EMANの物理学 過去ログ No.914 〜

 ● 教育審議会...

  投稿者:ワイル - 2007/01/17(Wed) 11:55  No.914 
EMANさんの”物理に関係のない話”の「教育審議会...」に関連して一言。

これからは、狭い「郷土愛」や「愛国心」でなく、もっと、グローバルな文化、人間や自然を愛する心が必要だと思います。

戦後日本の学校教育などは、つまりは、「いい学校、いい会社」に入るための資格試験のための勉強だったといえるでしょう。

そして、ほとんどの学校の授業は、理系科目であれ、文系科目、芸術科目であれ、つまらない「丸暗記」とか「機械的な計算練習」などにとどまっていると思う。

数学や物理、化学などの理系科目では、公式を丸暗記して、無味乾燥な計算練習を行うことが殆どだし、国語、英語、社会、音楽などの文系科目・芸術科目は、漢字、文学作家名、英単語、英文法、歴史年号、音楽家名、楽典などの、つまらない丸暗記にとどまっているのが、ほとんど。

実際には、理系科目、文系科目、芸術科目とわず、実際の学問や芸術には、すべてに思想とか心・精神をもった、つまりは、"人間"というものがあるはずである。

日本では、一般に、無味乾燥で冷たい、という印象をもたれている数学などにも、実際には思想・心・精神をもった暖かい"人間"というものが、もちろん、あるはずです。

ところが、日本の戦後の学校の授業では、ほとんど、そうした思想・心、精神といったものを置き去りにして、つまらない無味乾燥な丸暗記、計算練習ばかりだったと思える。

また、それが、小学校から高校・大学まで、何年も勉強してきたのに、”つまらない、おもしろくない、わからない”といった人たちを大量に作り出してしまった元凶でもあろう。

当然、それでは、郷土、国、さらには文化、人間、自然といったものを愛する心も育たなくて当然だろう。

逆に、そうした様々な学問や芸術にある、思想・心・精神などをも教えれば、郷土、国、さらには、人類全体や自然に対する愛の心も自然に育つと思う。

教育審議会に提案する。
安直な考えによる郷土愛、愛国心の教育ではなく、従来の学校教育の内容を大幅に見直し、学問や芸術に存在する思想・心・精神をもった”人間”というものを教えるように変えて行き、その結果による郷土愛、愛国心、人類愛、自然愛などを育てて行くべきであろう、と思います。

また、そのように育った人間は、国や世界に必要とされる人間にも育つに違いない。

*もちろん、一部の学校、教師などは、学問や芸術にある思想・心・精神なども教えていることも、ありそうですが、上述の話は、あくまでも、一般論なので、そこのところよろしく。。。

  投稿者:いち - 2007/01/17(Wed) 13:24  No.915 
でも・・・

>これからは、狭い「郷土愛」や「愛国心」でなく、もっと、グ
>ローバルな文化、人間や自然を愛する心が必要だと思います。

広い「郷土愛」と「愛国心」を持った人がいたり,狭いグローバルな人もいますよね(^^
結局は,バランス,中庸が肝心ということになるんでしょうが.

  投稿者:ワイル - 2007/01/17(Wed) 13:31  No.916 
こんにちは

>>広い「郷土愛」と「愛国心」を持った人がいたり,狭いグローバルな人もいますよね(^^
>>結局は,バランス,中庸が肝心ということになるんでしょうが.

グローバルということを、変に解釈している人たちも、確かにいますね?
たとえば、郷土や日本の文化・思想を愛さずに、外国(特に西洋)の文化・思想ばかり、ヒイキにしている人たちとか。。。
それで、それをグローバル、といったいる人たち。。。
そういうのは、真のグローバル化、というより、”西洋ひいき”ということでしょうけど。。。

それは、戦後というより明治の文明開化以降の日本の教育・社会の悪い考えの影響もありましょう。

日本や東洋の芸術や文化も、西洋のそれに劣らない、すばらしいものであるのにも関わらず、それを西洋などのものより低くみなす風潮・考えが、明治以降の日本の教育、社会などにはあったと思います(たとえば、福沢諭吉の「脱亜入欧」など、今でも、ありそうだけど)。

そして、そうした考え・風潮が、特に、戦後、高度経済成長の名のもとに、日本各地の伝統的な文化・産業やら、古い家や町並み、美しい自然などを破壊していった元凶でもある。

現に、最近は、地方の都市にいっても、その繁華街なら、東京の渋谷などを小さくしたような、どこも同じような没個性的な風景ばっかだし、郊外や田舎の町なら、どこにでもあるようなコンビニエンス・ストア、ファミリー・レストラン、ショッピング・センター、それに、極めつけ(?)のパチンコ店などが溢れて、ハッキリ言って、殺風景である。
リゾート地には、これまた、美しい周りの風景に合わない、没個性的な大資本の観光ホテルが。。。

しかも、こういう風潮のもとを作ったのは、現在の文部科学省とか教育審議会などに相当する役所・機関に関わる、お役人たちだったようだ。

だから、そんな彼らが、今頃、"郷土愛"だの、"愛国心"だのと言っても、いまさら、何を言わんや、という感じでもあるし、彼らには、"郷土愛"とか"愛国心"といった言葉を語る資格などもない、と思います。

そして、その結果、たとえば、西洋化、ということをグローバル化であると、勘違いしている人たちも、確かにいますね(そういう私自身も、昔は、"西洋かぶれ"になっていて、それがグローバル化とであると思っていました)。

そういった人たちは、「根無し文化」の人たち、というようですね。

真のグローバル化とは、たとえば、自分の郷土や国の文化・思想など理解し愛した上で、他国の文化・思想なども理解し愛することではないか、と思います。

  投稿者:ワイル - 2007/01/18(Thu) 10:31  No.920 
>>日本や東洋の芸術や文化も、西洋のそれに劣らない、すばらしいものであるのにも関わらず、

物理に関連して。。。

物理などの近代科学は、もちろん、西洋のものですが、特に20世紀になって、量子論や最近の超ひも理論などが描いている世界像、宇宙像というのが、仏教やヒンズー教などのインドや東洋の宗教・哲学の世界像・宇宙像に似てきている、といわれていますが、そのことに最初に気づいたのは、パウリやハイゼンベルクなど、西洋の大御所科学者達のようですね。

その影響で、ハイゼンベルクなどは、インド哲学に嵌ったようです。

インドや東洋の宗教・哲学と、物理などの科学との関係についての書籍として、日本における超ひも理論研究者としても第一人者のひとりと思われる、広瀬立成氏の著書
「空海とアインシュタイン −宗教と科学の対話−」(PHP新書)
など、いかがでしょうか?[空海・密教の入門書としては、いまいち、評価が低いのだが、空海とアインシュタインとを対話させる、という発想が面白いのと、価格的にも、さほど高くない(\720)ということで紹介します]
http://www.amazon.co.jp/%E7%A9%BA%E6%B5%B7%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E2%80%95%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%A8%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%AE%E5%AF%BE%E8%A9%B1-%E5%BA%83%E7%80%AC-%E7%AB%8B%E6%88%90/dp/4569647820

私は仏教を始め、インド哲学・東洋哲学に詳しいわけではないのですが、以下は、上述の書籍などからの受け売り、ということで。。。

東洋の"宇宙"ということばは、宇=時間、宙=空間、ということで、つまりは"時空"(英語では、space-timeです)ということだそうで、つまり、東洋の宇宙という考えは、時空のひろがりを意味し、その意味で相対論の時空の考えを先取りした考えともいえるようです。

また、量子論や超ひも理論などの根底にある思想は、"色即是空"の"空"や"刹那"の思想に似ているとも言われます。

"色即是空"とは、我々に見えている、この世の全ては、本質的なものでない、ということで、まさに量子論の世界にある根底的な考えに通じるといえるでしょう。

"刹那"は、時間の最小単位を意味するもののようで、最近の量子重力の世界に通じているといえるでしょう。

インド哲学にある"三千世界"の考えは、量子論の多世界解釈や、超ひも理論の多次元世界の考えに似ている、といえるでしょう。

また、密教における主的存在”大日如来”と、その分身の仏たち(不動明王、帝釈天など)との関係は(密教の世界では、私達を含め、この世の全ての生き物、物質なども、”大日如来"の分身であると、いうことですが)、、宇宙そのものと、たくさんの素粒子(それは、私達の体を含め、この世の物質、エネルギーや時空を構成している存在でもあり、宇宙の分身といえる存在でしょう)との関係に、似ているともいえるでしょう。