この前、ざっとその計量を使って曲率を求めてみたら・・・

ds^2=(1+a*x)^2(dt)^2-(dx)^2 ならゼロで、ミンコフスキー時空との座標変換写像もあります。(変換写像を先に与えて、そこから計量を計算してくれていれば、悩まなくて済むわけですが。。。)

  投稿者:EMAN - 2007/10/02(Tue) 14:02  No.2676 
> ds^2=(1+a*x)^2(dt)^2-(dx)^2 ならゼロで、平坦な時空との座標変換写像もあります。

 曲率0は確認済みです。 計算間違いでした。 前に私が引用したやつ自体が間違っていましたし。

 今はその変換写像としてどんな形のものを使えばあの計量が出てくるのかを調べていて、加速度一定の宇宙船の軌跡が双曲線になるところまで納得して、あれこれ試しているところです。 (双曲線をいじるのも久しぶりなので何かするごとに確認が要ります。)
 リンドラー座標で覆ってやることになるのでしょうか。

  投稿者:murak - 2007/10/02(Tue) 14:07  No.2677 
> リンドラー座標で覆ってやることになるのでしょうか。

その通りです。
(別の座標も可能ですが・・・。ちなみに、私の手元にはあの掲示板での議論用に三つの異なる座標で計算した結果があります。)

  投稿者:EMAN - 2007/10/02(Tue) 19:03  No.2682 
 日本語で「リンドラー時空」あるいは「リンドラー座標」を検索すると、TOSHIさん、T_NAKAさん、はっしーさん、murakさんが書いたものくらいしか出て来ないので、思わずにんまりしてしまいました。

 少しなら他のサイトにもあるもんだねと思って読んでいたら、実は TOSHIさんが書き込まれたものだと判明したり。w

 日本の草の根レベルの相対論の伝道者たちなんだな、と感動してしまいました。 先人の苦労のお陰でかなり楽させてもらって助かっています。