EMANの物理学 過去ログ No.314 〜

 ● 科学者宣言?

  投稿者:ねじばな - 2006/07/20(Thu) 20:28  No.314 
きのう あそんでた小2の きよちゃんが 突然「私、科学者になる!」と私に告げた。「科学者になって地球をきれいにする」(そういえばきよちゃんは 七夕の短冊にも地球がきれいになるように」と書いていた。)大人の私は「科学者になるには算数が大事、算数の宿題やろう、」促したが 言い返された。「科学者になるのに大事なのは図工」と言って1年のそうた君と一緒に 部屋の隅で 設計図を書き始めた。

きよちゃんの紙には いろんな形のコンピュータらしきものがいっぱいあり ボタンやスイッチなど 外見のデザインが楽しい。もう一人の科学者そうた君の紙には 四角い枠の中に たどたどしいひらがなで ねこになれるそうち とか ねこにあえるそうち とか 大きい四角のなかには{ねこいがいのどうぶつになれるそうち}などと 書いてある 説明文の回りを四角で囲ったと言っ他方が正しいような絵。

 この科学者ごっこは楽しかったです。つぎからつぎへと発明してました。私は科学者になろうなんて残念ながら一度も思ったことありませんが EMANさんたちは やっぱりこんなことして遊んでたんでしょうか?(笑)

夏休みが はじまりましたね。

  投稿者:EMAN - 2006/07/21(Fri) 12:57  No.315 
> EMANさんたちは やっぱりこんなことして遊んでたんでしょうか?(笑)

 ドリルのついた地底探検車とか、よく描いてましたね。(当時の流行だったと思いますが)

 ダンボール箱の内側に、一杯計器をつけて、中に入り込んで操縦してました。 これは外観はあまり気にしてなくて、何の乗り物かもあまり考えていない。 ただ操縦するという感覚が好きだったのだと思います。

 押入れの中とか、ベッドの下とかに入るのが好きでしたね。
 布団にもぐって豆電球で照らして過ごすのが好きでした。

 特に地底探検に憧れてたわけじゃないけど、地下基地の建設には憧れたなぁ。

  投稿者:ワイル - 2006/07/24(Mon) 20:23  No.328 
>>大人の私は「科学者になるには算数が大事、算数の宿題やろ>>う、」促したが 言い返された。「科学者になるのに大事な
>>のは図工」と言って1年のそうた君と一緒に 部屋の隅で 
>>設計図を書き始めた。

科学者にも、いろいろなタイプがありますね?
きよちゃんという子は、ファラデーやエディソンのような実
験科学者や発明家のタイプがよさそうですね?

特に発明家で成功すれば、億万長者も夢でない(下品な話で、
ゴメン!!)

でも、まだまだ、「超」若いわけだから、いろいろと勉強も
して、さらに、たくさん遊ぶのが良いでしょう。



  投稿者:EMAN - 2006/07/27(Thu) 01:02  No.338 
 地球をきれいにしようと思ったら、
科学者になるよりも、
強い政治家になった方が効率がいいかも知れないなぁ。

 人類はすでにある程度は公害を
抑えられるほどの技術は持っているのに、
積極的に使おうとしない人々も多くいることですし。

 科学者はコストを下げて、
こんなに安くなりましたからどうか使って下さい、
と言うくらいですかね。
 大事な仕事ですけど、地味だなぁ。

  投稿者:EMAN - 2006/07/27(Thu) 01:09  No.339 
 夢のない書き込みですみません。

 そういえば、昔、友人が言ってたっけ。

 「夢を無くすとは、昔やりたかったことを実現できる財力があるのにそのために使おうとしないことだ」

 部屋中をふうせんで一杯にして、泳いでみたかったよなー。
 今の所持金で十分実現可能だよなー。

  投稿者:ねじばな - 2006/07/27(Thu) 07:27  No.340 
イベントや 遊園地などで 風船じゃないけど ビニールボールプール たまに 見かけますよね。息子が小さいとき嬉しそうに遊んでました。そういえば私が子どものとき秋になると落ち葉掃きをしてさつまいもの苗床をつくるのですが集めたばかりの落ち葉のプールは楽しかったです。季節がめぐるとそこにはカブトムシの幼虫が たくさんいて、、、。

いわさきちひろさんのイラストに少年が色とりどりの風船の束で空に浮かんでいくのがあります。そんなに天高くじゃなくていいから庭の柿の木のてっぺんぐらいまで 浮かべたらいいなあと思いましたね。

梅雨あけたのかな せみがうるさくて朝早く目が覚めます。
 

  投稿者:明男 - 2006/07/30(Sun) 10:08  No.347 
遊びをせむとや生まれけん、戯れせむとや生まれけん。

これは今の意味での「遊び」とは違うというのが学者様の意見ではありますが、そのまま現代語に意味をとっても今にも生きる命題であると思います。
逆に言えば人は「働くために」生まれてきたのか(違うだろ)、ということであります(対偶をとれなどと突っ込まないように)。

衣食住を得るため、或いは生活を維持するために行う行為を「労働」とするなら、「物理をする」こと自体はどっち?

私にとっては・・・無論、「遊び」ですね。

あれは小学校3年の頃か。日がな一日、天眼鏡(でかい虫眼鏡)を片手に真夏の昼日中、なるべく色の濃いもの(枯葉、木材の節、落書帳の切れ端、鉛筆の芯・・・)を探し、凸レンズの焦点を合わせ、ぱちぱち弾ける火の粉と狼煙を上げ、「うへへっ」とか「むふふっ」とか奇声を漏らしながら、延々次の獲物を探して歩く。2時間もすると頭のてっぺんが異様に加熱し、しゃがんで探求していた光学の定理を束の間忘れ、立ち上がると、あらららー目が回る。
これはいかんと、水道へ駆け寄り、勢い良くじゃーじゃー出しながら顔といわず頭といわず、じゃぶじゃぶかけて熱冷まし。
(注)
あーっ楽し。さてこそ次は何で試すべし。

傍から見ると、単なるバカですね。

(注)これは昔の話です。夏の最高気温が30℃くらいであった頃のことです。今、こんなことしたら死んでしまう可能性があります。良い子は絶対まねしないように、いたしましょう。

  投稿者:ワイル - 2006/08/01(Tue) 01:35  No.352 
N○Kの「その時、歴史が動いた」という番組の、幕末の碁聖
とよばれる本因坊秀策の特集で知ったのですが、日本古来の
「稽古」というのは、いにしえの先人たちの知恵を知ること、
学ぶことだそうです(ちなみ、本因坊秀作は、江戸城におい
て歴代徳川将軍の目の前で行われた「御城碁」の対戦におい
て、1849年から1861年までの13年間19戦無敗という空前
絶後の記録を築いた、幕末の有名な棋士です)。

日本の古来の「稽古」では、新入りの弟子に対して師匠や兄
弟子がいきなり教えることはせず、掃除などの雑用から始め
させ、また、全てのことは教えず、弟子が自分の目で、師匠
・兄弟子、あるいは他者の技を「盗む」こと、自分の頭で考
えることをさせたようです。

また、本因坊秀作が囲碁だけでなく、書道などでも達人だっ
たように、「稽古」では、幅広い教養なども要求されるよう
です。

しかし、日本だけでなく、西洋流の科学や芸術などでも、
日本の「稽古」とは方法等は違うかも知れませんが、歴史に
名を残している有名な科学者や芸術家たちは、いにしえの先
人たち知恵・資産を学び、また、自分の目で他者のものを
「盗み」、自分の頭で「考える」ことを行っていたように思
います。
また、新しいものを創り出していくには、そういった勉強が
必要のようにも思えます。

特に、超人的ともいえる業績を残している科学者や芸術家ほ
ど、そんなところがあるように思います。
たとえば、科学の分野なら、ニュートンやアインシュタイン、
湯川秀樹などは、そうした点においても、ずば抜けた存在の
ように思います。
また、彼らは、科学の分野だけでなく、哲学や芸術の分野に
対する素養も深いものがあったようでもあります。

翻って、現代日本の受験勉強では、いにしえの先人たちの知
恵・資産を学ぶこと、自分の目で「盗む」こと、自分の頭で
「考える」ことなどが、あまり重視されていないようにも思
えます。

自分の勉強法でも、「稽古」といえるレベルの勉強が少ない
ですね。。。