EMANの物理学 過去ログ No.344 〜

 ● 初めまして^^

  投稿者:花蓮 - 2006/07/28(Fri) 23:35  No.344 
初めまして、花蓮と申します^^
最近、とある小説の影響で物理学に興味を持ち、いろいろと彷徨った結果、このホームページに辿り着きました。
このホームページはとてもわかりやすく解説してあるので、バカな私にもちゃんと理解でき、本当に感謝しております^^
ですが、解説の中に出てくる数式が、難しくてわかりません・・・。
高校で習う数式を使っておられるのでしょうが、なにぶん私は中学生ですので、理解ができないのです。
物理学において、どれほど数学が大切かを思い知らされたようでした。
これさえわかれば、もっと理解が深まるのになぁと、悔しく思っています。
そこで、物理学を学ぶ前に基礎を固めようと、高校の数学を勉強してみることにしました。
ですが、参考書など、なにを買えばいいのかわかりません。
おすすめのものがあれば、ぜひ教えてください。
あと、わかりやすく、くわしく解説してあるホームページも、教えて頂けるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。

  投稿者:murak - 2006/07/29(Sat) 11:29  No.345 
こんにちは、murakというおじさんです。

これはとても難しい問題ですね。まず、中学生である花蓮さんが、EMANさんのページを理解できるということは、とても凄い事です。EMANさんのページで使われている数学は高校〜大学レベルです。そんな数学がわからないのは当然ですね。それを、理解するために高校数学を勉強しよう云う心がけも立派です。

しかし、おじさんの考えは少し違います。一口に高校数学といってもその内容はとても広範囲で盛沢山です(普通はそれを2〜3年でかけて習得する)。しかも数学と言うのは、先に進めば進むほど、それまで勉強したことがちゃんと習得出来ていないと、理解するのが困難になってゆきます。そいう性質のものを中学生の間に勉強してしまうのはまず無理ですし、またお勧めしません。EMANさんのお話の中にはちょっと難しくて、今の私には理解できない部分がある。それでいいではありませんか。それより、理解できる部分があることの方を大事にしましょう。その意味では中学生である花蓮さんでも読める理科や物理の本は学校の図書室に沢山あると思います(ちょっと背伸びして高校生程度を対象とした本でもいいでしょう)。そういう本を今のうちに沢山読んで、物理あるいは自然現象に関する具体的なイメージを自分の中に沢山持つことが大事だと思います。

数学と云うのは、そうして得た具体的イメージを整理して、その背後にある法則を簡潔な言葉で記述する際に威力を発揮するものです。具体的なイメージが沢山あって、しかも今、数学が解らなくて悔しい思いをしているなら、後に数学を習ってそれが使えるようになった際には、様々な事が繋がって、水が流れるかのように自然に自分の中に入ってくるのが体感できると思います。

ただ、せっかく勉学意識に燃えているところに水を注ぐのも何ですので、少しだけ数学の副読本的な本を挙げておくと、おじさん達の頃には遠山啓という人の「数学入門」という本が岩波新書にありましたが、今はもっといい本が沢山出ています。例えば、志賀浩二という人の「数学が生まれる物語」とか「数学が育ってゆく物語」のシリーズ(岩波書店)なんかがおじさん的にはお勧めです(これは、語り口の優しさとは裏腹にかなり高度なところまで読者を連れて行ってくれます)。ただし、これらはあくまで数学のイメージを広げるための副読本であって具体的な計算練習は学校の授業の中でやりましょう。高校数学の演習は高校生になって、正規の授業の中でやるのが一番いいと思います。(多分、今無理してやっても、中途半端な摘み食いに終わるだけ。)

他の方にはまた他の意見があると思いますのでおじさんはこの辺で。。。
(ところで、影響を受けた小説というのは何なんでしょう?)


  投稿者:明男 - 2006/07/30(Sun) 16:15  No.349 
はじめまして、花蓮さん。

私も物理や数学の勉強についてはmurakさんの仰るとおりだと思います。

同じ意見なので言うこともないのですが、実は文章力の方に驚きました。
「彷徨う」とか「辿り着く」などを普通に使える感覚は中学生の標準ではないでしょう。理解ができなくて悔しいから進んだ数学を勉強してみよう、というのも並ではないですね。
私の目に狂いがなければ、相当の読書家であると思いますが、違いますか?
物理に興味を持つきっかけとなる最近の読み物といえば、前回の直木賞「容疑者Xの献身」でしょうか。
もしそうなら、これまた、その若さで直木賞受賞作に興味を持つとは現代っ子もやるなあ、と思うのは私の考え違いかしら(笑)。

実を言うと、murakさんには叱られるかも知れないけど、わたしも中学生のころに物理を理解するため、微積分をこっそり勉強していました。高校でも物理の速度・加速度で微分が出てくるのと、数学で習う時期の前後は微妙で、微積分を知っていた私は初めから物理の問題を明快に理解できたのでした。
内緒よ。

  投稿者:murak - 2006/07/30(Sun) 17:46  No.350 
実を言うと、私も花蓮さんの文章については明男さんと同じような事を思っていました。それに、周りの大人が止めても、本人の好奇心が強ければ、かくれてこっそり(?)勉強したり自分であれこれ研究するものです(そいうのが多分本物になる)。ただ、数学や物理がわかることと、抽象能力の発達とはある程度関係しているのも事実で、抽象能力の未発達な段階で高度な数学等を詰め込まれてダメになっちゃているケースは、(学生時代の家庭教師等の経験から)多数見ているので、公式見解(?)としてはあのように書くべきかなと判断しました。

私自身も、高校の物理は最初から微積分を使ってやっていたクチなんで、物理の勉強には微積分を使った方が合理的だし、楽しいとは思います。数学のカリキュラムとの関係があるので、教科書としては書けないという事情があるのでしょう(その辺はカリキュラム上の矛盾点かな)。その意味でも授業以外で自分で勝手に仕入れた知識の存在は大きいですね。(なんか、矛盾しとるかな?)

  投稿者:ワイル - 2006/08/01(Tue) 02:37  No.354 
微分というのは、たとえば、「速さ」を求めることです。

小学校や中学校では、たとえば、時刻t1から時刻t2までの間
に、位置x1からx2まで移動した場合の「速さ」vmは、
vm = ( x2 - x1 ) / ( t2 - t1 )
で求めることができる、と学びます。
しかし、これは、「平均の速さ」というものです。

一方、「微分」では、「瞬間の速さ」を求めることができま
す。
先の例で、時刻t1とt2との間隔をできるだけ小さくしていき
ます(つまり、t2とt1の差の絶対値
| t2 - t1 |
を、限りなくゼロにする)。すると、位置x1とx2の間隔も、
限りなく小さくなっていきます。
ただし、t1 = t2 、つまり、| t2 - t1 | = 0 にしてはいけ
ません(すると、ゼロで割ることになってしまうので)。
そうすると、平均の速さvmは、瞬間の速さv に近づいていき
ます。
これが「微分」の考えです。
またこのことから、微分は、引き算と割り算の(無限回の)
繰り返し、ともいえます。

積分は、たとえば、曲線や曲面に囲まれた領域・図形の面積
や体積をも求めることです。
たとえば、曲線に囲まれた領域・図形(たとえば円)の面積
をもとめるには、その領域・図形を、できるだけ細かい三角
形や四角形に分割し、その三角形や四角形の面積の総和の形
で求めるでしょう。
この場合、曲線に囲まれた領域・図形の面積をできるだけ正
確に求めるには、それをできるだけ細かい三角形や四角形に
分割し、その面積の総和を求めることをすれば良いでしょう

これから分かるように、積分は、掛け算と足し算の(無限回
)の繰り返しとして表すことができます。

なお、微分は、無限回の引き算と割り算の繰り返し、積分は、
無限回の掛け算と足し算の繰り返しなのですが、それに対し、
有限回の引き算と割り算の繰り返しを「差分」、有限回の掛
け算と足し算の繰り返しを「和分」ということもあるようで
す。

電卓やコンピュータを使った数値計算で、微分や積分の計算
をするには、それぞれ差分および和分で近似します。
本来の微分では、たとえば、速さを求める計算式において、
vm = ( x2 - x1 ) / ( t2 - t1 )
t2とt1 の間隔を、無限に小さくしていきます。

しかし、差分や数値微分では、t2とt1 の間隔、つまり
| t2 - t1 |
を、有限な値で、できるだけ小さい値(たとえば、0.000001
とか)に設定します。

数値積分で有名な、台形法やシンプソン法などは、一種の
「和分」といえます。

また、速さとは、つまり、
速さ = 空間 / 時間
というわけですが、光(あるいは電磁波)の速さは、理論
(電磁気学等の理論)あるいは実験などの結果から、常に
一定、ということになっています。

つまり、
空間 / 時間 = 一定 = c
となるので、その場合、空間と時間の概念を変更する必要
が出てきたわけです。

それが、相対性理論の出発点です。

  投稿者:ワイル - 2006/08/02(Wed) 23:24  No.364 
「稽古」というか、真の勉強とは、いにしえの先人たちの
知恵・資産を学ぶことだと思います。

さて、微分・積分も、実際には、その気になれば中学生で
も理解できるものと、思っております。
私も中学生のとき、UFO関係の記事を扱った雑誌で、「中学
生でも理解できる微分積分」という連載を読んで、微分・
積分を理解していました。

そういえば、講談社のブルーバックスで、「アメリカ流10
歳からの微積分」とか「アメリカ流10歳からの行列」とい
った書籍があります。
それとは関係ないのですが、今は亡き都築卓司先生の「10歳
からの相対論」、「10歳からの量子論」もあります。

さて、微分・積分の話に戻って、その歴史を考えると、積分
の考えは面積や体積を求めることなので、歴史的に少なくと
もアルキメデスなどの古代ギリシャ時代からあるようです。

アルキメデスは、円の面積を求めるために円に内接する正多
角形と外接する正多角形の面積をもとめ、
 内接正多角形の面積 < 円の面積 < 外接正多角形の面積
という挟み撃ちの関係式により、もとめていきました。
そして、円に内接する正96角形および、外接する正96角
形の面積まで求め、それにより、円周率が3.14であるこ
とを導きだしていますが、これは、まさに積分の考えでしょ
う。

現代の小学校高学年の算数でも、円の面積の公式が、
 円周率 × 半径 × 半径
であることを示すために、アルキメデスの考えを基にしてい
ると思います。
その意味では、積分の考えは、小学校高学年の算数でも教え
ている、といえるでしょう。

一方、微分は、速さや加速度に関係していると思います。
微分の場合は、積分の場合より、はるかに新しく、17世紀の
ガリレオの時代からでしょうか?

そして、微分積分の発明者は、ニュートンとライプニッツと
言われていますが、彼らは、微分と積分が互いの逆の操作
(演算)であることを発見した、というのが正確といえるの
でしょう。

微分と積分とが、互いに逆演算である、ということにより、
微分も積分も、より強力な道具になった、といえるでしょ
う。

逆の操作(逆演算)が存在する道具は、非常に強力な道具
だと思います。
数学では、足し算・引き算、掛け算・割り算、累乗・累乗
根、指数・対数なども、お互い逆演算ですが、どれも、非
常に強力な道具といえるでしょうが、微分・積分は、それ
らに増して非常に強力な道具です。

微分積分の発明は、まさに火の発明や農業の発明、文字の発
明に次ぐ人類史上の大きな発明なのかも知れません。
なぜなら、それによって、近代科学が始まったといえると思
います。

力学だけでなく、電磁気学、相対論、量子論なども、微分積
分が登場しなかったら、存在できないでしょうから。

実際、「相対論は間違っている」といっている疑似科学者た
ちの多くの話を読むと、微分・積分の考えさえ理解していな
い、ということに気づきますね。