EMANの物理学 過去ログ No.678 〜

 ● はじめましてこんばんは

  投稿者:ぷらすまる - 2006/10/24(Tue) 22:07  No.678 
ヤフーで『量子力学を学ぶ』というのを検索してここへ来ました。

私も物理が好きでしたが、中学のころ、微分や積分の数学と同じような概念を高等物理学でも使っているものとは夢にも思わなかったので、理科はやめて文系に進みました。

しかし、その後、どう見ても、抽象的な思考の産物である数学を、具体的な自然の事物の解析に使用していることがわかって、これには驚きました。いや、まさかと思うでしょう。

・・・ところで私は、エーテルという奴がなぜ宇宙空間から追放されたのか、そのわけがわからないのですね。エーテルは幽霊のように振舞うので、観測に引っかからないのだと思っています。

  投稿者:T - 2006/10/24(Tue) 23:42  No.679 
エーテルは追放されたわけではありませんよ。
物理の表舞台に出てこなくなっただけです。

  投稿者:ワイル - 2006/10/25(Wed) 00:53  No.680 
相対論や量子論の出現によって、(音に対する空気、あるい
は水の波に対する水などのような意味での)電磁波=光の、
「古典的・物質的な」エーテルは、事実上、否定されたとも
いえます(実際、マイケルソン・モーリー以来、現在までの
実験・観測で、それは観測されていないので、事実上、そう
した「エーテル」は否定された、といった良いでしょう)。

しかし、相対論で確立した「場」や「波動」(それは、ファ
ラデー・マクスウェルの電磁理論で出てきた)とか、量子論
における「量子」といったものは、新しい抽象的なものです
が、一種の新しい「エーテル」なのでは、と私には思えます。
しかし、一部の解説によって、アインシュタインたちや、相
対論・量子論がエーテルを「完全に」否定したと、誤解され
ているようです。

アインシュタインやハイゼンベルク、ディラックの講演議事
録や著述などを読んだり、相対論、ゲージ理論あるいは、
量子論をちゃんと理解すれば、エーテルが「完全」に否定され
た、という考えは否定すべきであることが、わかると思います。


そして、それは、現代の超ひも理論における「超ひも」な
どにも通じている、とも思えます。

「エーテル」の考えは、古代ギリシャの時代から、いろいろ
と形を変えて、今日まで受け継がれているのでは、とも思え
ます。

  投稿者:EMAN - 2006/10/26(Thu) 12:50  No.686 
> 物理の表舞台に出てこなくなっただけです。

 いい表現ですね。 一度否定されたものが形を変えて繰り返し姿を現すのは物理でもよくありますね。



> 一部の解説によって、アインシュタインたちや、
> 相対論・量子論がエーテルを「完全に」否定したと、
> 誤解されているようです。

 ここ数年でかなり雰囲気が変わりましたね。
 ちょっと前まで「エーテル」と発音するだけで
眉をひそめられるような風潮があったように思います。

  投稿者:ワイル - 2006/10/27(Fri) 00:42  No.689 
>> いい表現ですね。 一度否定されたものが形を変えて繰り返し姿を現すのは物理でもよくありますね。

昔(19世紀までの)の物理では、
 宇宙空間 = 何も無い世界
現代物理(相対論+量子論を基礎とする物理)では、
 宇宙空間 = エネルギーに満ちた世界
という感じですね?

>>抽象的な思考の産物である数学を、具体的な自然の事物の解析に使用していることがわかって

現代では、物理学、化学、天文学、電子工学などの自然科学
だけでなく、経済学、金融工学、経営科学(OR=オペレーショ
ンズ・リサーチ)などの社会科学でも、数学がかなり使われて
いますね?

数学は自然科学や社会科学の法則や理論を記述するための一種
の「言語」だと思います。

パソコンやコンピュータ、インターネットを理解したり操る
には、OS(Windows,MacOS X,Linuxなど)のコマンドとか、プ
ログラミング言語(BASIC,C,C++,Java,Perlなど)が必要です
が、自然科学や社会科学を理解するには、数学という言葉に対
する理解が必要のようです。

あるいは、音楽をやる人にとっては、五線譜、音符、休符
なども、一種の言葉と思います。

微分積分も難しくない!!

微分は、割り算と引き算の繰り返し、積分は掛け算と足し算
の繰り返しです。
それを(理論的に)無限回、行うものです。

有限回の割り算・引き算の繰り返しは、「差分」(高校数学
では数列の「階差」)、有限回の掛け算・足し算の繰り返し
は、「和分」(高校数学では、級数の「総和」)といいます。

微分積分については、この「EMANの物理学」のリンクにもあ
ります、「田原の物理」(http://tahara-phys.net/)の田原
真人氏の「微積で楽しく高校物理が分かる本」とか、潮秀樹氏
の「よくわかる物理数学・微分積分偏・物理や工学に必須の微
積分入門」(いずれも、秀和システム)などが、わかりやす
いと思います。

  投稿者:ワイル - 2006/10/28(Sat) 22:31  No.697 
アインシュタイン自身が1920年5月5日、ライデン大学
における講演の議事録「エーテルと相対論」、インターネット
でも読めます。
http://home.catv.ne.jp/dd/pub/ether.html

これを読めば、アインシュタイン自身、そして、特殊相対論
および一般相対論が、決して、完全にエーテルを否定してい
るわけでないことが、分かります。

それからの抜粋。。。
まず、エーテルと特殊相対論について。

「しかし、さらに注意深い熟考は、我々に教える。特殊相対論は、我々にエーテルの否定を強制しない。我々はエーテルの存在を仮定してもよい。ただし、我々がそれへ確定した動きの状態を帰するのを、あきらめるときのみである。すなわち、我々は抽象でローレンツがまだそれに残した最後の力学的特性を取り去らないといけない。我々は後にそれをこの視点で見るだろう。何か比較停止のようなもので、より知的にする努力を私が一度しなければならない概念を。それは、一般相対論の結果によって正当化される。」

続いて、エーテルと一般相対論の関係について。

「要約すれは、一般相対論によれば、空間は物理量を付与されていて、この意味でそれゆえエーテルは存在する。一般相対論によれば、エーテルなしの空間は考えることもできない。そのような空間では、光の伝播もないだけでなく、時空の標準(物差しと時計)の存在の可能性もない。物理的な意味でのいかなる時空の間隔もない。しかしこのエーテルは、時間のなかを追跡できる役割をもつ、重さのある物質の性質を備えると、考えてはならない。動きのアイデアは、それに適用できない。」


  投稿者:ぷらすまる - 2006/10/31(Tue) 16:44  No.704 
今、しょう華房の『現代物理学』というのを少しずつ読んでいます。読むというより眺めているに近いですが、それでもなんとなく以前より物理の概念というのがわかりかけてきたという気がしています。そのうち挫折するかもしれないですが、昨日はシュレーディンガーの方程式というものが、どうやら虚数を利用したポテンシャルエネルギーの計算であることがわかってうれしかったです。(かき方が変ですが、どうもすいません)

それから、時間空間のゆがみというのも、ある程度イメージできました。考えてみれば、この世には時間とか空間というものがあるわけではなくて、それらは人間の頭の中で時空を分析した概念に過ぎないものなので、アインシュタインの考え方のほうがまったく自然だったのだと思います。

さて、私の目的ですが、『波の収縮』というのが起こるのはなぜだろうということなのです。それが知りたくて、物理が学びたくなりました。昔はただ物理学が漠然と好きなだけだったので、遠ざかっていましたが・・・。

  投稿者:ワイル - 2006/10/31(Tue) 23:24  No.706 
こんばんは!!

「田原の物理」(http://tahara-phys.net/)の田原
真人氏の「微積で楽しく高校物理が分かる本」から。。。

(1)割り算 vs 微分

・距離と時間で速さをもとめる場合
・速さが一定(等速運動)なら割り算で十分!!
・速さが変化(加速度運動)すると割り算では不十分 −> 微分(=引き算と割り算の繰り返し)の登場

(2)掛け算 vs 積分

・速さと時間で移動距離を求める場合
・速さが一定(等速運動)なら掛け算で十分!!
・速さが変化(加速度運動)すると掛け算では不十分 −> 積分(=掛け算と足し算の繰り返し)の登場

ということです。

微分・積分というのは、記号をみると、難しそうだけど、
要は、割り算・掛け算を、より便利にしたもの、というわけ
です(逆に、コンピュータなどの数値計算で、微分・積分を
計算する際、微分は、引き算と割り算の繰り返しで計算し、
積分は掛け算と足し算の繰り返しで計算することになる)。




  投稿者:ワイル - 2006/11/03(Fri) 00:40  No.708 
コンピュータなどでの計算では、

微分 −> 差分(引算と割算との有限回の繰り返し)
積分 −> 和分(掛算と足算との有限回の繰り返し)

となります。
http://sophere.s7.xrea.com/ofic/node1.html

さて、ベクトルとテンソルも、パソコンやコンピュータなど
でのプログラミング(言語は、BASIC、Fortran、Pascal、
C/C++、Javaなど)では、

ベクトル   ・・・ 1次元の配列
2階テンソル ・・・ 2次元の配列(行列)
3階テンソル ・・・ 3次元の配列
4階テンソル ・・・ 4次元の配列

として表現できるようです。
http://garlic.q.t.u-tokyo.ac.jp/~kawai/basic/node1.html

ベクトルやテンソルの構成要素(メンバー)として、数学や
物理学、工学などでは、数値(整数、実数、複素数)や、
関数が一般的ですが、社会科学や情報科学では、文字列や、
複合データ型(コンピュータのプログラミング言語で、レコ
ードとか構造体とよばれるもの)などによるベクトルや
テンソルも考えることができます。

微分積分も、ベクトル・テンソルも、意外と、たいしたもの
ではなさそうです。

  投稿者:ワイル - 2006/11/06(Mon) 21:23  No.712 
ITの世界でソフトウェアやシステムを設計・開発を行うにあたって「モデル」を考えます。

それで、想定したモデルが、現実のお客が使っているものと食い違っていたりすると、せっかっく設計・作成したプログラムが使い物にならず、一から設計し作りなおしとなりますね。

自然科学や社会科学などの法則や理論でも、それを創るにあたって、基盤となる「モデル」があるとように思えます。

物理の世界の法則や理論に限定すれば、

(1)力学モデル(相互作用は、瞬時に伝わるという考えのモデル)、かつ、古典論モデル(不確定性原理は考えないモデル) ・・・ ニュートン力学、クーロンなどの静電磁気学 = いわゆる「古典力学」

(2) 場のモデル(相互作用は、光速という有限かつ一定の速さで伝わるという考えのモデル)、かつ 古典論モデル(不確定性原理は考えないモデル)・・・ 古典電磁気学(ファラデー、マクスウェルら)、特殊相対論、ー般相対論、古典ゲージ理論(ワイル、ヤン・ミルズら)など = いわゆる、「場の古典論」

(3)力学モデル、かつ、量子論モデル(不確定性原理を考えるモデル ・・・ パウリ、シュレディンガー、ハイゼンベルクなどの力学 = いわゆる「量子力学」

(4)場のモデル、かつ 量子論モデル(不確定性原理を考えるモデル)・・・量子電磁力学、ゲージ場の量子論、量子重力理論など、= いわゆる「場の量子論」

と大きく4種類のモデルに分かれると思います。

一番、クラシックな古典力学は、19世紀初頭のビオ・サバールの法則やアンペールの法則などの電磁現象で限界をみせ、古典力学や場の古典論は、分子や原子などのミクロの世界には、そのまま適用できません。

そして、1930年代以降、現在まで場のモデル(つまり、相対論)と量子論のモデルを統合した「場の量子論」(=相対論的量子論)が主流になっているのですが、いわゆる、特殊相対論+量子力学を基礎にした「ゲージ場の量子論」は、すでに理論もほぼ完成し、実験的検証も行われていますが、一般相対論+量子力学の「重力場の量子論」は、いまだ理論自体、完成していないわけです。

力学や古典論のモデルにも限界があったように、場(相対論)や量子論のモデルにも、やはり限界があるのではないか、とも私には思えます。

それに代わるのが、Dブレーンとかホログラフィックなどの「超ひも理論」の世界のモデルなのでしょうか?

また、このように、ITの世界のソフトウェアやシステムと同様、科学の世界における法則や理論も、「モデル」に基づいて創られているわけで、そのために、科学の世界における法則や理論も、いわゆる「無制限」とか、「完全に」正しいわけではなさそうです。

しかし、完全に間違っている、というわけでなく、新しいモデルに基づく法則や理論が出てくるに従って、人類の自然現象に対する知識が、より精巧なものになっていっている、ともいえるでしょう(社会科学の法則や理論についても似たことがあるのでしょうか)。
また、新しいモデルに基づく法則や理論を記述するために、新しい記述言語(=数学)も必要になるようです。