EMANの物理学 過去ログ No.1603 〜

 ● 学校と社会

  投稿者:ねじばな - 2007/06/07(Thu) 16:51  No.1603 
レスが長くなったので 立てます。

教育現場のことは 範囲が広いので コメントが難しいですが

運動部はコーチやら監督やら 地域クラブばどがあるけれど 中学や高校の物理部や科学部の顧問やコーチや先輩の時々の訪問て あまりききません。おととし初めて理系の大学の学園祭を覗く機会がありましたが (私はわからないけどたぶんあの子に見せてあげたら喜ぶだろうなあ〜)とおもうようなポスター発表や実験をみました。誘い合って 異世代間の 交流や 友人関係をつくる必要があると思います。そしてそれはやる気があれば制度に頼らずともできること。格別意識しなくてもすでにそうしてる人もいますが、持ってる知識埋もれたままの人が多いです。

『知識は人に伝えてこそ知識」

  投稿者:ワイル - 2007/06/07(Thu) 17:12  No.1604 
ねじばなさん、こんにちは。

>>誘い合って 異世代間の 交流や 友人関係をつくる必要があると思います

いまからの時代、そういう人間関係の教育も、学校などで行う必要がありそうですね。

それから、プログラミング関連、IT関連を含め科学技術の教育では、演習、実験、体験といったことが必須で重要と思いますね(社会科などでも、社会見学や実習、といったことが必要でしょうけど)。

ただ、そうした教育は、机上だけでの勉強に比べ、費用などがかかるのも実情です。

また、都内の大手書店の洋書売り場や公立図書館などでは、アメリカやイギリスなどの学校で使っている教科書などを見かけることもありますが、立ち読みすると、小学校レベルの教科書でも、あちらの教科書は、日本の学校で使っている教科書に比べ、分厚いし、中身も絵図などが豊富で、質量とも、(日本の)薄っぺらな教科書とは、レベルが違う、という感じですね。もちろん、価格も、あまり安くはないけど。

日本は、結局、国などのレベルで、欧米先進国にくらべ、教育に対する費用、努力をケチっているのでは、という気がしますが、どうでしょうか?

  投稿者:ねじばな - 2007/06/07(Thu) 23:14  No.1608 
ワイルさん こんばんわ

>いまからの時代、そういう人間関係の教育も、学校などで行う必要がありそうですね。

人間関係は教育するものじゃないと思います。人間関係を学ぶ環境は大事ですが 学校だけではできないということです。

>中身も絵図などが豊富で、質量とも、(日本の)薄っぺらな教科書とは

薄い教科書はランドセルや 教室の事情など日本の文化にも関係していますから 比較の基準をどこに置くかで優劣が逆転することもよくあります。

>教育に対する費用、努力をケチっているのでは、という気がしますが、どうでしょうか?

税のシステムなどの違いもあるので 予算の分配については専門のサイトを検索された方が早いと思います。

私が言いたかったのは 科学の面白さをしっている皆さんが さりげなく日常のなかにこどもや学生にそれを伝える機会がないかなということです。市役所の出前講座っていうのが社会人向けにあるんですが『EMANの物理学出張談話室」みたいなの やったら ワイルさんは お話ができますか?


  投稿者:ワイル - 2007/06/08(Fri) 12:53  No.1612 
ねじばなさん、こんにちは

>>人間関係は教育するものじゃないと思います。人間関係を学ぶ環境は大事ですが 学校だけではできないということです。

まあ、本来、人間関係は、家庭や地域などで教育するものだとは思いますが、現在は、そういうところでの教育が難しい状況ですね。

>>薄い教科書はランドセルや 教室の事情など日本の文化にも関係していますから 比較の基準をどこに置くかで優劣が逆転することもよくあります。

アメリカあたりでは、教科書は、学校の教室に置きっぱなしで、自宅には持って帰らないのが、一般的だそうです。

>>税のシステムなどの違いもあるので 予算の分配については専門のサイトを検索された方が早いと思います。

まあ、お金の問題だけでなく、日本の教育は、どちらかというと、官僚や公務員を育てる方がメインなのでしょうか?
現役の小中学生に、「将来なりたい職業は?」という質問に対して、日本では公務員や官僚が、けっこう多いですよね?
一方、科学者や技術者などを希望している子供たちは、少ないという感じですね。

科学者、技術者、芸術家などを育てる教育は、乏しいような気も。。。

>>私が言いたかったのは 科学の面白さをしっている皆さんが さりげなく日常のなかにこどもや学生にそれを伝える機会がないかなということです。市役所の出前講座っていうのが社会人向けにあるんですが『EMANの物理学出張談話室」みたいなの やったら ワイルさんは お話ができますか?

私が、EMANさんのように、人に物理の話をできる能力があるだろうか、が問題ですね。

あと、時代は違うだろうけど、過去のビッグな理論物理学者たち(ガリレオ、ニュートン、マクスウェル、アインシュタイン、湯川秀樹など)は、数学的能力に長けているのはもちろん、実験や観測なども積極的にやっていた、ということなので、やはり、理論物理学者を育てるにも、数学や理論の勉強とともに、実験や観測なども大切のようですね。

たとえば、電磁気や電磁波などについての理論を演習し、実験を繰り返せば、体感的に相対論の効果が理解できるようですね。

コンピュータ関連だけでなく、物理や科学の世界でも、手や体を使った学習が必要のようですね。


  投稿者:EMAN - 2007/06/08(Fri) 19:30  No.1615 
> 日本の教育は、どちらかというと、官僚や公務員を育てる方がメインなのでしょうか?
> 現役の小中学生に、「将来なりたい職業は?」という質問に対して、日本では公務員や官僚が、けっこう多いですよね?


 そりゃ、教育の問題じゃない。
 技術系労働者の社会的地位が低すぎるだけだ。
 誰が好き好んで奴隷になりたがるか?

 公務員や官僚を望むその子たち、あるいは親にそう吹き込まれているだけかも知れないが、それでもその親は、社会をよく見ている賢い人なので、その子の将来は比較的有望である。

 私が心配するのは、この悲惨な状況にも関わらず、敢えて技術系を志望する、私の愛する馬鹿たちだ。

 こういう目隠しされた馬鹿ばかりが技術分野にどんどん突っ込んで来れば、技術職は名実ともに、社会で低く見られる存在になるに違いない。

 そして、日本は終わる。

  投稿者:ねじばな - 2007/06/08(Fri) 20:00  No.1618 
>物理や科学の世界でも、手や体を使った学習が必要のようですね。

ワイルさんのいう 教育や学習という言葉のイメージは自分の受けてきた教育や学習ですよね。 少しズレを感じます。

「学習」という言葉の捉え方は 「知識の獲得」→「知識の構成」
「学習者」は「情報の処理者」→「意味の構成者」そして教師は「情報の伝達者」から「理解のガイド役」というように認知心理学のなかでは整理されてきています。

けれど教師自身が「よいガイドに恵まれて思考が深まり視野が広がった」なんて 経験を持つ人が少ないし、教科指導以外の雑務や問題が多すぎて 本来の……このへんでやめときましょう。

でもときどき 希望のある先生や若者やいい企画にめぐりあうことも少なくないので そっちの発展を 信じたいです。

…EMANさん 終わりませんよ。


早朝 夫が釣りにいって 大きなキスを2匹と蟹を釣ったというので 今から天ぷらを作ります。



  投稿者:EMAN - 2007/06/08(Fri) 20:24  No.1620 
> …EMANさん 終わりませんよ。

 ええ、もちろんです。
 終わらせるつもりはありません。

 私より賢い人がいるとしても、
その人に任せて放っておくつもりもありません。

 私は世界全体が見えるようになりたいのです。

  投稿者:凡人 - 2007/06/08(Fri) 23:03  No.1622 
ワイルさまへ
>プロジェクトで、作れる人を集めようとするのですが、C++では、まず人が来ません。折れてC言語にするのですが、それでも、なかなか、人が来ません。
ワイルさまの大変さの一端が少しわかったような気がするのですが、ワイルさまは、このような状況にもかかわらず、こちらのサイトでご奮闘されていて、よほどタフな方とお見受けいたしました。私のような軟弱者は、うらやましい限りです。
ところで、アインシュタインが「実験や観測なども積極的にやっていた」という事実はまったく知りませんでした。
アインシュタインは、どんな実験や観測をやっていたのでしょうか? 出来ましたら、どうかお教えください。

  投稿者:ワイル - 2007/06/09(Sat) 17:51  No.1627 
ねじばなさん、凡人さん、こんにちは

>>ワイルさんのいう 教育や学習という言葉のイメージは自分の受けてきた教育や学習ですよね。 少しズレを感じます。

私達も、学校時代の教育や学習は、青木雄二氏などが言っている、ペーパーテストのための机上の教育・学習が中心だったと思うけど、IT技術者としての仕事について社会人になってから、やってくる内に、そういう教育や学習では、限界があると思うようになったのです。

やはり、ITの世界でも物理などの世界でも、実社会の仕事で役に立つ勉強・学習というのは、頭だけでなく、手・足や体全体を使った勉強・学習であると、個人的に思うようになったわけですね。

>>ところで、アインシュタインが「実験や観測なども積極的にやっていた」という事実はまったく知りませんでした。
>>アインシュタインは、どんな実験や観測をやっていたのでしょうか? 出来ましたら、どうかお教えください。

以下の話は、いくつかの書籍、雑誌などからの話です。

若い時代のアインシュタインは、大学の講義(当時の物理学の講義は、ニュートン力学の講義が中心のようです)には、あまり出席せず(アインシュタイン自身は、ニュートン力学などについては、高校生時代までに独学で習得していたらしい)、自宅で、当時の最先端であった電磁気学などの専門雑誌や専門書籍を読みふけていたということです。

それでも、実験の授業には、けっこう興味もって出席し、実験を盛んに行っていたらしいです(大学での実験は、いわゆる、普通の学生実験だったのでしょう)。

それから、アインシュタインは、大学を卒業後、友人の紹介で、スイスのベルンにある特許局に就職した話は有名ですが、
その就職の際にも、当時の最先端である電磁気の科学に詳しかったことが、有利に働いたということですね。

そして、特許庁では、特許申請に来る技術者たちに交わって光や電磁気に関する実験を、盛んに行っていたらしいです。

そうしたように電磁気学の専門書籍・専門雑誌を読み耽たり、光や電磁気に関する実験を盛んにしていたことが、1905年の光量子仮説や特殊相対性理論を生み出す下地になっていたのでしょう。

ニュートンやアインシュタインの時代のものでも、現代でも、科学理論などの研究には、数学的なものを含めた既成理論の正しい理解と、実験や観測による知識とが不可欠のようです。

>>ワイルさまの大変さの一端が少しわかったような気がするのですが、

現実のITの仕事では、たとえば、自分はC++はもちろん、JavaやC#、dotNetなどの仕事もやりたいのに、まわりが付いてこれなくて苦労することがありますよ。

>>このような状況にもかかわらず、こちらのサイトでご奮闘されていて、よほどタフな方とお見受けいたしました

私なんかより、EMANさんの方が、はるかにタフだと思いませんか?
EMANさんも、本職はIT系技術者らしいのに、「EMANの物理学」のサイトを立て、さらに、「趣味で物理学」という書籍まで出版しています。
EMANさんのタフさは、超人のタフさに思います。

  投稿者:T_NAKA - 2007/06/09(Sat) 19:08  No.1629  <Home>
学校では、不易流行の基礎・土台になるものをキッチリ身につけて貰いたいと思います。
それが実行されず、無駄な知識の詰め込みになっているという批判ならば、話は分かります。
(それが事実であるか否かは、教育の現場を知らないので判断できませんが。。)

しかし、社会に対応するための実践的な教育などと、聞こえがいいが、結局子供達に負担を強いるようなカリキュラムを作っても仕方ないと考えます。そういう知識は直ぐに古くなって使えなくなります。

子供達の教育に費やされる時間は限られていることを忘れないで下さい。

  投稿者:ワイル - 2007/06/09(Sat) 21:24  No.1630 
こんにちは

>>しかし、社会に対応するための実践的な教育などと、聞こえがいいが、結局子供達に負担を強いるようなカリキュラムを作っても仕方ないと考えます。そういう知識は直ぐに古くなって使えなくなります。


子供達の知識が社会で生かされのは、10年後、20年後、30年後、といった未来ですよね?

そこで、要は、単なる知識だけ、教えていてもしょうがないです。

速い話、どの世界でも、いまの時代の知識が、数十年後の未来も、そのまま通用している保障は、無いに等しいですから。

つまり、単なる知識ではなく、その時代、その時代の新しい知識・技術を取り入れたり、応用力を身につけたり、そうした教育が必要なのでは、と思います。

たとえば、私達のITの世界では、いままで、プログラムやソフトウェアの開発、テスト、実行は、単体(スタンドアロン)のパソコンやコンピュータが対象であったのが、ほとんどです。

でも、これからは、LANやインターネットなどのネットワークに繋がった複数から無数のコンピュータを、(あたかも仮想的な)ひとつのコンピュータとして見なす分散処理(Javaや.Net)や、さらに並列処理(クラスタリング、グリッドなど)が主流になていく時代です。

そういう急激な変化の世界にあっては、学校などでも、教える知識が、「絶対に正しい」といったような教え方であっては困る、と思いますよ。


  投稿者:T_NAKA - 2007/06/09(Sat) 22:26  No.1633  <Home>
かつては、メインCPUに数多くの端末が繋がる「集中処理」が主流になると言われていました。
しかし、今は「分散処理」が主流です。こんなものはインフラで変わってしまい、今後どうなるかは分からないのです。
それこそ30年以上前の工業高校なのでは実践教育として「計算尺」を教えていましたが、今は使っている人はまず居ませんね。
(計算尺の大手メーカーは、現在回路基板製造に鞍替えしています。)

>その時代、その時代の新しい知識・技術を取り入れたり、応用力を身につけたり、そうした教育が必要なのでは、と思います。

それこそ、子供達が10年後、20年後、30年後には使えない知識となる可能性大です。

>速い話、どの世界でも、いまの時代の知識が、数十年後の未来も、そのまま通用している保障は、無いに等しいですから。

私は「いまの時代の知識」を教えろなんて言った憶えはありません。
「不易流行の基礎・土台になるものをキッチリ身につけて貰いたい」と言っています。
良く読んでから反論して下さい。

  投稿者:管理人 - 2007/06/09(Sat) 22:47  No.1634 
  T_NAKAさんへ、

> 良く読んでから反論して下さい。

 まぁ、落ち着いて下さい。
 ワイルさんは、実は反論していなくて、
いつもの如く、思い付くままに考えを述べただけのようです。
(そして、今回は反論ではなく同意に近い。)

 普通は徐々に深まって収束していく議論を期待するもので、
私もその一人ですが、
どうやらそれを期待できる情況ではないようです。


 ワイルさんへ

 T_NAKAさんや、他の人は、
ワイルさんが自分の元の主張を固く守ることなく、
節操無く主張を変えることで、いらつきを感じているのです。
 どうか察してください。
 そんな簡単にころころ変わる考えなら、
書く前にもう少し考えてからにして欲しいと思うのです。

 もちろん、人の意見を聞いて考えが変わることは構わないのですが、
(私もどんどん変わります。)
あまりに軽すぎるように思います。

 考えが変わったなら、
「確かに言われてみればその通りだ」と、
相手のことを認め、そのことを相手に伝えてあげないと失礼です。

  投稿者:EMAN - 2007/06/09(Sat) 23:01  No.1635 
> それこそ、子供達が10年後、20年後、30年後には使えない知識となる可能性大です。

 私の数年下の学年で、数学の教科書に「BASIC」が載ったことがあります。
 それを見て、あー、今はこんな無駄なことを覚えさせられるのかー、自分の時でなくて良かった、と胸をなでおろしたものです。

 もちろん、もし自分のカリキュラムにそんなのがあれば私にとってはテストの点では有利ですけど、やはりそんな無駄な時間を使うのはまっぴらご免でした。

 そろばんが小学校の算数に出てきたこともありましたね。
 まぁ、私はそろばん塾に通っていたので楽しかったですけれど、「出来なくても仕方ない」という雰囲気が見え見えの授業でした。 授業は楽しければいいというものでもない。

 「これだけは身に付けておいてくれ」という大人の切実な思いが伝わったものが、たとえその時はつらくても、今思えば私にとっての良い授業でした。

  投稿者:ワイル - 2007/06/10(Sun) 04:42  No.1637 
>>私は「いまの時代の知識」を教えろなんて言った憶えはありません。
>>「不易流行の基礎・土台になるものをキッチリ身につけて貰いたい」と言っています。

確かに、「いまの時代の知識」を身につけるにせよ、その前に基礎・土台となるものが必要でしょう。

そして、それは、たとえば、江戸時代の寺子屋の教育ではないけど、幼少時代の教育として、躾や読み・書き・算術のようなことは、人間として生きていく上で、江戸時代であれ、現代であれ、まず、最低限、必要なものであるといえましょう。

>>かつては、メインCPUに数多くの端末が繋がる「集中処理」が主流になると言われていました。
>>しかし、今は「分散処理」が主流です。こんなものはインフラで変わってしまい、今後どうなるかは分からないのです。

集中処理と分散処理は、形を変えながらも、繰り返しているように見えます。

かつて、ミニコンやメインフレームによる「集中処理」が行われていた時代も、タイム・シェアリング・システム(TSS)という形で、一種の「分散処理」が行われていました(それより前の時代は、バッチ処理だけの「集中処理」が専らだったようで)。

一方、現在のJavaや.NetなどのWebシステムでは、一見、「分散処理」だけのように見えます。

しかし、しばらく前(10年位前)のクライアント・サーバーのシステムでは、各クライアントの端末毎に、、画面処理などのプログラムを分散して置く必要がありました。
そういうクライアント・サーバーのシステムでは、クライアントが100台にもなると、100台のクライアントに、画面処理などのプログラムをインストールする必要があり、更新・保守なども、100台に端末に対して手動で処理しなければならないため、とても大変でした。

しかし、現在のWebシステムでは、画面処理などのプログラムは、いわゆるWebサーバーにおける一括管理の形になっています(Officeなどのアプリの本体も、現在ではWebサーバーに置くことが出来ますので)。

そこにおける、ユーザーから操作されるクライアント端末では、WindowsなどのOSと、IEなどのブラウザだけあれば良い形です(実際には、IEなどはWindowsなどに含まれているので、結局、クライアント端末などには、WindowsなどのインストールだけでOKです)。
このクライアント端末は、かつてのTSS時代の「ダム端末」に近いもの、といえましょう。

現在のWebシステムでは、WindowsなどのOSの更新・保守も、サーバー側から行うことも可能です(Windows Updateのような形で)。

こうした現在のWebシステムの実体には、かつての「集中管理」に近いものがあるでしょう。

ただし、そのWebサーバーも、大きなシステムでは、かなりの台数あり、そのWebサーバーの背後には、数台のゲートウェイ・ベース・サーバーがあり、さらに、その背後には、もっと少数の基盤サーバーがありますので、そこが、かつてのメインフレームによる単純な「集中管理」とは異なる点です。

  投稿者:ワイル - 2007/06/10(Sun) 05:37  No.1638 
>>私は「いまの時代の知識」を教えろなんて言った憶えはありません。
>>「不易流行の基礎・土台になるものをキッチリ身につけて貰いたい」と言っています。

ITの世界のプログラミングやインフラなども、一見、表面的には、ころころ変わるように見えますが、基礎的なカラクリみたいなものは、この30,40年の間でも、大きくは変わっていないと思えます。

かつては、数十億円とかした大きなメインフレームやスーパー・コンピュータの世界でしか利用できなかったプログラミング、OS、データベース、ネットワークなどの技術が、現在だは、(中古なら)1万円程度の家庭用パソコンでも、(全部ではないと思いますが)綺麗に化粧され、多くの人にも容易に利用できるような形で、利用できるようになった、だけ、という部分もありますね。

プログラミングについても、GUIのプログラミングというのも、かつてのCUIのプログラミングに比べて、多くの利用者から見えるユーザー・インターフェイスの部分を、綺麗な化粧を施して使いやすくする、といった感じです。
このユーザー・インターフェイス、GUIの部分は、現在では、いろいろと便利なツール、ソフトウェアを使えば、比較的、簡単に見栄え良く作成できます(企業などでは、そこは、デザイン的センスが必要になるのですが)。

表面的なユーザー・インターフェイスの部分は変わっても、その下のデータ処理、計算処理、業務処理などの本来の処理は、そんなに変わるものでありません。
また、そうした部分の作成は、現在でも便利なツールやソフトウェアなどは、あまり存在していないようにも思います。
この部分については、多くの企業などでは、かつてのメインフレームの時代などに作成したソフトウェア、ライブラリなどを、修正しながら、現在のパソコンやサーバーなどでも使いまわしていたりしているところもありますし、この部分こそ、ユーザーとしては将来も継承していきたい部分でもあるでしょう。

物理の世界でも、古典的な力学や電磁気学の世界で誕生した相対性原理やゲージ原理などが、相対論・ゲージ理論を経て、現在の量子論などにも、形を変えながらも引き継がれている、という部分があると思います(相対性原理やゲージ原理が、将来、どこまで正しいか、ということはあると思いますが)。

ITの世界でも物理の世界でも、こうした時代が変わっても、変わらない本質的な部分のようなものがあるように思えます。

このような本質的な部分こそ、基礎・土台といえるものでしょうか?

  投稿者:T_NAKA - 2007/06/10(Sun) 10:50  No.1640  <Home>
折角、ねじばなさんが「学校と社会」というスレッドを立ててくれたのだから、話を戻した方が良いと思いますね。
全員がIT話に興味がある訳ではないので、ITに特化した話は別スレッドでお願いしたいものです。

  投稿者:EMAN - 2007/06/11(Mon) 21:11  No.1645 
 ただのおしゃべりじゃなくて、私は何らかの結論を出したいと思っています。 しかし、まだこれと言ってまとまった考えには達しないわけですが、ここでの議論は非常に参考になってます。 みなさん、ありがとうございます。

 学校でIT技術者ばかりを育てるわけじゃないので、各分野の「本質」ばかりを集めてきて、詰め込んで教えるなんてのも現実的じゃない。

 すると、必要なのは、「読み書き算数」くらいになるわけでしょうか。 これくらいなら、今の小学校教諭以上に、うまく教えれる人はいないと思います。

 私は初め、小学校も解体してやればいい、くらいのつもりでいましたが、それはやり過ぎだと思い直すようになりました。

  投稿者:凡人 - 2007/06/11(Mon) 21:38  No.1647 
EMANさまの
>学校でIT技術者ばかりを育てるわけじゃないので、各分野の「本質」ばかりを集めてきて、詰め込んで教えるなんてのも現実的じゃない。
というお話を聞いて、
・困っている人を見たら助ける。
・誰も見ていなくても悪い事はしない。
・弱いものいじめはしない。
というような事を小中学校時代に、道徳の時間や、その他の時に先生から教えてもらった事を思い出しました。

  投稿者:EMAN - 2007/06/11(Mon) 21:48  No.1648 
> というような事を小中学校時代に、道徳の時間や、その他の時に先生から教えてもらった事を思い出しました。

 これらのことを思い出されたのはなぜでしょうか。
 これらの道徳は、人間の本質的な部分であるような気もします。

 これらの教育が各分野の本質として十分役に立った、との意味でしょうか?
 それとも逆に、これらのことを教えてもらったけれど、やはり現実的じゃなかった、とのことでしょうか?

 それとも、これらのことの方が、学問の本質よりも、何よりも大事だと思う、ということでしょうか。

  投稿者:T_NAKA - 2007/06/11(Mon) 22:41  No.1652  <Home>
義務教育の発祥は産業革命時のイギリスだそうです。工場労働者ニーズが増大したわけで、これに対応するためにこの制度ができたと分析する人がいます。つまり工場では同じ時間に一斉に仕事を始めて規定の時間まで働くので、時間厳守が必須になり、定時に登校・下校することがこの躾になるということです。まあ、これが正しい分析かどうか分かりませんが、教育には「型に嵌めてあげる」役目も大きいのかと思います。これをどう考えるか?かなり悩ましい問題です。

  投稿者:EMAN - 2007/06/11(Mon) 23:41  No.1654 
> 定時に登校・下校することがこの躾になるということです。

 その話、小学生のとき、先生から聞きました。

 時間が守れない人に対して、それくらい当たり前だと非常に腹立たしく思う自分がいて、その一方で、これから目指す社会の中でそれは本当に必要なことだろうか、と疑問に思う自分もいます。
 そんなに工場労働者が必要となる時代でしょうか?
 皆さん、どう思われますでしょう。

 あ、T_NAKAさんも悩ましい問題だと書いておられますね。


  投稿者:ねじばな - 2007/06/12(Tue) 09:13  No.1656 
>そんなに工場労働者が必要となる時代でしょうか?
 皆さん、どう思われますでしょう

工場労働者はどうか 知りませんが 高齢化社会を支える 多数の介護職の人が 時間守れないと 非常に困っちゃいます。歯医者の予約とか(笑)

学校の成績のガウス分布の最大値のあたりの人たちが社会の構成者の中心で 教育を考えてる人は少数の人で悩んでる方は聡明な方で 悩むべき人が悩んでなくて…

  投稿者:EMAN - 2007/06/12(Tue) 18:47  No.1659 
> 高齢化社会を支える 多数の介護職の人が 時間守れないと 非常に困っちゃいます。

 そう言われてみればそうでした。 聞いてみて良かった。
 「型に嵌めるのも必要」っと。


> 歯医者の予約とか(笑)

 これって、予約しておいてもいつも一時間くらい待たされたりしますけどね。 学校がなかったらもっと大変だな。

  投稿者:ワイル - 2007/06/13(Wed) 12:40  No.1668 
こんにちは

>そんなに工場労働者が必要となる時代でしょうか?

これから、高度な技術をもった熟練技術者、職人は必要だと思いますが、かつてのように、そんなに多くの工場労働者は必要になるとは思いませんね。

これからというか、すでに、コンピュータやロボットなどによる生産が可能なものも増えてきていますよね?

危険な作業とか、単純な作業などは、コンピュータやロボットなどに任せる方が良いですからね?