EMANの物理学 過去ログ No.2337 〜

 ● ヒルベルト空間の次元

  投稿者:murak - 2007/08/31(Fri) 18:21  No.2337 
最初の話題からは、話がそれているみたいなので、別にスレッドをたてます。また、この話は過去にも何度かこの掲示板で話題になって私も何度かコメントしてきましたが、もう一度整理しなおしておきます。

(1) ヒルベルト空間の定義
ヒルベルト空間とは内積をもつベクトル空間(線型空間)の次元を無限次元にまで拡張し、かつ完備性が保証されるようにしたものです。(有限次元のベクトル空間に実ベクトル空間や複素ベクトル空間があったように、ヒルベルト空間にも実ヒルベルト空間、複素ヒルベルト空間があります。)

此処で云う完備性とはその空間内の点からなる点列がコーシーの収束条件を満たすなら必ず収束し、その収束先がその空間内に存在することを保証する条件です。例えば実数直線は2点間の差の絶対値を距離関数として完備な距離空間ですが有理数の集合の場合は完備ではありません。この実数(あるいは複素数)の完備性から有限次元の内積空間は必然的に完備になることが導かれますので、完備性の条件は無限次元において初めて意味を持ちます。(なお、有限次元の内積空間でもヒルベルト空間という言い方を用いる場合もありますが、いま述べた理由から、有限次元ではヒルベルト空間とそうでない内積空間を区別する意味がありませんので、ことさらにヒルベルト空間と呼ぶ例は少ないです。この辺は単に流儀の問題。)

(2) ヒルベルト空間の次元
ヒルベルト空間はベクトル空間として無限次元なので、そこには一般に無限に多くの互いに一次独立なベクトルが存在します。そうした一次独立なベクトルの組に例えばグラム・シュミットの直交化を施して、正規直交条件を満たすベクトルの組をつくることが出来ます。この辺りの事情は有限次元と同じですが、有限次元の場合はそうやって得られる互いに直交するベクトルの個数には最大値があって、それはベクトル空間の次元と同じになりました。つまりn次元内積空間では正規直交系の大きさもnになるのでした。これと同じようにして、無限次元の場合にもその中に構築することの出来る正規直交条件を満たすベクトルの組(正規直交系)のなかで最も規模の大きいもの(極大なもの)の集合としての濃度でもってヒルベルト空間の次元を定義してやります。

こうして、ヒルベルト空間の次元は少なくとも可算無限次元以上であることになるのですが、ここで、一つ注意しておかねばならない事があります。それは、ヒルベルト空間に構築出来る極大な正規直交系の大きさが例え可算無限であっても、そこには一般に連続無限の濃度を持つ互いに一次独立なベクトルの組を構築することが出来るのです。つまり、例え可算無限次元のヒルベル空間であっても、その線型空間としての次元は常に非可算無限になるのです。言い換えるなら、有限次元で成立していた、正規直交基底の大きさとベクトル空間の(線型空間としての)次元が一致するという性質は無限次元では成り立ちません。

さて、ヒルベルト空間に構築される極大な正規直交系というものを考えると、そこにどのようなベクトルを加えてもそれはもはや正規直交系にならない訳ですから、そのベクトルは、(少々雑な言い方だが)極大正規直交系の元で表現できることになります。つまり極大正規直交系を{u_i}と表すとき、任意のベクトルxは

x = Σx^i*u_i

と形式的に表すこと出来ます。(この意味で極大な正規直交系を完全正規直交系とか正規直交基底と呼ぶ。)

ところが、ここでまたヒルベルト空間には不思議(?)な性質があって、例え非可算無限濃度の正規直交基底が必要な場合であっても、具体的な個々の x の展開係数 x^i のうち零でないものは高々可算個になる事が知られています。つまり上の展開は(例え非可算無限次元ヒルベルト空間であっても)実質的に可算和になってしまうのです(なので、和の記号で書いておいても大丈夫)。(ちょっと驚きかもしれないけれど。)

(とりあえずここまで)

  投稿者:murak - 2007/09/01(Sat) 10:52  No.2339 
(2) ヒルベルト空間の次元(続き)
前回の定義では述べなかったのですが、ヒルベルト空間の定義に、しばしばそれが「(位相空間として)可分である」という条件をつけることがあります。位相空間とは、例えば距離空間のように、遠近の概念の入った空間(集合)のことですが、ヒルベルト空間はその内積から決まるノルムを距離関数として距離空間であるので、必然的に位相空間です。位相空間が可分であるとは、それが可算個の元からなる稠密な部分集合を持つことです。例えば、実数直線は、有理数の集合という稠密な可算部分集合を持っているので、可分な位相空間です。

この可分性はとても強い条件で、この条件があるとヒルベルト空間の次元は必然的に可算無限次元になりますし、可算無限次元のヒルベルト空間は必然的に可分であるという結論も得られます。つまりヒルベルト空間に関する限り、可分という条件は、可算無限次元という条件と同等になるのです。で、L_2(R^n)をはじめとする応用上有用な多くの関数空間が、可分で可算無限次元のヒルベルト空間になります。

(補注)
ベクトルに対しその大きさに相当する量(ノルム)が定められた線型空間をノルム空間と呼び、完備性を備えたノルム空間をバナッハ空間と呼びます。内積空間は内積から自然にノルムが決まるのでノルム空間でもあり、ヒルベルト空間はバナッハ空間でもあります。しかし内積とは関係なく定められるノルムもあるので、ノルム空間は必ずしも内積空間ではありません。関数空間の例でいうと、2乗可積分な関数からつくられるL_2空間はヒルベルト空間ですが2以外のp>1に対するp乗可積分関数のつくるL_p空間はヒルベルト空間ではないバナッハ空間の例になります。
(このL_p空間をルベーグ空間と呼ぶことがありますが、これとは別に測度空間のあるタイプのものを指す言葉としてのルベーグ空間という用語もあります。>凡人さん)

(ちょっと脇道が長くなりすぎた。)

  投稿者:凡人 - 2007/09/01(Sat) 11:16  No.2340 
murakさん、ご返答有難うございました。
量子力学の正しい理解のためには、こちらの方面の修行も、おいおいと行ってゆかなければならないと思いました。

  投稿者:murak - 2007/09/01(Sat) 11:25  No.2341 
(3) 量子論との関係
量子力学における状態空間をヒルベルト空間であると考え、量子論をヒルベルト空間の理論に基づいて記述するのは、ある意味スマートでとても解りやすい方法です(特に初期段階においては)。しかし、この方法を貫こうとすると最終的には(明男さんが紹介していた)フォン・ノイマンの教科書に書いてあるような方法をとらねばならなくなります。つまり物理量を表す作用素が固有値ではなく連続スペクトルを持つ場合には、そのスペクトルの各値に対応する固有ベクトルというものが(そのヒルベルト空間の中には)存在せず、固有ベクトルによる任意状態の展開が出来なくなり、固有値問題を作用素のスペクトル分解(及び単位の分解)という概念を用いて記述する必要が出てくる。

ところで、量子論では物理量は普通は自己共役作用素により表されることになっており、自己共役作用素の連続スペクトルはスペクトルの別の分類では準固有値というものに分類されます。準固有値というのは、(固有値とは違って)その値に対応する固有ベクトルが(ヒルベルト空間の元として)存在するわけではありませんが、空間内の点列を上手くとってやることで、固有状態(に相当するもの)を(ある意味で)いくらでも近似する事が出来るというものです。つまり近似の目指す先は存在しないにもかかわらず、近似はいつでも可能という一種不思議な状況にあるのです。その近似のゆく先を具体的な函数として考えてみると、ある場合には、それは考えているヒルベルト空間には入らないある関数であり、またある場合には、それはデルタ函数のように普通の意味の函数でなかったりしますが、何等かの意味で考えている関数空間の外側に意味付けを見いだすことが出来ます。つまり、自己共役作用素が連続スペクトルを持つ場合、個々のスペクトルの値に対応する固有ベクトルは元の空間の外側に存在していて、それによる展開を元のヒルベルト空間の内側から眺めているものが上に述べた単位の分解とスペクトル分解だと解釈することが出来るのです。

言い換えると、ヒルベルト空間の枠組みの中で連続スペクトルに対応する固有ベクトルが見えないのは、話をヒルベルト空間という(或る意味)狭い範囲に限って、それを全世界だと思っているからだともいえるでしょう。それなら最初から枠を広げてしまって、点スペクトルや連続スペクトルに対応する固有ベクトル(ケット)を縦横無尽に使って(あるいは適当に使い分けて)物理の記述に専念しようとするのが、普通の量子力学の教科書のスタイルです。その場合、理論は最初からヒルベルト空間論の枠組みに収まっていないことになります。(それを無理に(?)ヒルベルト空間の枠組みで見ようとすると、連続スペクトルの固有ケットのセットは、ヒルベルト空間の中には無く、それによる展開もヒルベルト空間における通常の意味での完全正規直交系展開とは趣の異なるものになってくる。)

  投稿者:凡人 - 2007/09/01(Sat) 13:13  No.2342 
murakさん
愚問だと思うのですが、これらの事と「射影仮説」とは、何らかの関連はあるのでしょうか?
なお私は、「射影仮説」の問題につきましては、以下の記事で知りました。
http://as2.c.u-tokyo.ac.jp/archive/MathSci469%282002%29.pdf

<<追伸>>
ヒルベルト空間について、ご教示いただいたお礼を述べるのを忘れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
ご教示有難うございました。

  投稿者:murak - 2007/09/01(Sat) 13:32  No.2343 
> 以下の記事で知りました。

ならば、自分で勉強されたし。

  投稿者:凡人 - 2007/09/01(Sat) 13:42  No.2344 
学問に対する心構えが悪くて、大変申し訳ありませんでした。

  投稿者:ワイル - 2007/09/01(Sat) 20:28  No.2345 
こんにちは、

量子力学・量子論の構成法には、いろいろとあります。

ます、シュレディンガー流の波動力学と、ハイゼンベルク流の行列力学です。

ヒルベルト空間論などの関数解析というのは、シュレディンガー流構成法とハイゼンベルク流構成法とを統合するためのものでしょう。

シュレディンガー流の波動方程式の解は、波動関数で、これは、複素数ベクトルです。
波動力学では、物理量は、演算子と波動関数との作用で表されます。

ハイゼンベルク流の行列方程式では、その解は、行列の固有関数で、物理量は、その固有値です。

波動力学と行列力学を結びつける手法として、ノイマンなどがヒルベルト空間論などの関数解析を持ち込んだと思います(そして、相対論の4次元時空にあたるものが、量子力学ではヒルベルト空間であると、ノイマンの「量子力学の数学的基礎」の日本語訳の序文に、湯川秀樹博士が解説しています)。

量子力学・量子論の構成法としては、あと、ファイマン流の経路積分による方法もあります。
こちらは、EMANの解析力学でも解説されている「汎関数微分」
と関係ありますが、かなり直感的な構成法です。

この認識、あっていますか?

  投稿者:sym - 2007/09/02(Sun) 02:20  No.2346 
凡人さん
敵は思ったより、小さいことが多いですよ。弱点を見つければ一発で倒せることもあります。
師匠または好敵手に恵まれない修行は無駄になりがちです。
やっとの思いで敵を倒してから、「あーっ、あの楽しくも苦しい修行はなんだったのか。無駄だったのか?」と思うこともあります。

平行世界のどこかにEMANの数学はないのかな?あったら楽しいのにな、とか勝手に思ったりもします。(私は基本的にきりっと爽快なものが好きなのですが、珍味や甘いものを見ると飛びつかずにはいられないタチなのです。)


  投稿者:凡人 - 2007/09/02(Sun) 11:53  No.2347 
symさん
>敵は思ったより、小さいことが多いですよ。弱点を見つければ一発で倒せることもあります。
アドバイス有難うございました。

>やっとの思いで敵を倒してから、「あーっ、あの楽しくも苦しい修行はなんだったのか。無駄だったのか?」と思うこともあります。
もしそうなったとしても、私の運命だったと思って、納得したいと思います。

>平行世界のどこかにEMANの数学はないのかな?あったら楽しいのにな、とか勝手に思ったりもします。
平行世界は存在しないことを祈っております。

  投稿者:murak - 2007/09/02(Sun) 13:29  No.2348 
或る程度、準備が整ったので、一応コメントしたかった事を述べておきます。

まず、#2316で、のほほさんが数学の先生から教わったという

> 一般には非可算無限次元のヒルベルト空間に対して「基底の存在を仮定」するのはご法度!

の部分です。一般に非可算無限次元のヒルベルト空間の正規直交基底の存在を示すには選択公理に類するものが必要な筈なので、上の文面をそのまま受け取れば、数学の先生の言葉は、その事に対する注意喚起だと思えるのですが、ヒルベルト空間の次元を言い出す場合にはその辺りの事は普通認めた上で言うのではないかと思ったので、少し気になった次第。

一方また、量子力学のシュレディンガー方程式を考えるたりする場合は普通 L_2 を念頭においていると思うので、この意味でも、量子力学の定式化に使っているヒルベルト空間は可分なもの(可算無限次元)のものであると考えられます(symさんもその由のコメントをされていますが)。この場合、先に述べた様に考えているヒルベルト空間の中にはそもそも連続濃度の正規直交基底は存在し得ませんし、また連続スペクトル(の各値)に対応固有ベクトルの類も存在しませんので、もするもしかすると、先生のおっしゃったのはこちらのいずれかの意味なのかなとも思ったりしました。

それで、実際にはどうだったのかのほほさんに確認してみたかったというのが、最初にコメントを書こうとしたそもそもの理由です。

(とりあえず)

  投稿者:sym - 2007/09/04(Tue) 02:26  No.2356 
ワイルさん
お聞きになっているのは量子力学におけるヒルベルト空間の位置付けでしょうか?
オブジェクト指向なプログラミング言語をご存知なら、ヒルベルト空間をクラスとすると、そのインスタンスとしてのオブジェクトは、行列が作用するベクトルやあるいは関数に当たる、といえば分かるかもしれません。(あくまでも比喩なので、分からなければ聞き流してください。)

ワイルさんの量子論の認識は、あまり正確ではないような気がします。ただ、正しい認識というものを人に説くほど私は偉くないので、とりあえず、EMANさんの記事を(数式もあわせて)読むことをお勧めしておきます。

  投稿者:hirota - 2007/09/07(Fri) 11:20  No.2376 
K をインデックス集合 (非可算でもよい) として、和 納 a(k) ; k∈K ] を考える。
ただし、絶対収束のみ考えるので、a(k)≧ 0 とする。
K の有限部分集合 A⊂K に対しては、和 納 a(k) ; k∈A ] は普通の有限和である。
そこで、次の最小和を定義する。
 min納 a(k) ; k∈K ] = sup{ 納 a(k) ; k∈A ] | 有限集合:A⊂K }
「最小和」としたのは、他の和をどのように定義しても、これが最小になるからである。
以下は「最小和」が有限の場合のみを考える。
ここで K(ε) = { k∈K | a(k)>ε} とすると、ε> 0 なら任意の j ∈K(ε) に対して、最小和のε近傍、すなわち sup からε以内にある 納 a(k) ; k∈A ] の値、に対して j ∈A であり、K(ε)⊂A となるから、K(ε) は有限集合である。
すると、K(0) =∪{ K(1/n) | n∈N } ( N は自然数全体の集合 ) は可算集合であり、K の中で a(k) が 0 でないのは可算個だけとなる。
従って、非可算和を考えても結局は可算和になる。